第25話 マイホーム

 さて、諸々の後始末もとりあえずひと段落。その後はジャンの屋敷で戦後処理と言う名の利権確定の為の会議が開かれた。


 人間側の代表はジャンとディージャ。それと一緒にくっついてきたジョバンニ将軍。魔界の代表者は何故か俺。両脇はメーヴとアルトが座る。世話役はジャンの義理の弟となったヴォルド。将軍以外は事情を知るものだけが集まっていた。


「もう、何であんたが居るのよ、帰りなさいよ!」


「仲間外れにしないって言っただろ!」


「説明すんのめんどくさいのよ! あんたに理解できると思えないし!」


 ディージャと将軍は早速そんな感じ。それをジャンが宥め、ヴォルドがみんなにお茶を配ったところで本題が始まった。


「こちらの目的はダンジョン建設、それには資材と広大な土地が必要です。廃墟となったグラニログ城、あのあたりから北はこちらのもの」


 そうメーヴが言うとジャンはすぐさま反論する。


「…ちょっと待ってくれ、こちらも状況は待ったなしだ、受け入れた領民の事もある。もう少し何とかならないか? 地下資源はマイセン北方の山々に眠ってる。木材もな、それを全て取られてはこちらも苦しい」


「だからそこはアルトさんの商会を通じて資源の供給をと、そう言っているの」


「それは判るが働き口だって必要だ、5000の民を食わせていくには直轄の鉱山も必要、そこは判って欲しい」


 基本的にジャンはメーヴの眷属。何とか対等に、そう話しているが根本的な優位差が違う。そこでジャンに代わりディージャが口を開いた。


「…そうね、メーヴ、将来的にダンジョンが出来ればあのあたりの地味も肥え、作物もたくさんできる豊かな土地に、それにダンジョン攻略の為の町もできる。冒険者やそれを相手に商売する人、人が増えれば金が動く、こちらにもメリットがある、それは判っているのよ? けれどジャンの言っている事は今、今を何とか出来なければ将来はないの。そこを考えてくれないかしら?」


「なあ、一体何の話だ?」


 そう言う将軍にイラっとした顔をしながらディージャは説明を始めた。


「えっ? そんなことしていいの? それじゃマイセンの北半分は魔物の領域ってことになっちゃうじゃん」


「はぁ、あそこを最大効率で豊かにするにはそれがベストなのよ。鉱山の開発も人が行うより魔物がしてくれた方がはるかに早く結果を出せるの。けれど、資源のすべてが魔界のひも付き、それもこちらとしては避けたいところ」


「で、その代表がこいつなの?」


「そうよ、王子って呼び名はただのあだ名じゃなくて真実だったって訳、彼はね、あんたの大好きな勇者ヴァレンスと魔王の息子」


「えーーーーっ!」


「まあ、とにかくそう言う事よ、あんたは王子が色々してなきゃメーヴ一人にも勝てなかった。魔界がもし、本腰を入れたらこちらは絶対に勝てないわ」


「…魔界と人間世界は持ちつ持たれつ、その狭間に存在するのがダンジョン。魔物たちは人を襲い災厄となるも人間たちに多くのものをもたらせても居るわ。私たち魔族は今のバランス、それを大きく変えるつもりはありません。ですが今回の話は魔界の安定のために必要な事」


「…そう言う話よ。マイセンの地は元々貧しい土地、そこが豊かになり、ダンジョンと言う産業も。こちらにしても悪い話ではないの」


「けれど、王国の上層部はそんな話認めないよ?」


「だから表向きは全てジャンの、リヴィア伯の領地、上の連中に伝える必要はないわ」


「うーん、どうなのかな、それって」


「あんたも見てきたでしょ? ダンジョンの周りは町が出来、他の土地では考えられないほど作物が実る。代わりに魔物が跋扈する。…今回はね、その魔物、そっち側の管理もできる、だから基本的にはメリットが大きいのよ。あとは取り分、今はそう言う話をしてるの」


「…ジョバンニ、ここは俺にとっては勝負所だ。だから口を挟むな」


「……」


「…ともかくメーヴ様、こちらにも事情ってもんがある、もう少し譲歩を、」


「…伯爵、そこは我々商会を通じて、メーヴさんはそう言っているのですよ?」


「だがアルト、それではここはお前たちの言いなり、最初に言っただろ? 俺たちは対等、そう在りたいと。…お前たちが力を持ちすぎれば様々なところに目をつけられる。ましてや現状はじり貧、そう言う中でお前たちだけが、そうなれば噂になる」


「まあ、確かに。評判と言うのは大切ですが」


「俺もお前たちも不死、長く権益を保持したけりゃ前に出過ぎない事、それが大事だ」


 そんな感じで話は平行線。メーヴは妥協するつもりはないようで、俺にピッタリ寄り添ってべたべたしていた。


 そして将軍も難しい顔で常に手放さない枯れ木をいじっている。まあ、大した事は考えてないのだろう。


「ともかく、俺たちにも譲れねえ線がある、マイセン北方の半分はこっちでもらう」


「…それは難しい話ですね」


 べたべたし続けるメーヴに代わりアルトがそう答えた。


「お前なあ、判って言ってんだろ! 今回の流民、あいつらを何とかしなきゃ何も進められねえんだよ!」


 ジャンがそう叫んだとき、俺たちの後ろ側にゲートが開いた。


「時空コンタクト率70、80、90、完全に同調。魔力回路フル稼働、燃え上がる愛の奇跡! ミラクルニャー、登場にゃん!」


 その向こうから出てきたのはアニメの魔法少女コスプレのネコだった。


「あ、それ、第三期のダークエンジェルス! しかも最終戦のストライクヴァージョンじゃん!」


「にゃはは、カッコいいにゃろ? …ニャーはお前のすべてを判ってるニャン。会いたかったニャ、バーニィ!」


 そう言って立ち上がった俺に抱き着きキスをする。同時に離れないメーヴを蹴り飛ばしていた。


「もう、バーニィは悪い子ニャン。ニャーを放っておいてこんな貧相な女とイチャイチャするなんて」


「…ちょっと! 先輩! 何すんのよ」


「お前の役目は終わりにゃん。ニャーが居る以上戦闘力5のお前はいらないニャ」


「今は違うって言ったじゃない! 戦闘力だって負けないわ!」


「果たしてそうかニャ?」


 そう言ってネコは俺に抱き着きながらヒュンっと爪を伸ばした。その爪は正確にジャンたちの顔の横を貫いた。三人のプラチナの冒険者は一歩も動けず、ゴクリと唾を飲む。


「あ、兄貴! 俺だけ刺さってる!」


「…騒ぐなヴォルド!」


「良い判断ニャ。ニャーはこいつの第一夫人ニャ。ウチのガラクタが迷惑かけたニャン」


「…ガラクタって誰の事よ!」


「もちろんメーヴ、お前の事にゃ」


「…それで、ネコといったか? お前の目的は?」


 ジャンがそう言った時「…それは俺が話すさ」と声がしてゲートからコートの上に白いマフラーをつけたサングラスの男が出てきた。


「…あんたは?」


「…俺は魔界の大公、クロノスと言う。そこのメーヴの兄でもある。…今回の事はこちらも引けぬ事情ってのがある」


「…ブラッドキャットに魔界の大公までお出ましとはね、ね、こういう事なのよジョヴァンニ」

 

 ディージャにそう言われた将軍は冷や汗を浮かべうんうんと頷いた。


 俺の両脇はネコとメーヴ、二人は俺を挟んで髪の毛を引っ張り合っていた。そしてクロノスは空いた一人掛けのソファーにドカッと座り、負傷したヴォルドに代わり、ディージャが出してくれたお茶を一口すすった。


「…これは機密に属することだ。外にもれたらお前らを始末させてもらう」


「…ああ、大公であるあんたが出てきたってのはそういう事、問答無用に殺されなかった、それだけでもツキがある」


 こちらはジャンが応対した。


「…マナって言うのはな、魔界じゃ欠かせねえもんに成っちまってる。それがここしばらく不足気味でな。必需品、そう言うものが欠けてくりゃ何が起こる?」


「…不満と不服、反乱だな」


「そう、魔界は今、政治的には安定を見ている。だがそれが崩れりゃ地上に侵攻を、そういう過激な事を言い出す奴らも出て来るさ」


「…それを抑えているのがあんたたち、と?」


「…そうとも言える。世界の構造なんてのはな、人間のお前らも魔族の俺たちも大して変わらねえ。どこにもがめつい奴らってのは居るもんだ。自分さえよけりゃ世界がどうなろうが構わねえ、そう言う輩がな」


「…それで今回のダンジョン建設」


「そう言う話だ、ダンジョンはマナを発生させ、それを魔界に供給する。代わりに地上には豊かさを、そう言う差し引きでずっとやって来た。…だが、建設には莫大な資材、それに労働力ってのがいる。マイセンの地の鉱山開発、それにダンジョンの建設、そこは我らが請け負うさ。諸君らはそれによってもたらされる恩恵を、」


「そこはわかってる、だが、現状が」


「まあ、待て、既に鉱山開発は進めてる。そうなるように王子が手を打っていたからな」


「えっ? そうなのか?」


「まあ、ゴブリンたちは巣穴を作る、そう言う穴掘りは得意だからな」


「奴らの報告じゃ鉄鉱石の鉱山は既に見つかってて、資源の産出も数日中には行える、そう言う話さ。人間が鉱山を掘り当て、そこから開発を、それをするには最低でも年単位、そうだろ?」


「…それはそうだが、」


「王子のひも付き、それが嫌だって? お前は王子と対等でありたい、そう言った。それは判る話さ、友達ってのは大切だ。位が上がれば人と並び立つってのは難しいからな。…だからだ、今回の事は魔界との国交、そう捕えてみちゃどうだ?」


「国交?」


「そうだ、俺たち魔界はマイセン北部をお前から租借する。代わりに産出した資源、その一部を対価として支払う。魔族と直接やり取りしちゃそっちも色々マズかろうからその間に王子の商会を置く。鉱石を運ぶとなりゃ人手だって必要だ、仕事があれば集落が、そこを起点として近隣の開発だってできるだろ?」


「…決まりね、ジャン」


「ああ、ディージャ。これ以上は望めねえ。…大公クロノス、その条件で了解だ。すみわけがきっちり出来次第商会をどこに置くか検討する」


「…そうだな、そのあたりはメーヴと話を。部長、そろそろ戻らねばマダラにうるさく言われる」


「ニャーもこっちに残るニャ!」


「先輩はお仕事あるじゃないですか、早く帰って」


「にゃにおー! おまけの分際で!」


「メーヴ、お前は正式に王子の第二夫人、そう決まった。…部長とも仲良くやって欲しいものだな」


「…兄さん、私、魔界には帰りません」


「えっ?」


「彼の居ない魔界には興味ないです。それに先輩、第一夫人は確かに先輩、私は二番目」


「そうニャン、お前はニャーの控え投手、エースはニャーにゃよ?」


「だけどそれはあくまで魔界での話。地上では彼と関係を持ったのは私が先。だからここでは私が一番です」


「にゃにおーっ!」


「とにかくそう言う事です、兄さん、父にも伝えてください。お世話になりましたと」


「メーヴ…」


「…まあ、いいニャン。たまには控えも登板させなけりゃマズいニャン。どうせすぐ炎上するに決まってるにゃ」


「ふふ、私が完封して見せます。ホームでしか勝てない先輩とは違うから」


「ニャーだってビジターでもしっかり投げれるニャン!」


 そう言いながらネコとクロノスはゲートの向こうに消えた。


「…ともかく話は決まった。メーヴさま、線引きはどうする?」


「私は言いました。グラニログ城、あそこを境にと」


「わかった、細かい事はアルトと詰めておく。それでいいな?」


 ジャンがそう言うがメーヴは返事もしない、俺にまとわりついておっぱいをいじらせていた。


 結局癇癪を起したディージャに追い出された俺とメーヴ、それに枯れ木を抱えた将軍は外で待っていたメロの案内で商会に向かう。そこが俺たちのマイホーム、そう考えると嬉しくもあった。


「えっ? なにこれ」


 そう、港の奥にあったその建物は明らかに廃墟。倉庫だったようだがレンガ造りの壁はボロボロ、天井にはいくつか穴があき、そこから光が漏れ出していた。


「伯爵はホントにケチで、この建物と奥の土地、それを好きにしていいって。お金はちょっとしかくれなくて、奥にいくつか部屋を作るのが精いっぱいなんだよ?」


「ふふ、メロ。最初からすべてが、そんなのつまらないわ。何もないところから作り上げるのが楽しいのよ」


「でも、お金もないんだよ?」


「あ、そこは将軍が出資してくれるって」


「あ、うん。これは流石にあんまりだもんね。為替だけどこれを」


 その為替証書には金貨20万枚と記されていた。


「うわ、すげーっ!」


「やったね、王子!」


「…ええ、これで色々と」


「まあね、お前は友達だし、俺も色々考えちゃって、」


「何を?」


「お前が言ったようにさ、俺、将軍に向いてない、だから辞めちゃおうかなって。で、ここで暮らせば問題ないだろ?」


「まあいいけどさ、大丈夫なの?」


「今まで見ていた夢や理想、それはもう破綻した。だから新しい夢、それに理想をってね。…それにさ、俺はもう、引き返せない、そう言う秘密を知ってる立場だろ? 王国の中枢にいればますますメンドクサイことになるじゃん」


「それはそうかな」


「私は良いと思います、将軍は裏表のない人柄ですし、バーニィの友達としてはジャンたちよりも好ましいもの」


「そうですね、伯爵はずるいもん、それに将軍にはお金出してもらってるから」


 メーヴとメロは将軍、いや、ジョバンニを歓迎、ともかく話は決まり、まずは住むところの手入れ。建物を全部やり替えるには流石に手間がかかる。なので修繕をして、内部を改造、立派なオフィスにするという。その設計は諸事に長けたインプのメロが担当、戻って来たアルトもそこに加わった。俺たちはそれに意見を出し、なんだかんだで楽しく過ごす。



「あーお前、何やってんの、それはここ、ちゃんとハメなきゃ雨漏りするだろ!」


 翌日から建物の修繕、本格的な冬が来れば雪で作業が出来なくなる。この時期は職人たちも家々の補修で忙しく、雇うにも仕事を受ける余裕がない。そこで俺たちが自分たちで修繕をする事になった。屋根に上り粘板岩を薄く剥がし、板状に成型した屋根材を穴の開いたところにはめていく。これが結構難しかった。


「え、ここ?」


「そっち、さっきから言ってんじゃん! ほんとダメな、お前」


「うるせえな! やったことねえんだよ!」


 屋根の担当は俺とジョバンニ。元将軍だった彼はこうした修繕も慣れていた。戦争となれば古い砦などを修繕して使う事もあり、こうした工事は訓練の中で行ってきたという。そう言えばエミリアの壁も兵士たちが作っていたもんね。


 そしてアルトとメロ、昼間は外に出られないメーヴの三人は内装の担当。ここは流石に素人では難しいので城から技術者を派遣してもらった。…その技術者はヴォルドだった。彼と彼の率いるリヴィア近衛隊の最初の任務はここの内装。まあ、彼らも軍人、こういう事は慣れていた。資材はジョバンニの出してくれた資金から。なんだかんだでその日のうちに屋根の修繕は終わり、内装も一応住めるだけの設備が整えられていた。


「明日は壁の修繕、王子は俺と、アルト、お前はメーヴと家具の調達を、メロ、お前は各所に不備がないか確認しといて」


 なんだかんだでカリスマに優れたジョバンニは俺たちの指示役、そんな感じになっていた。


 数日かけて廃墟だったここは意外としっかりした建物に変わって行った。古いことが却って趣きを感じさせる。倉庫だった内部は二階建てに改装され、一階部分にはオフィスとしての機能と水場や風呂、台所、トイレなどが設置され、二階部分が住居になっている。間取りはリビングと海に面した側にそれぞれの部屋が置かれていた。家具や調度品も充実、この辺は趣味のいいアルトとメーヴが選んだものである。


「ねえ、そろそろ復活してもいいよね?」


 ジョバンニはなんだかんだ枯れ木を気に掛けていた。


「そうだな、血を与えてもあんまり、あれだな、ほら、土に植えてみたら?」


「ああ、木の要素もあるもんね」


 そんな感じで植木鉢に枯れ木を植えてみる。


「良い感じじゃん、でも飾りが欲しいよね。朝顔は無理にしても似たような感じの」


「うんうん、つる草みたいな? ちょっとエロいかも」


 そんな話をしていると枯れ木がピキピキと音を立て、その表皮が剥がれ落ちていく。


「羽化するみたいだよ」


「やっぱり土に植えたのが良かったのかな?」


「ちっがーう! 誰が植木じゃ!」


 ガンガンっと復活したキャシーは俺たちをぶん殴った。


「って言うかなんで裸? ちょっと、何か持ってきて!」


 その後キャシーは完全復活、すごいねヴァンパイアって。


「…もう、ほんとにひどいんだから、こいつらは! 私の事カブトムシだのなんだのって」


「まあまあ、いいじゃない。対して違わないわ」


「そうだよね、だってブスだし」


「もう、メロ? そう言う言い方はダメよ。まあ、顔に不具合があるのは確かだけど」


「お前らもいい加減にしろ!」


 それから数日、キャシーはすっかりジョバンニの女房面。ジョバンニもキャシーと仲良くやっていた。そのジョバンニは王都に辞表を送りつけ、将軍を辞任、軍も辞めてしまう。俺には王都から使者が来て、前回の軍功の褒賞として十字勲章と一時金の金貨200枚が授けられた。その金貨はメーヴが回収、家計管理は妻の役目だからと全額没収された。

 とは言え困ることがあるわけでもない。アルトは毎日城に上がって打ち合わせ。商会の支部の設置と向こうの担当者を決める為の打ち合わせ。メロはそこに同行していた。やることのない俺とジョバンニは毎日ゴロゴロ。今はそれぞれ妻が居るので退屈ではなかった。


 俺は二人掛けのソファーに横になり、頭はメーヴの膝の上、手を伸ばしておっぱいをいじり、あーんとメーヴが食べさせてくれる菓子を口にする。テーブルを挟んだ向こうではジョバンニが同じようにソファーの上でキャシーに膝枕されていた。


「いいね、こういうの。海の見える部屋でさ、書類仕事に追われる事もなく、誰に気を遣うわけでもなくて。好きな人とこうやって」


「えへ、そうだよね、そう言えば王子、私、復活した時に牙も生えたんだよ? まだちっちゃいけど」


「ま、カブトムシのさなぎみたいなもんだったからな」


「もう、カブトムシじゃないよ!」


 そんな軽口を叩きながらゆったりとした時間。ジョバンニの言うように仕事にも人間関係にも追われず、それでいて引きこもっている訳じゃない。こういう時間は実にいい。何より口うるさい奴が誰もいない、これは大事な事だった。


 そんな事を想っているとバタンっとドアが開き、口うるさいのが入ってきた。


「…あんたたちねえ、今がどういう時期なのか判ってるのかしら?」


「なにが? とりあえず寒いからドア閉めてよ」


 ムカムカムカッとした顔をしながらドアを閉めたディージャはお説教の構え。これはよくない。


「いいかしら? 戦後の処理、それに商会の立ち上げ、みんな忙しくしてるの。それなのにあんたたちはこうしてゴロゴロ、手伝おうとは思わないの? ジャンなんかもう、3日は寝てないのよ!」


「だってさぁ、俺はもう軍を辞めたし、そもそも俺たちに手伝えることあるの?」


「そうそう、商売の事はアルトたち、政治の事は民間の俺たちが口出しちゃまずいじゃん」


「…メーヴ、何とか言いなさいよ! あんたは事の発端でしょ!」


「興味ないです。もう、バーニィ、そんなに強くいじったらダメよ?」


「あー、もう、イライラする!」


「ディージャはずっとイライラしてるもんね。欲求不満?」


「うるさいわねブス! あんたは黙ってなさいよ」


「やだやだこれだからトカゲ女は」


「今はね、困ってるの。マイセンの商会の支部、あそこはいわば魔界とこちらの取次よ? そこに誰を置くか」


「そんなの他の竜人たちを行かせれば?」


「…キャシー、あんたは知らないだろうけど、あたしたちはね、寒さに弱いのよ。あんな北の寒いところに誰も行きたがらないわ」


「それで?」


「ウチのヴォルドが言うにはメーヴの眷属、そう言うのがもしかしたら生きてるかもって。まあ、キャシーみたいに枯れ木になっても生きてるのもいたし」


「へえ、いいじゃん。ヴァンプは寒さに強いし。メーヴの眷属ならキャシーなんかよりよっぽど出来がいいからね。だろ、メーヴ?」


「そうね、生きている可能性は、でも、お城の瓦礫の中じゃ出てこれないわ」


「…だからそれを掘り起こして欲しいのよ」


「「えーっ!」」


「いいじゃない、メーヴとキャシーはヴァンパイア、寒さには強いんだし、ジョバンニはあれよ、丈夫なのが取り柄だから」


「無理よ、バーニィは寒いところ苦手だもの」


「だから、そこはあんたがあっためてあげればいいの。そろそろあっちは雪になるって話、そんなところで二人きり、ロマンチックじゃない? …それとも魔界に連絡してあのネコってのに来てもらう? あっちの方がフカフカして暖かそうではあるもの」


「もう、先輩は仕事があるんです、いいです、私たちが行きますから」


「あらそう、助かるわ。ヴォルドを案内につけるし、馬車も用意する。向こうの建物ももう出来てる。だから困ることはないわ」


 こうして俺はやっと手にした居心地のいいマイホームを数日で離れることになった。

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