第5話 夢と希望と欲望と

――魔界


「いったいどうなってるニャ! あのクズは何で生きてるニャ!」


 地上の様子を映し出すマジックアイテム、魔鏡を覗きながら王子のメイドであったネコはそう憤慨する。


「落ち着いて、お父さんもできるだけ頑張ったんだよ! 愛しい娘の君を傷つけたあいつを必ず!」


 執事であったスロウは額に汗を浮かべながら娘のネコにそう言い訳を。


「だったらなんであいつは生きてるニャ! 人間世界に出ればマナを消費して死ぬはずニャロ? しかも一文無しだったくせに成金になってるニャン!」


「大丈夫だから、幸運はそうは続かないよ、だから落ち着いて、ね?」


 ネコは真っ白な髪をむきぃぃっと掻きむしり、赤い瞳の目を目いっぱい広げ、じろりと父の顔を見る。


「えっと、そう言う目はよくないよ? ね、お父さん、頑張るから!」


 一人娘の可愛さに、スロウはほぼ言いなり。妻を亡くし、父と娘、二人で暮らしてきた彼にとっては娘のネコの機嫌は何よりも大事なものだった。


 そして、そのネコは王子と幼馴染。いくつか年上の彼女は王子が生まれた時から毎日のように世話を焼き、転んで泣けば助け起こし、虐められれば代わりに殴り込み、朝から晩まで王子の事だけを考えて生きてきたのだ。

 魔王からも信頼を得て婚約者フィアンセと認められ彼女の人生は順風満帆、愛しく可愛い王子と夫婦となり、魔界でもいい立場で暮らしていける、いや、立場などなくとも構わない、貧しくとも二人で、そう決めていた。


 スロウや彼女の種族はブラッドキャット、魔界では上位種とされる種族である。ヴァンパイアやデーモン、そう言った種族に魔力こそ劣るがその分力に優れている。素早い身のこなし、それに王子なみの魔法耐性、そして何より伸縮自在の鋼鉄の爪は魔法障壁も、硬い鎧も貫いてしまう優れもの。魔法に長けた種族の多い魔界の中で彼らは優位な存在でもあるのだ。

 そして何よりの種族的な特徴は「偏愛」その心には大きな偏りが生じ、その愛情は特定の者にしか向かない。特に女性であるネコはその傾向が強く、王子以外の他者を愛さない。父であるスロウでさえも。


 そして王子はインキュバス。浮気は種族としての定めでもある。王子が成長し、男として目覚めると本能に従い、その立場と容姿で魔界の女たちに手を出し始めた。


 愛が強ければ嫉妬もまた大きなモノに。それでもネコは他の女たちを「ブスだから」と見下す事で耐え抜いた。就職試験でヴァンパイアの長老と揉めた時もネコはスロウと共に王子の味方につき、悔し涙を流す王子をその豊満な体で慰めもした。


 だが、だが、どうにも許せぬ事がある。王子は就職に失敗し引きこもり。そこからは女に手を出す事もせず、なんと、二次元の女に夢中になっていた。愛する男の情けない姿、それを何度も改めさせようと努力した。だが、その努力は通じなかった。


 嫉妬、そしてこれまでの我慢、それは憎しみを産み、愛する男への懲罰を望むようになっていた。父のスロウと共に魔王バッバを説得、このままでは彼がダメになると地上への追放を。


 そう、彼には自分が必要、毎日当たり前に側に居たからそれに気づかないだけ。人間世界、その厳しい環境で苦労し、そしてどうしようもなくなればきっと自分に助けを。自分が彼にとってどれほど大切な者か気が付くはず。時間はいくらでもある、それは判っている。だが、彼に会えない苛立ちが、ネコの心を蝕んでいくのだ。


 ダメンズ好きって闇が深いですよね。


――それはともかく人間世界。


 ガタゴトと荷馬車に揺られ、うたた寝を。春の陽気は気持ちよく、柔らかい日差しが気分をゆったりとさせてくれる。

 だがそんな中、かつかつと忙しなく荷馬車の中を移動する靴音、うっすら目を開けるとフィリスのおおきな尻があっちに行ったりこっちにきたり。ものすごく耳障りで目障りだ。


「邪魔なんだよ! 寝れねえだろうが!」


 その大きな尻をバチンっと叩く。


「何するんですか! 昨日の騎士様も言ってたじゃないですか! ここからは盗賊がって! だから見張りを! ソーヤさんもアルトさんも全然動かないんですよ!」


 ソーヤは俺の隣で居眠り、アルトは何やら難し気な本を読んでいた。


「ね? 私がしっかりしなきゃ、任務に失敗すれば、あなたたちだって」


「え、どうなるの?」


「ペナルティ、今までのギルドに貢献した金額から今回の分、その倍額が引かれるんです。私はもちろん、あなたたちも下手すればアイアンに格下げなんですよ?」


「マジで?」


「だからちゃんとやってください! 私、もうどぶ攫いとか草取りとかうんざりなんです!」


「おいソーヤ! 起きろ、」


「もう、なんですか?」


「任務、失敗したらアイアンに格下げだって」


「えっ? ちょっと、マジですか?」


「お前は後ろを見張れよ、フィリス、お前は前、いいな?」


「「はい!」」


「そんな事より王子、ちょっと聞いて下さいよ。」


 見張りに立つフィリスとソーヤを横目にアルトは俺に話をした。


「実はですね、目的地の湊町、あそこからは南の大陸に船が出ていて、値が高い胡椒とかそう言うのを運んでくるらしいんです」


「それで?」


「幸いにも私たちにはお金が、ですが、このままでは派手な生活もいずれ」


「確かにね」


「そこで、投資ですよ。胡椒を買い付けに行く船、その船に投資すればおそらく大きな利が。そうなれば冒険者なんか廃業してみんなで商会を、そう言う話も」


「いいねえ」


「まずは投資、そこで纏まったお金を、私は対外的には使い込みはばれていません、あくまで自己都合退職ですから色々顔も利きますし。資金が出来たらこうした荷馬車いっぱいに香辛料を積んで、王都で売りさばく。それを何度か繰り返せば私たちのあの町くらいであれば店も持てますよ」


「店かぁ、いいなぁ。いつまでも借りぐらしってのも落ち着かないもんね」


「ええ、それに私はね、ギルドに何のかんのと搾取されながら働くというのが好きじゃない。どうせならきちんと税を納めてちゃんとした民としての権利が欲しいですし」


「それもあるよね」


 なんだかんだと夢が膨らむ。気の合う仲間と店を構え、商会の主として生きていくのも悪くない。金があれば人間世界でもそう不自由は感じない、女に関しての事以外は。だって抱いたら灰になっちゃうんだもん。


「何にしても生きる目標は必要ですよ、王子。このまま冒険者、いずれカッパーに。

そうなればあのダンジョンに行かなきゃならないですし。私、あんな怖いところはもう」


「うーん、そうだね」


「それにね、私には夢があるんですよ」


「ほう、」


「店を構え、立場とお金を手に入れる。そうなれば」


「なれば?」


「奴隷を買えるじゃないですか。私の好みの幼女奴隷! たとえ殺しても罪にならない。ああ、なんという甘い響き」


「マジか」


 殺しても罪にならない、と言う事はだ。吸って灰にしてもかまわない、そう言う事だよね。


 俺はアルトとしっかり手を握り合っていた。


 そんな将来の夢を語り合っているといきなり馬車が急停車。森に入ったところで「ヒャッハー! ここは通さねえぞ!」とばかりに人相の悪い連中が飛び出し、馬車の行く手を塞いだ。


「まずいわね、敵は六人、私たちは四人。数に劣るわ」


「お前、どこ見張ってたの? バカじゃないの?」


「うっさいわね! 森に隠れてたんだからわかるはずないでしょ!」


 何やら盗賊たちは口上を述べていたがこっちはケンカの真っ最中。


「ざっけんなブス! 使えねえにも程があるだろ!」


「あんたねえ!」


「ちょっと聞けよ!」


「「あ、はい」」


 盗賊の一喝に仕方なく俺たちは喧嘩をやめた。


「いいか、こういうとこじゃ俺たちみたいな盗賊が潜んでる。そういうありがたい教えだ。授業料はお前らの命と積み荷、それで勘弁してやるよ。そっちの姉ちゃんは死ぬ前にたっぷり楽しんでやるけどな」


「「お頭カッコいい!」」


「だろ? …だが、俺たちも鬼って訳じゃねえ。お前らがおとなしく身ぐるみ剥がれて持ち金を差し出すってんならちょっとばっかしボコってやるだけで済ませてやることもできるんだ。死ぬのと痛い目、本日のメニューはどっち?」


 盗賊の頭がどや顔でそう言うと依頼人の商人は「うわぁぁぁ!」と叫んで逃げ出してしまう。そこに盗賊の一人が矢を放ち、商人は死んでしまった。


「あっ」


「あっ、えっと、これって」


「…任務失敗ね。はは、あたしたち、アイアンに格下げが決まったわ。あはは、もう、どうにでもなあれ!」


「フィリス!」


「どぶ攫いなんて! どぶ攫いなんて!」


 そう言いながらソーヤもフィリスに続いて馬車を降り、盗賊たちに向かい合う。


「はは、ギルドの任務ってのは大変だな。ま、俺らには関係ねえし。この世は弱肉強食ってな。また一ついいこと教えてやっただろ?」


「あんたねえ、…あんた、絶対許さない!」


「へへ、姉ちゃん、許さねえってのはあっちの意味で…」


 そういやらし気な笑いを浮かべた盗賊の頭にフィリスは腰に下げていた棍棒をフルスイング。パカンと音がして頭の頭はスイカのように割れた。


「どぶ攫い! 嫌なんですよ! 彼女に見られたら! あああっ!」


 そう言ってソーヤも戦利品の魔法の斧を全力で盗賊に叩きつける。ガチっと音がして盗賊が咄嗟に構えた短剣ごとその体を切り裂いた。


「このアマ! 舐めんじゃねえ!」


 そう言って短剣を振りかぶる盗賊、その刃の下をくぐったフィリスは棍棒で盗賊の脛を強打する。


「あがが!」


「赦さないわ! 絶対に!」


 再びパカンと音がして盗賊の頭が破裂する。フィリスは俺たちよりも戦闘経験豊富、布の服に棍棒と言う初期装備ながら次々と盗賊をスイカのように割っていく。そして怒りに燃えるソーヤも盾で相手の攻撃を防ぎ、斧で断ち割る。こちらは装備の質がもろに出て圧勝だ。

 六人いた盗賊は四人がフィリスに頭を砕かれていた。残り二人はソーヤに叩き割られている。


「…ねえ、王子」


「うん、あまり、フィリスを怒らせない方がいいね」


「「ですよねー」」


 馬車の上で俺とアルトはそう誓った。



「じゃーん! どうですか? 似合いますか?」


 フィリスは盗賊からはぎとったチェインメイルを服の上に、その上に皮鎧を。いつもなら「うぜえんだよブス」と言うところだがあの戦闘力はただものではない。


「うんうん、可愛いじゃん」


「そうですね、彼らはお金も持ってましたし後でお揃いの皮鎧を。ね、王子?」


「あ、うんそうだね。お前も仲間だし、フィリスならきっと似合うはずだよ」


「えへへ、そんな事、照れるじゃないですかぁ」


 そう言ってフィリスはとなりでぶつぶつと独り言をつぶやいているソーヤの背中をバチバチと叩いた。


「アイアンなんかに落ちたら、僕、絶対フラれる。クソ、クソ!」


 ソーヤは膝を抱えてそんな事を言っていた。ともかくアルトが馬車を操り湊町へ。商人は死んだけど荷物だけでも届ければなんとか任務成功、そう認めてもらえるかも。そんな期待がわずかにあったのだ。


 それから二日ほど旅をして湊町で依頼人の取引先であった領主の所に赴いて事情を話し、荷馬車ごと引き取ってもらう。死んだ商人は元はこの領主の使用人、妻が若い男と浮気して逃げだされてから酒におぼれ荒れていたらしい。ようやく落ち着いてきたのでこうした買い物などを任せていたという。その領主はいい人で、俺たちにも手間賃として金貨一枚ずつをくれた。

 盗賊からはぎとった装備、それを売りさばき、戦利品としては一人当たり金貨で五枚ほどに。そのあとアルトは湊で商会と交渉し、俺とソーヤ、そして自分の金のほとんどを投資した。フィリスも誘ったが、そう言う賭け事みたいな事は好まないと断られた。

 まあ、それはそれ、フィリスは棍棒に変えて木製の盾と金属製のメイスを購入。帰りは大きなトラブルもなくみんなで徒歩で旅をした。


「そう、事情は分かるけどそれを認めていたらギルドの規律は保てないわ。今回の任務は失敗。あなたたちにはペナルティ、あら、みんな仲良くアイアンに格下げね。ま、頑張りなさい。」


 現実は常に非情である。

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