6話—3 不穏舞うカガワの都

 新呉市E‐1で魔法少女達が訪れたる悲痛に苛まれる中、彼女らの想定通りの行動にて——強奪されし壱番艦大和が息を潜めていた。

 展開するは八咫やたの秘術。

 八咫やた家を継ぐ主の身を用いる事で、初めて実現する所業——だが、宵闇の神である少女もその限界が近き事を悟る。


 朽ちる様に主の身体を覆う変色領域は、すでにその体躯の二割を喰らい尽くしていた。


「すでに浸蝕が進行している……このままでは主の身体が、私が贖罪を果たす事なく滅び行くだろう。そうなればもはや、主への償いなど夢のまた夢——」


 強奪の壱番艦大和は、あの深淵が居城としているカガワの都沿岸の造船地帯——その岸壁に身を隠していた。

 八咫やたの秘術は術者のレベルで強度や姿隠しの度合いが決定されるが――

 すでに事切れたとは言え……少女の主に宿った霊的な力の本質は、姿隠しの効力を無限とも言えるほどに強化していた。


 外界から別次元とも言える状態で隔絶された強奪の壱番艦内——ブリッジでただ一人呟く宵闇の神ツクヨミノミコトは、悲痛のまま双眸を閉じ……浸蝕された主のものである身体の腕を強く握りしめる。


「あと少しだ……あと少し持ってくれ、主様。この企業区画から溢れ出す深淵オロチの力が、望むだけの総量を得るまで。」


「それさえあれば、この四国を包む強力な八十八の社が生む強力なる結界へ……一時的とは言え弱体化を促す事が叶う。だからそれまで——」


 己が願いを果たすため。

 それが世界に破滅をもたらす事も厭わぬ宵闇の神は——


 生ある世界が破滅へ向かう引き金を……強く引き絞る瞬間を——ただ一人、待ち続けていた。



∽∽∽∽∽∽



「……ん……。ここは——」


 そこは武蔵内にある医療施設のベッドの上。

 照明に目を眩ませる様に、彼女は飛ばした意識を取り戻します。

 けれどその目元には、未だ悲痛に濡れた筋が残り——痛ましさは抜けてはいませんでした。


「気分はどないおす?焔ノ命ほのめちゃん。少しは落ち着きおしたか?」


「……若菜わかなちゃん。うん、大丈夫——とは言い難いけど、堪忍な。迷惑かけてしもたわ。」


「ううん、気にしまへんえ。あっ……そんな無理せえへんと——」


 無理を押す焔ノ命ほのめちゃんの背を支え……そこでどうもウチらは、常になりつつあると——そこはかとない嘆息が漏れました。

 そしてベット上でその身を起こした彼女の目には、その身を案じて定期的に面会を試みたウチらの友達一同が映ります。


 中でも焔ノ命ほのめちゃんを何より案じていた神様……サクヤちゃんが、未だ枯れぬ雫のままで大切な主の手を取り——


「主様……おいたわしゅうございますっしゅ。よくぞお目覚めになられましたっしゅ。」


「なんやサクヤちゃん大袈裟やな~~。……うん、心配かけて堪忍な——ほんまに堪忍や。」


 きっとサクヤちゃんもこの様な事態は初めての事なのでしょう——それだけに、悲痛の度合いは友人の中でも群を抜いていました。

 そんな二人を見やり、少しは落ち着きを取り戻せたかと察したテセラはん——いえ……もうこう呼ぶ事にしましょう。


 テセラお姉ちゃんが最初に口火を切ります。


焔ノ命ほのめさん……事態は未だ全容が掴めずとも、可能性が捨て切れない今——辛いですが覚悟が必要と感じます。ですから——」


 と、お姉ちゃんの言葉に首を横に振る焔ノ命ほのめちゃんは……ようやくその双眸に生気を宿して答えます。

 ウチも見た事がない程に、強い信念をみなぎらせたその双眸で——


「皆まで言わんでええて、テセラちゃん。ウチかて曲がりなりにも守護宗家の仮当主を名乗らせてもろてるんや……なんぼ堂鏡どうきょう爺様が健在や言うたかて——いつ迄もウジウジ悲しみに暮れとる暇はあらへんさかい。」


「それに若菜わかなちゃんが想像を絶する試練の道へ、その一歩を踏み出したんや。ウチも負ける訳にはいかへんやん!」


 きっと無理をしているであろう事は、皆百も承知——けれどその道は、ここにいる友人達が何も辿った人生と同じなのです。

 だからウチらに出来る事は、慰め合う事では無い……その背を支えて前へと進む事。


 誰からでも無く頷きあったウチらは、焔ノ命ほのめちゃんの手を取ると——

 ベッドから降り立ち力強く踏み出す彼女に続き、武蔵の大ブリーフィングルームへと足を向けます。


 これより始まる魔導超戦艦 大和捜索と奪還——そして、八咫やた家表門当主候補であったはずの……八咫 御津迦やた みつか君からその真意を聞き出すための作戦会議のために——



∽∽∽∽∽∽



 暗い……暗い、闇。

 ボクはここでどれ程眠っていただろう。


 確かそう——あれは八咫やた家当主継承の儀を終えてから……自分の身を蝕む深淵が心も魂も喰らい尽くそうとした時からかな。


 ボクはあの瞬間を覚えてる。

 ボクの瞳に映ってたのは、神様の中でもちょっと内気で……けれど、宵闇が齎す静かなる安らぎを体現した少女。


 その少女がずっと泣き叫んでいた。

 ごめんなさい——あなたを喰らい尽くしてごめんなさい……って。


 でもボクは知っていた。

 それは彼女ではどうする事も出来ない因果の定め。

 だから——


「(泣かないで……ボクは君を恨んだりはしないから。だから——もう泣かないで。)」


 彼女の頭を優しく撫でながら……ボクは蝕まれるままにその心を任せてしまった。


 あの草薙の桜花おうか様の様な、強き心と健全な肉体があれば事態の回避もあったかも知れない——でもそれはもう、叶わない夢でしかないんだな。


 そう思考したボク。

 そう思い至ったこのボクを呼ぶのは誰?

 あの静かなる闇を纏う少女の様な神々しさと……——



 ∽∽∽∽∽∽



御津迦みつか……あなたは本当にそのままで良いのですか?』


「あなたは……誰?ここは?」


 淡い光が包む世界。

 現実とも……異界とも取れるそこに、一人の少年が立つ。

 その視界に映るのは、見渡した所で果ても見えぬ――穏やかにして永遠に続く大河。

 だが——そこを渡ってしまえば、この世へと回帰叶わぬ感覚を少年は抱いていた。


「そうか……ここがかの、仏門でも名高き三途の河——この世とあの世との境界線という事だね。そして——」


「これからボクはここを渡る……のか。」


『本当に……あなたはそこを渡ってしまうのですか?』


 視界に映るあの世との境界線を、何を躊躇ためらう事無く渡らんとする少年へ……再び神々しき言葉が掛けられる。


「なんと無くあなたが誰なのか分かってきたけれど……。ふふっ……神仏融合が主流の日本ならまだしも——ここはすでに物質界では無いのでしょう?さらにここは——」


「あなたが声をかけ来るのは、ちょっとおかしいのでは?——アマテラスオオミカミ様。」


『神仏融合の概念をあなた自身が知り得ていたからこそ、この様な事も叶うのです。物質界とは言え……そこで概念的な見識が無ければ、この声は届く事もないでしょう。』


 まるで友人との再会を楽しむ様な会話が、淡い光の中へ響く。

 そんなやり取りの中にあっても——少年の歩みはゆっくりと、あの世との境界へと近付いている。


 それを憂いた天津神主神と……アマテラスオオミカミと称された声は、切に語る。

 大切な妹である天津神——

 ツクヨミノミコトへの慈しみを込めて。


『あなたを喰らい尽くしてしまった事で、あの子がずっと泣いています。それこそ生命が住まう安寧の世界を、暗黒で覆うほどに激しい後悔の中で。』


「……ダメだよ、。あなたは仮にも天津神の主神様——そしてボクはもう、当に死者である命。そんな肉体から離れた者へ——」


……広大なる宇宙の摂理に反しているよ?それはあなたが一番やってはいけない事だ。」


『ええ……分かっています。ですから——ですからそちらの概念的な事象へ賭けようと思って、あなたに声をかけたのです……八咫 御津迦やた みつか。』


仏門こちらの概念——それはもしや……輪廻転生?」


 あらゆる生命の摂理において——

 失われた生命が再び以前と同様の生を受けるのは、宇宙の因果に対する冒涜であり……決して起きてはならぬ過ちである。


 しかし宇宙のことわりに於いて——ことアジア圏に端を発する仏門的な概念では、命の価値を重んじた因果による特例が存在する。


 それが輪廻転生——かつて生きていた……新たな別の生命モノへと生まれ変わる生命の奇跡である。

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