第6話 凋落

――魔界


「にゃははは! 見るニャン! あいつ、どぶ攫いしながらカッコつけてるニャン! ほんっとアホニャン!」


「ええ、実に滑稽なお姿かと」


 王子のフィアンセ、ネコはアイアンに落とされ、どぶ攫いをしている王子の姿を魔鏡から覗き見て腹を抱えて大笑い。側に居る男もプススっと声を漏らした。


「だけど本番はこれからニャン。マダラ、作戦の方は?」


「はい部長。このマダラに抜かりはありません、そろそろ王子たちの元に報せが届くころかと」


「流石マダラにゃ。その時に再び大笑いをさせてもらうニャ」


 王子が人間世界に追放、そのあとネコは「人間世界研究部」を立ち上げその部長となっていた。デーモン一族でも有数の力を持つマダラはその部員。彼もまた人間世界に多大なる興味を抱いていたのだ。


――ま、それはそれ、さて、王子たちはと言うと。



 アイアンに格下げとなった俺たちは例によってどぶ攫い。だが、ブロンズ王子として名をはせた俺はこんな時でも優雅さを崩さない。だって魔界の王子だもん。

 どぶ攫いをする姿を酒場勤めの彼女に見られ、あっけなくフラれたソーヤはしくしくと泣きながらどぶ攫いをしていたし、こちらで俺たちとお揃いの鎧を誂えたフィリスは何が楽しいのかにこにこ笑いながら働いていた。


 そして俺とアルトはふふっと口元を歪ませる。投資した船はそろそろ戻るはず。なにしろ俺たちは十日に一度しか働かない。雑用などをしている場合じゃないのだよ。

なにせ船が戻れば約束された大金が。アルトが言うには投資した船団は護送船団方式で貿易をしているらしく、万が一にも海賊に襲われる心配はないのだという。その分いささか儲けは減るが、今の所十分な稼ぎが期待できる。そうなればこんな冒険者稼業とはオサラバ。

 次のステージは商人。きっと自分の事を「わっち」とか呼ぶ綺麗な女の姿の狼の神様あたりと荷馬車で旅をしながら香辛料を売りさばく、そんなロマンあふれる甘酸っぱい生き方が出来るはずだ。だよね? ロマンスの神様。


「ねえねえアルト、王都ってどんなところなの?」


「そうですね、千年の都ですから。賑わいもこことはくらべものにはなりませんし、王子の嗜みであれば社交も十分に通用します。ビジネスの方は私、社交は王子、道中の警護はあの二人に任せておけば」


「だよね、野蛮な事は向いてないし」


「そうですよ、それぞれが得意な事を」


 そんな風にだらだらおしゃべりをしながらどぶ攫い。監督役のカッパーの連中もブロンズ王子として名をはせた俺たちには苦々しく見るだけで特に何も言ってはこない。代わりに新人のアイアン、その若者たちが怒鳴られながら仕事をしていた。


 夜は後で返すからとフィリスの金でいつものいい宿に。風呂を使い、飯も好きな物を、ギルドの安宿などには泊まれないのだ。だって王子だし。ついでに葉巻まで用意させた。もちろんすべてフィリスの金だ。


「あなたたち、本当に返せるんですよね?」


「うっせーな、何なら倍返しにしてやるよ。だろ、アルト?」


「ええ、心配いりませんよ」


「そんな事より、僕、どうすれば!」


「ソーヤ、すぐ次の女が見つかるって。不満ならそれまでフィリスに相手してもらえばいいだろ?」


「えー、嫌ですよ」


「は? 何言ってるんですか。嫌なのは私なんですけど」


「な? 処女をこじらせるとああなるんだよ」


「うっさいわね! それが人にお金を借りてる人の言う事ですか?」


 そんな話をしているとコンコンっと部屋の扉がノックされた。キタキタキタァ!

約束された大金の到着ですかぁ? いかんいかん、俺は王子、こんなはした金で騒いでいる場合ではないのだ。

 応対に出たアルトはその使者から羊皮紙に書かれた文を受け取り目を通すと、「ファーーー!」と叫んで鼻血を吹き出しその場に倒れた。怪訝に思った俺はその手紙を拾い上げ目を通した。


 投資した船が海の魔物クラーケンに襲われ沈没。


「えっ?」


「どうしたんですか、王子」


 ソーヤが固まる俺から手紙を取りそれを読むとブクブクと泡を吹いて倒れた。そしてそこに重なるように俺も倒れ、気絶した。



◇◇◇


「にゃははは! いい気味ニャ! すっごく面白いニャン!」


「ですな、私も今回はいい仕事を。あの商人、アルトのビジネスセンスは中々のもの。利に走らず安全性もしっかり担保していましたからな。彼らの投資した船は船団の中央に。クラーケンもピンポイントでの破壊行為には苦労したと申していました」


「素晴らしい働きニャ! これであのクズは再び一文無し、あのブスに借金まである身ニャン。人に頭を下げられないあのボケはこれで詰みニャね」


「ですな、ですが部長、王子を如何なさるおつもりで?」


「ニャーがいないと何もできない、それをあいつが自覚すれば許してやるニャン。どうにもならなくなってニャーの名を、そしたら助けてやるニャよ。…当たり前の幸せ、それに気が付く為には試練が要るニャン」


「まこと、その通りでございますな、王子も此度ばかりは身に沁みた事でしょう」


「戻ってきたら魔王バッバの元を出て郊外に小さな家を構えて慎ましく暮らすニャン。その時は就職の世話、頼むニャよ?」


「ええ部長、このマダラにお任せを」


 ネコは夢いっぱい。小さな家を建て、大きな窓と小さなドア。庭には魔界バラを植えて、芝生の上でケルベロスの子犬を放し飼い。それが彼女の夢、愛しい王子と慎ましく。



◇◇◇


「どういう事ですか?」


 キレ顔のフィリスは俺たち三人を正座させ、その周りをコツコツと歩き回る。その手には買い替えたばかりの鉄のメイス。あれで殴られたら死んでしまう。いや、俺は死なないけどソーヤとアルトは即死だろう。


「その、ですね、フィリスさん。これは通常ではありえない、まさしく想定外の出来事で!」


「…それで?」


 必死の抗弁を試みるアルト、だがフィリスは目を見開きながらキレ顔のまま。


「その、ですから、借りたお金はきちんと返しますし、ね、王子?」


 俺は正座しながら別の事を考えていた。投資した船は船団に守られ中央部にいたという。なのにクラーケンはピンポイントでその船だけを。絶対におかしい、何らかの力。いや、間違いなく魔界の、スロウの奴か? だがあいつらは魔獣を使役しない。ましてクラーケンともなればそうやすやすとは従わない。海の魔物、そうなればヴァンパイアの連中も専門外だ。だとすればデーモン? だが何故? 奴らにはそこまで恨まれる筋合いも。


「もう、どうするんですか! 僕のお金!」


 ソーヤが泣き叫ぶ、だがこれはアルトのせいではない。


「どっちでもいいんです! とにかく私のお金、返してもらいますから!」


「フィリス!」


「な、なんですか、大声で脅そうというなら私にも考えがあります!」


 そう言ってフィリスは目いっぱいに目を見開いた人殺しの顔で俺に向けてメイスを振りかぶる。


「違う、これは仕組まれた事だ!」


「仕組まれた、とは?」


「俺は、その、エルフの里で、いくらか魔物の生態を学んだ。クラーケン、海の魔物がいきなり船団の中央にいたあの船だけを襲うとは考えられない」


「そんな事、今はどうでもいいんです! 私のお金、どうやって返すか、建設的な意見を聞きたいの」


 だめだ、この女は話が通じない。


 結局俺たちはフィリスにさんざんお説教を浴びて、パーティーのリーダーをフィリスとすることで決着を見た。


「ほら、何やってるんですか! もっと早く! そこ、さぼらないで!」


「「「はーい」」」


 翌日からフィリスの号令で朝から草取り。翌日も休みなしで浮浪者たちに紛れてアイアンの任務を受けさせられた。泊まる所は当然ギルドの無料宿泊施設。浮浪者のアイアンたちの吹き溜まりだ。それから毎日仕事に追われ、ようやくブロンズに返り咲く。


「良いですか、これからはの私が仕事を選びますから。文句は一切聞きません。いいですね?」


「横暴だぞ! ケツでか女!」


「…何か、言いました? バーツさん」


 メイスを手にじろりと睨まれる。あれで叩かれたらすっごく痛そう。だが俺は魔界の王子、脅しに屈したとあればマッマの名に!


 俺はふっと笑いを漏らし、ふぁさっとマントを翻した。そして…


「ごめんなさぁい!」


 そう言って帽子を手に、片膝をついた。


「…そう、わかればいいのです。神の慈悲はあなたを許します」


 くそ、くそ! こいつ、調子に乗りやがって!


 そしてフィリスが選んだ任務はゴブリン退治。いきなり難易度の高そうなものを。バカじゃねえのコイツ。仕事なら薬草摘みとか手紙配達とかいくらでもあるだろう!


 ソーヤとアルトははぁ、っとため息。だがフィリスに借金がある以上強く出れないのだ。


「ねえ、王子、僕たち、あの女に殺されるんじゃないですか?」


「そうですね、ゴブリン退治とか普通に無理ですよ」


「あいつバカだから。脳みそが尻とおっぱいに回ってるんだよ」


 はぁ、っと再びみんなでため息を吐くとにっこにこでフィリスが帰ってくる。


「一人金貨五枚ですって! なんでも攫われた娘さんがいるらしくて、無傷で取り戻せばボーナスでさらに五枚、すごいと思いませんか?」


「ああ、すごいね」


 報酬が高いという事はそれだけ任務が危険、そう言う事に気が付かないのだろうか。ああ、だからバカなんだ。


 ともかく支度を整え町を出る。俺たちは一文無しだが装備は整っていた。フィリス以外は魔法の武器を所持しているし、防具もチェインメイルとお揃いの黒く染めた革鎧。打撃にも強い厚手の革の丈夫なものだ。そしてフィリスは皮のスパッツの上から白のスカートをはいていた。


「なんでスカートなんかはいてるの?」


「えへへ、こうすれば戦乙女って感じじゃないですか。似合います?」


「あ、うん。似合ってる」


 死ねばいいのに、ブス、そう思いながら帽子を傾け表情を隠してそう答えた。



 そのゴブリンの住処までは歩いて五日ほど。もう無茶苦茶遠いし。夜は交代で見張りに立ち、昼はひたすら歩いて行く。旅の道具は一揃い持っていて、アルトがそれを大きなバックパックに入れていた。


「もうさ、歩きとかありえなくね? 馬車とか欲しいよね」


「そうですね、それに住むところもいつまでも借りぐらしでは」


「僕、違う町に住みたいです。あそこはもう!」

 

 失恋のダメージの大きいソーヤがそう言った。


「そうですね、今の町ではあまり良さそうな仕事も。もう少し稼げそうな場所に、と言うのもありですわね」


「今の町は南のダンジョンとの中継、そう言う役割ですからね。ダンジョンの側の要塞には高位の冒険者たちが常駐していて割りのいい仕事はあちらで。ですが私たちがあちらに、それにはあまりにも実力が」


「東の港町もあまり羽振りが良さそうではなかったですもんね」


「そうですね、あちらに行くなら船がなければ。海の魔物の討伐が任務となるでしょうし」


「だとしたら西ね。今回の任務地も西寄りです。任務をこなしてそのまま西の町に移動してあちらのギルドに報告を。暮らしやすそうであればそのままあちらに住む事も

考えられますわ」


 そんな話をしながら街道を進んでいく。途中修道院で宿を借りたり、野宿をしたり。屋根付きの馬車があればこんな徒歩での旅なんかしなくていいのに。


 そして明日はいよいよゴブリンの住処に。その夜は夜目の利く俺と荷物持ちのアルト、要は使えない二人組が夜の警戒を。主戦力のフィリスとソーヤは先に眠らせた。明日の決戦、その前に色々準備をしなければ。

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