1話—2 龍の住むため池

 日課でもあるお食事を堪能した八汰薙令嬢若菜は一路、お勤めの本命の場所へと向かう。

 素敵なうどん屋からも、数Kmと離れぬ場所に開けた小高いそこ—— 一面がまるで鏡面の様に陽光を反射させる、日本最大のため池。

 古より龍の住まう場所として知られ——荒ぶる龍は、民草を流れ出る大河となって苦しめたとの伝承も残る。


 いつしかその噂を聞きつけた、この封印の地へ強大な封印術式を施した偉大なる高僧——弘法大師によって、その荒ぶりを鎮めるために生み出されたため池。


 地球と魔界衝突と言う未曾有の危機は、言わば寝耳に水の様な事件――その事件が無ければ八尺瓊やさかに裏当主主導の下、この地で最大限の警戒を張れたのだ。

 あの悲劇の英雄ルーベンスとユニヒ・エラ――

 彼らが最も活躍した人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザードの時代……すでに崩壊寸前であった地球救済のため――崩壊の根源たる恐るべき災厄をこの封印の都カガワへ追い込み、ため池を用いて根の国へと封印した。


 それ以来ため地は、かつて龍の住まう池と呼ばれた事から――龍神封絶鏡――と呼ばれた。


「はぁ~~なんや久しぶりおすな~~☆素敵な自然に混じる人工物の感覚……ここはこの地の民に幸せあらん事をと、高僧はんの想いが籠められた素敵なため池――ほんまその想いは、ウチ等と同じ感じがします~~。」


 ドンくさいSP沙坐愛によるで、辛くも駐車区画まで漕ぎ着けたスーパーカーより降り立つ少女――八汰薙令嬢は大きく伸びをしつつ、その地にご満悦である。

 ご令嬢の感じた想いと言う点に、大切な友人となった魔界の王女テセラ――そして彼女と共にある赤き吸血鬼レゾンや、今も顔を突き合わす素敵な者達……小さな当主桜花断罪天使アムリエルを含む仲間が挑んだ戦いの意が含まれていた。


 人の世はいつの時代も永遠の安寧をあざ笑うかの様に、数多の災害や危機が襲来し――その度にそれらを救済するべく立ち上がる、偉大なる者達が存在した。

 故に日本と言う世界がそうである様に――地球と言う世界もまた、崩壊からの再生の想いの下……幾度と無く立ち上がり、生命の力強さを見せ付けたのだ。


「お嬢様~~は、早くおいで下さいませ~~!八咫やたの当主様がお待ちかねです~~!」


「――って、速っ!?いやいや沙坐愛さざめはん!?車から降りた途端、動き良過ぎる事ありまへん!?もう~、待って~な~!」


 いつものドンくささから、大蛇の高級車オロチ駐車後もまごつく想定であった令嬢の予想を見事に裏切ったドンくさいのSP――八咫やた当主と名乗る者の居る封印御殿となるお社へすでに駆け上がっていた。

 不意を突かれた八汰薙令嬢も、まさかの自分があのSPの後塵を浴びせられるハメになるとは――そんな面持ちで、SP後を駆けて行く。


「お邪魔しますえ~~……て言うか、沙坐愛さざめはんは——ああ、おりましたな……想像通りおすけど——」


 駐車スペース北東の階段を僅かに上がった小高い丘の上にたたずむお社は、龍のため池を守護するべく建てられた小さな神社——そこへ八咫やた家を代表する者が詰め、定期的な監視による封印術式状況観測を行っていた。

 その社裏手に回ったはんなり令嬢は、想定したSPの姿へ嘆息を漏らしつつ久しき人物との挨拶へと赴いた。


堂鏡どうきょう爺様、お久しゅう……いつもお努めご苦労様や。そしていつもウチの沙坐愛さざめはんがご迷惑をおかけしとります~~。」


「めい……それはあんまりです、お嬢様~~!?私は久しぶりにお爺様と——」


「ああ……これ、沙坐愛さざめや——次期当主になられるお方に粗相はならんぞ?お久しぶりじゃの、。」


「おっ……お爺様っ!?その名では——」


 久しき再開である積年の英知を覗かせる男……歳の頃は既に百を目前に控えるも、到底その年月を越したとは思えぬ若さが宿る、まさに長老——名を堂鏡どうきょうと呼ばれた彼は、守護宗家全体に於ける最長老でもある。

 その達者な長老が口にし、あのドンくさいSPですらな焦りを覚える名——八尺瓊やさかに家の分家であるはんなり令嬢若菜の別名——

 否……


「ええて……沙坐愛さざめはん。むしろ堂鏡どうきょう爺様はその名の方が馴染んどるえ?何せウチのお父様とお母様もお世話になっとりますよってな。」


「せやからお爺様にはその名で呼んでもろた方が、ウチかてうれしいわ。」


 嘆息を塗しつつ、慌てたSPへ大事ないと制し——懐かしくも寂しい過去を思考へ浮かべながら……今、その思い出の唯一の拠り所である者へ寄り添った。

 大事ないとしつつも、はんなり令嬢がその双眸へ浮かべる悲哀を感じ取る達者な長老堂鏡——既に長きに渡りしわの刻まれた手を……孫娘の様な少女の頭へ置き語る。


「アイシャよ……ほんに強うなったの。じゃが——もし悲しき時は素直に述べるがよい。宗家で古きより活躍する者は皆……そなたの哀しみを如何にして癒せるかを、常に心へ置いておる。」


「——おおきにな、堂鏡どうきょう爺様。せやけどホンマに大丈夫——なんと言うたかて、ウチに今と~~っても素敵で大切なお友達がおりますよって☆」


 はんなり令嬢も、無意識に己が瞳へ悲哀を宿してしまったなと察し——それを振り払う様に今彼女にとっての新たなる拠り所の話を切り出した。

 ——そう……先に見せた悲哀など嘘の様な輝く笑顔で——


 それを目にした達者な長老でさえ双眸を見開き……彼女の言葉はまさに真実である事を見抜いていた。


「ほっほ……。なんとその笑顔は……確かにその友人は、そなたにとっての新たなる家族になっている様じゃの。いやはや僥倖ぎょうこうじゃ!」


 齢90以上を数える達者な長老は、その歳を生きた者に相応しい……朗らかにして年季を感じさせる笑顔ではんなり令嬢の頭を撫で上げた。

 その最長老に孫娘の様に愛であげられる、はんなりな主を見るドンくさいSP——異様なまでに拗ねた表情で愚痴を零す。


「せっかく四国まで来たのに……お嬢様ばっかりずるいです……。」


「ああぁ……せやったね。沙坐愛さざめはんは、やったねぇ——なんや羨ましいんか?」


「そうです、ズルいです!お嬢様!——私はちゃんと、堂鏡どうきょう爺様の血筋のお孫さんなんですよっ!?」


「全く沙坐愛さざめは……成人しても変わらんのぉ。アイシャは孫娘どころかひ孫の年齢じゃぞ?お主も少しは精進せい!」


 ドンくさいSPはすでに年も20を超えるれっきとした成人——であるが……この達者な爺様を前にしたならば、はんなり令嬢でさえ年上に見える幼さを曝け出す。

 宗家でも多くが知る所である事実に、見やる少女も呆れが漏れた。


 そうした中――和気藹々もそこそこに本題に移らんと、はんなり令嬢が思考を切り替え口にする。


「それよりも堂鏡どうきょう爺様……れい叔母様へ連絡した件——現状はどないなってはります?これは最優先な確認事項おすからな——」


「おおっ……そうじゃ、すまぬのぅ——いやはやお嬢には、沙坐愛さざめがご迷惑をかけっぱなしじゃ——」


「おじーさまぁ~~それはあんまりですぅ~~(涙)!?」


 成人にあるまじき幼さのまま駄々をこねるSPの背を押す様に、はんなり令嬢は封絶鏡を眺める場所に設けられたお社——その奥の建物へと足を進めた。

 彼女のお役目でも最重要項目である深淵オロチの封印状況……その現状確認を取るために——



∽∽∽∽∽∽



 お社から僅かに離れた高台。

 そこに設けられた祭壇で一人の少女が封絶鏡を見つめている。

 池面の煌めきに、眩さで細める双眸はオレンジ——そこへかかる薄桃色の前髪を両側へ流し、後頭部より肩口へ流れた髪を三つ編みで結う姿。


 年の頃は魔法少女達に近き十代初めであろうその影は、手にした術式と思しき呪詛を描く扇子を開き——


〈いに~~しえ~~の~~——神代に~~準える~~——八百万やおよろずの~~おん高き~~神威の力——携えて~~——〉


 澄み渡る大気の如く彼方へ響くその声音こわねを、少女の身を囲む方陣にて淡き桜色の輝きへと変え……声に続くべベンッ!と響いた弦の嘆きが光を協奏曲へと昇華させる。

 同時に手の扇子と共に、花びらの如く舞い踊る姿は——差し詰め天女のそれ。


 それは僅か数分の桜舞い散るかの演舞——最後に……扇子へ顔を埋める様に膝を折って屈む姿が、身に纏う和の羽織りを棚引かせてようやく終演となる。


「お嬢様……今日も見事な舞にございましたっ。」


 が——その場を読まぬ様な気の抜けた語尾が響くと、和の羽織りを纏う少女がガクンッ!と諸手を投げる様に崩れ落ちた。


「こ~~ら~~!せっかく可憐に締めた所で、その語尾は止めんかいなサクヤちゃん!体の力が抜けちゃったさ~~!?」


「しゅ?何か問題でも?」


「問題しか~~あ~~ら~~へ~~んっ!」


 直前のおごそかで煌びやかな雰囲気が一転——ボロボロ崩れ落ちた、緩い日常の様なやり取りをぶちかます少女達。


「それよりも先ほど、沙坐愛さざめ様のお車を確認しましたっしゅ。八汰薙のお嬢様がいらっしゃったかと——」


 サクヤと称された少女——深い黒の御髪は腰まで届き、前髪を含む毛先が綺麗に切り揃えられる様は日本人形を思わせる。

 その手には深い黒の漆で彩られた三味線が握られ——

 さらに口調とは裏腹に、キリリと引き締まる切れ長の双眸は無用なまでのギャップを生んでいた。


 そして、黒髪人形少女サクヤの言葉に反応した羽織りを纏う少女が引き締まる双眸を宿し——


「——うん……時が——動き出したみたいやね。」


 別人とも思える凛々しさのまま、立ち上がるその足で……客人来訪を歓迎するためにお社へと向かうのであった。

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