第12話 眷属の男
「きゃああああ!」
そんな悲鳴が聞こえ、村長の屋敷から女たちが走り出てきた。その女たちを掻き分けるようにして中に入ると下着姿の逞しい男が剣でソーヤの腹を貫いていた。奥に見えるのは肩から斬られて横たわるキャシーの姿。そしてフィリスは盾とメイスを構え、その男に対峙していた。
「…お、王子、やられちゃいました、は、はは、」
「ソーヤさん!」
「…新手か。まあいい」
そう言って男は剣をソーヤの腹から抜き、面白そうにこちらを見た。まあ、この男が今回のターゲット、ヴァンプの眷属なのだろう。
「遅かったじゃない! キャシーさんもソーヤさんも頑張ったけど、あいつに!」
「まあいい、それでお前は?」
「私は、魅了されてた女の人たちをリムーブカースの魔法で、その時騒ぎになって、コイツが目をさましたの」
「…なるほどな、まあいい、お前はソーヤ―を連れて外に、死なせるなよ?」
「…うん、やってみるわ」
キャシーはヴァンプの眷属、放っておけばそのうち復活するだろう。こうしてフィリスとソーヤを外に出し、俺たちはヴァンプの男と対峙する。
「…あんた、困るんだよね、騒ぎを起こされちゃ」
「…ほう、ずいぶんな口を利くのだな。あのふたり、それにそこの女はお前たちの仲間なのだろう? 実力が同じお前たちも同じ目に、そう言う想像ができないのか?」
「…プスス、アルト、聞いたか?」
「ええ、実に面白き冗談かと」
「…貴様ら、死にたいようだな」
そう言って剣を向ける男にそうじゃない、と指を振りながら答えてやる。
「あんたは体格もいい、経験も豊富なんだろ? 剣で戦えば俺たちでは敵わない、そのくらいは判るさ」
「…ほう、そうだな、俺はマイセンでは騎士隊長、貴様らを斬り捨てるなど容易い事だ」
「まあ、そうだろうな。だが、あんたはヴァンプ。ヴァンプってのは日の光に弱い、その上火も苦手と来てる。人質の女たちが居なくなった今、俺たちがあんたと剣で戦う理由は? …俺は火球の魔法が得意でね、この家に火をつけて逃げればそれで俺たちの勝ち、あんたは外に追ってこれない。今日は日差しが強いからな」
「…ならば、何故そうしない。ここに来ずとも機会は得られたはずだ」
「ふっ、あいつらを助ける為、と言ったら格好つけ過ぎか? ともかくあんたがそこから一歩でも動けばこの家は炎に包まれる」
「…なにが、狙いだ?」
「さてね、あんたを殺して灰に、それで一件落着。それが一番簡単だが、メーヴのクソブスには少しばかり嫌がらせをしたくもある」
「メーヴ様を知っているのか?」
「…まあな、とりあえずは選ばせてやる。このまま炎に焼かれるか、それとも降伏するか」
そう言って指先に火球を出現させながらカウントダウンを始める。すると男はニヤッと笑いブンっと剣を一閃する。
「騎士たるわが身が降伏とあれば名誉にかかわる。我が忠誠はメーヴ様に! 火をかけるなら好きにしろ。だが、お前たちは必ず殺す!」
えっ、予定と違うんだけど! ガチンっと剣で男の放つ斬撃を受け止めると手がしびれるほどの威力。これはマズい!
ヒュンっヒュンっと魔法の光が尾を引きながら男は鋭い斬撃を容赦なく打ち込んでくる。魔法を放とうにも俺は片手では男の攻撃を受け止めきれず、両手で剣の柄を握っていた。
「王子! 避けてください!」
アルトの声に反射的に身をかがめる。するとアルトがダンジョンで引き継いだ魔法の短剣を投げ放つ。瞬時にそれは五つに分裂し、ヴァンプの男はそれを剣で切り払う。
「見えました! そこぉ!」
そう叫んでアルトは身をかがめ、男の背後を取らんとダッシュする。だがそれは読まれていて、その頭上に男の剣が迫っていた。
「アルトっ!」
もうダメだ! そう思った瞬間、アルトの体が一瞬消えてふと見れば完全に男の背後をとり、短剣をそのうなじに突き刺していた。
「えっ?」
男は不思議そうな顔で血の泡を吹きながら倒れ込んだ。
「アルト、お前」
「ふう、…私もいつまでも役立たずのままでは居られませんからね」
「けど、どうやって」
「なにかこう、…そうですね、複雑な計算式が解けた時のように、そう、状況、私という存在、出来る事、すべき事、そうしたものすべてがカチリとハマりこむように理解できたのです」
「…ま、そう言う事だよ」
それまで気配を消していた元インプの少女、メロが口を開いた。
「さっき作ってあげたスープには魔界豚のベーコンを使ったんだ。魔界の食べ物には魔素が含まれ、それを食べればマナになるでしょ? アルト様は元々魔力を持っていなかったからきっかけになればって思って」
「そうなのですか、流石私のメロ! わが身はあなたへの愛で溢れそうです!」
「もう、王子が見てるんだよ? …そういうことはあっちの部屋で」
そう言って二人は向こうの部屋に。甘い声が聞こえてきて少しイラっとしたがまあ、目出度いことではある。何しろアルトはロリコン。人間相手だといろいろと問題があるからね。
ともかくはヴァンプの後始末。不死のヴァンプは眷属であろうがこの程度では死にはしない。男の剣を取り上げ気が付く前に後ろ手に縛り上げておく。そして気が付くと問答無用で火球の魔法をあびせてやった。
「…待て、いや、待ってくれ! 降伏する!」
男はそう言って俺たちの前にひれ伏した。その時にはすっきりとした顔でアルトたちも戻ってきていた。
「少し物分かりが良すぎるな。まあいい、口を開けろ、アルト」
「はい、王子」
アルトに頭を抱えさせ、俺は牙をぎゅうっと抜いていく。
「あががが! ががが!」
「中々抜けないな、あ、抜けた! さて、もう一本!」
男の悲鳴が上がる中、俺たちは二本の牙を手に入れ、それをアルトがポケットにしまった。
「任務は達成と、あとはコイツに対するお仕置きかな」
「そうですね、これだけのことをされたのですから、相応に」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 火で焼かれた上に牙を抜かれたんだぞ!」
「だから?」
そう言って無理やり口を開けさせその中に火球の魔法を連打する。男は転がりながら口から煙を吐いていた。その姿を見て、はっと思いつくことがあった。
「キャシー! いつまで寝てんだ、まったく大げさだな」
「ん、んんっ…、わ、私、えっ、なんで顔踏んでんの?」
「お前が起きないからだろ、ついでに言えば役立たずだし」
「そんなことないです! あいつ強くて、って、あれ?」
「見てのとおり片をつけた。お前はフィリスを呼んで来い。あと、ソーヤが傷を負ったからその手当も」
「あ、うん!」
ソーヤお大事のキャシーはそう言って走って行った。そしてしばらくするとフィリスが深刻な顔でやってくる。
「ソーヤの様子は?」
「…うん、何とか命だけは。でも安静状態だから、村の人に看病を任せてきたの」
「まあ、お前はへっぽこだからな」
「なによ! 相変わらずムカつくわね!」
「まあ聞け、そんなへっぽこなお前に修行の機会をと思ってな」
「何言ってるの?」
基本的に魔法と言うのは使えは使うほど熟練度が高まり、親和性も高くなる。それだけマナの消費も少なくなると言う訳だ。使うと言っても実際に効果を発生させなければならない。攻撃魔法であれば相手にダメージを、回復魔法ならば実際に回復させる、と言う事が必要になってくる。フィリスが言うには現在のところ、一日に回復魔法が三回、呪いや特殊効果を解除する
「ぎゃああああああ!」
そう男の叫び声がこだまする。回復魔法はアンデットであるヴァンプには逆効果。さっき一度ソーヤにつかったのでフィリスの回復魔法はあと二回。それをヴァンプの男に叩きこんだのだ。とはいえそのくらいでは出来の良いヴァンプであるあの男は死なない。フィリスに飯を食って休むように伝え、俺たちは元インプの少女、メロが出してくれた紅茶を啜った。アルトはメロを抱っこしながらヴァンプの男が持っていた装備品を品定め。俺は村長の家にあった本をペラペラとめくっていた。
「王子、彼の装備は中々ですよ、流石は騎士さまと言ったところですね」
アルトの見立てによれば男の鎧は本格的な騎士仕様、要所を板金で補強したプレートアーマーで、マイセン辺境伯の紋章が金メッキで描かれているがこれを削り取ってしまえばかなりの高嶺で売れそうだと言う。そして剣の方も魔法の剣。ジルから受け継いだ俺の剣よりも数段上の逸品で装飾もセンスのいいものだった。だが、サイズがおおきく、刃渡りも長く重いため、俺やアルトが使うとなれば両手剣として、片手を魔法に残しておきたい俺や非力なアルトには使えない。
「まあ、うっぱらえばいいさ。報酬もあるし、けっこうな稼ぎになりそうだな」
「…そうですね、ざっと一人金貨100枚と言ったところでしょうか」
その内訳は任務に対する報酬が一人金貨20枚、ヴァンプの持っていた装備はかなりいいモノなのでそれを売却、あとはヴァンプの牙も高く売れる。それらを加味して一人金貨100枚、まあ、中々の収入だ。
とりあえず金の算段も付いたので人心地。そうなると風呂を使いたくもなってくる。
「おいメロ、風呂沸かせよ」
「もう、私少女なんだよ? 普通そういうことさせないでしょ?」
「水汲みとか風呂焚きとか子供の仕事だろ?」
「ほんと最低だよね」
「まあまあ、私も手伝いますから」
「だめだよ、アルト様は上級魔族なんだから」
「けれどあなたの夫でもありますから。いかなる時も一緒に」
「…アルト様ったら嬉しい事ばっかり♡ うーん、でもフィリスってブスは修行があるし、あ、そっかあの女ヴァンプを呼び戻してやらせればいいよね」
そんな話をしていると、失意で項垂れた顔でそのキャシーが帰って来た。
「あ、ちょうどいいな、キャシー、風呂沸かせよ」
「ええ、そうですね、ヴァンプのあなたは我々よりも体力に勝りますし」
「そうだよ、ブスなんだからそのくらいやらないと」
「「「ねー」」」
「…あのさ、ふつうこういう感じの女の子みたら優しく声かけない? なにかあったの?って。…それに、そこのガキ! 私、ブスじゃないし!」
「もう、そういうのいいから、お前の事に誰も興味ないの! 言わなくても判れよな!」
「そうですよ、ともかくお風呂、お願いしますね」
「はやくやんなよ、…えへ、アルトさま、お風呂一緒に入ったら私が背中流してあげるね」
「…私、絶対やらないから!」
「あーもう、めんどくせえな」
「めんどくさい? おかしいでしょ! 私、こんなに落ち込んでる。わかるよね?」
「はいはい、ともかくどうする? 風呂使いたいし。フィリスのバカは休ませとかないと」
「そうですね、起こしてうるさい事言われるのも嫌ですし」
「どっちにしても世話役がいるな。あ、そうだ村の女、助けてやったんだしそのくらいいいよな?」
「ダメ! 絶対にダメ!」
「なんでだよキャシー、だったらお前がやれよ」
「それは嫌って言ってるじゃない!」
「あーもう、わかった、あいつにやらせよう」
結局ひん死の姿で横たわるヴァンプの男を蹴り起こした。
「…えっと、俺、死にかけてるよね?」
「それはお前の根性が足りないからだろ? ほら、騎士の名誉が掛かってるんだから」
「風呂焚きと騎士の名誉って関係ないよね?」
「あーもう! うるせえな! やれって言ったらやれよ! 今度はケツの穴に火球ぶち込むぞ!」
「わかった、わかりましたよ! 死にそうだけど、本当にやばいけど風呂沸かすから!」
ちなみに純血のヴァンプではない彼には回復魔法の効果もあるらしく、口から突っ込んだ火球の魔法で焼かれた内臓や喉はきちんと回復しているようだ。これは発見だな。
ともかく暗い顔したキャシーに見張らせながら風呂を沸かさせ、俺たちは湯に入る。ヴァンプ臭くて気が進まなかったが背中を誰かに洗って欲しくもあったのでキャシーも一緒だ。そのキャシーは家にあったタオルをきっちり巻いて体を隠し、俺の髪や背中を洗ってくれた。
「…それで、ひどいんですよ、村長の娘とか言うのがソーヤさんの看病をするって譲らなくて。なんでもその女を守る為、ソーヤさんが怪我したって話で。目を覚ましたソーヤさんもまんざらでもない感じで、看病されながらこっそりその女のおっぱいとかいじってて、私、きぃぃってなって飛び出して。
…でも、それでいいのかなって、ソーヤさんは人間だし、私はヴァンパイアの眷属、他の村の女たちも歓迎ムードで私さえ我慢すればみんながうまく行くって思ったら強く出れなくて」
「まあ、お前は中古でヴァンプ臭いし、それにへっぽこでまあまあのブスだからな」
「キィィィ! よくそういう事言えますね! 中古って、それに臭くもないしブスじゃないです!」
「まあいいじゃん、どの道お前は不死、あいつは定命、いつかはこうなるんじゃない?」
「…そうかも」
「そのうちブスで中古のお前でもいいって危篤な奴があらわれるかもだし」
「…すっごく腹立ちますけど、いいです、それで! ちゃんと良い人がいたら世話してくださいね!」
――魔界
ここは魔界でも最高級のホテル、そのスイートルームである。…今は人間世界研究部の部室となっていた。もちろん金を払っているはずもない。何しろ部長のネコ、部員のマダラ、それに新入部のクロノスの三人は最上級の魔族、この三人に逆らえるものなど誰も居なかった。
「むっキィィィ! 何にゃあのクサレヴァンプは! 一緒にお風呂? 髪を洗うのも背中を流すのもニャーだけに許された特権ニャ!」
「まあまあ部長、良いではありませんか、王子が欲情して、と言う訳ではないですし」
「…そうだな、気に入らぬのなら眷属を世話係にしてはどうだ? マダラがそうしたように」
「それも気に入らないニャン! ともかく、作戦は次のフェーズ、あいつがあのヴァンプをどうするか、それによって状況は変わるニャン!」
「…そうですな、私の眷属、アルトは
「…ハッ! 王子が覚醒? それこそ悪夢さ。こちらも少しばかりテコ入れをと思うが今の主体は同族だからな、あまり大きな事はできんさ。あの眷属の男は出来がいい、あいつを王子がどう扱うか、それ次第だな」
コンコンとノックがして、入ってきたのは紳士的なネコの同族であるブラッドキャットの男。彼はネコの機嫌が悪い事を察知して誰とも目をあわせず紅茶を置いて完璧な儀礼を崩さず去って行った。
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