第23話 決戦

――グラニログ城


「申し上げます! 敵軍は撤退を開始! そのままエミリアまで引き上げました。お味方の勝利です!」


 そんな報告に集まっていた諸将は歓声をあげる。だが、メーヴは「やられた」と思わず口にしそうになるのを堪え、笑顔を作って席を立った。後ろから「メーヴ様バンザイ!」と言う声を聴きながら。


 自室にこもったメーヴはくうっとこめかみを抑える。何が勝利なものか。結局状況は変わらない。そう言う事にすぐに気づく。今日、メーヴを称えたその口は明日には怨嗟の声を発することになるというのに。


 メーヴの作戦では敵軍は定石通り、村を襲い領民をこの城に、その先にアンデット化と言う罠を張るつもりだった。だが村に手を付ける前に撤退、そうされてはやりようがない。戦勝、そう信じる諸将からは追撃、そう言ってくるに決まっている。敵はエミリアを要塞化、迎撃はたやすいだろう。つまりこちらの優位性は失われた、そう言う話。食料はいずれ尽きる、冬までは持たないだろう。そしてそれを回避するには領民、兵士の全員を殺し、アンデットにしてしまう他はない。

 何よりもやられたままで撤退、それが出来る敵将が居た、その事が驚きでもあった。


 彼女はようやく傷も癒え、話せるようになった眷属、ヴォルド・バニングスを呼び出しその話を聞いた。王子は彼を魔法の練習台として用い、メンバーの力を増した。

 いや、そんな事はどうでもいい。王子は確実に事に関わっている。もしかしたら今回の策略も彼が、そう思うとどこか誇らしくも感じた。


 …ともかく対応は必要、戦勝に浮かれる諸将は当てにならない。彼女はヴォルドにアンデット化した死兵たちを率いらせエミリアに攻撃を仕掛けさせる。状況によってはこちらが負ける準備をしなければならない。デーモンのゼノは姿を消した。つまりこのままこちらについても益はない、そう判断したという事。だとしたらどこまで抗い、どういう負け方をするか、それを考える必要がある。魔界にマナを、その為の地上の混乱と言うにはまだ、ささやかすぎるのだ。どこかで戦い、派手に負ける、そう言う事が必要だった。


――エミリア本営


「申し上げます、敵軍が北より接近中!」


「数は?」


「夜なので大まかにしかわかりませんが恐らくは小勢かと」


「ならば壁よりは出ず、弓と魔法で対応を」


「承知!」


「なんだよ、うるせえな、また襲撃? あいつらも懲りないねぇ」


「懲りるはずはないさ、昨夜の襲撃は向こうしてみれば大きな勝利だからね」


「でもさ、状況見ればわかるじゃん」


「まだ勝利に酔っているのかもしれんさ。ともかくお前も支度を」


「はいはい」


 一応副官、そう言う立場になった以上はめんどくさくても将軍の側に居る必要がある。なのでシャ―ヴィーを叩き起こし、手伝わせながら着替えをした。


「もう、着替えくらい一人でやりなさいよ」


「うるさいな、いいだろ手伝ってくれたって」


「やぁねえ、甘えんぼなんだから。でも、お姉さん、そういうの嫌いじゃないゾ?」


 マジでうぜえ。今まで侍女役をさせていたキャシーは将軍の世話。あっちはあっちですぐ迫ってくるからめんどくさいが。


「じゃあ、頑張ってね。私はもう少し寝るから」


「はぁ? 敵襲って言ってんだろ! お前も来いよ」


「やぁーよ、だって睡眠不足はお肌に悪いし」


 イラっとした俺は寝間着の上からシャ―ヴィーのおっぱいをぎゅうっとつねってやった。


「やん、乱暴にしないで、判ったから、もう」


 そう言って渋々とシャ―ヴィーは支度を始めた。



 北の外壁の前にはかがり火が焚かれ門の前には兵たちが隊列を組み集結していた。壁の上には魔法使いと弓を持った冒険者が並び、臨戦態勢。


「敵兵、目視!」


「撃て!」


 そんな将軍の号令で一斉に矢と魔法が撃ち放たれる。壁の向こうで火炎の魔法が着弾した光が明るく見えた。


 まだ壁は一枚。上に上がって状況を確認するには危険が大きかった。だが将軍は当たり前のように階段を上り、俺たちにもついてこいと指で示した。マジか、コイツバカだろ。

 キャシーは階段を上り、俺は嫌がるシャ―ヴィーを無理やり引きずって階段を上がる。向こうからも幾筋かの矢が飛んできていたが不思議な事に声がしない。夜目の利く俺が向こうを見るとそこに居たのは体に矢を何本も受け、それでも平然と弓をつがえる敵兵の姿だった。


「…あれ、アンデットだね」


 同じく夜目の利くキャシーがそう言うと将軍は門を開けさせ突撃を命じた。


「一兵たりとも逃すな! 指揮官は必ず捕えよ!」


 そんな命令が下り、夜が明ける頃には切り刻まれたアンデットの体が焼かれていく様と敵の指揮官が捕縛され、連行される姿が見えた。


「…またお前?」


「…しょうがないだろ、命令なんだから」


「へえ、じゃ、また魔法の練習しなきゃだ。でしょ、王子?」


「ちょっと待って、それは勘弁してよ! もう懲りてるから!」


 将軍は戦後処理と軍議に忙しく、捕虜の尋問は俺たちの役目。頭のいいディージャも呼び、ヴォルドと言う男を取り囲むように椅子に腰かけた。


「…そのですね、えっと、メーヴ様はこちらの領主、リヴィア伯に伝言をと。ここの陣に王子が居れば話を聞いてくれるはずだと」


「へえ、ジャンに伝言? ああ、ジャンはその女の眷属だものね。その内容は?」


「…それは、本人にと、もう、拷問とかは勘弁してください!」


「ま、いいわ。ジャンも援軍を引き連れ今日にはこっちに来るはずだから」


 とりあえず尋問はそこまで。みんなでお茶を啜っているとそこに将軍が帰ってくる。


「それで、話は? ああ、君、大丈夫、ちゃんと話してくれればひどい事はしないさ」


「ほんとですか? 俺、前に話をする間もなくひどい目にあわされて、何でも言うって言ってんのに聞くことはないって。名前さえも聞いてくれないんですよ?」


 そういってヴォルドは俺を指さした。


「まあ、コイツはちょっと、ほら、アレな感じだから。なあ、ディージャ?」


「ま、そうね、あんたも大概アレな感じだけど」


「アレってなんだよ」


「そうだよ、俺はアレじゃないだろ!」


「いいや、あんたはアレだね。間違いない。俺は違うけど」


「あのね、今問題なのはオマエ、この人も言ってたでしょ? ちゃんと話を聞かないと」


「ま、二人とも種類が違うアレなのよ。それは良いとして彼はね、ジャンに話があるらしいの。今日にはジャンもこっちに来るし話ぐらいはさせてあげないと。こっちの事はあたしたちで請け負うから、ジョバンニ、あんたはいらないわ」


「要らないって言った? ねえ、おかしいだろ!」


「もう、相変わらずめんどくさいわね。はっきり言えばあたしもジャンもアンタが嫌い、そう言う事よ? だから邪魔しないでって言ってんの!」


「…もういい! 信じランない! ずっと頑張ってきたのに!」


「まあまあ将軍、あんたはアレだから仕方ないさ」


「だからアレってなんだよ! 言っとくけどお前だってアレだからな!」


「俺は違うって言ってんだろ! 巻き込むなよ嫌われ者!」


「嫌われ者って、お前、人にそう言う事言っちゃダメって親に習わなかった?」


「もう、将軍、とりあえず行こう、色々やる事あるんでしょ?」


「そうだけどさぁ!」


「あいつらはさ、ほら、人の悪口言うのが生きがいだから、ね?」


「ま、お前らはお漏らしコンビだからな、せいぜい仲良くやれよ?」


「そうね、ちゃんと傷、じゃなくてお尻でも舐め合いなさい」


 将軍とキャシーはイライラっとした顔をして何も言い返さずに部屋を出て行った。


「それにしてもヴォルドって言ったかしら、あんたもついてないわね」


「メーヴ様は良い人なんですよ? でも」


「ま、あの女が優れているのは認めるわ。ここまで手玉に取られているのはこっちの方だもの」


 そこにバタンとドアが開き、ジャンが顔を見せた。彼は不機嫌な顔で俺をみるとディージャが用意した椅子に腰かける。


「…お前なぁ!」


「どうしたのよ、いきなり」


「聞いてくれ、ディージャ、コイツはひどいんだ。アルトの奴は商会の開業資金を出資しなきゃ他所の資本でと言いやがった! 王子がそうしろって、」


「あら、困るわね」


「なあ、現状判ってんだろ? 俺のとこにも金はねえ、ここの要塞化の費用だってやっとなんだぞ!」


「だって」


「だってじゃねえだろ! いいか、俺たちは友達、そう言ったよな? だったら友達を脅しあげる真似をするんじゃねえよ!」


「まあ、いいじゃない、それはあと、とりあえずはこっちの話、そこの彼がねあんたに話があるって」


「お前は?」


「伯爵閣下、俺はマイセン伯の騎士隊長、ヴォルド・バニングス。メーヴ様より伝言が」


「メーヴ様ってことはお前もあの女の眷属か」


「はい、こちらの書状を」


 その書状は魔法で封印がなされ、ジャンでなければ開封できないようになっていた。それを読み終えたジャンはその手紙をポンっとテーブルに投げ、それを俺とディージャで読んでいく。


「へえ、あの女は早速負けにシフトしたって訳ね。切り替えの早さも流石だわ」


 その手紙にはこれからのプラン、そう言うものが記してあった。マイセン側はみな戦勝に浮かれ意気高揚、どちらにしても抑えるのは無理、なので出兵するので良いところで会戦を。その間にジャンは別動隊を率い城を占拠して欲しいと書いてあった。城への手引きはヴォルドが行うとも。


「ふん、気に入らねえが流石はあるじ様ってとこか。勝ちに浮かれた連中を奴らの望み通りに前に出し、こちらにそいつらを纏めて処分、そして俺に城を乗っ取らせ、戦功第一はこの俺に。よくできた話さ。…ともかくお前、ヴォルドといったか?」


「はい、閣下」


「お前は眷属、と言うくくりでは俺の弟みたいなもんだ。ここでやったことはアレだがな」


「すみません、そう言う命令で」


「ま、眷属としちゃ命令には逆らえねえ。だからお前は俺に力を貸せ。お前は弟、悪いようにはしないさ」


「…本当、ですか?」


「ああ、どうした? 俺の言葉が信じられねえってか? 俺はお前と同じ立場の兄貴だぞ?」


「…でも、王子と友達って、この人はね、ひどいんですよ!」


「…まあ、その話は聞いてる、そこに関しちゃ仕掛けたのはお前の方、コイツのやり方に文句をつけるいわれはねえが、言いたいことはよくわかる。…まあコイツはコイツ、俺は俺だ」


「…わかりました、兄貴!」


「そう、俺たちは兄弟、永遠を生きるんだ、そう言う相手はいた方が良い」


 そんな感じで二人は手を取り合い何故か感動していた。なんか俺だけ悪口言われた感じ。


 ともかく話はそう決まり、ヴォルドはジャンにお預けとなった。そして翌朝こちらも全軍でエミリアを立つ。壁が出来た以上エミリアの守りは固い。ソーヤたちにシャ―ヴィーたち竜人族をつけておけばまず陥落する恐れはなかった。

 こちらはジャンが率いてきた300の兵も加わり、将軍の兵は負傷者を置いてきたので冒険者たちを含めても総勢で5000ちょっとと言うところ。


 斥候の報告によれば敵も城を出て前に俺たちが陣を張った辺りまで出てきているという。その数はおよそ3000。向こうも総力戦だ。


「隊列を組め! このまま勢いに任せて突っ込むぞ! 魔法使いは左翼、弓兵は右翼に展開! 冒険者たちは前に出ろ! ここが手柄の稼ぎ時だ!」


「「応!」」と力強い声が響き、冒険者たちが敵陣に切り込んでいく。その後ろから正規兵の部隊が隊列を組んだまま接敵、戦闘を開始する。弓も魔法も両翼から半包囲の形。将軍は野戦においてはポンコツではなかった。


 そしてジャンは俺たちと連れて来た兵300を率い、ヴォルドの案内で城内に侵入、わずかに残された守備隊と戦闘に入った。


 と、そこに、大きな唸り声、その声はまるで地を揺らすかのよう、そしてバサッ、バサッと羽音がして城の窓から上を見ると巨大な金色の竜が羽ばたいていた。


 その竜は喉を膨らませると敵味方構わず、戦場に炎のブレスを吐いていく。ぎゃああっとあちこちで悲鳴があがり、弓兵が矢を放ち、魔法が上空に飛び交うもそれらをあざ笑うかのように再び炎を吐き散らした。


「おい、ディージャ! あれ、お前のとこの竜王だろ!」


「…そうよ、あのバカっ! 大事なところで!」


 そう言ってディージャは走って外に出て行った。ぐわわっと城が大きく揺れる。竜王が城の上に着地したのだろう。もう、敵も味方もなかった。みな、自分の安全、それを確保するので精一杯。ガシャガシャっと天井が崩れ、石の床が降ってくる。身をかがめる敵兵が居たので声をかけた。


「おい、メーヴって女がいるだろ? あいつはどこだ?」


「判りませんが、おそらく3階の執務室かと」


「そうか、身をひそめておけ、外よりは安全だ」


「はいっ!」


 崩れた廊下を走り、階段を上る。ともかくメーヴを助けなければ。


「アレか」


 ひと際豪華な扉、それを蹴り破るとそこに青いドレスを着た女が居た。


「…バーニィ、なんで、ここに?」


「お前に死なれちゃイジメる相手が居なくなるからな」


「…いいの、私、あなたにひどい事をした、あなたのこと、庇えなかった」


「いつの話だ、ともかくここを出る」


「ううん、いいの、私はもう、これで魔界のマナは安定する。課せられた任は果たしたわ。もう、私、生きる意味がわからないから!」


「うるせえ!」


 そう言ってメーヴの腕を掴んだ時、大きな揺れが、部屋の床が落ち、上から石が降ってくる。俺はとっさにメーヴを押し倒し、その上に覆いかぶさった。


◇◇◇

 

「おい、起きろ」


 ここはどこだ?薄靄に囲まれた何もないところ。ただうっすらと淡い光がさしていて温かみを感じる場所だった。倒れた俺を屈んで覗き見るのは初めて見る男。とても逞しく、その顔は強面、だがそこに優しい笑みを浮かべていた。


「ここは?」


「そんな事はどうでもいい。簡単に言えばだお前は死にかけてる。不死であろうが何であろうがどこかで死ってのは訪れる。俺か? 俺はお前の親父さ」


「…あんたが、父親?」


「そうだ、顔を見るのはお互い初めてだがな。お前には俺の血が流れてる。わかるか? 最強、そう言われた俺の血だ。そして俺の名もお前が」


「…うん」


「だったらこんな事じゃ死なねえ、わかるな? お前はあの女にカッコつけなきゃならねえだろ? それはな男に取っちゃ何より大事な事だ。好きな女にカッコつけられねえ奴はクズだからな」


「…ああ、判ってる。俺はあんたの息子、」


「そうだ、俺の血、そう言うもんをお前の母はゆりかごに押し込める事で抑え込んでた。あの女はそう言う奴だ。ま、いい女ではあるが、信じるには値しねえ。だが、その女は違うだろ?」


「…うん」


「いいか、愛ってのに技量はねえ。お前の全てをぶつけろ、そして文句を言わせるな。お前がその女とこうなった理由はな、お前がどこかでそいつに遠慮してたからだ。自分と居れば不幸になる? そんなら不幸にしてやりゃいい。傷つけてしまうから? 傷つけた分愛してやればいいだろ、屁理屈はいらねえ。俺の息子ならやりたいようにやれ、ムカつく奴はぶん殴れ、友達が出来たなら大事にしてやれ。そして、女はどこまでも依存し甘えてやればいい。文句を言ったらひっぱたけ、決して離れる事を許すな」


「…ああ、そうだね、父さん」


「お前が生まれるまで生きててやれなかったからな。こういう機会にオヤジの教えってのをと思ってな、そろそろ俺もあの世に行く。心残りはお前の事だけだった。いいか、バーニィ、誰がお前を愛さずとも俺はお前を愛してる。その事を忘れるな」


「ああ、父さん、ありがとう」


「よせや、照れるぜ」


 そう言いながら俺の父、ヴァレンス・ロア・カラヴァーニは大きな背中を見せ、振り向かずに歩いていく。そしてこちらを見ぬまま手を振って消えていった。



「バーニィ! バーニィ! 目を覚まして! お願いだから!」


 そんなメーヴの金切り声に意識を取り戻す。目を開けるとメーヴは大泣きして俺を強く抱きしめた。


「バーニィ、私のバーニィ、生きててよかった」


「大げさだな、お前は。けがはないか?」


「うん、あなたが庇ってくれたから」


 すでに俺の体の修復は始まっていて、いくつかの折れた骨が繋がり、手足が動くようになっていた。


「…ごめんね、ずっとそう言いたかった。あの時、私、あなたを庇えなくて」


「悪いのは俺さ」


「ううん、そうじゃないの、私が弱かったから。あなたの顔にあなたの父のあのヴァレンスの顔が浮かんで」


「そうか」


「許してなんて言えない、私、自分だけ逃げて、ずっと離れない、そう言ったのに!」


 ここはメーヴの居た執務室の真下、ドアは瓦礫で塞がれ、抜けた天井の穴も別の瓦礫で塞がれていた。部屋にはいくらかの調度品、それしかなかった。


 俺は身を起こし、そのままメーヴを押し倒す。


「…バーニィ」


「いいか、お前は俺のモノだ。だからどんなに怖くても離れるな」


「…うん、そうするから」


 そういうメーヴに口づける。これまでに知らず知らずに溜まっていた欲望、それが爆発した。


◇◇◇


 彼が、バーニィが私を求めてくれている。私の体のすべてが彼に感応し、熱を帯びていく。あの時と同じ、私を貪る彼の姿。でも今はその顔ですら愛おしい。私は何度も絶頂に達し、身にためていたあらゆる欲を彼にぶつけた。そう、遠慮していたのは私の方、彼に自分を良く見せたくて。でも今は全ての堪えが利かなかった。私を貪る彼の首筋に牙を立て、私と言うものを流しこむ。そして感じる彼の血の味が私をさらに昂ぶらせた。混じり合い、絡み合う。どこまでも深く、どこまでも熱く。


 最初は一本の糸でした。それを私は彼に絡めた。私と彼の細い糸は絡み合いながら太い糸へ、絆へと変わっていく。恋と言う名の糸、愛と言う名の糸、鮮やかな糸がつぎつぎと縒り合され、太く、長いものになっていた。

 けれど私はどこかで糸をつむぐのをためらった。家、生まれ、そういうものを捨てられず、公女であることをやめられない。その枠組みの中でしか糸を紡げない。

 …それが私が二番である理由。ネコ先輩に勝てなかった理由。


 そんな歪な糸は襲い掛かる荷重に耐えかねてあっさりと切れてしまう。私はあの時恐怖と共に怒りを感じても居た。なぜ私が、公女の私がここまでしてあげているのにと。そう言う矜持、それが私に口を開かせることを躊躇わせた。

 彼が社会的に抹殺された、それを聞いた時私はどこかでほくそ笑んだ。彼が落ちぶれどうしようもなくなれば私は家の力で彼を助けてあげられる。それはネコ先輩には出来ない事、私だけが、公女である私だけが出来る事なのだと。


 それが全て間違いだった、そう判ったのは彼と再会したあの面接会場。彼は私の存在に気が付かず、父のいびりに開き直った。そして彼は父を殴り、私にタバコを押し付けた。そう、私が引きこもっているうちに彼は私の知る彼ではなくなっていた。


 …けれど、私は今、すべてを手にしている。彼とこうして混じり合い、私の願い、願望は彼であった、生きる意味は彼、そう言う事に改めて気が付いた。ああっ、私はすごく幸せ、もっと彼に求めて欲しい、もっと彼を貪りたい。この混じり合う感覚は過去も、後悔も何もかもを流し去る。今、この時がすべて、そして今日の続き、明日はもっと幸せ、そう言う確信。


 数えきれないほどの絶頂、私は今、欲にまみれた醜い顔をしているはず、でもそれが今は誇らしい。幼いころから教えを受けた女の嗜み、それを超える本能に身を任せているのだから。それが出来る相手がここに居るのだから。


――グラニログ城、城外


「逃げろ! 必ず生き残れ! 敵味方は関係ない! 動けるものは手を貸してやれ!」


 ジョバンニ将軍はそう激を飛ばしていた。上空にはドラゴン、金色の竜王が旋回していた。決戦の最中、敵も味方もまとめてドラゴンの炎に焼かれた。これは既に戦争と言える状況を越えている。将軍として彼が出来る事は一人でも生きているものを脱出させる事。すでに被害は半数を超えているだろう。目の前には焼かれて炭になった兵士たちが野原を埋めていた。


「将軍、後はお城の人たちだけだよ、ドラゴンにはディージャさんが向かってるって」


「キャシー、お前も逃げろ」


「…ううん、逃げない、私、将軍の側付きだから」


「…そうか、ならつきあってもらうさ」


「うん、私たち、同じお漏らし仲間だからね、あはは」


 ジョバンニは剣を抜き、盾を構える。大丈夫、あのドラゴンが地に降りても俺ならやれる。かつて無敵の英雄ヴァレンスはドラゴンの炎を浴びてもひるむことなく殴りつけたという。彼と自分は同じ人間、ならやれるはずだと。

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