第8話 勇ましき者

――今を去る事数百年、人間世界に最強、と呼ばれた最上位プラチナタグの冒険者が居た。


「チェンジだ」


 その男は城の玉座に座り何もいない中空に向けてそう呟いた。ここは聖都と呼ばれる至高神の祭殿に築かれた都。至高神の総大司教を兼ねる聖王が治める宗教都市。

 そして無論、そこに座る男は総大司教でも、聖王でもなかった。彼は、座り心地が良さそうだから、それだけの理由でそこに座り、本来の主である聖王は殴り飛ばされその足元にひれ伏していた。


『あのね、チェンジとか利かないから。僕は至高神、意味わかるよね? 君は僕の勇者として選ばれたんだよ? 実に光栄な事だろう?』


 彼にだけ見える存在、至高神はそう言って、少し困った顔をした。


「興味がねえ、失せろ」


『おかしいからね、僕は神様、まあ、君がそこに何故座っているのかはこの際良いとして、』


「要するにだ、お前は俺に頼みごとがある、そう言う事だな?」


『理解が早くて結構だよ。そう、君には魔界に赴いて魔王討伐を頼みたいんだ。昨今彼らの勢いはすさまじいものがあるからね。このままでは世界のバランスが、あぐっ!』


 男は神の言葉を拳でさえぎった。


「ほう、流石俺の拳だ。神であろうと敵じゃねえな」


『ちょっと、何するんだよ! いきなり殴りつけるなんて! もう神罰だから! 絶対許さないからね!』


「やってみろ。だが、俺をやるなら一撃で仕留めるんだな。じゃなきゃお前の明日は保証しねえ」


『僕は神なんだよ! せっかくの逸材だと思ったけどこれじゃ仕方ないよね!』


 そう言って至高神は神の奇跡を発動し、凄まじい雷撃が男を直撃する。だが、男は平然とした顔でそれを受け、ごきっと首を鳴らした。


『え、なんで?』


「ま、こんなもんだ。魔法だ奇跡だは所詮まやかし、俺はそれを信じねえ。だから食らっても痛くもかゆくもねえって訳だ。ドラゴンはでかいトカゲ、トカゲが火を吐くはずがねえ、だからそれもまやかし、何匹もぶっちめてやったが大したことはなかったぜ? 神だなんだで驚いてちゃプラチナの冒険者は務まらねえって事よ。

…さて、お仕置きの時間だな。」


『ちょっと待って、ねえ、おかしい! 円環の法則が乱れっ! ぎゃああああ!』


「おかしいのはてめえだ! てめえも神ならセオリーぐらい守りやがれ!」


『何、言ってる意味わかんない!』


「神が人に頼み事、そう言う場合は女神ってのが相場だろ!」


『いや、ここは僕の神殿で!』


「関係ねえ、神ならそのくらいできんだろ? ほら、今すぐ女神ってのを連れてこい」


『ちょっと、待ってくださいよ! 僕にもメンツってものがありましてね!』


「いいか、よく考えろ。お前の奇跡とやらは俺に通じねえ。そして俺の拳はお前を殴れる。…それにな、俺はお前みたいな優男って奴がどうにも許せねえ。この世に必要ねえもんだと思ってる」


 至高神に馬乗りになりながら男は口を歪めてそう言った。――男は非モテ系だった。顔ではなく、性格的に。だが、悲しい事に本人はそれに気づいていない。


『待って、待ってください! 僕が何とかしますから! ね? 落ち着きましょうよ』


 すでに至高神は男に対して敬語を使っていた。


『あ、もしもし、豊穣神? うん、久しぶり、実はね、相談があって。あ、そうそう、例の件。うん、勇者を見つけたんだけどさ、彼がね、女神をご指名なんだよ。えっ? 忙しい? ちょっと、そこをさ、こないだ会議で話したじゃん。あ、切れた』


 至高神は神の意思疎通に使われる通信機器を用いて各所に連絡。男は玉座に座り、顎で指図して飲み物を持ってこさせた。


「…お、お飲み物を、お持ちいたしました。」


 か細い声で銀のトレイに高価な酒の瓶とクリスタルガラスのグラスを乗せて現れたのは素肌に薄絹を纏っただけの女性。彼女は聖王の姫、男の命で当然いろんなことをされちゃったりしている。


 トクトクっとグラスに酒が注がれる。姫の手はかすかにふるえていた。


「おい、俺のおごりだ、ぐっとやれ」


「えっ?」


 そう言って強張った顔をする姫の口を無理に開けさせ、男は注がれた酒をその口に注ぎ込む。一瞬の後に姫は喉を掻きむしり奇声を上げた後、血を吐いて倒れた。


「なんだ、酒が弱いのか? だったら先に言えっての」


 男はグラスを投げ捨てボトルを掴んで毒入りの酒を一気飲み。


「なんか混ぜもんが入ってやがる。味が悪い。なあ、聖王? お前もそう思うだろ?」


 男は毒を信じない。だから毒にも当たらない。すごいね、思い込みの力って。


「し、しらん! 余は、何も!」


「そんな事はどうでもいい。俺にまずい酒を飲ませた罪ってもんがある。その責任は王たるお前が負うべきだろう? さて、選択肢は二つだ」


 そう言いながら男は聖王の頭を踏みつけた。


「一つはこのまま頭をトマトのように踏み潰されるか、今一つはお前の信仰の力で女神ってのを呼び出すか。至高神は当てにならねえ」


『待って、今色々当たってるから! あ、戦女神? おっひさー、えっとさ、ほら、例の勇者の話、うん、そうそう、君の所の戦乙女を、えっ? 指名入ってんの? 予約まち? ちょっと、非常事態なんだけど。え? 無理? あ、切れた』


「そうだなあ、やっぱ髪は金髪だろ。緑は不人気、赤も負けヒロインって感じだし、黒髪も悪くはねえが。銀やピンクは狙いすぎだろ。んで、少女系も悪くはねえが、やっぱバインバインのお姉さん系だろ? 優しい感じでちょっとおっとり系?」


 男は聖王を踏みつけながら葉巻に火をつけ紫煙を至高神に吹きかけた。


『ゲホゲホ、あ、もしもし? え、なんで着信拒否?』


「残念、時間切れだ」


 聖王の頭は無残に潰れ、至高神はがっくりと肩を落とした。


 強すぎる力は時に全てを崩壊させる。彼を留めるものはもはや誰もいない。ギルドが除名処分をしようにも、誰の名でそれをするかで答えが出ない。魔物も、軍隊も、賢者も、王も、そしてギルドの冒険者たちも誰もが彼に逆らえず、災厄にあった、そう思ってあきらめていた。


 その男の名は、ヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニ。のちにその名を引き継いだ魔界の王子の父となる男であった。


『あ、そうだ、魔界! 魔界にだっていい女、きっといますよ? とりあえず行ってみましょうよ!』


「ふんっ、まあ、退屈しのぎにはちょうどいい。付き合ってやる」


『ですよね、さ、今ゲートを開きますから!』


 数百年前のその日、魔界に未曽有の災厄がもたらされた。



――現在 魔界


「ふっ、ある意味予想通りの結果となった訳だ。あいつははらわたを焼かれ、半年は入院生活だな。分不相応な野心は身を滅ぼす、か。さて、俺は親父の愚痴を聞いてやらなきゃなるまい。それじゃあ諸君、失礼する」


 ヴァンパイアの大公、クロノスはそう言い遺しネコたちのいる部屋を去った。


「それにしてもマダラ、ずいぶんと大盤振る舞いにゃね。あの、アルトと言う男にどんな力を与えたにゃ?」


「いいえ、力は何も。彼の存在、その認識を魔族としただけで。彼は魔族と意志を通じれる。与えたものはそれだけですよ、部長」


「ほう、何故にゃ?」


「力とは己の努力で培うもの、与えられた力などはその者の人生に何の意味も持ちませぬから」


「ふふ、そうにゃね」


 そう言ってネコは魔鏡に視線を戻す。そこには眠りの雲の呪文を受け、昏睡するヴァンパイアの眷属となったキャシーと言う女が映しだされていた。王子は魔物からは情を吸い取れない。つまり、キャシーと交わってもキャシーは灰になる事はないのだ。また、王子に裏切られ、彼が女を抱くところを見せつけられる。ネコは自分の心にまた一つ、傷を作ることを覚悟した。



――人間世界


「おい、起きろ!」


「え、私、どうなってしまったの? 兄さん! いやあああ!」


 キャシーとか言うヴァンパイアの顔を踏みつけ起こしてやるといきなりそう言って叫び出す。


「うるせえな! お前が殺したんだろ!」


「違う、違うの!」


「違わねえよ、しっかり見たから」


『ねえ、王子、そいつ、どうするつもり? はぐれヴァンプなんか押し付けられても困るんだけど』


「ともかくお前らはここを離れろ。依頼が来てるって事は目をつけられたって事だからな」


「しかし王子、それでは今回の依頼が」


「そこはそれ、この女の牙を引っこ抜いてそれをギルドにって訳だ、攫われたわけじゃなくてコイツ自身が吸血鬼。んで、ゴブリンたちはこいつに追い払われていたって筋書きだ」


「なるほど、流石ですね」


『まあ、仕方ないよね、ここは引き払う事にするよ、その女はそっちで始末をつけてよね。あ、これ、お金と宝石、困った時はお互い様だし』


 そう言ってゴブリンはアルトに金と宝石を手渡して去っていった。


「兄さん! 兄さん!」


「いつまでもグズグズ泣いてんじゃねえよ。見ろ、そいつはすっかり干物みたいになっちまってる」


「そんなつもりじゃ!」


「ともかくお前には用がある。アルト、背中から抱え起こせ」


「はい、王子」


「えっ? 何をするの?」


「その牙を引っこ抜いてやるんだよ。なあにすぐに済むし、お前は不死のヴァンパイア、半年もすれば生えてくる。せーの!」


「きゃあああ! やめて、痛い!」


「中々抜けねえな、しっかり押さえろ、こうやって顔を踏みつけて、」


「やーめーてー!」


 そのあともキャシーは大騒ぎ、顔を踏みつけ何とか二本の牙を抜いてやった。


「ほら、起きろ、ケツでか!」


「ソーヤさん、起きて下さい!」


 俺たちはフィリスとソーヤを何とか起こし、干からびた公務員の装備をはぎとる。王国兵の装備にカッパータグ、持ち帰ればいくらかの褒賞が期待できる。それに、王国兵の装備は支給品、かっぱらえばばれてしまう。だからここは正直に。


「…あの、私は?」


「お前はここで兄貴の干物と暮らせばいいだろ? まあ、しばらくは生きていけるし」


「バーツさん、この人は?」


「フィリス、お前も見ただろ? こいつは汚らわしい吸血鬼だ。不死の存在を殺すのは手間がかかる。牙も抜いたししばらくは無害、だからここに置いて行く」


「待って下さい! そんな、困ります」


「ちょっと、かわいそうじゃないですか、あ、口から血が、待ってください、今、癒しの奇跡を」


「ぎゃあああ! 痛い痛い! やめてぇぇ!」


「あ、フィリス、アンデットに回復魔法はダメージ与えるからね」


「そういう事は先に言ってください! 大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないです、ねえ、お願いします、見捨てないで!」


「だってお前、外に出たら日に焼かれて死んじゃうだろ? だからここに居るのが一番だと思うけど?」


「フードを、あ、とりあえずあなたのマントと帽子を貸してください、そうすれば!」


「嫌だよヴァンプ臭くなるし」


「臭くないです! あの、私、ほら、カッパーの冒険者でしたし、その…吸血鬼になって力も増しています。魔法もいくつか使えますし、必ず役に立って見せますから!」


「王子、どうします?」


「連れていってあげましょうよ。かわいそうじゃないですか」


「でもさ、コイツ婚約者がいるとか言ってたじゃん?」


「良いんです、あんな人、私が冒険者上がりだからって下に見て。兄さんは良い縁だから我慢しろって、でも、他に女の人もいて」


「あの、っていう事は、フリーですか?」


 突然今まで黙っていたソーヤがそんな事を言い出した。


「あ、えっと、そうなるのかな?」


「なら、僕とお付き合いしてください!」


「「「えっ?」」」


「僕、ヴァンパイアとか非処女とかそういうの拘りませんし、その、キャシーさんは正直タイプですし、」


「私なんかでいいんですか?」


「はい! ぜひ! お願いします!」


「…嬉しい、もう、化け物になった私なんか、誰も、そう思って」


「ま、いいけど、ソーヤ、そいつはお前が面倒見ろよな」


「はい、僕がちゃんと。さ、行きましょう。あ、その前にお兄さんの亡骸を埋葬してあげないと」


「…ありがとう、ソーヤさん」


 こうしてまた一匹余計な女が仲間になった。


 帰りはなぜかキャシーが馬に乗り、その馬の口をソーヤが引いた。納得いかないが俺たちは歩きである。


「バーツさん、魔族となってもちゃんと救いが。これも豊穣神のお導きですね」


「つまりお前は魔族以下の女って事だな。無駄にでかいおっぱいとケツだけが取り柄なのに」


「わ、私はそんなんじゃありません! 神に身を捧げた以上、清らかな身で! その、婚姻の儀式をするまで殿方とは」


「ああ、それで売れ残ったって訳? 無駄に歳くってんなぁ」


「ぶっ飛ばしますよ!」


 とりあえず俺たちは元居た町に帰り着く。そこであの公務員の遺品を提出し、結構な報奨金を貰った。馬もその時に返す事になったがそれはまあ、仕方がない。


「そう、ヴァンパイアがね。王国兵の彼は残念だったけど、近隣の村々はともかく安全になったわ。ご苦労様。それとキャシーメンバーのパーティ加入は正式に認めます」


 珍しくギルドの係員からねぎらいの言葉を頂いた。そしてヴァンパイア討伐の褒賞として任務の達成の褒賞の他に一人金貨十枚を貰う事になった。その他にヴァンパイアハンターの勲章も。


「ま、今回は中々の儲けって事だな」


 その日は高級宿に久々に返り咲く。風呂とうまい飯、それにうまい酒。やはりこうでなければ。


「そうですね、一人頭に換算すれば金貨三十枚は。今回は相手が相手でしたし」


「そうね、私たちはまだまだ、でもキャシーさんも加わって戦力も上がりました。これからは討伐主体に」


 これだからフィリスは困る。懲りるという事を知らないのだ。本当にバカ女だ。


「私、頑張りますから」


「キャシーさん、僕が支えます」


「…ソーヤさん」


 あーあ、ソーヤもヴァンプなんかのどこがいいんだか。ま、人の好みは色々だから。


 その日は久々にフカフカのベッドで眠りについた。これからはアルトも魔物と意思疎通できるしキャシーもヴァンプだから、ってあれ? いつの間にか半分以上が魔族になってる。ま、いっか。


 …けど、キャシーの牙はいずれ生えてくる。って事はだ、その度に牙を抜いてギルドに提出すれば一人当たり金貨十枚? これって良いビジネスですよね。

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