5話—3 魔業の魔法少女

 守護宗家にとって……そして地球に住まう民にとっての非常事態が舞い込み——素早く赤き旗艦武蔵への乗艦をと急ぐ魔法少女と支える者達。

 残すは勝利呼ぶ当主炎羅に呼び止められたはんなり令嬢若菜……彼女の乗艦を待つのみであった。


若菜わかなちゃん!さあ、行こう……私達が——」


 今まではんなり令嬢の献身で救われて来た少女達は、彼女がそばにいる——それだけで襲い来る数多の危機を乗り越えられた……そんな思いを抱いてその乗艦を待つ。

 だが——はんなりな慈愛が売りの少女が立ち止まり……高らかに想いの長を言い放つ。


「もう守られるだけは嫌なんおす!」


 それは彼女に支えられた少女達も想像しなかった、はんなり令嬢の熱き思いの猛り。

 そこに宿る決意はすでに揺るぎない形となって……少女の双眸へと光を宿す。


 しかしその真意に絶望的なまでの不安を爆発させた、支える者の一人が叫ぶ様に悲痛を放つ。


「お……お嬢様っ!?何を……何を言っているのですか!?まさか、を解放する気じゃ——」


「違いますえ?沙坐愛さざめはん。確かにあの時はただ衝動に駆られただけおした。」


 悲痛に歪むドンくさいSP沙坐愛の叫びを制するはんなり令嬢……が、宿す思いは負への情念などでは無い戦う意思——

 生きる者の……生へ向けた熾烈なる叫び。


「せやけどな……やっとウチに、お父様とお母様の思いが届いたんおす。きっとこうなる事を見据えてウチへと残してくれてた……キッカケとなる思いを——」


「……お……嬢様?それはどう言う——!?——」


 悲痛のまま疑念を浮かべたSPに見える様——はんなり令嬢が差し出したのは、剣と時の歯車を形取る小さな首飾り。

 SPはそれが何なのか理解に及ばず、疑問符に思考を支配されるが——その解を放ったのは、似通う物をよく知る小さな当主のSP綾城 顎あやしろ あぎとであった。


「ようやく……約束された目覚めが訪れた様ですね、若菜わかなお嬢様。それは誰も望みはしていない……しかし、揺るがぬならばせめて降りかかる業を減じたい——」


「その願いの全てはそれに——あの悲劇の英雄から守護宗家に託された、切なる思いの証マガ・スペリオル・メイデン・システムに込められています。」


 語られた衝撃はそこにいる少女達——そして何より、はんなり令嬢を守り続けたSPへ……衝撃となって駆け抜けた。


「お嬢様……そんな——」


国塚くにつか……もう若菜わかなお嬢様は決断なされた。そしてお嬢様を守るために生み出された、悲劇の英雄の残した切なる思いの形もその手にある。言わば今こそ——」


「今こそお嬢様の……巣立ちの時だぞ?」


 優しきSPも、己が仕える主人の真なる成長を見届けたばかり。

 故にいつまでも少女達を籠に閉じ込めるは、大人の取るべき道では無いとの意を込め同僚となるSPへ告げる。


 一時の間——ゆらりと顔を上げたドンくさいSPの表情から……——

 まんまるメガネと称されたそれを取り払った表情は、凛々しき大人のそれ。

 メガネの奥に溢れていた熱い雫は、主の巣立ちには相応しくないと拭い去り——続いて輝いたのは、紛う事無き守護宗家SPの面構え。


 そして——


「強くなられましたね、若菜わかな様。これよりあなたには、人の持つ人生では想像も出来ぬ……永遠とも思える煉獄が待ち受けます。それでも——」


「それでも内なる厄災の力を押さえ込み……決して負に落とさぬ覚悟がおありですか?」


「覚悟はあります。せやけどそれは、一人で背負えるものや無い言うのも理解しとりますえ?ウチの覚悟は……ここにいるみんな——」


「アーエルちゃんにレゾンはん。桜花おうかちゃんと……そして、テセラはんがおるからこそ生まれた覚悟おすから。」


 見た事も無いドンくさかったSPの表情へ……見せた事も無い凛々しきしたり顔を突き付けたはんなり令嬢。

 もはやそこに言葉のやり取りなど不要であった。


 深い嘆息……しかし令嬢を見やるSPの表情から憂いが霧散した。

 彼女もようやく理解する。

 己が仕えし少女は、では無い——前へと自らの足で踏み出し、戦う事が出来る少女であると。


 SPの記憶に眠るは悲劇……だがその悲劇すら背負って歩む者こそが、己の仕えてきた者——三神守護宗家に預けられし、英雄の血を継ぐ少女であったのだ。


「……若菜わかなお嬢様——私はあなたに仕えられて幸せでした。行って下さい……あなたの進むべき試練の道へ!」


 送られたのは燦々さんぜんと輝く太陽の如き笑顔。

 SP国塚くにつかも覚悟を決めた。

 過保護のまま主を籠に閉じ込めるよりも、世界に放つべきと悟ったから。

 はんなり令嬢もそれを感じ取り……そして手にした愛しき両親の思いを天へと掲げ——


 ——遂にその力を解き放つ。


「我が内へ巣食いし厄災の因子!数字の名を冠する獣ナンバー・オブ・ザ・ビーストの定めよ——これより我は、汝を我が意識の支配下へと置く!目覚めよ我が力を御する物——」


「〈痛みを穿つ救いの時空クロノペイン・セイバー〉……我に従い起動せよ!」


 解き放つはおびただしいエネルギーの胎動。

 光にも魔にも属さず、その一帯を包むは宇宙の真理である純物理のエネルギー。

 はんなり令嬢の言葉に呼応した痛み殺しクロノペイン・セイバーは、眩き光で少女を包み――秘められし真なる咆哮を解き放つ。


 そして掲げたその手を握りしめるはんなり令嬢が——劇的なる変貌を遂げる事となる。


魔法少女マガ・スペリオル・メイデンシステム——」


「装填……戦乙女形態ヴァルキュリア・モード数字を冠する獣ナンバー・オブ・ザ・ビースト・クォーティア!!」


 魔法少女としてその力の発現が叶う四人の少女達。

 その眼前へみなの何れとも異なる波動が大気を揺るがせる。


 現れたるは左右に分かれる様に配された白と黒……震空物質繊維オリハルコンファイバー製ゴシックドレスに宿るは、純真ながら化け物へと変えられたと——その痛みを全て引き受けるために、深淵に落ちる道を選びし

 背に広がるは有機生物を思わせる左の肩翼と、無機的な機械を感じさせる右の肩翼。

 さらに右腕を覆う有機質の纏いに、左下肢に纏われる機械式の甲冑。


若菜わかなちゃん……キレイ。」


「フッ……テセラに同意だ。しかしこの場合どちらで呼べばいい?若菜わかなか?それともアイシャか?」


 戦乙女形態ヴァルキュリアモードとして彼女を包む姿は、パワードスーツを形取る四人と大きく異なり――生身がそのまま露出する形状。

 であるがそれは数字の獣ビーストが有する最たる特徴――数多の者から化け物と称される最大要因である。

 コアである数字の獣ビーストが力を解放した主の身体へ無限の新陳代謝機能を付与し……あらゆる傷の超回復と外宇宙での活動すらも可能とする、生物学的に究極とも言える能力。

 永久機関とも称される数字の獣のコアがあって初めて実現する、世界の誰もがそれを我が手にとの妄執に駆られた禁断の技術であった。


「ばーか、何言ってんだし……この吸血鬼は。そんなの好きに呼べばいいんだよ。だってこいつは私達にとっての若菜わかなであり、その過去を知る者にとってのアイシャなんだし!」


「うん……そうだね。私達にとって若菜わかなちゃんである事には変わりないんだ。だから――」


 眼前に現れたるは化け物である。

 そのはずが、金色の王女テセラは美しさを賛美し……赤き魔王レゾンは何事もなかった様に、二つある名のいずれを呼べばと問うて来る。

 赤き魔王が疑問を投げれば、聖霊騎士パラディンとなった断罪天使アーエルは嘆息のままに出された問いへ当たり前の解を提示し――

 そこへ最強の当主桜花も同意と首肯する。


 先の防衛大戦を切り抜けた四人の魔法少女は、皆想いは同じと視線を新たに生まれた魔法少女へと一斉に注いだ。


「そうおすえ。ウチはみんなにとっての若菜わかなであり――お父様やお母様の過去を知る方にとってのアイシャおす。それ以上でも……それ以下でもありまへんよって。」


 四人の視線に同じく映る獣宿せし少女は――

 愛しき友人達の言葉へ力強き想いを返し……そして背に舞う違う姿の双翼を雄々しく広げた。


「ではみなはん、行きまひょ!まずは事の真相確認と、新呉市からの救助要請へ答えるべく――」


「この魔導超戦艦日本の魂の片翼である武蔵と供に……瀬戸の海をく駆けますえ!若菜わかなよりカミラはんへ――武蔵……抜錨おすっ!」


 四つの魂の支援を受けて――

 魔業を背負う少女が飛び立った。

 これより彼女を襲う無限の煉獄へ、凛々しき真紅の双眸を叩き付ける様に――

 背後へ魔導の最大戦力をたずさえて……蒼き星の大気を孕む様に舞い上がる。


 双翼へ……父と母の無限の想いを羽ばたかせて――

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