4話—5 宗家激震!強奪の大和!

 それはかつての悲劇の再来か——

 しかし襲うは異形の戦士。

 鳴り響いた警報が、西の居城新呉市を戦慄で包んだ。


『各員に通達——これより新呉市は敵対者への防衛のため、各種防衛兵装を最大展開します!なお——』


『守護宗家守備隊は直ちに武装展開!対侵入者迎撃行動へ!』


 新呉市――メガフロートは管理管制施設。

 速かなる対処を並行展開するは暁の伝説ライジング・サンが一人——この居城管理を担う亜相 沙織あそう さおりである。

 厳しい視線の先に並ぶ管制モニター群が映し出すは、予想だにしない非常事態——……この居城を襲撃した姿であった。


「……これは一体どういう事!?病床のはずの八咫やた当主候補筆頭が、この新呉市メガフロートを襲撃とかって——訳が分からないわっ!」


 ショートヘアーが肩口で切り揃えられた美貌は、他の暁の伝説ライジング・サンと同様の覚醒に至る者。

 その管理局長殿が困惑と危機感を顕とする。

 そこへ響く通信——険しさを浮かべつつも冷静を装う男性が、一部モニターを占拠した。


沙織さおりっ!状況はどうなっている!?お前は無事か!』


闘真とうま君!私は無事よ……けど問題はそんな事じゃないっぽいわよ!?襲撃者は迷わずメガフロートの格納ドックへ向かってる!」


 管理局長の言葉へ、モニターへ映る男性が双眸を見開いた。

 刈り上げられた頭髪を、バンダナでさらにカチあげる御髪……すでに歴戦を重ねた戦士の面持ちを持つ男性——闘真とうまと呼ばれた者は、見開く双眸のままに事の真意へと辿り着く。


『侵入者の狙いは……大和かっ!?』


 日の都の暁ライジング・サンでさえも、この事態は想定の遥か彼方——

 先の防衛大戦時……確かに一部の宗家内重鎮が深淵オロチへの誘惑に堕ち、襲撃を敢行したが——今現実に起きている事態は、そんなレベルをすでに超越していた。


 宗家の一派を担うべき当主候補が深淵と手を組み……あらぬ物へとその魔手を伸ばしていたから。


 ——超弩級戦艦 大和——

 そこに込められた悲劇を多く知る日本の民は、それが生み出された時代背景その物を憎む。

 悲しき戦争の悲劇など……民の誰もが望んではいない。

 だからこそ魔導超戦艦として再生した大和の名を冠する軍艦は、この荒廃した世界を蹂躙せんとする命の深淵オロチを屠るために生み出されたはずであった。


沙織さおりっ……俺はすぐにでも機動兵装隊を組織して向かうが——襲撃が急すぎて間に合う保証は無い!——最悪の事態を鑑み、魔法少女達へ連絡をとばしておいてくれっ!』


「ええ……任せておいて!それまではこちらも、可能な限り対処します!大和が再び悲しみの戦火に投入される様を、黙って見てなんていられないわっ!」


 通信先で管理局長沙織の旦那である兵装隊教導官闘真は、強き意志宿る双眸で首肯し通信を遮断——それを確認した管理局長も、室内テーブル引き出しから対魔弾装填済みのグロッグを取り管制室を飛び出した。


「こちら亜相あそうよっ!各員状況を報告してっ!」


 首元にインカムを装着した彼女はすかさず、メガフロート防衛にあたる宗家守備隊へ声を飛ばし——最下層に位置する格納ドックへ駆けた。

 非常事態打開のために……最悪の事態を回避するために——



∽∽∽∽∽∽



 平和への象徴であり、新たなる脅威に対する最後の砦として——それは三神守護宗家へ国家が全面支援する事で生み出された。

 東西でそれを最初に建造されたのは、それぞれかつての悲劇を最も味わった場所。

 味わったからこそ……それを二度と繰り返させないと言う決意の元、それらを守る居城として誕生したのがメガフロートであった。


 そしてそれは超戦艦も同様であり、未来への希望を背負い——再びその名を冠して再生されたのだ。


 込められた意志は先の防衛大戦の折、導師ギュアネスの野望から世界を防衛すると言う……面目躍如の活躍で証明されていたはずだ。


 ——それを台無しにする事態が……刻一刻と迫っていた。


「くそっ!?相手が魔法少女では実弾の使用さえ——っぐあっ!?」


「各員下がれっ!相手は当主クラス——その上を有している!正面からでは——うわっ!?」


「悪いが邪魔はさせない。大人しく大和までの道を開けてもらおう。」


 宵闇を思わせる紺碧の御髪を揺らし、それは一歩……また一歩と悲劇の超戦艦の元へ足を進めていた。

 深淵に対しては絶大な防衛力を誇る守護宗家守備隊——が、彼らは一つの厳格なる制約の元に武器を手にしていた。

 それは人型を取り……且つ霊的に高位——言わば、と言う物である。


 故にそれを相手取った際——直接的な攻撃を行えず、警告を発するのみの手段しか取らざるを得ないのだ。


「これはどう言う事か説明をして頂けるかしら!?八咫やた家当主筆頭候補……八咫 御津迦やた みつか殿っ!返答によっては厳しい対処で迎えざるをえないわよ!?」


 その眼前へ、管制室から駆けつけた管理局長が立ちはだかり対魔銃をかざすが——


「止めておけ……それを主へ向ける事は出来ないと——私も認識している。」


「はっ?主って何を——って……あなたまさか——」


 一瞬、眼前の当主候補が発した言葉へ疑問符を浮かべた管理局長——だが……その言葉が意味した悲劇の事実へ至った管理局長が——

 悲痛のままに言葉を漏らす。


「もしかして——八咫やた家は当主継承を、強行した……の!?そして——」


「あなたは……従者。そのあなたが、御津迦みつか殿の身体を使っているという事……は——」


 暁の伝説ライジング・サンもあくまで一例として聞き及び——宗家に於いても、当主継承時の最悪の例として可能性を示唆されていた事態。

 継承の儀により……最悪の事例である。


 伝説と言われた管理局長でさえ、その事態がどれほど残酷なる悲劇かを理解しており……構えた護身銃を持つ両腕が、僅かに下がった刹那——


「……ぁぐっ……!?」


 局長が激痛を感じた時には、弾かれた身体が施設内の機械壁へ叩き付けられていた。

 音もなく管理局長のふところを脅かした鏡の化身は、ささやかな加減を加えるも……容赦なき一撃を加えたのだ。


 既に行く手を阻む者が居なくなった最下層通路——メガフロート最深部に位置する格納ドッグ扉を視界に捉えた鏡の化身は、生体認証……八咫やた家当主候補である己が主の認証で難なく扉を開いた。


「拒む者は容赦はしない……が、私の目的に無用の殺生を巻き込むつもりも無い。大人しく大和を明け渡して——」


 と……視線を倒れた守備隊と管理局長から、大和が格納されるであろう場所を見やる鏡の化身——しかしさらに立ち塞がったのは……太陽系を代表する職人集団の長——

真鷲組ましゅうぐみ】棟梁の真垣 華那美まがき かなみ……通称カナちゃんさんであった。


「こっからは一歩も通さへんで、当主はん!大和は……大和は日本を守るために再建造されたんや——それを、悲しい戦争の渦中へは戻させやせん!」


 気丈に立ち向かう女性。

 二房に束ねられた後ろ髪は茶の混じる黒。

 女性はまさに背後にそびえる日本の魂再生・建造へ、一から携わった技術屋のトップであり——大和の名を冠する、戦艦の悲しき悲劇を先代より聞き及ぶ者である。


 だがその気丈さも民間人レベル——眼前へ迫るは、身内を紙の様に屠る戦闘をこなす脅威。

 太刀打ち出来ぬ驚異を前にした彼女の足は、力を込めるも立つのがやっと——竦み上がらぬだけでも大した者と言える様相。


 視界に捉えた女性へ、驚異を確認出来ないと悟る鏡の化身。

 だが——念を押す様に、震える足で立ちはだかる真鷲の棟梁カナちゃんさんへ手を添えると——


「……っがっ!?」


 鈍い閃光に弾かれた棟梁が、硬質な機械床面へと叩き付けられる。

 そのまま今しがた叩き付けられた者への視線も向けず……ただ一点——すでに視界に捉えた200mを超える巨大なる艦を睨め付ける鏡の化身。


「……やめ……や!もう、その……船は——悲しみを背負う……必要は無いんや!……頼む……止めたって——」


 すでに身動きすら取れぬ棟梁は、嗚咽に塗れながらも必死で訴える。

 彼女率いる技術屋が己の魂を込め蘇らせたのは、かつての大戦時に不条理を抱えたまま水面に沈んだ誇り——魔界側の武蔵と共に世界へ打って出るはずであったそれの本来の姿は、朽ちてなお人々の記憶に残り続けている。

 そこに込められるはひとえに平和への願いであり——蘇ったとて、再び血で血を洗う戦火に飲まれる事など望んではいないのだ。


 そんな魂を再生させた技術屋は、悲しき過去を知り得るからこそ……二度とその砲火を人対人の争いに向けさせぬ——その一心で日本の魂再建造へと名乗りを上げたのだ。


「……この艦を奪ったからと言って、その砲火を民草へ向ける様な事はしません。——が、私の行く手を阻むならば……そこへ容赦などはしない。」


 嗚咽のまま意識を手放した技術屋棟梁へ、そちらを見やる事なく言葉を送った鏡の化身。

 程なく日の本の魂ブリッジへと上がった彼女が——

 己が願いを果たすためだけに機関を起動させる。


 先の大戦で破壊の炎神ヒノカグツチを霊力的に接続した奇策が仇となり……同じ天津神の神族である宵闇の化身ツクヨミノミコトにとっては、艦を起動させるなど造作もない事であった。


 そして——

 西の居城新呉市最下層ドックを強引に突き破り出航した巨影が程なく、八咫やたの秘術である姿隠しの奥義八咫天鏡で蒼き星の大気と同化した。


 悲しき定めを背負いし大和が……再び人対人の戦火に放り込まれるのを意に介さぬ鏡の化身は——ただ己の望む願いのままに、その舵を切っていた。

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