第37話 変質

『お兄ちゃん? アレアだよ』


 寝ている俺にアレアからの通信が入った。両脇にはノエルとガラリア。二人は安らかに寝息を立てている。その二人を起こさぬよう、そっとベッドを抜け出し、廊下に出た。


「どうした?」


『うん、ごめん、魔界で色々あって、しばらく帰れそうにないんだ』


「大丈夫なのか?」


『大丈夫、戻ったら全部話すから。マーベルもまだまだ部屋に籠り切り、だからそっちの事お願い』


「何かすることが?」


『ううん、みんなと仲良くしてくれればそれでいいよ。今はガラリアの所? ノエルも連れてるならゆっくりしてて、それとシェリルの所にも。困った事はそっちのみんなに相談して決めて。…お兄ちゃんはアレアたちの王様、アレアたちの事はみんなお兄ちゃんが決めないとダメなんだからね?』


「ああ、わかった」


 そこで通信は切れ、部屋に戻ると二人は起きていた。


「どうしたの?」


「…何か、ありましたか?」


「いや、魔界で何かあったみたいでアレアとメーヴはしばらく戻れないって。マーベルも忙しいからお前たちとゆっくりしてろってさ」


「…そう、私たちには嬉しい事」


「…はい、ずっとこうして居たいです」


「でも、シェリルのとこにも行かないと」


「そうね、でもまだいいでしょ?」


 そんなこんなで翌日もガラリアの所に。ガラリアは仕上がったばかりのローブを身に着けた。今日はガラリアの群れの人たちと過ごす事にしてノエルは一度ピルナの丘に戻るという。朝の支度を済ませた俺はガラリアの群れの連中と朝飯を一緒に食べた。


「そうですかい、ガラリア様は昔からできる人だったし、王子の女ってならぴったりですよ」


「そうよね、あのノエルって子はいい子みたいだけどまだ若いし、ガラリア様みたいな大人の女、それが王子には合ってるのよ」


 こちらはこちらでみんなガラリアを推してくる。ガラリアは出来る女、みんなに慕われているのは間違いない。


「それでさ、こっちの状況は? 鍛冶場はうまく行ってるの?」


「ええ、ピルナの丘、あそこにも鍋や包丁、それに大工道具、そう言う必要なもんは送ってますよ。鍛冶場には男手の5人も居りゃ十分で、何かやることがねえかと探してるとこです」


「そっか、新しい産業、仕事があればここももっと開発できるからな」


「そうなんですよ、なんかいい案があれば俺らが形に出来るんですが」


「そうだねえ、出来れば人間も一緒にやれることの方がいい」


「そうっすね、うちらも女たちはみんな孕んで、春先には生まれるから人も増やせるし」


 ゴブリンは効率のいい生き物。妊娠期間も3か月で良いらしい。出産も楽で、リスクも全くないという。そこから一人前になるまで3か月。都合半年で新たな人手が増えていく。


 そんな話をあれこれし、その間ガラリアは優しい笑みを湛え、俺に寄り添っていた。


「必要なものかぁ、そうだなぁ、酒造りとか?」


「酒かぁ、いいですね、麦からはエールを、ブドウがありゃワインと行きたいとこですが」


「そうよね、お酒はあたしたちにも人間にも必要だし、道具さえ作っちゃえばあとは人間任せでもできるもんね」


「山に行ってハチの巣を、ハチを飼えばはちみつが取れるだろ? 甘いもんも欲しいし、はちみつ酒だってできる。それにはちみつなら他所に頼らずここでできる」


「いいねえ、んじゃお前はその役目ね。暇な連中を連れてハチの巣を」


「はい、巣箱を作ればたくさん増えるし、そのあたりはいくらでも野の花が咲くだろうからうまくやりますよ」


 こうしてここの新しい産業は養蜂、はちみつの生産が軌道に乗ればはちみつ酒作りも。それが出来ればまた、難民を受け入れる事が出来る。


 そんな話をした後、働き者のゴブリンたちはそれぞれの仕事に向かう。俺はガラリアの部屋で紅茶を出してもらっていた。


「…みんな王子に接して変わっていくの」


「そうなの?」


「そう、これまでの私たちは命令通り、数を増やして人間を襲う、それだけで良かった。でも今は、みんな、自分で考えるという事を始めたわ。…それはとても刺激があって面白い事なの」


「なるほどね」


「目的は王子の為、やることに結果を出せば王子が喜んでくれる。魔界の為とか言われたからではなくてそれが自分たちの欲にもなっているわ。誰よりも、他の群れよりも自分たちがって」


 そう言いながらガラリアは立ち上がってはらりとローブを落とし、下着姿で俺に抱き着く。こういう仕草も大人の色気を感じさせる。そのガラリアはすらりとしているが子を産んでいるので少しだけだらしない体。それがまたすごくそそる。


 髪を掴んで顎をあげさせ貪るようなキスをする。その熟れた体を好き放題にまさぐり、そのままベッドに押し倒す。ガラリアは俺の上になり、色っぽい目で俺を見ながら奉仕を始めた。


「…ンッ♡ 王子、あなたが私の中に居てくれる、それはとても嬉しい事なの。快楽はもちろん、情と言うものが感じられるから」


「お前は子を産んだんだろ? 初めてでもあるまいし」


「…全然違うのよ、私たちのしている事は交尾、互いの体を使い合い、最良の結果を導き出すために行う事、数を増やす事が一番価値のある事だったから。早く射精に導けばその分多くの子種を受け入れられる。だからそう言う技術も上手になるの。すべては効率、その為の作業」


「今は?」


「うふふ、聞かなくても判るでしょ? 私、心がドロドロに溶けちゃってる。あなたが気持ちよくなってくれれば私は嬉しい、快楽の果てに絶頂に達すれば強く満たされる。抱きしめられればあなたに愛されてる、そう言う事を感じられる。…だからこうして交わる事は何より大事、…ずっとこうして居るだけですべては満たされる。生まれた意味、それが判るから」


「大げさだな」


「ふふ、してあげたい事ばかりが頭に浮かぶわ。…私はもう、ゴブリンとしての生き方には戻れない。あなたの事だけ、そこには効率もなにもないわ。…こうしてしまったのはあなたなのよ?」


「なら、責任を取らないとな。お前は俺だけ、それ以外は認めない」


「…はい、私はあなただけ、その為だけに生きていく、王子、お慕いしております♡」


 その後は溺れるようにガラリアを抱く、何度も何度も、ガラリアは俺のすべてを受け入れ、包み込むように愛してくれる。

 ゴブリンの女は踏み込めば踏み込むほどに味が良くなる。ノエルも同じ、最初からクライマックスだったのはオババの意志を引き継いだアレアだけ。ガラリアは最初よそよそしかった。だからこそ、今との対比がすごく感じられる。


「…王子、王子♡ だめ、そんなにしちゃ、私、おかしくなるっ♡」



◇◇◇

 私はゴブリンとして生を受けました。子供の頃は毎日が楽しかった。仲間たちがたくさんいて、みんなで遊んで、狩りをして、誰が上とかそう言う事もなく、言われた事をこなしていく。人間の村を襲い、必要なもの奪う。山に入って動物を仕留める、その二つは同じ事、村を襲うのは少しスリルがあったけど。

 冒険者から巣穴を守る為戦いもした。キャラバンの荷を奪う為、護衛とも戦った。

そうして何度かの戦いを経験し、私は大人になった。ゴブリンは死にやすきもの。私と同年代の仲間は大人になるころにはほとんど死んでいた。けれど彼らは新しい命として生まれ変わるだけ。死んだ仲間たちはより多くの子供として群れを大きくしてくれる。だから悲しくもないし寂しくもない。


 大人になると出来る事が増えていく。生きる事がより複雑に変わっていく。女となった私が為すべきことは子を産み、群れの人数を増やす事。その為に交尾をする。最初は慣れた人が相手をしてくれた。快感は感じたがどこかに冷めた自分がいる事も感じた。他の女たちは交尾が好きなようで自ら求め、没頭していた。男の人たちも若く、不慣れな私よりもそう言う女の方が良いらしく、私を求めるのは気が向いた時だけ、後は他の女が孕み、交尾をしなくなって数が合わなくなった時。私は学んだ。どうすれば男の人に求めてもらえるかを。子を産むことが一番の価値、だが求めてもらえなければ子は産めない。


 そう言う振る舞い、淫らな事、他の女たちの乱れる姿を見て、自分もそれをやってみる。しばらくすると私は男の人が順番を待つほどに求めてもらえた。そして妊娠。その間は交尾はしない。私は料理や裁縫、それに赤子の世話をする。そう言う事は楽しく感じた。限られた材料、どう調理すればよりおいしく食べられるのか、裁縫も季節に合わせて服を作り、そこに工夫を重ねていく。そう言う事も楽しく感じ、私はそれに没頭する。


 子が産まれ、私はまた男の人と交尾をする。生まれた我が子に特別な感傷はない。みんなと同じ、群れを増やせた、そう言う達成感。だけどそのあとは中々孕まず、男の人は私との交尾を避けるようになる。女は他にも居るし、どうせなら孕む女を、それは当たり前の事。でもこればかりはどうしようもなく、私は家事に勤しみそちらで群れに貢献する。

 そんな私を見かねたのか、シャーマンは私を側に置き、世話役を命じた。シャーマンはすでに高齢、一人で出来ない事も増えていた。私は彼女の世話をして、出来る事を精一杯。少しでも群れの役に、そう思って。


 シャーマンの側に居る事で色々学べた。彼女は私に意見を求める事はなかったが、他のシャーマンやクイーンとの連絡、そう言うのを目の当たりにして色々な事が判って行く。この巣穴の近くには大きな群れが居て、彼らは私たちに移住を求めているという。同じ場所に二つの群れが居ては食料や物資が不足してしまうから。


 そんな交渉が行われている中、高齢のシャーマンは寿命を感じ、私を跡継ぎに任じ息を引き取った。シャーマンから受け継いだ知識、そして魔法とスキル。それを私の中で馴染ませ、自分のものに変えていく。近くの群れのシャーマンからはひっきりなしに連絡が来て、移住はまだかと迫ってくる。だが私たちもずっと手入れをしてきた巣穴を簡単には捨てられない。それでも移住場所は探すよう、子供たちに命じてはいた。

 これまでは群れの中で役に立てればそれでよかった。けれど今は力を示す必要も感じている。小さな群れはバカにされる、弱い群れは下に見られる。だから私は少しでも力を増す為工夫を重ねた。人間たちから奪った武器を基にこちらでも武器を作る。

服も防御力の高いものを作成し、子供たちに着せていく。数に劣るなら質を、幸いにもホブも生まれた。十分に対抗できる力が備わった、そう思った。これで理不尽な要求をはねのけられると。


 しかし、私の目論見は見事に失敗する。大きくなった群れを食わせるために向こうのシャーマンは人間たちを襲い始めた。その事が討伐の冒険者たちを呼び寄せる事になり、何度かは撃退したが彼らは次々とやってくる。人間たちに仕掛けたのは私たちの群れではない。だが人間たちにしてみれば同じゴブリン。私たちの巣穴の方が町に近い事もあり、次々と襲撃されていく。最初はブロンズやカッパーの冒険者、私は防戦指揮を執り、それらを撃退した。そのうちに手練れのシルバータグがやってくる。


 彼らは強かった。装備も違えば使う魔法も、そして剣の腕も全てがこれまでの冒険者とは段違い。迎撃に出た子供たちはあっという間に壊滅。巣穴と言う有利な場所でも戦いもやられていくのはこちらだけ。体格と戦闘力に優れたホブが瞬殺されたのを魔鏡で見た私は撤退を決意する。オババからクイーンの座を受け継いだアレアさまは撤退に同意、すぐにゲートを開き大人たちを送り込む。大丈夫、巣穴がなくとも、子供たちがみな殺されても大人が無事なら立て直せる。そう考え私も移動しゲートを閉じた。


 アレア様の巣穴、そこに居たのは初めて見る王子。知識としては知っていた、その姿も。だけど実際に見るのは初めてだった。そう、この人が私たちのあるじ、ゴブリンの王。

 そう、私はこの人の役に立たなければならない、群れを再興し、力をつけて。


 私たちは鍛冶場を任されることになった。私は王子に意見を求められた。一瞬の驚き。なぜ? 決まったならそれを果たすのが私たち。なのに意見?


 わずかな混乱、私は王子がそうしろと言うなら文句なんかない、そう答えるのが精いっぱい。そしたら王子は私の頭を引っぱたき、自分たちの事なんだからちゃんと考えろと言ったわ。

 なぜ? どうして? 王子は私たちの王、だから望みを言えばいい。それを形にするため私たちは努力し工夫する。考えるのはその工夫。いかに効率よく彼の望みを果たせるか、それだけなのに。


 私は彼に取ってつけたような意見を言った。人間たちの干渉がなければ地上で暮らしても構わないと。それを聞いたアレアさまが具体的なプランを口にする。私はそれに了承した。すると王子は何故か私にフードを取って顔を見せろと言った。判らないままに応じると彼は私にガラリアと言う名をくれた。最初は頭が真っ白になるかのような驚き、そして自分が個人として王子に認められている、そう言う歓び、私は気が付くと子供のように彼に抱き着いていた。

 彼は私を抱きとめ、その胸を無遠慮に触ったわ。初めて感じる感情、嬉しさもあり、恥ずかしさも、でもこの心臓の高鳴りは判らない。ただ強い興奮が私を襲った。


 そして王子はオババにしていたからと私の乳房に口をつける。じわっとこみ上げる暖かい気持ち。…ああ、そうか、私はこの人にこうしてもらいたかったんだ、と気が付いた。

 …でもアレア様やそこに居たルルやソフィは人間に近い美しい形、私は醜いゴブリンだった。それに気が付き愕然とする。アレア様はその場で巣穴を任せる別のシャーマンを置き、シェリルと名付けられたその女にも王子は私にしたのと同じことをした。

 ゴブリンとしては嬉しさもある。王子のような上級魔族が醜い下級種族の私たち、その女に触れ、乳を吸ってくれた。それは種族としては望外の僥倖、この事が伝われば一族はみんな喜ぶに違いない。


 …でも、ガラリアと言う名になり個人として王子に認識された私は少し、不満。不満ってなんだろう? 自分の感情に戸惑った。そうか、私は欲が出た。彼にもっと私を見てもらいたい。もっと彼の役に立ちたい。それには与えられた役目、そこに最大限の工夫を、今はそうするのが最善。


 そう、それしかできない。前に出ればきっと嫌われる。ゴブリンのくせにと。アレア様たちのように美しくなれれば、何故私はそうなれないのか。一緒に城に向かったソフィはアレンと言う男性に堂々と向き合っている。それができるのは美しい見た目があるから。


 けれど、それは無くても役に立てれば彼の目に留まる。そうすれば声をかけてもらえる。気にかけてもらえる。頼りにしてもらえる。それらはみんな私がしてほしい事。だからその為に出来る事を。アレンと話し、この地の現状を把握する。ドラゴンに襲撃されたという城はボロボロだった。鍛冶場は完全に火が消えて、再生するのは大変そうだ。私の群れが暮らせるだけの備えはあった、なら出来る。大人たちは男女半々、20人。子を増やすのも早いだろう。この城、そして鍛冶場、屋敷、そして大人たち。私の手持ちの札はそれだけある。出来ない事は何もない。


 私たちは鍛冶場を再生し、早速道具作りを始めていく。優先すべきは鍋や包丁など、家庭で使う道具。なぜなら近くこの地に住んでいた難民たちが帰ってくるという。家は建ってもその中身、必要なものはたくさんある。だからそうした家庭用品をつくり、それをゲートを開いてあちらに届けた。

 それに合わせて自分たちの生活も向上させる。いくらか残った家具はあれど、王子を迎えるには足りていない。居心地を良くして彼が訪ねてきたとき、長く居てくれるようにしなければ。シェリルが引き継いだ巣穴には温泉があった。ならばこちらは違うもので。食べるものも美味しいものを、着替えもこちらで用意したい。


 今の私にはたくさんの欲があった。王子に嫌われたくない、ううん、少しでも好かれたい。そう言う欲。


 その為にどうすればいいか考えたわ。手持ちの札は限られてる。その中で最も有効な手段を。それは城。今のところダンジョン建設は不透明、城全体の修繕は難しいけれど、彼の玉座、そして寝室、そのくらいは必要。王子はゴブリンの王なのだから。

 そうなればここが本拠、こちらに王子がお移りになれば私たちの群れが側でお世話を、そうできる。

 …正直に言って彼の三人の妻の間に割り込むのは難しい。メーヴ様は魔界貴族の頂点、ヴァンパイアの公女、容姿も儚げで美しい。マーベル様はこのマイセンの姫、快活でカリスマ性があり、一目見たら判る素敵な人、この地を王子を繋ぐ橋渡し役でもある。そして三人目は私たちゴブリンのクイーン、アレア様。彼女は私たちにはない固有のスキルと膨大な知識、それに今は美しい容姿までも。

 

 …私はただの醜いゴブリン、それでも王子の側に、わずかでもいい私に声を、気まぐれでもいい、私に触れて、そうして欲しい。その為には彼の目に留まる何かを、そう思いみなを休ませたあと、私は一人城に入った。

 上階部分はほとんど壊滅。床も傾き、天井も穴が開いている。2階部分も大概壊れ、修繕は大掛かりになりそうだった。一階部分も上から落ちてきた瓦礫が積み上がり、柱や壁もヒビだらけ、いつ倒壊してもおかしくなかった。そんな中、一つだけ無事な部分を見つけた。私たちの住まう使用人屋敷の東側の城壁、そこの角にある防御のための塔。そこだけは無傷。中は埃っぽかったが2階部分は倉庫になっていて防御のための弓矢が置いてあった。3階部分は兵舎、そして城壁に出られる扉が付いている。ここで見回りの兵士たちが休んでいたのだろう。生活に必要な暖炉やかまどもあり、トイレもあった。私は嬉しくなり、ここを改装して王子の、我々の王の玉座にそう思い一人、手入れを始めた。


 とは言え一人で出来る事などたかが知れている。私は一人で時間をかけて進めていく。その事が楽しくもあった。ベッドは豪華な天蓋付き、ここに仕切りが欲しい、こちらには床を一段あげて彼の玉座を。想像するだけで楽しく、気持ちが昂る。彼の玉座、隣に侍るのは私ではない。天蓋付きのベッドで夜を共にするのも違う女、それでもいい。私は王子の忠臣となり、彼の全ての世話をする。それだけで、


 気が付くと既に朝になっていた。アレア様からは情報の伝播があり、私の知識は更新される。王子は難民に私たちゴブリンとの共同生活を受け入れさせた、しかも独力で。…心が高鳴った。何千年も争い、殺し合って来た私たちと人間、その間を取り持ち、共同生活を? そんな事が出来る、…やはり王子は私たちの王として相応しい方。オババの見る目は間違っていなかった。

 そしてもう一つ気になる情報、私たちの巣穴、その近くの大きな群れ、その彼らが壊滅し、シャーマンは死んだという。生き残りはわずか8名、王子に連絡し、アレア様がゲートを開き、迎え入れた。正直思うところはある。でも王子が、我々の王が決めた事、だから正しい。


 その日も私は塔に上って作業を続ける。城の中で見つけた玉座を運び込み、ベッドは群れの男たちに作ってもらう。まだまだ時間はかかるが彼がこの地に来る時までに作り上げておきたかった。


 私にとっては楽しい時間、残っていた調度品もうまく配置し、少しづつ形が見えてくる。そんなとき通信が。相手は王子。


 どこにいるのかと問われ、私はとっさに鍛冶場に居ると嘘をついた。自分だけ趣味に興じて遊んでいると思われたくなかったから。すぐに戻りますと伝え、私は走って屋敷に戻る。その扉を開く前、ふと気になった事があった。私の服は逃げ出した時の

ままのボロボロのローブ。ここには適した布がなく、仕方なく着続けていた。洗濯はしているから汚くはない、でも、王子に見られるのは躊躇われた。けれど着替えている暇はない、彼を待たせるわけにも。仕方がない、そう思って屋敷で彼と対面する。


 胸が高鳴る、彼が私の所に来てくれた。それだけで景色が違って見えた。私は彼に出迎え出来なかった事を詫び、頭をあげるとそこに一人のシャーマンが居る事に気づいた。心に棘が刺さったような気分、なぜ? しかもその女はルルやソフィーのように人間的な美しさを備えていた。


 声がとがっている、笑顔を作ろうとして失敗した。いくつかのやり取りで彼女が例の群れの生き残り、シャーマンが死んだので次のシャーマンになったという話。名前はノエルと言った。この女が私と同じ? 王子の中で私の存在が削られていくと感じた。アレア様が居て、このノエルが居る。ゴブリンと言うくくりの中でも私の居場所はどこにも。


 そんな尖った感情でノエルにいくつかの質問を。彼女たちの群れは軍に討伐されたという。魔族退治に軍を動員、そうなれば流石に勝つのは難しい。今後の地上での活動は苦しくなることが予想された。ダンジョンが攻略されれば魔界の戦略構想自体が大きく変わる。マナ不足は確定的、ここに新たなダンジョンを作ったところで結果は同じ、アレア様はその件もあって今は魔界に赴いているという。


 それだけの話をした後、王子は「それはそれ」と軽く話を切り替える。そしてノエルにひと巻きの布地を取り出させた。その色はノエルのローブの色だった。


 彼は私にもお揃いでローブを作れと言った。でも、私はノエルと、こんな女と同格、そう見られる事に我慢がならなかった。…そう、すべては私が醜いから。判っている。ノエルは新世代のゴブリン、人間らしい美しさを持っている。


 だから私は違う理屈、この色のローブ、それを着せるのは王子が私たちを自身のものだと示したいから? そう問いかけてみる。それであれば話は分かる。そう言う所属、アレア様が居て、その下に私たちが、ではなく、王子の下に直接私たち、そう在りたいから。


 すると王子はメンドクサイと言い放ち、私を側に招いた。叩かれても構わない、そう思った矢先、彼は立ち上がり私を強く抱きしめた。私は意図せず甘い声を発し、意識が飛びそうになるのを必死に抑えた。


 王子は私への踏み込み方が足りていなかったといい、これからは深く踏み込むつもりと言ってくれた。嬉しくて涙が出そうだった。それでも私は納得するまで質問を続け、彼の答えを期待する。


 …そして、彼の口から発した一言、これが私に残っていたゴブリンとしての常識、それを全て砕いた。彼は言ったわ「俺の事だけ考えろ」と。そして私はそのままテーブルに押し付けられ背後から犯される。何があったのか、状況の整理が現実に追い付かない。理性の働かない真っ白な世界で私が感じた事は、嬉しい、気持ちいい、ずっとこうして欲しかった、そんな感情だけ。

 彼が私の中に居てくれる。それだけが全て、それだけが価値、私の中の大事な事の順番は次々と書き換えられ、彼の事だけ、二番目すら存在しなかった。


 彼は私の中で命を爆発させたあと、私の髪を掴み、朦朧とする私を引き起こしてキスをする。全てが幸せ、髪を掴まれる痛みさえもが愛おしい。そして私は変わっていく、変質するのが自分でもわかった。


 リビングの壁に掛けた大きな鏡に映るのは彼の腰にしがみつく自分の姿。その顔も体も人間に近くなり、わが身ながら美しく思えた。…私の中に知らなかった感情がいくつか芽生えた。愛情、嫉妬、そして独占欲。


 そう、私はゴブリンをやめ、彼の、王子の女と言う生き物に変わった。彼に妻が居る事も、ノエルと言う女の事もどうでもよく感じた。欲しいものは彼の心、ただ一つだけ。…それが私、名もなきゴブリンの一人ではなく、この世にただ一人のガラリアと言う女。





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