8話—3 命の重さをその身に刻み

 画して鏡の化身にして天津神に於ける闇夜を統べる神……ツクヨミノミコトを深淵より解き放った魔法少女達。

 だが——目の当たりにした事実は、簡単に受け入れられるものではなかった。


 安らかな表情で意識を手放した闇夜の神ツクヨミノミコトを、大和甲板へと預けた少女達。

 その神の頭部を膝の上で抱き留めているのは歌姫焔ノ命である。


「皆……もうこの事実は揺るぎはせぇへん。御津迦みつか君はこの身体から……霊的繋がりを切り離した所や。」


 死との言い回しを回避する歌姫。

 悲痛を浮かべるも、同時に覚悟をその双眸へたたえていた。

 そんなただならぬ気配にいち早く気付いたのは……数多の悲しき定めも超えてきた赤煉の魔王レゾンである。


焔ノ命ほのめ……もう少し悲痛にまみれていると思ったが——何か思う所があるのか?」


 口にするは場を読まぬ様な発言ではない、客観的且つ達観した心構えから来る物。

 吐き捨てたのがただの人ならば友人達もたしなめの言葉を述べただろう——が、魔王は魔王たる威厳の元にそれを放っていた。

 それは天楼の魔界セフィロトと言う世界に居を構える、かの命の竜を統べし竜魔王ブラドを彷彿させる姿。


 ——否……今の赤き少女は、なのだ。


 そんな魔王の言葉に少し瞳を開き、嘆息のまま視線を送る歌姫。

 彼女が今最も協力を得たいと思う存在へ……決意と——そこに至った経緯を紡いで行く。


「レゾンちゃんはやっぱり魔界の魔王様なんやね。若菜わかなちゃんや皆に聞いた通りや。そう——」


「これからウチが行おうとする行為は、正直レゾンちゃんの力を借りなどうしようもない禁忌の秘術。けどこのままツクヨミの神様を放置はでけへんよってな。仕方あらへんわ……。」


焔ノ命ほのめちゃん……それは一体どう言う——」


 明らさまに遠まわしの語り。

 さらにはそこへ赤煉の魔王が含まれた事に、金色の王女テセラが疑問符を浮かべる。

 同じく事の全容を掴みきれぬ聖霊天使アーエルも頭をひねっていた。


 だが——

 歌姫が語らんとする言葉は、宗家で身内と呼べる者には余す事なく伝わっていた。

 両超戦艦内で外部音声越しに聞き入る支える者達も同様に。


 そして三神守護宗家は一家、八咫やた家裏門当主の後継者……八咫 焔ノ命やた ほのめは言い放つ。

 これより彼女が展開せんとする、守護宗家に於いても神々に属する存在の力を借りて初めてなす事の叶う——禁断の秘術の全容を。


「ツクヨミの神様は霊的な肉体を持ち得ぬままに、物質界へ顕現しとる。せやからこのまま今の神様を放置したら、霊的なくびきが暴走し取り返しがつかん事になるんや。」


「せやから——せやからこれから、御津迦みつか君の存在とツクヨミの神様の霊魂を使い……〈輪廻転生の秘術〉を発動するんや。」


 語られた言葉に絶句する魔法少女達。

 それは言うに及ばず……彼女達はこれまで、幾つもの死と向き合って来ていた。

 そんな彼女らに取っても命が蘇るなどと言う禁忌の秘術は、もはや思わせたからだ。


 しかし、歌姫の言葉に混じった神霊に属するツクヨミノミコトの暴走と言う観点——そこに反応したのは赤煉の魔王である。


「神になぞらえる者の後がかかるならば、手段を選んでいる暇はないな。だが……それはあくまで輪廻転生——。そうだな?焔ノ命ほのめ。」


「……せや。これはあくまで神様の霊的な暴走を防ぐ手段であり、とは根本で異なる術式や。」


 猶予なき状況も沈黙が支配する。

 言葉で聞いたとて、容易にそれを看過出来るものではないから。


 その重い沈黙を破ったのは――獣宿す令嬢若菜である。


「ほなら早う秘術に必要な準備と、場所移動……終わらせなあきまへんえ? 事が一刻をあらそうならなおさらおす。」


若菜わかな、ちゃん……。」


 大切な者を失う悲しみを何より知る令嬢が、一同を代表して口火を切る。

 彼女の両親はすでに手遅れであった世界のために、悪意の矛先となる様必要悪を演じた。

 そんなままならぬ因果と戦い続けた、壮絶なる苦しみと悲しみを間近で目撃した獣宿す令嬢こそが……それを口にする権利を持つ。


 それを知る最強の当主桜花は名を呼ぶも、それ以降を飲み込み首肯した。



 そして――

 魔法少女達と支える者達は一路、その秘術を展開できる現状もっとも相応しき場所へと二隻の魔導超戦艦を向かわせる。


 ――黄泉比良坂ヨモツヒラサカへと繋がる門、竜神封絶鏡へと――



∽∽∽∽∽∽



 突き付けられた現実と成さねばならぬそれを思考へと刻むウチ達。

 皆幾つもの葛藤が消えては浮かんでいるのが傍目でも見て取れました。

 言葉にすれば重く、それを現実に成すとなれば果たしてその重すぎる業を背負えるのだろうか。


 けど――ウチらはそんな重き戦いをいくつも乗り越え、今を迎えたのです。


『なるほどのぅ——委細承知した……焔ノ命ほのめよ。こちらでも準備を進めておくでな。』


「堪忍や、堂鏡どうきょう爺様。ウチもこんな事態は想像してへんかったんや。」


焔ノ命ほのめが謝る様な事ではなかろう。こちらに到着するまでの間、その疲弊した心を休めておけ。よいな? 』


 深淵の支配からようやく離れる事となった蒼き壱番艦大和内——モニターで案じる様な面持ちの堂鏡どうきょう爺さまが憂う様に通信を切断します。

 それは言うに及ばず……焔ノ命ほのめはんが直面した、余りにも理不尽な現実をおもんばかる思いやりです。


 私達は皆社会で言えば初等から中等部の女子児童の域を出ず、その年齢層にある者が大切な家族の唐突なる死を受け入れるなど無理な話とも言えます。

 けれどウチらはそんな定めに足を踏み入れた者であり——避けられぬからこそ、それを憂う大人達がありったけのいたわりを贈ってくれるのです。


「さて、焔ノ命ほのめ。私がこの秘術に必要な鍵との事だが……どの様な協力を——」


「レゾンちゃん……もう。焔ノ命ほのめちゃんを少し休ませてあげないと。」


「……ふぅ。迂闊だったな、許せ。私とした事が急いてしまったよ。大切な者を失うと言う経験が私とてない訳でもないからな。」


『レゾン……お姉様。わたくしも同じ想いにございますわ。それは私達の心に深く刻まれた惨劇——』


『だからこそわたくし達は、それと同じ境遇の友人方を放ってなど置けない——ですわよね? 』


「そうだな。カミラが言う通りだ。」


 急くレゾンちゃんをテセラお姉ちゃんが制するも、武蔵から妹たるカミラはんが想いを代弁し——

 それこそが惨劇を乗り越えた彼女達の切なる願いと、皆が改めて思い知ります。


 その頃合いを見計らったあぎとさんが事を仕切ります。

 これより三神守護宗家の独壇場となる儀式を恙無つつがなく行うと、その場を推し進める様に——


「お嬢様方の覚悟はすでにお決まりですね? なれば今より、大和と武蔵が向かう竜神封絶鏡にて早急に儀が進められる様算段を付けましょう。それまで——」


「はい。お嬢様方には十分な休息を取って頂こうと思います。若菜わかなお嬢様、よろしいですね? 」


 あぎとさんに続く沙坐愛さざめはんの、すでにSPたる双眸を目の当たりにしたウチも反論を持ち合わせておらず——


「そうおすな。ウチらは少し休ませて貰いますえ。支えてくれる大人方が必要となる場を整えてくれるいうなら、ウチらも黙ってそれに従う以外にありまへんよって。」


 いたわりに満ちた彼女の想いを精一杯この身で受け取ったウチは……焔ノ命ほのめちゃんを始めとした友人達を連れ立ち、取り戻したばかりの大和内での休息を取る事としたのです。



 儀の中心となる月のカミサマを、大和内医務室のベッドへと預けて——



 ∽∽∽∽∽∽



 少しだけ過去。

 ボクにとっての切なくて……けれど掛け替えのない一時。


 あなたがいてくれたから、ボクはボクでいられたんだ。


「(主よ。我が主……八咫 御津迦やた みつかよ……。)」


 うん、分かってる。

 君が今でもボクを大切に思ってくれていると言う事を。

 だから……いいんだ。


 もうあなたは、頑張らなくてもいいんだ。


 後は彼女達に任せよう。

 ボク達はこのままではダメになる。

 大切な人のいるこの日本を……地球と言う世界をダメにしてしまう。



 だから——

 やり直そう。

 彼女達の力を借りて、もう一度……——

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