第24話 戦いの終わり

「お前、噛むなよな。結構痛いんだから」


 メーヴに全ての欲望を注ぎ込んだ俺は、噛まれた首筋を撫でながらゆっくりと身を起こす。


「…ごめん、でも我慢できなかったの」


「ま、いいけど」


 そう答え気だるそうに身を起こすメーヴを抱き寄せる。メーヴはしっかりと俺に縋りついた。実にすっきりした気持ち。晴れ晴れとした気分、そう、あの頃の俺とメーヴ、それ以上に今は深く繋がれた。


「それはともかく、どうやって脱出しようか?」


 閉じ込められた格好のこの部屋は窓も小さく扉は瓦礫で塞がれていた。俺たちが落ちてきた天井の穴も倒壊した瓦礫で塞がれていた。


 メーヴは俺に縋りつきながら片手をあげ、そこからアイス・ジャベリンを撃ち放つ。だがそれは瓦礫に刺さっただけで動かす事は出来なかった。


「…無理ね、私の氷結魔法では瓦礫を打ち破れないわ。氷結魔法は爆発力、破裂する力が弱いのよ」


「そうなんだ。かと言って俺の火炎の魔法じゃここが火事になる恐れがある」


「そうね、雷撃も氷結と同じ、爆発力は薄いわ」


「ならここから出れないじゃん」


「…そうね、あ、そうだ」


「なんだよ」


「あなたの魔法、火炎球、それを溜めて撃ってみたらどうかな?」


「えっ? 溜め撃ちって格闘ゲームみたいに?」


「そう、指先、いいえ手のひらかしらね、そこに力を集め、撃ちださずに溜めておくの。そして臨界点で一気に解き放つ。私の氷結魔法もそんな感じよ?」


「まあ、このままは困る、とりあえずその前に服を着るか」


「…そうね、はしたないわ。あはっ」


 メーヴは裸のまま、膝をついて俺に服を着せ、そのあと自分も下着をつけた。その上に着たドレスはボロボロ。俺は鎧を着ていたのでまだマシだった。


「それじゃやってみる」


 手を前に出し、ぐうっと手のひらに力を集めていく。頭の中でイメージを、そう、爆発のイメージ。


「エクスブロージョン!」


 ひゅんっと前方に大きな火の玉が飛んでいき瓦礫に当たって爆発する。そこから廊下に出られそうだった。


「やったわ、バーニィ! 消耗は?」


「ああ、火炎魔法に関しては消耗しないみたい」


「そう、良かった。消耗したらすぐに私を抱くのよ?」


 少し残念そうな顔でメーヴはそう言うと俺の手を引き廊下に出た。そして階段を降りていく。


「ジャンたちは大丈夫かな?」


「彼は私の最初の眷属、そう簡単には死なないわ」


「ああ、そっか」


「それよりも問題は外、ドラゴンは今も、きゃあっ!」


 もう少しで外、そんな時金色の巨大なドラゴンが出口の外に飛来した。その羽風で何歩か後ろに押し戻される。慌てて外に出るとそこには金色のドラゴンと対峙するジョバンニ将軍。


「あのバカ、何やってんだ」


「彼、このままだとマズいわ」


「ああ、判ってる」


 ドラゴンはその牙と爪で猫がネズミを弄ぶように将軍を攻撃する。されど将軍も流石はプラチナの冒険者、それをうまくさばき剣を金色のうろこに突き立てる。それを振り払われ、ドラゴンは喉を膨らませた。


『キシャアアアアア』っとドラゴンの口から吐き出された炎が将軍を焼く。彼は魔法の盾を構え、その炎を防いでいたがその盾にピキピキとヒビが入り、やがて砕け散った。


「くそ、ここまでか」


 そう言って剣を構える将軍に再び竜王のドラゴンブレス。もうダメか、そう思った時キャシーが彼を庇って抱き着いた。


「キャシー! 何を、」


「いいの、私、これで…」


 そのキャシーは一瞬で炭のように黒焦げに。キャシーが庇った将軍は手足が同じように炭になっていた。それを見て興味を無くしたのか竜王はゆっくりと歩きだした。


「王子、あの竜王バカはあたしに任せて。あんたはジョバンニの所に。…あいつの最後の言葉聞き届けてやるのも副官の務めよ?」


「…ああ、わかった」


 外は昼間、天気も良くて日よけ装備のないメーヴは外には出られない。俺は一人チロチロと手足の残り火が燃えたままの将軍の所に。


「ははっ、俺は結局、無敵のヴァレンスにはなれなかった」


「そうか、だが今はそれはどうでもいい」


「えっ?」


「俺は回復魔法を使える。どこまで効果があるかはわからんが死ぬことはないはずだ」


「…だったら何で使ってくれないの? 見て、俺、こんな大変な事になってる。今も体が炎上中だからね?」


「使ってもいいが条件がある」


「そういうのさ、使った後にすればいいじゃん、いまする事じゃないよね? だって俺、死にかけてるもの。もうね、痛みも感じない」


「あんたねえ、いい加減にしなさいよ!」


 後ろで響くのはディージャの金切り声。竜王はしこたま殴られ空高く飛んでいった。


「…ねえ、条件ってなに? 早くしないと俺、死んじゃうよ?」


「あ、そっか。そうそう、条件ってのはさなんて言うの? 現状の追認?」


「なにそれ」


「あんたに縋りついてるこの黒焦げの枯れ木みたいなの、あんたが面倒見てよ」


「あのねえ、失礼な事言うんじゃないよ。これは枯れ木に見えるかもだけど、キャシーの亡骸なの! 俺を守ってこんなんなっちゃったんだからちゃんと埋葬してあげますとも」


「いや、そうじゃなくて。実はコイツヴァンプの眷属でね、しばらく水にでもつけとけば復活するかもって」


「えっ? …まあ、ヴァンパイアの眷属は他にも居るし、ジャンとかもそうだし、別にいいけど復活するの? でも水に付けたらカビとか生えない?」


「そこはほら、ちゃんと世話してやれよ! あれだよ、生前は結構なブスだったけど今はほら、木目みたいな感じになって趣きが出てきたじゃん?」


「あ、確かに、なんか置物にしたらいい感じ?」


「そうそう、ほら、この辺に穴開けて朝顔の種とか植えたら良くない?」


「あー、わかるぅ、こう、こっちの足だけツタが絡んでこの股のとことかにさ、花が」


「そうだな、上まで伸びておっぱいのとこも」


「いいねえ、それは片方だけ、両方じゃ野暮ったいし」


「そうそう、とにかくそうやって世話してやればいつかは元に戻るかもしれないだろ? 戻らなきゃ置物にしとけばいいし」


「うん、判った、ちゃんっと面倒見るから。あ、でもヴァンプなんでしょ? 日に当てて大丈夫なのかな?」


「その辺は難しいね。朝顔は日が差さないと開花しないし」


「だよねえ、あ、それより魔法、早く!」


「あ、そうだった、ごめん」


 俺が回復魔法を、そう思った時『待つのです!』と天から声が聞こえた。上を見上げるとそこにはうっすらと女の姿が。その女は真っ白い衣装を着て金髪の髪を三つ編みのおさげ髪にしていた。


「えっと、」


『私は神様なのです。お前の魔法ではその男は助からないのです』


「えっ? そうなの?」


『その男はいけ好かない至高神の信者、そしてお前の持つ回復魔法は私の系列なのです』


「えっとすみません、詳しくなくて」


『いいのです、私がみんな教えてあげるのです。かつてお前が吸った女は戦神アム、つまり私の信徒。マナと一緒に魔法までもが吸われてしまったのです。…でもそれはお前が私の信徒である資格があるからなのです』


「あ、そうなんですか」


『でも、お前は今は私の信徒ではないのです。だから十分な奇跡は起こせない。でも私が手助けすればその男は完全回復できるのです』


「じゃあお願いします」


『それには条件があるのです。さっきも言ったように私の奇跡は私の信徒にしか発動しない。お前が私の信徒に、それが条件なのです』


「えっと、寄付金とか礼拝日とかそういうのあります? ちょっとそう言うの無理なんで」


『安心するのです。アムの信徒の条件はアムの事が好きである事、それだけなのです』


「あ、なら入信します」


『素直なのはいい事なのです。でもちゃんとした言葉で言わなければダメなのです』


「えっと、神様、俺を入信させてください」


『どんな神様なのです?』


 うわぁ、めんどくせえ、だけど顔は可愛い感じだし、全体的にロリっぽいが好みではあった。


「ちょっと、早くしてくれない? こういう時は褒めるんだよ!」


「あ、えっと可愛くて優しそうで、ムギュって抱きしめたくなる、そんな神様です」


『…そんな風に言われたら照れるのです。ま、いいのですお前の入信を認めるのです』


 そう言った神様はしゅううっと実体化を始め、俺の脇に降り立った。


「私の事はアム先生と呼ぶのです。魔法教師なのです」


「あ、はい、アム先生」


「では、回復魔法の授業なのです。ヴァレンス君、彼はひん死なのです」


「さっきからそう言ってるだろ! 早くっ!」


「トリアージでは赤タグの最優先になる患者なのです。急がないとダメなのです」


「その説明今要らないよね。完全に死にかけてるから、俺」


「この場合に必要なのは回復魔法の出力を上げる事。回復魔法は愛の魔法なのです」


「はい、アム先生」


「こうして手を添えて、こっちの手は先生の肩から手を回しておっぱいに」


 そこにビュンっと城の入り口からアイスジャベリンが飛んできた。だがアム先生の周囲には結界が張られているようで手前でバリンっと砕け散った。やばい、メーヴが怒ってる。


「ヴァレンス君、集中しないと、そう、先生のおっぱいをもっと強く、んっ」


「先生、」


「大丈夫、今君が感じているのは先生の愛なのです。その愛の力を彼に、助けてあげたい、可哀そう、みんなから本当は嫌われてそう、そういう彼に対する想いを強く念じるのです」


「いまの、三つ目はいらないよね! 死にかけの相手に普通そう言う事思わないもの!」


「最後に呪文を、ちっパイは最高、デカパイは肉のかたまり、ほら、復唱するのです」


「あ、はい、ちっパイは最高、デカパイは肉のかたまり」


 ちなみにアム先生はちっパイだった。


「そう、思いを胸に、いくのです! ちっパイ!」


「ちっパイ!」


 手のひらから光が溢れそれが将軍の体に沁みていく。焼け落ちた手足がみるみるうちに再生し、しばらくすると完全体になっていた。


『ヴァレンス君、精進するのです。先生はいつでもあなたの味方なのです』


「はい、アム先生!」


 アム先生はすううっと空に消えて行き、俺はマナの枯渇でその場に蹲る。そして手足で這いながら「メーヴ!」と叫んだ。


「ここ、ここにいるわ! あと少し、もう少しよ!」


 何とかたどり着いた俺にメーヴはおっぱいを吸わせる。少し気力を回復した俺はその場にメーヴを押し倒す。


 マナの枯渇による激しい昂ぶり、これまでも何度か感じてきた。だが今はそこに愛しさがある。メーヴは激しく求める俺を抱き起し、そのまま抱き合う形でキスをする。


「大丈夫、私はいつでもそばに居るから」


「…うん」


 取り乱す事もなく、メーヴの腰の動きに導かれて事を終える。マナは回復し、俺は幸せを感じていた。


「ねえ、何してんの?」


 ふと見ればあきれ顔の将軍が脇に人の形の炭を抱えて立っていた。


「うふ、彼はね魔法を使うと私をこうして求めるの」


「えっ?」


「だから、私が居ない時は魔法を使わないのよ? 彼はマナの消耗が激しくて、こうして抱いてあげないと回復しないの。今回はあなたの回復の為に無理したでしょ? だからこうしてたくさんしてあげないと」


「えっと、まあいいけど、君は誰?」


「私? 彼の妻よ」


「えっ? だってこの城に降り立ったヴァンパイアって」


「ああ、そんな人も居たわね。どうでもいいじゃない。いい、私はメーヴ。あなたの命の恩人である彼の妻、わかった?」


「あ、うん、でも、一応立場とか、色々、」


「そうねえ、どこかに辺境伯がいるんじゃない? 潰れちゃったかもだけど」


「…そうね、辺境伯は潰れたトマトみたいになってたわ」


 そう言って現れたのはドラゴンを追い返したあと、瓦礫に巻き込まれたジャンを救い出し、背負ってきたディージャ。


「どっちにしても戦後処理はあたしたちで決める事よ? でしょ? メーヴ」


 メーヴは何も言わずニコっと笑みを浮かべ俺をおっぱいの間に挟み込んだ。


「もう、いつまでも盛ってんじゃないわよ、あら、ジョバンニ、何持ってきたの? 人型の炭なんて珍しいわね」


「外にいっぱい転がってるけど? これはね、俺を守ってこうなったキャシーなんだよ」


「あら、日焼けしすぎよ。まあ、前より見れるようになったけど」


「そうだろ? 飾り物にちょうどいいから将軍に面倒見ろって言ってやった」


「ああ、そう言う事。コケとかうまく生やしたらいい感じになりそうね。ま、どっちにしても夜まではここで。今日は天気がいいから日差しが強いわ。ジャンが死んだら困るもの」


 その後は城内を探索、あちこち崩れてヒドイ有様だったがメーヴの私室は何とか無事。破れたドレスを脱ぎ捨て、下着も新しいものに履き替えた。そしてブーツを履き、快活そうなワンピースに着替え、髪も後ろで結わき上げた。そしてバッグに残りの着替えを詰めていく。

 将軍も適当な服に着替え、靴を履く。来ていたピカピカの鎧や剣は全部壊れて灰になってしまっていた。ともかく夕方までは適当に過ごすことにし、俺は傾いたメーヴのベッドで横になっていた。


『王子、王子、聞こえる?』


「ああ、聞こえてる」


 通信の相手はゴブリンだった。


『ボクたちはどうすればいいの? イイ見せ場とか言ってたけど』


「しょうがないだろ、ドラゴンとか神様とか出てきてこっちだって困ってんだよ」


『まあ、それはいいけどメーヴは?』


「ああ、ここにいる」


「んっ、なあに?」


『魔界には一応こっちから連絡したけど君はどうするの?』


「私? 私は彼と一緒。彼がこっちに居るならこっちに残るわ」


『そう、じゃあそう伝えとくよ。それとそこの城、もう使わないなら中の食糧とかもらっていいよね』


「ええ、お好きに。ここは将来的にダンジョンになるから」


『そっかぁ、じゃあ今の内に巣穴を広げとけば魔素の濃い一等地になるね』


「そうね、そうすれば作物も、」


「あ、メーヴ、」


「どうしたの?」


「魔素が濃い土地だと魔界の作物も育つんだろ?」


「そうね、そう聞いてるわ」


『そうだよ、向き不向きはあるけど』


「だったらさ、マダラのとこの、ほら、昔食べに言っただろ、あのマスカット」


「ああ、そうね、」


『魔界マスカットの事?』


「そうそう、あれが栽培出来たら魔界にも出荷できるし人間たちにも売れるだろ?」


『うーん、どうかな、調べてみないとわからないけど、うまく行けば確かに』


「どうせ鉱山開発はするし、その流通経路に乗せれば売るのは問題ないだろ?」


「…そうね、問題ないわ」


「こいつらだって地上じゃ苦労してんだから、そう言ううま味ってのもないと」


『あは、王子のくせに、でも嬉しいかな。まあ、シャーマンを通じて色々聞いてみる。できそうなら種を手に入れてこっちで始めとくね』


「ああ、頼む」



 そんなこんなで夜になり、迎えに来させた馬車に乗り込む。その馬車の御者はジャンの弟分となって助命されたヴォルドだった。彼なら夜目も利くから問題ないだろう。


「…ジョバンニ、戦後の事はこっちでうまくやる。お前は勝利者、そうなればいい」


「でもさ、ジャン、報告書とかあるよ?」


「そんなのうまくかきなさいよ、そもそも計画じゃあんたは死ぬはずだったの! だからあたしがヴィーザラを巣穴に送ってあの竜王バカをわざわざ呼んだんじゃない」


「えっ? それってどういう事?」


「それを王子が助けちゃって、戦神まで登場、もうね、全然。ストーリーが台無しよ」


「ちょっとまって、ディージャ。えっと話を整理しようか」


「そうね、戦争はどっちみちあんたの勝ち、だけど勝ちすぎたら向こうだって引けなくなるじゃない? そしたら別の所でまた戦争。それを避けるにはこっちも大きな犠牲、向こうも頑張ったけど負けちゃった。そう言えるだけの材料がないと困るのよ」


「それで?」


「だからあんたが討ち取られた、そうなりゃちょうどいいなって」


「いやいや丁度良くないよね、本人の同意とってないもの」


「だからそうだったって話よ。でも最終的にはドラゴンが現れて敵も味方もひっちゃカチャ、そうなったら同じようなものじゃない? あんたが生きてたのは誤差よ」


「誤差とか言うなよ!」


「けどあんたが助かったのは王子の気まぐれじゃない、あの時一応副官だから最後の言葉聞いてきなさいってあんたのとこに送り出したの。ねえ王子、シチュエーションはバッチリだったのになんでこんな奴助けたのよ」


「友達だもんな、当然だよ、そうだろ?」


「まあ、それもあるかな。それにキャシーが将軍の事気に入ってたし、ちょうどいい出荷先みたいな? まあ今は炭になっちゃったけど、一応拾った責任ってのがあるし」


「意外と優しいのよね、あんたって」


「ま、俺はメーヴが居ればそれでいいし」


 それまでこめかみをひくつかせていたメーヴはにっこり笑い俺を膝の上に寝かせた。


「ま、そうね、それは本当、キャシーもフィリスって女も王子にちょっかいかけてたけど一切振り向かなかったもの。ウチの恐竜顔のシャ―ヴィーもすっごいフラれ方してたし」


「バーニィはね、私じゃなきゃダメなんです。でも私の心が弱くて、ふさぎ込んでて、」


「ま、おのろけはいいわ。ともかく戦後の事はこっちで、ジョバンニ、あんたはその枯れ木の世話をしてなさいな」


「けど俺は軍の司令官、報告に齟齬が出れば色々と問題が」


「そう言うのもひっくるめてこっちで面倒見るって言ってんのよ。報告書もこっちで書いてあげるしそれを通すための根回しも」


「…それならいいけど。今回装備一式失って大赤字なんだから、この上罰金とか困るんだよ。お金減るの嫌だし」


 それを聞いてジャンはハッとした顔をする。きっと何かずるい事を思いついたに違いない。


「…それはそうとジョバンニ、王子はお前の友達で命の恩人、そうだな?」


「まあ、そうなるかな」


「だったらコイツの商会に投資してやれよ」


「投資?」


「…そうだ、今回のマイセンとの戦争、それは領地の争いではなく、簡単に言えば利権争いだ。マイセンは山国で出口がねえさびれた国、それは判るな?」


「ああ、そうだね」


「そして俺の治めるこのリヴィア、ここも色々やってみちゃぁ居るがそろそろ頭打ち。これ以上の発展は望めねえ。だが、マイセンとリヴィア、二つが一緒になればどうだ? マイセンには木材が唸るほどある。鉱物資源も有望だ。そしてリヴィアには港がある。食料生産の余剰もそれなりにはな」


「つまりマイセンの辺境伯は開発を進め、資材を産み出しても売り先がない。そしてリヴィアは外に通じてはいるが、これと言った産物がない」


「そういうことだ、だからあちらはこちらを狙って仕掛けてきた。こっちもあっちを狙う頃合いを図っていた。それが今だった。これはな、どっちがいいの悪いのって話じゃねえ。どこかでそうしなきゃならなかった。負けた辺境伯はアホだったわけでもない、ヴァンパイアと組んで必ず勝てる、そう思えるだけの算段をしてきた」


「そうだね、向こうの食糧事情が切迫してなければ勝てなかった」


「そうだ、そして俺たちは勝った、ここで国の上層部からの横やりは頂けねえ。だから戦後の処理は俺たちがやる。もしかしたら人に言えねえ事も。…んで、そのマイセンの資材、それを仕切るのが王子たちって訳だ。王子の仲間に目利きのアルトって奴がいてな。奴は俺なんかよりよほど商売に通じてる。そいつに商会を開かせてみちゃいるが、なにせ先立つもんがねえと来てる。俺もいくらか投資したが流石にこの状況だ、そんなには回せねえ」


「うーん、鉱石や木材、それをここから、確かに儲かりそうな話だけどさ。それなら投資するって人も多いんじゃない?」


「…そこだ、問題は。そう言う有象無象に金を出させちゃそいつらの思惑って奴を無視できねえ。ここは俺の領地、よそ者に好き勝手されちゃ困るんでな」


「ああ、そう言う事、俺ならそこには口出さない」


「そうさ、コイツは確実にもうかる話さ、商会がもうかれば出資者のお前に回る配当も大きくなる。…いいか、こんな話をするのは王子がお前を友達、そう認めたからだ、そうじゃなきゃお前を誘う訳ねえだろ?」


「…そうだね、命の借りもあるし、俺も出資するよ。リヴィアに着いたらギルドを通じて送金してもらうから」


「え、お前もリヴィアに来るの?」


「なんだよ、その言い方! 一応ね、論功とかあるし、冒険者たちはギルドとの相談もあるから。エミリアだってもう少し要塞化を進めないと」


「まあいい、ともかくお前も仲間に入れてやる。今までは今まで、これからはこれからだからな」


「仲間外れにすんなよな」


「しねえって言ってんだろ!」


「…ねえ、それよりバーニィ」


「なに?」


「流石に将軍が剣も帯びてないっていうのはどうかと思うな。だからこの剣を」


「ちょっと、バカ!」


「いいじゃない、新しいの買ってあげるから」


「お前、金持ってねえだろ!」


「持ってるわよ、ね、ジャン?」


「えっ、」


「だからこれはいらないの、はい将軍、一応儀礼上も安全面的にも武器を帯びるのは必要です」


「あ、うん、なんか悪いね。へえ、意外といいモノじゃん、これ」


「それ、俺の!」


「ほーら、いつまでもグズグズ言わないの」


 そう言ってメーヴにおっぱいで口をふさがれた。ああ、俺の思い出の剣、…ま、いっか。死んだ奴を想ってもいい事はないし、何より俺にはメーヴが居る。だから思い出は必要なくなった。


「なあ、ディージャ、あれって俺に金を出せ、そういう意味か?」


「そうね、あの女はあんたのご主人さまなんでしょ? 何とかしてやらないと」


 そう言ってディージャはジャンの脇腹をぎゅうっとつねっていた。


 エミリアに到着したのは夜半過ぎ、俺たちは本営に戻り、とりあえず風呂を使って割り当てられた部屋で眠ることに。副官の俺は将軍と同じ部屋、当たり前のようにメーヴは俺のベッドにもぐりこんでいた。


「なあ、風呂にしばらくつけてみたけど全然復活しないよ?」


「うるせえな、眠いんだよ! そんな枯れ木の話なんかどうでもいいだろ?」


「そうですよ、どうしても気になるならあなたの血でも与えてみたら?」


「あ、そっか、キャシーはヴァンパイアの眷属だもんね」


 そう言って将軍は指先を小刀で傷つけ、枯れ木のようになったキャシーに垂らしていく。しばらくすると変化があったようで将軍が騒ぎ出した。


「ねえ、ねえ、動いたよ!」


「うるせえな! 寝てんだよ、こっちは。そんなもん、カブトムシのさなぎが動いたのと同じだろ!」


「もう、気になるんだよ!」


「ああ、もうっ! メーヴ!」


 ところがメーヴは寝つきが良いらしく、これだけ騒いでもすやすやと寝息を立てている。よく考えればこうして一緒に寝るのは初めて。まだまだ知らない所があるものだ。


「ねえ、メーヴ、起きてよ」


「んっ、なあに? シたくなったの?」


 そしてすっごく貪欲。


「ちがうよ、あいつがうるさくて、何とかしてやって」


「もう、」


 そう言って目をこすりながらメーヴは身を起こし、将軍の血の出てる指を枯れ木の口のあたりに突っ込んだ。


「あ、吸われてるよ?」


 うん、と頷き再びベッドにそして俺を抱え込むとおっぱいを吸わせ、再び寝息を立て始めた。



「…バーニィ、朝よ、起きて」


 そんな声と柔らかい感触、そして暖かさに包まれ目を覚ます。目を開けるとしっかりと化粧をしたメーヴが俺を抱いていてくれた。


「…うん」

 

 少し、照れもあり、でも幸せ。なんとなく気持ちもまろやか。あくびをして、メーヴに手を引かれ朝の支度を整えた。今までもキャシーが側で寝ていたことはあるが、メーヴに対しては一切の拒否感がない。言われた通り、そうしていればいい。


 そして将軍はずっと枯れ木に血を吸われていたようで、少し顔色が悪かった。


「ねえメーヴさん、ほんとに元に戻るの?」


「ええ、少し血が足りていないだけ。まあ、続きは今夜にでも。ほら、支度をした方がいいですよ?」


 みんなで朝食を食い、将軍は軍務をこなす為執務室へ。副官の俺、そしてくっついて離れないメーヴはその手伝い。午前中に軍務を済ませ、昼からはリヴィアに向かう予定だ。


 様々な報告書、それを見ていくと生き残って帰還した兵は冒険者も含めて2000ほど。半分以上が戻れなかった。


「…ヒドイ話ではあるけれど、これもね、必要と言えば必要なんだよ」


「なにが?」


「軍部はいろいろと仕事を割り振ってはいるけど、基本的には訓練、魔物の対応や街道警備はしているけど軍隊はダンジョンには使えない」


 そう、かつてダンジョンに軍を送り込んだ国は魔王の怒りを買い、ひどい目にあわされている。今回の戦争も降り立った魔族はメーヴだけ。それでも結構な被害。魔界が本気になれば地上世界は対抗できない。


「そうなってくるとタダ飯ぐらい、要するに王国にとってはお荷物なんだ。戦闘ならば冒険者、彼らなら給料は発生しないだろ?」


「でも戦争がおきれば」


「そう、だから軍は必要。軍部もね、兵士に成れるのはカッパー以上、そう言う風に絞り込みをしてはいるけどその分給料だって高くなる」


「だから今回の事はよかった? たくさん死んだから」


「…ひどい話ではあるけどね。冒険者たちのモチベーションを保つには受け入れ先が必要。でも、戦争がなければ人員は増える一方。かと言って他国と戦争、それをやってる余裕はない」


「…そうね、これも政治。政治はみんなの利益の為、誰かが必ず犠牲になるの。平等なのはチャンスだけ。そのチャンスを掴めなければ燻ってしまう」


「俺はね、至高神の教え、その平等ってのを実現したいと思ってた。でも実務をやって政治を知ればそれは無理な事だと気が付いた。…昔さ、ジャンやディージャと冒険していた頃はそう言う事が判らなくて、正義と平等、みんなにいい事、それを語ってバカにされてた。…今ならわかるけどね」


「誰かの上に立つ、組織の長になるというのはそう言う事、冷徹さがなければ、誰かを犠牲にする勇気がなければ組織は保てない、そういうことです」


「…だから今回の事で俺は評価される。でも、そんなの俺は。若い頃はね、たくさん夢があった。俺は名門、そう呼ばれる家に生まれたから、その分みんなの為に、努力をしなきゃって、それは義務であるとも」


「ええ、私もそう」


「でも、努力をしてみんなに認められる立場になって、そうなると描いてた夢、理想、そう言うものがどんどん削られる」


「そうね、よくわかるわ」


「ジャンやディージャ、みんなに嫌われた。でもいつかは俺が正しかった、そう判ってくれると思ってた。でも実際はあいつらが正しく、俺は間違ってた。この歳になるまでそれを認められなかった」


「ま、将軍はさ、将軍に向いてなかった、そう言う事じゃん?」


「ははっ、ま、そうだね」


「ほんっと適正ないからね。すぐパニックになるし、頼りないし」


「もう、そういうこと言うなよな!」


「でも、ちゃんと勝ってる。だからそれでいいじゃん」


「そうですね、私は負けた。結構自信あったんですよ?」


「あはは、もう、過ぎた事だしどうでもいいか」


 その後は実務的な話、ジャンたちも呼んでみんなで話し合い。


「冒険者のベンが仲間を集って向こうの住民たちを脱出させてる。数は全部で5000ほどかな、マイセンは今、無人の地になってる。それに敵軍の兵士もこっちに」


「…そうだな、領民たちは俺の所で受け入れる。エミリアの復興をはじめ、人手はいくらでも必要だからな。兵士たちもこちらで面倒見るさ」


「ああ、そうしてくれると助かる。あとは論功。軍功帳に記されてる何人かの兵は一時金の支給、どこか開拓地が出来た時にはそこの領主、そう言う話」


「将来的にはマイセンにも、だが今は流石にそれはできん」


「判っている。あとは働きを見せた冒険者たち、こちらはギルドに。だけどこのベンは何かしらの褒賞が必要かな。あとこの王子にもね」


「…王子、お前には俺からも褒賞を、その必要がある。だが、知っての通り金に余裕はねえ。それ以外ならばある程度の事はしてやれる」


「うーん、そうねえ、ならジャンはさ、」


「なんだ?」


「ディージャを嫁にしてやれよ」


「「えっ?」」


「ディージャはお前が好き、お前だってそうだろ? 竜人族はそこらにいるけど上に立つ人間はまだ少ない。だからさ」


「…王子、でもあたし」


「お前がそもそもうだうだしてるからだろ、カッコつけてんじゃねえよ」


「でも、」


「…ジャン、あなたはどうなの?」


「えっと、その、メーヴ様? 俺はさ、」


「ほら、俺に対する褒賞だろ、早くチューしろよ!」


「うん、いいね、お前らは元々仲がいいし」


「そうだろ? 将軍」


「…ジャン・アレン、バーニィの言う事が聞けないのかしら?」


「えっと、そうじゃねえよ、メーヴ様」


「…ジャン、あたし、ずっとあんたが」


「…判ってる、」


 そう言ってジャンはディージャを抱き寄せそのヘビのような口にキスをした。


 一通り軍務を済ませ、昼からはリヴィアの町に移動する。俺たちの他にジャンの親衛隊、そう言う形で採用されたヴォルド率いる旧マイセン伯の兵士たちとベンとその仲間、協力したパーティの冒険者たちも同行する。


 そしてギルドの支部長と将軍で話し合い、俺とベンはシルバータグに昇進、他の冒険者たちもそれぞれの功に見合う報奨金を受け取った。


「おい、ベン、お前いくらもらった?」


「え、金貨2000枚」


「マジで、俺、金貰ってねえんだけど」


「そりゃあれだろ、王子はカッパーなり立て、もらえる褒賞を実績分に、そう言う事じゃねえの?」


「マジで、金の方が全然いいじゃん!」


「まあまあ、ともかく今後ともよろしくって事で、それじゃあな」


 ああああ、マジか、頑張ったのに!


 ともかく納得のいかない俺はギルドの係の人に食って掛かる。


「なあ、カッパーに戻していいからその分金くれよ!」


「…それはギルドの規定でできませんね」


「おかしいだろ!」


 そう言って掴みかかったところを将軍に引きはがされた。


「もう、恥ずかしい事しないでくれる?」


「だって、おかしいだろ、俺、金がねえの!」


「多分、軍務の褒賞もあるはずだから。ほら、お前は俺の副官だから」


「あ、そっちがあるの? もう、早く言えっての!」


 少し機嫌を直し、迎えに来たメーヴと腕を組む。そう、金さえあれば楽しみもいっぱい。今日からこのリヴィアの町が俺の家になる。




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