3話—5 その心に生まれた決意

 そこはカガワの都中部地区の沿岸港。

 数少ないフェリーがこの崩壊復興後も忙しなく行き交い——都の民にとっての生活を支えていた。


 だがそのフェリー群を尻目に、港へ君臨する姿があった。

 200mを超える全長と折り畳まれた巨大なる翼が、異なる文明の融合を感じさせるそれ——

 三神守護宗家の技術の粋を結集し建造された、魔導技術と古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーが蘇らせた伝説の不沈艦……大和型魔導超戦艦 弐番艦——魔界への友好の証として献上された超弩級戦艦である。

 船体サイズから来る座礁も考慮された重力制御と言う形ではあるが、宇宙より舞い降りながらも海洋航行艦然とした寄港が一枚絵にすらなり得ていた。


「うわぁ~~これホンマに復活させてたんや。ウチ宗家に属しとりながら、大和すら拝んだことあらへんで?ふへぇ~~これが戦艦か~~。」


わらわはセンカンと言う概念は理解に及ばぬ所にございますっしゅが……なるほどこれは——旧文化の全盛期では、さぞ強力な力を誇ったでしょう……姿形が機能美に溢れておりますっしゅ。」


 先の大戦時も封印の地守護を担っていた舞姫焔ノ命黒髪人形少女サクヤは、さも珍しい物を見る目で舐める様に巨大なる艦を見渡していた。

 しかし黒髪人形少女に至っては……あの天津神の炎神ヒノカグツチの如くお上り感を全面に押し出す、慣れぬ科学文明圏への無知を晒すが。


「ではお嬢様方、こちらへ。艦内の特設大ホールにて、英国協力勢と……お嬢様方のかねてよりの待ち人方がお待ちです。」


「はいな……ほならテセラちゃんに桜花おうかちゃん、焔ノ命ほのめちゃんにサクヤちゃん——魔界からのお友達とお客人——ご対面おす~~☆」


「「「おー!」」」


 外観をかつての超弩級戦艦の意匠になぞらえつつ——それでいて各所へいにしえの超技術を散りばめる艦は、電磁式のエスカレーターを港へ伸ばし……魔法少女達と、支える者達を迎え入れる。


「いかがなさいましたか?ハル嬢。どうぞこちらへ——」


「あの……私流石にこんな軍艦への搭乗は初めてで——それにあぎとさん……カズーさんは?」


「ボクの事は気にせんと……行ってください。恐らくこれ以上は、一民間人である自分には過ぎた領分や思いますんで。」


「彼の言い分通りです。しかし案ずる事はありません——彼らチームにはこれ以降、何かと一般送迎などで協力依頼を仰ぐ事となります。ですがハル嬢はSPとしての経験にはよい機会……ご同行願います。」


 優しきSPの言葉で嫌な汗を滴らせながら、チームBUG出向の青年へ手を振りつつ——


「SPって……想像以上に大変なんですね……。頑張ります。」


 嘆息のままその足をエスカレーターに預けると、初体験の軍艦の中へと消えていった。


「ふぅ……と言ったら——ウチのリーダー、発狂するやろな……。」


 艦内へと消える宗家組を一瞥する眼鏡の好青年カズーは、BUGリーダージェイ・関谷であった事実を思い出しつつ——同型である武蔵を尻目に、一先ずの依頼完了として——

 白き孤高の4ドアロータリーRX‐8でその場を後にした。



∽∽∽∽∽∽



 ウチらが電磁式エスカレーターを上って進むのは、懐かしき友人と新たなる来訪者の待つ武蔵艦内特設大ホール。

 心の奥底に先の異形の襲撃が引っかかり……それが気にならないと言えば嘘になりますが——

 そもそもその不安を取り払ってくれた素敵な友人を立て、今はそれを振りほどく様に歩きます。


 ただ……隣を歩く焔ノ命ほのめちゃんとサクヤちゃんは、どうにもそれが頭を過ぎる様で――彼女達では考えられぬ程に陰りを顕としていましたが。


「さあ、着きましたよ!では——少しだけ懐かしき顔と、初顔合わせの方とのご対面です!」


 先頭に立ち、ウチ含む宗家組を案内してくれた素敵な王女様——けれど最初彼女とお話しした時からは、比べるまでも無く堂々たる歩み。

 それでいて、魔族の王族たる威厳と凛々しさを兼ね備えたテセラはん……まるで別人かとも思えました。


 多分に空気を読みつつ放たれる言葉には、今陰りを見せる二人の初顔さん達の心情さえも鑑みた配慮がにじみ……そこでようやく「ああ、これこそテセラはんや。」と安堵したものです。


「早よ早よ、テセラはん!扉を開けておくれやす!もうアーエルちゃん達は到着しとるんおすえ!?」


 不謹慎と思いつつも、久方ぶりの友人に……との出会いが待ち切れないウチは、思わずテセラはんを急かしててしまい——


若菜わかなちゃん、ウキウキが全開だね~~。さぁ、開けるよ!」


 急かされたテセラはんが、電磁パネルを操作し——視界に映る淡い蒼の金属扉が、重々しさを感じさせぬ動きで開け放たれます。


 そして視界に飛び込んだのは——まぁ、……——


「アタシは助けてとは頼んでねーし!?勝手な事してんなよ、吸血鬼!」


「ふぅ……見るからに窮地に立たされていた様に見えたんだが?断罪天使。よもやその年で痴呆でも発症したか?」


「——ああ……忘れてた狂気がMAXでたかぶってんだけど!?ちょっと今から表へ出るし——その体へ分からせてやんよっ!」


「……えええぇ~~(汗)ウキウキが、台無しおす~~……。」


 視界に映るに、深海の様に深い嘆息で肩をガクリと落としてしまうウチ――ええ……そうなんです。


 この二人は正に相反する立場——

 方や魔を滅する機関に属し、異形の深淵オロチ以外では闇夜に蔓延はびこり……人の世に害なす野良魔族討伐に特化した、主の加護を受けし聖なる天使様。

 方や深淵を餌に生まれた野良魔族であったけれど、その種からたもとを分かち――高貴なる血統に目覚めた闇夜を生きる吸血鬼。


 その絶望的なまでに対極へ位置するこの二人——とっても仲が悪いのです。

 と言っても、それはおおよそ傍目からの様子であり……実際本心では互いを認めている——なのですが……顔を合わせればこの通りなのでした。


「あー……うん。やると思ってたよ?二人とも。でもここは少し落ち着いてくれるとありがたいのだけど?」


「……テセラが言うのなら仕方ないな。断罪天使……今日の所は引け——またいつでも相手をしてやる。」


「……そうだし。テセラが言うならアタシは我慢も止むなしだな。つか、上から目線で語ってんじゃねぇぞ!?吸血鬼!」


「いや?——発言したのだが?」


 そしてテセラちゃんが仲裁に入ると、案外二人ともチョロイ感じな訳で……ようやく再開と初対面の場を構築出来た——


 と思考したウチ—— 一瞬に引っ掛かりを覚えて、その発信者へと問い質します。


「相変わらずテセラちゃんには弱いなぁ二人と——ん?はて?今レゾンちゃんなんて言いはりました?」


 その問いへ——

 そこに会する一同——それも、先の防衛大戦後の彼女しか知り得ない面々限定で……想定など遥か彼方へ弾け飛ぶ回答が強襲したのです。


「ちょうど皆そろった所だ……頃合いだろう。改めて名乗ろう——私はレゾン……レゾン・オルフェス・——」


「つい最近、天楼の魔界セフィロトは一世界……勝利の世界ネツァクを統べる事となった——びゃく魔王シュウの意思と魔界の伝説である、竜魔王リリの力を継ぎし赤煉せきれんの魔王だ。よろしく頼む……。」


「……え?はっ?ま……魔王……さん、おすか!?」


 あまりに驚愕で自分でも分かる程に、ポカンと口を開け——直後……その名に続いたに強い恐怖を感じたウチは——


「いや!?ちょう待ってえな、レゾンちゃん!魔王云々もそうおすけど——今レゾンちゃん……アイザッハって——」


 アイザッハ——その名を聞きし者は、強い憎悪と絶望に駆られる事でしょう。

 それは、先の防衛大戦における世界滅亡の引き金を引かんとした——忌むべき存在である導師……ギュアネス・アイザッハのラストネームなのですから。


 ウチが代弁した事で、言葉を飲み込んだ宗家陣営と異国協力陣営。

 しかし一様にその言葉への強い困惑と疑念を浮かべます。

 それもそのはず——レゾンちゃんはかつて、その策謀の導師と呼ばれた者に従い……私達と敵対していたのですから。


 だけど——

 それを一瞥したレゾンちゃん……全ては想定通りとの思考で——ニヤリと口角を上げ、したり顔を浮かべます。

 同時に魔界より訪れた初顔合わせの方とテセラちゃんも、そのしたり顔と視線を合わせて頷き——


 さらに続く驚愕の言葉を、魔王を——そしてアイザッハを名乗った吸血鬼さんが言い放ったのです。


「困惑させてしまったな……だがそれは事実であり——私が選んだ道だ。私がその道を選ばなければ、偉大なる魔王——ギュアネスと刺し違えてでも……祖国の生んだ罪人を止めようとした、あのびゃく魔王シュウが浮かばれないと思ったから——」


「私はその名を……アイザッハの名を継いだ。勝利の世界ネツァクから排出した大罪人——シュウの配下がしでかした罪を、私が彼女に成り代わり……生涯賭けて償って行くと決めたんだ。」


 語られたのは、

 けれどその覚悟の言葉は——今の私へとてつもない重さを伴いのし掛かって来ました。


 直後……その言葉で強く心を打たれた私は、気付かぬウチに熱い物を頰へ伝わせていたのです。


若菜わかな……ちゃん?どうした——」


 強くて優しい慈愛の化身……テセラちゃんが最初に涙へ気付き声をあげるも——

 ウチの生まれをすでに聞き及んだ彼女は、強く……そして海の様に深い慈愛の双眸で、ウチを慮ってくれます。


 その時より——

 ウチの思考へ宿った思いが強く……より強く輝き始めたんだと思います。

 この身に眠る大いなる厄災ナンバー・オブ・ザ・ビーストを押さえ込み、戦う力へと変える決意を——


 そしてその先……お父様とお母様が少しだけ語ってくれた、——


 ——この蒼き星を観る者……観測者アリスを目指すただ一つの決意の道を——

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