1話ー3 龍神封絶鏡の舞姫

 深淵オロチ封印の綻びは安定期――しかし予断は許さぬ状況と、堂鏡どうきょう爺様から聞き及ぶも……今現在は八咫やた家の誇る舞姫により一時ではありますが沈静化しているとの事。

 ひとまずは安心を覚えますが、これからしばらくはこの封印の都カガワへの滞在も已む無しのウチ――その間、お世話になる方がここ龍神封絶鏡にいらっしゃるのです。


 爺様に付き従い歩みを進めていたウチを見つけた二つの影が、離れた高台方向からパタパタと駆け寄り――


「ああっ……若菜わかなちゃん、お久しぶりや~~!爺様から聞いて、首をながぁにして待っとったんやで~?」


「うん!久しぶりおす、焔ノ命ほのめはん――って!?むぎゅっ!?」


わらわも会いたくございましたっしゅ!」


「こらっ!サクヤちゃん、抜け駆けするとは~~ウチもやっ!」


「むぅ~~!?」


 お世話になる方——年恰好は桜花おうかちゃんと同学年の、薄桃色の三つ編みが肩口から流れる少女……そして今しがたこのウチへダイブして来た日本人形を思わせる少女。

 再会そうそうダブルダイブでウチを揉みくちゃにするのは、八咫やた家の表門が誇る封じの担い手——八咫 焔ノ命やた ほのめちゃんと……その使い魔に当たる従姫じゅうひめ、サクヤちゃん。


 そう……薄桃色の御髪が舞う彼女も、守護宗家が擁する魔法少女——詠威うたいの魔法少女 ホノメちゃんなのです。


 と言いますか——


「う~~むぐぐぅ~~……って!?苦しいわっ、アホーーーーっ!!」


「うぴゃーーーっっ!?」


「しゅーーーーっっ!?」


 揉みくちゃが呼吸さえも妨害し始め、さしものウチも堪忍袋の起爆装置が盛大にオンし——ガバッと両手で二人を引き剥がします。

 何が苦しいって……その——正直ウチの友人達の中でも稀なほど、隆々と実った二つの双丘。

 、その背格好にはあるまじき二房×二の実りが……ダブルダイブの度にウチの呼吸を阻害するのです。


 ——ええ、どうせウチはです……(涙)


「会う度に毎度毎度、あんたらはウチを窒息させる気おすか!?少しはそのをウチにお裾分けしておくれやすっ!」


「堪忍、堪忍や——って……サラッと今、願望漏らしたな?若菜わかなちゃん☆」


「……☆」


「サクヤちゃんのは、ウチがみたいな表現やから堪忍しまへん……——」


「しゅーーっ!?ギブっ、ギブっしゅ!?」


 騒がしい事この上ない二人とのやり取りは、もう随分久しぶりで——これがあの、地球と魔界防衛作戦後の日常と考えると……シュールな事この上ない風景。

 それでもテセラちゃんを始めとした、世界に名を馳せる魔法少女が招来した一つの未来。


 ウチはその掛け替えのない日常を、皆のお陰で生きていると実感してしまいます。


 まぁそれはそれとして、今人がもよおしたみたいな発言を放ったサクヤちゃんのコメカミを……一しきりグリグリしたウチは深呼吸の後——改めて二人へあいさつを述べます。


「……ほんまに二人は相変わらずおすな。久しぶり……そして今までこの地を守護してくれて、おおきにな?焔ノ命ほのめちゃん……サクヤちゃん。」


 封印の守護と言うお役目上……その地から動く事叶わぬ立場故——先の防衛大戦でもに援軍を申し出る事は叶いませんでした。

 万一この地の守りを手薄にしたならば、あの導師ギュアネスが深淵に堕ちた際——封絶鏡の結界が破れ……取り返しのつかぬ事態へ発展していたと思います。


 確かに二人の少々騒がしい歓迎には頭を悩ませましたが……それはこの地を離れる事叶わぬ二人とってのささやかな喜びと知っているからこそ——ウチも大きく咎める事なんて出来ないのです。


「なんや若菜わかなちゃん、そない顔せんでええて。ウチらも一歩も動けん言う事やあらへんから……。このカガワの都内近場やったら、急いで駆けつけられる距離言う条件付きで出歩いてかまんて……爺様からも言われとるんやで?。」


「しゅ……。わらわも、若菜わかなお嬢様との再会がとても嬉しゅうて——その……さっきは失礼しましたっしゅ。」


 暖かで久しい二人の困り顔——その意図をウチは一番よく知っています。

 二人とて厳しいお役目の最中——

 それでも会う度にウチを心から持て成してくれるのは——ウチには本当の家族が居ない事を知り得ているから……。

 その血を分けた、親愛なるお父様とお母様が……遠く宇宙へと追放された事を知り得ているから——


 だから二人の想いをしかと心に刻み……ウチはウチ——今こなさねばならぬお役目を果たすために、ここへ訪れたのです。


焔ノ命ほのめや……再会のあいさつは済んだかの?ではお前も屋敷へ上がりなさい。まずは今後に備えた情報交換を進めるぞ?」


「は~い、爺様!さあ……若菜わかなちゃんも!」


「あ~~!なんか私、置いてけぼりです~~!」


「しゅ?沙坐愛さざめ姉、いたっしゅ?」


「ひ!?酷いよサクヤちゃん!居たから……ずっと居たから!(涙)」


「もう……ええから、早よ行きなはれ沙坐愛さざめはん。……はもうええて。」


「お……お嬢様~~!?(涙)」


 防衛戦から少しだけ離れ離れの私の素敵なお友達。

 皆それぞれが為すべき事に挑む中……少しだけ寂しさが浮かんでいたウチは——


 再会した素敵な仲間のお陰で、再び前を向く力を得る事が出来たのです。



∽∽∽∽∽∽



 二つに分断された列島——その海上を走る陸海横断高速道路アクアリアエクストリームを西は関西方面へ向かう車両。

 二台が先行し……後方へ複数の隊列を組む一団がひた走る。


 その先頭を行くのは——

 純白のボディに赤きエンブレムを翳す、宗家の任務専用車両——前輪駆動を後輪駆動仕様へと改造したマシン。

 続く一台は流れる流線型が戦闘機を彷彿させる、リトラクタブルライトの日本が生んだ生粋のスポーツカー。

 先頭のマシンをインテグラ TYPE R……後続のマシンをRX−7 SPIRIT Rと呼称する。


 純白と赤の車インテグラを走らせるのは、草薙家裏門当主のSPとなって間も無い少女……黒髪に二房のおさげが揺れる新進気鋭分家——円城寺えんじょうじ家のご令嬢、ハルである。


「当主様、間も無く関西圏に入ります。……って、うわぁ凄いですね~。私この辺りに出張る事も無かったので——」


「凄いでしょ?この、幾重にもハイウェイが重なって海と陸を繋ぐ姿——これは古の超技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーを敢えて使用せずに生み出した日本の職人文化の象徴……って、設計を担当した【真鷲ましゅう組】棟梁のカナちゃんさんが言ってた。」


「……ほぇ~、【真鷲ましゅう組】さんってどちらかと言うと戦略兵器とか作ってそうなイメージだったんですけど……。流石は日本が誇る職人さん達ですね~。」


 分断された陸地を繋ぐ無数の糸の様に伸びる高架橋——今も残る島々となった地における重要なライフラインが、アートの様に海洋上にそびえる姿は……この国が例え滅びに直面しようとも、強き心で立ち上がる復興の姿を刻みつける。


 見習いSPの駆る純白と赤の車インテグラの車内で、仲睦まじい主従を見せ付ける当主と呼ばれた少女は……草薙が誇る裏門当主——草薙 桜花くさなぎ おうか

 と、その睦まじい会話をインカム越しに聞かされ……不機嫌をここぞと叩きつける少女が、後続の日本の至宝RX-7より通信を送り付ける。


『あ~~いいなそっちは……つかアタシ、あぎとさんと会話——続かないんだけど?』


『申し訳ありません、アーエルお嬢様。なにぶん貴女の会話領分などを把握しきれておりませんので……。』


『なっ?ずっとこんな感じだし……。アタシもそっちがいい……変わりたいし~~。』


「……アーエルちゃん、何気にそれ酷いから(汗)あぎとさんも顎さんで、素で答えてるね。」


 後続車両から響く不満タラタラ感を全面に押し出した声の主——ヴァチカンが誇る最強の称号【聖霊騎士パラディン】の頂きに至った少女……アムリエル・ヴィシュケ。


 この一団は三神守護宗家を代表する草薙くさなぎ家と八尺瓊やさかに家——それらが有する私設の特殊任務部隊……そして——

 先行する二台のスポーツマシンへ搭乗するのは、この世界における希望であり——先の地球と魔界に訪れた危機を救った、最大戦力の一角。


 討滅の魔法少女 草薙 桜花くさなぎ おうかと……断罪の魔法少女 アムリエル——ヴァンゼッヒ・シュビラであった。


『ごめんなさい、お姉様……私がそちらに搭乗出来ず——』


『いや!?つか、アセリアは悪くないし!?そっちはそっちの都合ってもんが——』


『私からも謝罪を述べさえて貰います、アムリエルお嬢様。大変……申し訳——』


『っておい!?シャルージェさんまで謝らくても……!?——ああ、分かったし!こっちで我慢するし!悪かったよ、あぎとさん!』


「……ああ……アーエルちゃんてば——アセリアさん達には弱いんだね~~。」


『うっ……うっさいし!』


 後方へ繋がる一団に紛れるは、英国機関より協力を申し出た少女——【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関代表のアセリア・ランスロット・ベリーリア……そして、その従者であるシャルージェ・アロンダイト。

 宗家専用車両に紛れた英国機関車両にて、現代の日本と世界の状況の推移を観測中である。


 観測の対象となる物——

 それは今世界中の数多の場所で活動を始めた歴史上最悪の霊災——【命の深淵オロチ】の活動状況であった。


「まあまあアーエルお嬢様、カガワの都に着けば一度は皆合流するんですから。……それにあちらには若菜わかなお嬢様に、新しいお友達も——」


「しーっ!ハルさん……そこは内緒だって——」


「あっ!?って、アーエルお嬢様!?今のはナシで——」


『つか——まる聞こえだし……。いいよ、内緒って事で。』


「ううぅ~~すみませ~~ん……。」


 ハイウェイをひた走る一団は、一路四国はカガワの都へ——その中でインカム越しにやり取りする親しき者たちは、ささやかな日常を醸し出す会話に終始する。


 しかし皆……その心へ同じ意思を秘めてそこに居る。


 これ以降に訪れる、大いなる厄災へ向けた万事をとどこおりなく進めるための今である事を——

 そして……その厄災との戦いの火蓋が切って落とされる場所こそが、向かう先——封印の地……カガワの都である事を——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る