第9話 それぞれの事情

 さて、新メンバーのキャシーを加えた俺たちだが、懐具合は今まで通り。いくらか稼いだ金は贅沢暮らしで見る見る間に溶けていく。そして、俺たちに金を貸しているフィリアは返済の催促をしなかった。当然俺たちは金を返さない。…つまりはパーティーリーダーはフィリスのままであると言う事。借金のある俺たちは彼女の意向に逆らえないままと言う事だ。

 そのフィリスは俺たちの懐具合が寂しくなった頃を見計らい、ギルドの仕事を受けてくる。


「今回は魔獣討伐ね。報酬は一人金貨五枚、まあ、ゴブリンやオークは居るかもだけど、こっちもキャシーさんが増えて戦力は増えているしね。それに、私たちってブロンズではあるけどヴァンパイアハンターの称号もあるし、あんまり安い仕事ってのもできないから。わかるよね?」


 そう言ってフィリスは俺とアルトをじろりと睨む。借金のある俺たちは何も言わずにそっと目をそらした。そして同じくフィリスに借金のあるソーヤは彼女となったキャシーとラブラブ。


「良いんじゃないですか? 私、これでも元はカッパータグの冒険者でしたし、今はほら、色々制約もありますけど、その分力にもあふれてますから」


 そう言うキャシーにうんうんとソーヤは頷いていた。


 そのキャシーは元は死んだ兄と一緒に冒険者をしていたが結婚が決まったので引退、ギルドにタグを返していた。今回復帰に当たり一等級下のブロンズに降格、そう言う話。

 そしてキャシーはヴァンパイアに血を吸われ、その眷属となっていた。


 魔界では俺たちの妖魔、そしてアークデーモンであるマダラを筆頭とするデーモン族、そしてヴァンパイアを始めとするアンデット、それが三大勢力である。今は魔王マッマを中心にそれぞれの勢力ごとに評議員を出し、執行部を形成、その指導の下で魔界は平和を享受している。だからこそ人間世界よりも大きく発展しているのだ。俺の生まれる以前はそれぞれが勢力を形成し、乱世の有様であったと言う。


 そしてヴァンパイア。彼らは先天的に魔術に優れ、様々な能力も保持している。最も大きなものは不死。彼らに寿命はなく、驚異的な生命力と回復力により、人間ならばまず即死、そう言う状況でも止めさえ刺されなければ時間が経てば元通り。不死の

彼らを殺すにはいくつかのやり方があり、日光にその体を焼かせる事、銀の杭をその心臓に打ち込む事などが挙げられる。その他にも神聖魔法の回復は逆に働き、ダメージを負う事に。更には火炎、火の魔法にも弱かった。

 そしてもちろんそれらの弱点を補って余りある能力を彼らは保持していた。魔法に関しては覚えが速く、マナの消費も少なくできる。同級生のヴァンパイアはみな優等生、大人になればエリート、もちろん頭の出来もみな良かった。

 さらには特性として闇に親和性の高い彼らは影に溶け込める。闇に潜んだ彼らを見つけるのは人間であればまず不可能。そして、人間の血を吸えばキャシーのように眷属とすることもできる。そして死者を一時的に蘇らせ、自分の為に戦わせることも。

 生粋のヴァンプであれば人間に対しては魅了のスキルを使う事もでき、思うが儘に操る事も不可能ではない。人間相手であればほぼ無敵、そう言う存在。


 だが、そんな彼らであっても位の高い他の魔族には及ばない。例えば妖魔の王子である俺は暗視ナイトサイトを使えば影に潜んだ彼らを容易に認識できるし、魔法に優れていても大抵の魔法はレジスト出来る。もちろん魔族相手では魅了のスキルは効かないし、格闘においてはこちらが上、学生時代は矜持の高いあいつらが気に入らず、毎日のようにぶん殴ってやっていた。

 まあ、それはそれ、ヴァンプの眷属であるキャシーは蝙蝠に変化出来ない事、魅了のスキルが使えない事、眷属を作ることが出来ない事を除けば生粋のヴァンプと変わりない能力。さらにヴァンプになったことにより身体機能も向上していると言う。


 日差しに弱いキャシーは俺と同じつばの広い帽子とマントを着こみ、その中にお揃いの皮鎧をつけている。冒険者としては格上の彼女は近接戦闘もできるらしく、登録は俺と同じ魔法戦士となっていた。ヴァンプ化により青白い肌になった彼女は儚げで、妖艶。そんなキャシーを侍らせるソーヤは誇らしげであった。だが俺は彼女に魅力を感じない。なぜかと言えばヴァンプ臭いから。なんというか生臭いニオイがするのだ。アークデーモン、マダラの祝福を受け、デーモン化したアルトも同じ臭いを感じると言っていた。


「あいつバカだろ、魔獣討伐?クマでも出たらどうすんだよ!しかも北の国境くんだりまで!」


「…仕方ありませんよ王子、金がないのは事実、フィリスに借金がある以上我々は強く出れませんから」


「それにしてもソーヤの奴、あんなヴァンプ臭い女とよく一緒に居られるな」


「ええ、私もあの臭さはちょっと、ですが人間であるソーヤやフィリスにはあの臭さは判らないようで」


「まあ、奴らは血を吸ってるからな。血の臭み、そう言うのが出るんだろうさ」


「かも、知れませんね」


 ともかくやる気まんまんのフィリスに連れられ俺たちはとぼとぼと歩いていた。ちなみに西にある町への移住はあちらの出身であるキャシーの反対にあって諦めることに。元の婚約者や知り合いに会いたくないらしい。



「…王子、起きてください」


 そんな声がして目を覚ます。野営の見張りは夜目の利くようになったキャシーにやらせている。


「…うるせーな、なんだよ? ヴァンプクセーから近づくなって言ってんだろ」


「もう、臭くないです! それより王子に伝えたい事があるとゴブリンたちが」


 ちっと舌打ちして身を起こし、水筒から水を口に含んでペッと吐き出した。


『あ、王子』


「なんだよ、いい夢みてたのに。くだらねえ用ならぶん殴るぞ?」


『もう、相変わらずバカなんだから。それより大変なんだよ』


「なにが?」


『この先、北の国境あたりで向こうの国が仕掛けて来るって、戦争になるね』


「マジで? 余計なことを、俺たちそっちに行くんだぞ?」


『だからこうして伝えにきたんでしょ?うちのシャーマンが言うにはね、どうも裏があるみたい』


「裏?」


『うん、向こうの国境の領主の側に肌の青白い女が居たって。多分ヴァンプじゃないかな?』


「で、狙いは?」


『そこまでは判らないけど、この間執行部から通達が来てね、もう少し人間世界に混乱と破壊をって。ほら、魔界に暮らしてる人はいい生活してるでしょ?王子みたいに引きこもりが出来るくらいに。だからマナが不足気味みたいで』


「うるせーな、一言多いんだよ!」


 まあ、魔界の家電やテレビはマナをエネルギーとして使っているからね。消費が多くなれば供給に問題が、それは判らないでもない。


『ともかくうちでも戦力の増強を図ってる、どうせ前に立つのはボクタチだし』


「…なるほどな。執行部からの通達は人間世界の混乱と破壊、それだけだな?」


『うん、それしか聞いてないよ』


「だったらどっちが勝とうが構わないって事だろ?」


『…まあね、それで、王子はどうするつもり?』


「その北の国にはヴァンプが手を入れた、って事はだ、俺たちはこっち側。当然だろ?」


『まあね、ヴァンプは臭いし。それに王子の事は大っ嫌いだけど一応ボクタチ妖魔の長でもあるからね』


「決まりだな、で、お前のとこの戦力は?」


『この間ホブが生まれて、やっと一人前になったところ。数は10、ボクタチは全部で50は居るし、シャーマンも居るから』


「なるほど、オークのバカにも声かけろ、それとマダラに連絡してデーモンの一族にも応援を出させろ」


『それはいいけど、こっちから仕掛けるの?』


「ちがうさ、お前らはその、北の領主に表向き従っとけ。わざわざ魔界から出てきたヴァンプ、力を貸すと言えば通りがいいだろ?」


『それで?』


「もちろんいいところで寝返りを、どっちにしても戦争、そうなるのは決まってる」


『相変わらずだね、ま、そっちの方が面白いかも。通達は果たせるし、損をするのはヴァンプだけだからね』


「そう言う事、あいつらはせいぜいがゾンビを作るくらいしかできないからな」


『まあ、できるだけやってみるよ』


「ほう、面白そうなお話ですね」


 ふと振り向くとそこに居たのはアルト。彼はデーモンとなりゴブリンたちとも話ができた。


『君がマダラ様の祝福を受けた人間? まあ、王子の役に立つならいいけど』


「ええ、もちろん、あなた方の王子に対する献身ぶりは以前より存じ上げておりましたし」


『ちょっと、やめてよね、そう言うの。ボクたちはみんな王子の事なんか大っ嫌いなんだから!』


「あはは、そうですね、ですが王子はあなた方の誰一人として殺めていません。まあ、美しき主従関係と言ったところでしょうか」


『ちがうからね! もう、恥ずかしいだろ!』


「ともかくは面白そうなお話、少しばかり策を練る必要がありますね」


『そうなの?』


「ええ、事をより、面白く。それはデーモンの一族となった私の本能でもありますから」


 そうしてアルトはゴブリンと作戦会議、俺は眠くなったので、後を任せて眠りについた。



――魔界


「どういう事にゃバッバ! ここにきていきなり地上に混乱と破壊? マナの不足は今に始まった事じゃないニャ!」


 真っ白な髪に赤い瞳、魔王の秘書室長ともいうべき役目のネコは激昂して魔王にそう詰め寄った。


「…そう憤るな、すべては政治だよ」


「ヴァンプどもが産業界の代弁者としてマナの増産を望むのは判るにゃ! …けど、地上には、人間世界にはあいつが居るにゃよ⁉」


 そう言われた魔王は静かに、そして深いため息をついた。


「わかっている、判っているのだよ、ネコ。…これはね、あの子の為でもあるのだよ」


「何でニャ!苦労知らずのあいつを人間社会に。それはわかるニャ! けど、戦争となれば話は違うニャ!」


「そうだね、だけどこれはあの子にとっての試練。魔界ではあの子に勝てるものは居ない。表面上は勝ててもね」


「それは、そうニャ。あいつに魔法は効かない、その上不死で、殴り合いなら無敵ニャ」


「そう、剣で勝とうが魔法で勝とうがあの子を殺せない。…つまりはね、あの子を屈服させられる相手はいないのだよ」


「バッバならそれが出来るにゃ!」


「…そうかもしれない、だが、私はあの子に手をあげる事など出来やしない。どうしても母としての愛が勝ってしまうのだよ」


「これだからバッバはダメニャ!あいつがクズなのはバッバのせいニャ!」


「言われじとも判っているさ。だけどね、本質的には別の事」


「言い訳する気かニャ?」


「ちがうさ、あの子がダメ、そう言われる理由は?」


「それは、魔界のすべては魔力で動いてるニャ。魔法のできないあいつはダメと言われて就職も無理、でも当然の事にゃよ?」


「…そうだね、魔法が出来なければ魔界で力を示せない。けれどもネコ、あの子は火球ファイヤボルトの魔法ならば無限に撃ち続ける事ができるのだよ。一切のマナを消費せずに」


「確かにすごい事にゃよ? けれど初級魔法がいくら出来たところで役立たずニャ」


「だけどあの子はその魔法、それだけで魔界のすべてを従えられる。あの拳は無敵、だからそれ以外の力は必要ない。王子であるあの子は暮らしには困らない。それを本質的に理解している。だから努力しない。…必要がないから」


「けど、あいつはカッコつけニャ!同級生のみんなに負ける、そう言う事が我慢できない性分ニャ、努力する理由はあったニャ」


「違うのだよネコ、そう言う表面的な事ではない。事は本質、つまり、あの子に流れるあの男の血、そう言うものがああさせている」


「…バッバの旦那だった男、魔界に災厄をもたらしたヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニ。あいつがその名を受け継いだ」


「そう、あの男は全てにおいて無敵、魔法も毒も信じない。全てが嘘だから俺には効かない。そううそぶき、それを実践した」


「…確かに魔法はそういうもの、信じる力がなければ発動しない」


「そう、そして信じるにはそれを必要とする状況が要る」


「けれど、今の魔法は学問ニャよ? 体系化されて学べば発動できる、そう言うものニャ」


「そうだね、そして魔法が出来なければ魔界では落ちこぼれ、だから必要」


「そうニャ、その為にみんな頑張ってるニャン」


「…バーニィ、あの子はね、力に恵まれた。魔族としてはあり得ないほどの力。殴れば大抵の事は片がつく、そう言う力を、父から、あの男から受け継いだ。そしてもう一つ、」


「もう一つ?」


「そう、それは心、絶対に揺るがない鋼鉄の心。あの子の魔法耐性の高さはその表れだよ。…決して自分を曲げない、折れない心」


「…けどあいつ、ブスに借金してひれ伏していたニャン?」


「……」


「……」


「…んっ、んんっ、ともかくだ、ネコ。あの子が最愛のお前に謝らないのは鋼鉄の心、そう言うものがあるからだよ」


「話を逸らすニャ!あいつはクズでバッバが甘やかしたからそうなったニャ!」


「何を聞いていたのだお前は!これだからダメネコは!」


「うるさいニャ! バッバのくせに若作りしすぎニャ!」


「何だと!調子に乗るな!」


「にゃにおー!」


 嫁姑の争いはどこでも一緒である。



――人間世界 ヴァレンティ公国 マイセン辺境伯領


 王子たちの居るヴァレリウス王国、その北方に位置するヴァレンティ王国は冬ともなれば雪に閉ざされる厳しい土地でもあった。この地の支配者、大公ラガンは祖先を辿れば海賊、更に北の地からやって来た異民族であると言う。彼らの価値観は力。力あるものが全てを手に、そうした民族性を持ち、それだけにみな逞しい戦士でもある。

 そのヴァレンティ公国において、ヴァレリウス王国との国境にあたるマイセンの地を任された辺境伯、ブロニボルはその見事な髭を撫でながら外を見ていた。


「…もう秋か、雪に閉ざされるまであまり時がないな」


「…ええ、ですからご決断をと」


 その声は妖艶、そして冷徹さも感じさせる女のもの。そこにはシルクのような艶のある長い黒髪を上品に束ね、肌の青白さを強調するようなアイスブルーのドレスを着た女。その顔立ちは絶世、そう言えるほどの美しさでどこか儚げでもある。そしてその血の色のルージュで彩られた唇からはヴァンパイアの証である牙がほんの少し顔をのぞかせていた。


「メーヴ殿、貴女が魔物であり、魔物が人類の恒久的な敵、そう言った部分を加味しても魅力的な話ではある。貴女の女性としての魅力と同じくらいに」


「…うふふ、お上手ですわね。私たち魔物、いいえ、魔界と言うものはいわば神と対極、神が崇め、慈悲を、恩恵を乞う、そう言う存在であるならば私たちは憎み、災厄と苦難をもたらすもの。…ですが世にあるものは全てそうした裏表。幸せがあれば不幸があるように恩恵があれば災厄もまた、必要なもの」


「ふっ、なるほどな」


「私たちが欲するものは調和。天秤が傾き過ぎぬよう調節を、それが役目。現状を鑑みるに大陸にある六つの国、その中で南のヴァレリウスはいささか出過ぎた存在かと」


「確かに気候も穏やかで作物の出来も大きく違う。あちらは豊かで我らは貧しい」


「そう、そしてこのマイセンは」


「…そうだな、貧しき我が国、その中でも山がち、雪も深く海もない。そしてその豊かなヴァレリウスとは国境を接してもいる。産物はないが兵だけは揃えて置かねばならぬ。なんとも救い難き状況よの」


「ええ、国境警備、それに雪、どちらも大きく負担のかかる事。そして今は我ら魔族の対策で本国はそちらにかかり切り」


「どうにもならぬ、とは判っているが、ここで戦争ともなれば」


「戦争ではなく、管理された紛争。このヴァレリウス東部に位置するリヴィアの町、ここさえ押さえてしまえれば」


「港町ゆえ船を出し、本国からの物資の供給も」


「ええ、それさえ叶えばこのマイセンも大いに開発が」


 マイセンは山国、それだけに樹木も豊富、当てになりそうな鉱山もいくつかあった。だが、開発を進めたところで輸送手段が皆無。本国とは高い山に阻まれてもいた。南のヴァレリウスは歴史的に争いを続けてきた間柄でもあり、交易など出来るはずもない。だが財政はひっ迫。本国にはダンジョンも出現し、魔物も沸いている。こちらを支援しようにも輸送の手段がなかった。


「…どちらにしろジリ貧、それならば!」


 そう言ってマイセン辺境伯、ブロニボルは一枚板で出来たテーブルに広げられた地図を叩いた。


「…わが身、そして我が民にとってはすでに地獄。魔物と組んで地獄に落とされようが大した違いがあるものか! メーヴ殿、貴女の提案、ありがたく」


 そう言って覚悟の決まった顔でブロニボルは手を差し出し、握手を求めた。





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