第11話 アンデット


「どうやらあそこみたいね。…こんなのって、ひどい!」


 神官のフィリスがそう小さく叫びをあげる。茂みから覗き見た光景は凄惨、と言う言葉がぴったりの情景だった。

 俺たちがやってきたのはヴァンパイアから命からがら逃げだし、通報した住人の村。そこには殺された村人がアンデット、つまりゾンビとなってうごめき、村で一番大きな建物を守るように配置されていた。


「数はおよそ20。建物の中にもいるとすれば難しい状況ですね」


 新たに買い求めた洒落たメガネの位置を正しながらアルトが呟いた。


「うーん、数が違い過ぎますね。ここは領主さまに応援を求めては?」


「…そうね、私じゃせいぜい1体か2体、これだけのゾンビを作れるとすれば中にいるヴァンパイアはかなりの実力者よ」


 ソーヤとその恋人となったヴァンプの眷属、キャシーはそう意見を述べた。


 実際の所状況は厳しい。建物を守るゾンビたちはみんな男。つまり中にいるヴァンプは女を食料として確保している。こちらにとっては人質を取られている状況だ。


 とはいえ、個人的な意見としては勝ち目は十分。ヴァンプは昼間活動できない。その力が強ければ強いほど日光に対する耐性が弱くなる。キャシーが帽子やマントで日よけをしているとはいえ、昼間にうろうろできるのはへっぽこだから。眷属の強さはそれを作ったヴァンプの実力に大きく左右される。キャシーを眷属としたあのヴァンプは口だけのへっぽこだった。

 つまりはだ、中にいるヴァンプ、もしくは眷属がどれほど能力に秀でていようとも昼間のうちに建物ごと焼いてしまえばいい。そのくらいなら俺の魔法で十分にできる事。

 問題は人質ごと焼いたとなれば俺たちの評判は最悪。下手をすればギルドから追放、若しくは何等かの罪に問われる可能性すらある。そしてあれだけの数のゾンビ、戦闘となればこちらも犠牲が出てしまう。


 なので俺は口を開かず、リーダーであるフィリスの決断を待つことにした。


「…増援は難しいわ。今を逃せば必ず次の犠牲が出てしまうもの。そして今回のように居場所を補足できるとも限らない」


「…でも」


「ソーヤさん、ここで逃げれば最低でも降格処分は間違いないわ。…それにあなたはこれまでも逃げずに戦ってきた。…あなたは自分が思うよりも強くなっているの」


「…まあ、どぶ攫いはもう勘弁ですけど」


「…それに、今は昼間。今日は晴れていて日差しも強いわ。ヴァンパイアは日光を嫌う。勝負にでるなら今しかないのよ」


「けれど、あの数のゾンビをどうにかしないと」


「そうね、キャシーさん。そこで、二手に別れ、一組はあのゾンビたちをひきつける役、残りは建物に突入し、ヴァンパイアを倒すの。ゾンビは王子、あなたとアルトさん。私とキャシーさん、それにソーヤさんは中に突入を」


「えっ?」


「えっ」


「バカかお前! 俺たち二人であいつらを? あっちは20、こっちは二人なんだぞ! 敵戦力は10倍なの!」


「しょうがないじゃない、あんたしか魔法使えないんだし。キャシーさんはヴァンパイアの眷属、直接対決となれば外せないわ。ソーヤさんも囲まれる恐れの少ない屋内の方が良いし」


「…えっと、私は?」


「だからー、アルトさん、あんたが囮になってあいつらを、王子は木の上とか高みから火球の魔法で攻撃するのよ。ゾンビってのはね、見ての通り機敏には動けない。それに、ゾンビとは言え、元はただの村人、戦闘になっても何とかなるはずよ?」


「何とかなりませんよ!」


「そうだぞ、お前、頭に屁でも詰まってんのか!」


「まあ、それで決定ね。…王子、アルト、文句があるなら今すぐお金返しなさいよ!」


「「……」」


「はい、決まり。それじゃ始めるわよ? 日が落ちるまでに決めないと!」


 こうしてヴァンパイア狩りが始まった。



「ぎぇえええええ! 王子! 王子! 早くこいつらを!」


 俺は最適な狙撃ポイント、納屋の上に移動し、アルトが引き連れてきたゾンビたちに狙いを定めた。俺の魔法は火球、小さな火の玉を撃ちだすもので連射もできる優れもの。アニメでみた異世界ならばマシンガンと言った感じだ。


「安心しろ! すぐ片づける」


 そう言い放ち火球の魔法を連射する。火の魔法はアンデットに相性がよく、通常よりも大きなダメージを与えられる。あっという間に先頭のゾンビが火だるまになり、その場で灰に変わって行った。だがアルトの後ろには行列をなしたゾンビたち。俺の魔法では殲滅速度が追い付かない。ともかく魔法を撃ちながら下に手を伸ばし、アルトを屋根の上に引き上げた。


「…ちょっと、マズいんじゃないですか?」


「やっぱり?」


 何体かを灰にするとゾンビたちは物陰から梯子を用意してこちらに向かって来た。その梯子に取り付くゾンビたちに魔法を放つも連中は頭が燃えようがひるまずに向かってくる。腕が焼け落ちたゾンビがずるんっと落下、後ろの連中も一緒に落ちた隙にアルトがその梯子を上に持ち上げ回収する。するとゾンビたちは俺たちの居る納屋の中に入って行った。


「…中に、屋根に繋がる出口とかあったりしないですよね? そういうの、ちゃんと確認してますよね、王子?」


「時間がなかったんだからできる訳ないだろ!」


「マジですか? やばいですよこれは、最悪、足場の悪い屋根の上で近接戦闘とか」


 そう言ってアルトは顔を歪ませながら自らの短剣を抜いた。俺もジルという女の形見である剣を抜く。二つとも魔法の剣、うっすらと魔力の光で輝いていた。


「さて、どうする?」


「このままではじり貧、ですが下に降りては包囲される危険が」


 シャンっとゾンビを切り裂く音がして、一体のゾンビが倒れ込む。そいつを蹴飛ばし屋根への出入り口へと蹴り込んだ。後続のゾンビたちが転げ落ちる音が聞こえた。

 ともかくこのままではマズい。この建物は古く、屋根を踏みつける度にきしむ音がする。うっかり屋根を踏み抜いてしまえばそこがデッド・エンドだ。

 かといって下に降りればまだまだ数の多いゾンビたちに囲まれる。それもデッド・エンド。


 再び顔を見せたゾンビの頭を跳ね飛ばし、奴らが出てくる入り口に火球の魔法を連射する。ここは納屋、中には干し草などの燃えやすいものもあるはずだ。


「アルト! 梯子を降ろせ、下に降りる!」


「わかりました!」


 そう、簡単な話。ゾンビたちは建物の中、しかも結構な高さのあるこの屋根まで上がってくるとなれば2階部分、もしくは屋根裏、そう言うスペースがあり、ゾンビたちはそこにいる。ならば建物ごと焼いてしまえばいい。うまくすれば入り口をふさぐ事が出来るかもしれない。


「お前は入り口を封鎖しろ! 俺はここをゾンビごと焼き尽くす!」


 そう指示をだし、アルトは納屋の扉を閉め、外から閂をかけた。俺はひたすらに火球の魔法を連射して建物に火をかけた。


 火は激しく燃え広がり、屋根に上がったゾンビが焼かれながら落ちてくる。それらに止めを刺し、アルトには周辺警戒に当たらせた。


「…どうやら終わったようですね」


「ああ、フィリスたちがどうなったかだな」


 その時、頭に直接語り掛ける声がする。


『あーあ、出番だと思ったのに、自分で片付けちゃうなんて』


 そこに居たのはインプ。デーモンの眷属で子供のような姿に魔族の羽が生えている。


「てめえ! 居たんなら助けろよ!」


『あ、痛い! いきなり殴らないでよ! ボクだってもちろんそのつもりだったよ? 』


「ならなんでだよ!」


『…だって、あの状況から王子がどうするのか見て見たかったんだもん。けっこうおもしろかったし。あ、痛い! また殴った! ほんと最低なんだから!』


「まあまあ、とりあえず助かったわけですし」


「ちっ、で、なんでお前がここに?」


『そのね、ほら、そっちのアルト様ってマダラ様の祝福を受けて同族になった訳でしょ? だから気になってて』


「はぁ? お前、俺を助けに来たわけじゃないの?」


『だって王子は死なないじゃん。それにね、アルト様はアークデーモンであるマダラ様の眷属。ボクらにとっては敬うべき大事な存在だし』


「俺は? 俺の事は大事じゃない訳?」


『えっ?』


「えっ」


『やだなあ、いっつもひっぱたかれてひどい目にあわされてきたのに? 大事って言葉知らないの? まあ、王子はバカだからね』


「お前、全力で殴るぞ!」


『ほら、そう言うところ。改めた方が良いよ?』


「うるせー!」


「まあまあ、いいじゃないですか、ともかくあなたは力を貸してくださるのですね?」


『もちろんだよ、アルト様はね、ボクたちにとっては大事な同族だから。…それにダンジョンのヴァーチャルバイトも飽きちゃって。最近ね、マナが不足してるからってノルマがきついんだ。そこでボクはマダラ様にお願いしてアルト様のお世話をって』


「えっ、何、お前ついてくんの?」


『そうだよ、アルト様はね、マダラ様の直系眷属。格としては上級魔族だから。同族の側付きの一人もいないと一族の体面に関わるからね』


「えっと、俺には側付きとか居なかったけど?」


『えっ?』


「えっ」


『王子はさ、ほら、あのイカレタ女、ネコが居たでしょ? 『ニャーが居れば側付きなんか無用ニャ!』とか言ってたんじゃない? あのバカ女、すぐキレるし怒るとおっかないからね』


「マジか、」


『まあ、それ以前に王子が嫌われてるってのはあるよ? 王子の眷属、妖魔のゴブリンやオークたちもみんな王子を嫌ってるし』


「そんなことはありませんよ、ゴブリンとは話した事はありますがなんだかんだで王子を慕っておられますから。…それよりもあなた、私たちについてくるのであれば名前くらいは」


『名前? 下級魔族のボクたちに名前なんか』


「そうなのですか?」


「名前とかよりその姿のままじゃマズいだろ! いかにも魔族って感じだし。俺たちは人間社会で生きてるの」


『あー、それもあるね。でも大丈夫、ボクたちは変化の術に優れてるから。そうだなあ、アルト様、つれ歩くならどんな感じがいい?』


「…そうですね、出来れば美しき少女の姿などが、」


 …ロリコンとは実に罪深い。


『そっか、ボクもその方が楽かな。ちょっと待って。さっきあの家で可愛い子の死体見つけたから』


 そう言ってインプは飛びながら俺たちを一軒の民家に連れて行く。


『ほら、この子、可愛いでしょ? あのヴァンプはアルト様と違ってロリコンじゃなかったみたいだね』


「ああ、実にすばらしい!」


 それを了承とみたインプは長く伸びた爪を少女の遺体に突き刺した。


『こうやってね、遺伝子や記憶を読み込むんだ。子供だから記憶も少なくて楽なんだよ。大人を読み込むと記憶や人間関係、思想なんかもあって大変なんだ』


 そうするうちにインプの体は緩やかな曲線の少女のものに変わって行く。代わりに少女の遺体は灰になって崩れていった。


「最高です! 最高ですよあなたは!」


「えへへ、わたしの名前はメロって言うんだ」


「そうですかメロ、あなたこそが我が人生のすべて!」


「もう、アルト様ったらぁ、やだぁ、エッチな目でみてるよ? まってて、着替えがあるはずだから」


 デーモン族は変化の術に長けている。姿形だけではなく、その記憶までもを読み取り、完全にその人物に成り代わることができた。


「まあ、あっちの三人じゃあのヴァンプには敵わないかな。だってあいつを眷属にした主はメーヴだから」


 すっかり可愛らしい少女の姿になったインプ、メロは鍋を火にかけ、料理をしながらそう言った。


「メーヴ? あのくそ女か!」


「そうだよ、ヴァンプの公女、王子の同級生で王子にレイプされて捨てられた女だね。まあ、学校は主席で卒業してるし、評議員の父親の秘書官もしてるから。今回の件も実行は彼女が主体だって。まあ、言い出しっぺがやらなきゃ誰もついて行かないから」


「なるほど、北の国に降り立ったのは上位のヴァンパイア、と言う訳ですね」


「そうですよアルト様。ヴァンプの中では実力は指折り、王子に対する憎しみもすごいから」


「…それで、マダラ様のお考えは?」


「マダラ様は今回は反対の票を投じてるんです。まあ、マダラ様は人間世界研究部とかいうネコの始めたクラブの部員ですから。部長のネコが反対するってのは見えてますし」


「…なるほど、眷属の私としては事を、より面白く、そうして差し上げる義務があり、それがマダラ様に対する忠誠、となる訳ですね。メロ、あなたの立場的にも」


「あはは、なるほどね、アルト様はマダラ様の祝福を受ける資格があったって事かな。ともかく今回のヴァンプは肩慣らし。できるだけ面白い結果を引き出したいかな。はい、とりあえずは腹ごしらえ。私もお腹すいちゃった。あはは」


 ともかくメロの作ったスープと台所にあった固いパンをかじり腹ごしらえ。あっちの三人ではヴァンプに勝てないとメロは言っていた。となると女であるフィリスは殺しはしないだろう。歳食っててもあいつは処女、処女の血はヴァンプの好物だ。そしてキャシーはへっぽこだろうがヴァンプの眷属。そう簡単に死にはしない。…問題はソーヤ。あいつが生きているかと言う事になる。


「さて、そろそろ」


「そうだな、出来ればソーヤには生きてて欲しい」


「ええ、仲間ですからね。…まあ、フィリスは」


 死んでくれれば好都合、口うるさいし、借金もあるから、と言う言葉を二人とも呑み込んだ。



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