第16話 メーヴ ②


 翌日から私は王子とネコ先輩に混じり、三人でお昼を食べた。それぞれのお弁当を見せ合って、王子が少しづつそれをつまみ感想を。そんな状況を私は心底楽しみました。なぜならそれが、今必要な事だから。


 絶妙な距離感を保ちつつ、王子とネコ先輩、二人との関係を深めていく。いつの間にか私は二人と一緒、それが当たり前になっていた。


「ネコ先輩、明日みんなでここに行ってみませんか?」


 明日は休み、週末のその日、私は練りに練った作戦を実施する。


「ブドウ農園? こんなところ何が面白いニャン?」


「ここ、こないだのカフェ、あそこで食べた魔界マスカットを作ってるんです。非公開なんですけど。私たちなら兄のコネでブドウ狩りもできるって」


「ニャンと! あのマスカットが食い放題? 絶対に行くしかないニャ! 手筈は?」


「はい、先輩の許可があればすぐに予約を。兄から話は通っていますから」


「と、なるとどうやって行くかニャね。お前の家の馬車かニャーの家の馬車を使うかニャ? 魔王バッバに話を通せば護衛だなんだと面倒にゃん」


「…うふふ、ここはあえて乗り合い馬車で」


「えー、めんどくさいニャン」


「ネコ先輩、目的の一つは王子に世情を知ってもらう事、それには庶民と同じ環境でないと」


「コネを使って特別なブドウ狩り、そんなお前が良く言うニャン」


「ふふ、使えるものは何でも使わないと。…それに、近くには質のいい温泉もあるんですよ?」


「ニャンですとー! これは行くしかないニャ! メーヴ、お前はプランをしっかりと固めておくニャン。ニャーはバーニィの準備とバッバに話を通しておくニャ」


「はい、そちらの方はお願いします」


 なんだかんだと話は盛り上がり、王子もまんざらでもない顔。あのマスカットは王子の好物、そして温泉、そういう楽しむ場所も。…そして私は彼に私服を見せるチャンス。二人きりではないけれど、遠くへのお出かけ。間違いなく思い出に刻まれる青春の一コマ。そう言うものを重ねていく。…その中に私と言う存在を混ぜ込みながら。


 翌朝、待ち合わせは乗合馬車の集う駅。魔界の中心部であるここから各所へ乗合馬車の交通網が張り巡らされていた。技術的には動力の付いた箱車、そういうものも開発可能であるが技術も過ぎれば人の手が要らなくなり、多くの人が職を失う事になる。魔王様や評議会の議員たちはそのあたりも鑑みて古くからあるものもこうして残しているらしい。


 私は早起きして家を出るまで何度も服を選び直した。正確には昨夜からずっと。王子は若い男性、そう言う彼はきっと色気のある大人びた格好を好むはず。けれど私は細身で胸も大きい方ではなかった。ネコ先輩は女の私から見ても、羨ましいほどに完璧なプロポーション。胸とお尻はボリュームがあり、腰は細くくびれて全体的にしなやか、真っ白な髪は艶やかでシルクの糸のよう。耳にあたる位置には白い体毛で覆われた三角形の猫の耳。ぴくぴくと動くそれはとてもチャーミング。


 そんな彼女に大人の色気で勝負を挑んでも勝てるはずもない。私はまだ17歳。女としても成長途中なのだから。だから私は真逆を行くことにする。色気ではなく、歳相応の清楚さ、少しだけ背伸びしている部分はアクセサリーで演出を。露出は少なめ。でもロングスカートでは彼が興ざめしてしまう。だから丈の短いワンピース。肌触りのよい生地で、ラピスで染められている品のあるもの。その下に膝上までのスパッツを穿き、足元は素足に厚底の編み上げサンダル。今は夏、魔界の夏は地上に比べて涼しいと聞くけれど、このくらいの涼やかさは必要です。


 そして耳にはパールのイヤリング、ネックレスは歳相応のハート型。髪は上質な深い青のシルクのリボンで結わき、夏らしいつばの大きな帽子をかぶった。メイクは薄め、女として勝負には出ていないが良くは見られたい、そんな恰好。

 …下着もフリルの付いた白の可愛いもの。ブラの肩ひもがワンピースの肩口からちらりと見えるか見えないか、そう言う塩梅を意識しています。


 夏らしい麦わらのトートバッグにタオルや下着の替え、それに飲みものの入った水筒を入れて行く。それに袋に入ったお菓子も。彼が求める事にはすべて応じられる、そう言う準備はしておきたかった。最後に護身用のナイフを忍ばせ、私は話しやすい兄にもしかしたら泊りになるかも、と伝え家を出た。


「遅いニャ! メーヴ!」


「ごめんなさい、走ってきたんですけど、」


 そう言って膝に手をつきながら笑顔で二人を見上げる。王子はいつものすまし顔、ネコ先輩は少しイラっとした顔をしていた。


「もう、次の乗り合い馬車はしばらく来ないニャ」


「間に合うと思ったんだけど、ごめんなさい」


「まあいいじゃん、あそこで座って待てばいいさ」


 屋根の付いた待合所、そのベンチに三人で並んで腰かける。座り順は王子、ネコ先輩、そして私の順。彼を両脇で挟み込む、そう言う日はまだまだ先、今はこれでいいんです。


 王子の恰好は薄手の模様の入った赤い半袖シャツ、ズボンは白の七分丈。足元はサンダル履き、頭には麦わら帽子を乗せていた。一見ラフな格好だが、そこは魔界の王子。よくよく見れば全てのものが一級品。シャツは男性ブランドのマダラ・マンダラ。ズボンは流行りのデビル・アローズのもの。サンダルや麦わら帽子も魔界の一流ブランドのロゴが入っていた。

 そしてネコ先輩は意外な事に清楚系。少し、胸元を開けた白いシャツに白の綿生地のフレア・スカート。足元は素足にヒールのついたミュールを履いていた。こちらももちろんブランド製。ネコ先輩は魔界貴族のお嬢様でもあるんです。


「バッバはあれこれ言ってたけど、護衛はニャーが居れば問題ない、そう言う話で納得させたニャ」


「あは、流石ですね」


「…ま、お前は使える奴ニャン。こういう事はニャーだけじゃ出来なかったニャ」


「たまたまですよ」


 こういう褒め言葉、それを集めて信頼に変えていく。そうして私は自分の立ち位置を確立させていくんです。


 しばらくして馬車が到着。一便遅れたせいか、乗客は私たちだけ。座り順はさっきと同じ。王子、ネコ先輩、私の順。王子は馬車に乗り込むと、当たり前のようにネコ先輩の膝をまくらに横になった。


「まったく、どうしようもないニャ」


「なあ、ネコ、喉乾いた」


「なんで今言うニャ! さっきまでなら近くに店もあったニャろ!」


「さっきは喉乾いてなかったんだよ! 持ってきてないの? 使えねえな」


「ニャーが水筒の準備をしたら重たいからいらないって言ったのはお前にゃ!」


「あは、王子、私のでよければ」


「え、飲み物あるの? 流石委員長!」


 そう言って王子はのそのそとネコ先輩の膝の上をはいずり、そのまま私の膝に頭を置いた。内心茹で上がりそうに恥ずかしかったが務めて冷静に振る舞ったんです。


「中身はハーブティーです、少し甘みもあるので飲みやすいよ?」


「もう、だらしないにも程があるニャン! ちゃんと起きて飲まなきゃダメニャン!」


 そう言ってネコ先輩は無理に王子を抱え起こした。私は思わず「あっ」っと声が出そうになるがぐっとこらえた。


「そうよ、寝ながら飲んでむせたらどうするのよ」


「メーヴの言うとおりニャン。ほんとバカで困るニャン」


 内心では膝に感じた彼の重み、その感触、それが名残惜しくて仕方なかった。


 ガタゴトと馬車は進み、お昼前には農園に到着、そこではうやうやしく迎えられ、魔法のベールがかけられた特殊なビニールハウスに案内される。ここの分なら好きに食べて構わない、農園主はそう言ってにっこり笑い去って行った。


「おぉぉ、マスカットニャ! バーニィ、何やってるニャン!」


「梯子探してんだよ!」


「もう、そんなの待てないニャン! 肩車するニャ!」


「え、俺が、ふざけんなよ!」


「男にゃろ! そのくらいして当たり前ニャン!」


 仕方ない、と言う顔をして、王子はネコ先輩を肩車。先輩はマスカットの房をもぎ、その粒を口に放り込む。


「あぁぁ、これにゃん、この味! 瑞々しくて最高ニャン!」


「俺にも寄越せ、バカ!」


「しょうがないニャン、お前にも一粒やるニャ」


「あ、美味しい。もっとくれよ!」


「残念、このハウスはたった今からニャーのネコネコ共和国の制圧下となったニャン。ここの物資はすべてニャーのものにゃん」


「ふっざけんな、バカネコ!」


「あ、揺らしたら落ちるニャン! だめ、やめるニャ!」


 いつもの戯れ、王子の肩の上でネコ先輩のスカートがめくれ、中の黒いセクシーな下着がチラリと見えた。…ううん、私はまだまだこれから。


「今度はメーヴの番にゃ。ほら、何やってるニャン?」


「また俺かよ!」


「お前しかいないニャン。ニャーたちはか弱い女子ニャよ?」


 ちっと舌打ちして王子はためらいなく私の足の間に首を突っ込む。「きゃっ」っと思わず声が出た。


「しっかり捕まってろよ」


 そう言って王子は立ち上がる。「うん」と答えた私は少し涙目。はずかしさと、その股の間に感じる王子の感触、思わずぎゅっと足を閉じてしまう。


「ばっか、苦しいだろ!」


「あ、ごめん、こういうの初めてで」


「メーヴ、そこの房はきっとウマいニャ」


「これですか?」


 指定された房をもぎ取り一粒口に。甘く瑞々しい味が口いっぱいに広がった。


「ああ、美味しいですね」


「そうニャろ? ニャーの見立てに間違いはないニャ!」


「どうでもいいけど俺に食わせろよな!」


「あ、ごめんね」


 そう言って一粒ちぎり、股の間の彼の頭、その口にマスカットの粒を持って行く。彼はその粒ごと私の指も口の中に、…んっ、と声が出そうになるのを堪え、「おいしい?」と聞いてみた。


「ウマいっていってんだろ、もっと寄越せよ!」


「まってよ、もう、せっかちなんだから」


「ニャーはスーパーアイテム、梯子を見つけたニャン! お前たちはのろのろやってると良いニャ。ここのマスカットはニャーが全て頂きニャン!」


「ばっか、メーヴ、早くしろ! あいつ加減が利かないから本当に全部食いかねないぞ!」


 …メーヴって、名前で呼んでくれた。嬉しかった。涙がこぼれるほどに。


「あ、まって、あそこの房、」


「あっちだな?」


 私は「きゃっ」と声をあげ、わざとバランスを崩した振りを、そして彼の頭を抱え込む。今がずっと続けばいい、そう思いながら。


「ばっか、そんな風にしたら前が見えないだろ!」


「だって、だって!」


「あ、危ないっ!」


 ずてーんと転んで二人であははと笑う。魔界の日差しは柔らかで私たちヴァンパイアの活動にも支障がないほど、けれどその日見上げた太陽はものすごく輝いて見えたんです。


「はぁぁ、目いっぱい食ったニャン。流石にこれ以上は入らないニャ」


「そうですね、私もいっぱい食べました」


「ああ、疲れたけど楽しかった」


 そんな王子の言葉に私とネコ先輩は顔を見合わせにっこりと笑い合う。すべてはそれで、それだけでよかった。


 そのあとは少し山道を登り、温泉宿に。お風呂は男女別でした。


「あー疲れた、俺は一人でゆっくりするから」


「溺れたりしたら大変ニャよ?」


「温泉で溺れる奴なんか聞いた事ねーよ! バーカ、あ、メーヴ、お前、ずっと上に乗ってたんだからあとで肩揉めよな!」


 そう言って王子は男風呂に。先輩と私は女風呂に入って行きました。


「いいなあ、そう言う大人の下着、似合うようになりたいです」


「にゃっはっは、ニャーは無敵にゃからね。ほら、ここの毛も白くて柔らかいニャン」


「もう、なんかずるいです」


「へえ、可愛い下着、歳相応ニャね」


「だって私、まだ学生ですし」


「にゃはは、何にゃそのちっパイは」


「もう、ひどいです! これから育つんですから」


「ニャーは17の時にはもう、完全体だったニャン。まあいいニャンお前はちっぱい、そうじゃないかと思ってはいたニャン。でも、下の毛は薄くて上品にゃね」


「もう、バカ!」


 ともかく湯につかり、体をうーっと伸ばした。


「…それで、どうだったニャン?」


「どうって?」


「あいつに肩車されてどうだった? そう言う事を聞いてるニャン」


「……」


「正直に言うニャン。嬉しかったんにゃろ? もしかして、濡れた?」


「そんなんじゃないです!」


 そう言って私は真っ赤になってネコ先輩に湯を浴びせた。


「にゃっはっは。お子様には刺激が強かったニャ? …で、あいつの事、どう思ってるニャ?」


 先輩は急に表情を変え、私に質問する。何度か大きく呼吸をし、その間に最適解を探った。


「…それはいいなって思ってますよ? でも、」


「でも何にゃ?」


「先輩との間に割り込むのは無理、それは判ってますから」


「なぜ、そう思うニャン?」


「…私、自分に自信がないわけじゃないです。でも、彼の幸せには先輩と言う存在が必要、それが判ってるから。…もし、この場に居るのが、彼の隣に居るのが先輩じゃなければ、私、どんな手を使ってでも彼を私のものに、そうしてます。先輩だから、彼が誰よりも愛し、慕い、必要としている先輩だから、私はそうしない」


 私はきっちりと力強く、先輩の赤い瞳を見据えてそう言った。


「……にゃるほど、お前は思ったよりもやるようにゃね、…けれど」


「…けれど?」


「ふふ、けれどお前はちっパイニャン。ニャーの戦闘力が53万ならお前の戦闘力は5、敵としては認めないニャ」


「胸の大きさの話、してないでしょ! ほんと、バカなんだから!」


「落ち着くにゃ、つまり、お前は敵じゃない、そう言う事にゃ」


「…意味が、解りません」


「敵じゃなくて、お前は仲間にゃろ? あのバカ王子の幸せを願い、その為に行動する。ニャーとお前は同志、つまりは仲間にゃ」


「はいっ!」


「にゃは、まあ、天地がひっくり返ってもあいつがニャーよりお前を選ぶことはないニャン、だってあいつはおっぱい好きニャよ?」


「もう、。大きくなるかもしれないでしょ!」


「ないない、それは神様でも難しいことにゃよ? いわば難病にゃ、ちっパイ病」


「バカバカバカ! そんな病気聞いたことないです!」


 そんな感じで湯をかけあい、あははっと笑い合う。私の作戦は成功、次のフェーズに移ります。


「…正直に言えばニャーはあいつがダメなままでいいと思ってるニャン」


「先輩はダメンズ好きですもんね」


「全然違うニャ! もう。よく考えるニャ。あいつが出来が良くなったとする、そうなればどうなるニャン?」


「それは、魔界のみんなが王子を手本として、」


「そう、そしてそれは派閥となる。現状に不満を持つ輩はどこにでもいるニャン。そう言う奴が現れ王子の後押しを、そうなればどうなるにゃ?」


「…魔界を二つに割っての派閥、抗争」


「そうニャ。魔王バッバは王子を溺愛しているニャ、けどバッバはサキュバス。どこまでも冷徹で決して心を許さない」


「そうなんですか? 魔王様はみんなに優しくて、素敵な女性で。私たちの一族も大きな恩があると父が言っていました」


「そうニャね、ニャーたちが生まれる前、魔界は三つに分かれて戦争してたニャ」


「はい、歴史で習いました」


「そう、そこに現れたのがヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニ」


「一瞬で魔界の争いを制した英雄、教科書にはそうあります。ですが」


「そう、実際は迷惑な奴だったニャン。特にお前の一族はひどい目に」


「はい、一族の上のものはみんな、その男を魔王様が」


「そうニャ、バッバはその男を自らのベッドに引き入れ飼い殺し、男を楽しませる為魔界は発達を遂げたニャン」


「だから、すごい人だと」


「すごい? バッバは百年近くその男を騙し、手玉に取ってきた、そう言う事にゃよ? そしてバーニィはその男の息子。表向きはどうあれ、いざとなれば、ニャーはそう睨んでるニャ」


「…王子がダメなままなら誰も彼を支持しない。支持しても、得がないから」


「…そうニャ、ニャーは疑った。お前がどんな意図であいつに接近したのかを。一族の復讐? それもアリにゃ。あいつは災厄をおこしたあの男の実の子ニャから。利用する為? それもアリにゃ、王子と親しければ学校でみんながそいつにも気を遣う。同級生のみならず教員も」


「私には彼を利用する意味がありません。私の家、その威厳だけで大抵の事は通りますから」


「そうニャね、そこは判る話、一つ目の話もお前の父や兄、当事者であればともかく、お前の生まれる前の話、そこまでこだわる話じゃないニャ、それに父や兄に言われてあいつに色仕掛け、そう言う事が出来る女じゃないニャ。お前は」


「当然です。家に、生まれに相応しい実力を、それは考えていましたが彼を貶めるためにそんな手を、それは到底受け入れられないです」


「ま、それ以前にちっパイのお前には不向きな事にゃ」


「もう、それは関係ないです!」


「…どちらにしてもニャーは全てを疑ってる。お前はその疑いは晴れた。あとは女としての部分。…お前はニャーとあいつを切り離せない、そう気づいた。だから好意をひた隠しにし、ニャーの信頼を、そうにゃろ?」


「…はい」


「頭の良いやり方にゃ。ニャーに成り代わることを望まない、つまり、二番目に甘んじる。そう言う話」


「…そうです、私はそうしたい! 二番目でもいいから彼の側に居たいのよ!」


 すべて見抜かれていた。だが、そこまでは想定内です。


「だから、それでいいと言ってるニャン、どの道ニャーは今年で卒業、後をお前が請け負ってくれるならそれでいいニャ」


「はい、絶対に王子の側から離れません」


「ニャーたちの話はそう言う事、あとはあいつの話」


「彼の?」


「言った通り彼の父はあの男。人間ニャン。そして母はサキュバスのバッバ。基本的にサキュバスは子を成さないニャ。男の精を搾り取って糧としているにゃよ? 要はセックスが食事みたいなモンにゃ。食事をするたびに孕む危険、これは割が合わないニャろ?」


「確かに」

 

 まだ経験のない私は、セックスと言う言葉に刺激を強く感じました。


「だからあいつは本来生まれてくるはずがなかった、そう言う存在ニャン。父親が人間ではない、そう言う可能性は捨てきれないニャ」


「たしかに、ただの人間になせる業では」


「神様もぶん殴ったって話にゃ。2号ダンジョン、3号ダンジョンのある地上のヴァレリウスと言う国は元はサンクト・ガレンと言う名前だったらしいニャ。聖王国と呼ばれ至高神を崇める聖王が支配者だったニャン。それをあの男が自分の出身国だからとその名前のヴァレンスをもじったヴァレリウスに変えさせた、そう言う話ニャ。その時に聖王は踏み潰され、現世に現れた至高神はぶん殴られ、どうしようも無くなってそいつをこの魔界に送り込んだ、それが真実らしいニャ」


「えっ、それをただの人間が? 無理じゃないですか? 魔物でも無理です」


「そうにゃ、普通に無理にゃ。つまりそのヴァレンスは人間ではない何か、である可能性が高い。だから孕まないはずのバッバを孕ませ、生まれたのがバーニィ、100年も妊娠してたニャン」


「…きつそうですね、それ」


「そうニャね、通常ならば男のサキュバスはインキュバス、だからバーニィも登録上はそうなってるニャ。けれど実際は判らない、未知の生き物かも。お前がもしあいつの子を孕んだ時、生まれてくるのは本当の意味での化け物かもしれないニャよ?

 …今なら引き返せるニャ。無理はしない方が良いニャよ? なにせお前はヴァンプの公女。ちっパイでもいい男はよりどりみどりニャン」


「…バッカじゃないの! 関係ないです、そんなの。あ、わかった、やっぱり私のこと怖いんでしょ? だからそんな話して」


「お前みたいなちっパイが怖い? それはジョークにもなってないニャン!」


「無理しなくていいですよ、正直にライバル出現、そう思ってるって言えば」


「ムキィィィ! 腹立つニャン! ちゃんと鏡見たことあるニャン? お前は地味で暗ったい女でその上ちょいブスでちっパイニャン。戦闘力5のブスに本気は出せないニャよ」


「なによ! 私、別にブスじゃないし、自信あるし! そりゃあ趣きはちがうけど、角度を変えてみたら先輩にだって負けないですし!」


「どんな偏光ミラーにゃ。お前を美しく見せる鏡は今の技術じゃ作れないニャ!」


「先輩ってほんっとバカですね! いいですか、先輩はグラマラスで可愛げもあってすごくキレイ、面白みもあるし」


「ま、当然の評価ニャン」


「でも、そうなると男の人って違った感じも欲しくなるじゃないですか。私は清楚系で先輩の髪が白なら私は艶やかな黒。先輩がグラマラスなら私は細身、ちっパイだって考えようによってはこだわりの対象になるかもしれないし、」


「…にゃるほど、一理あるかも、それで?」


「つまり、先輩と私が居れば無敵、他の女はいらないっていう事です。彼がインキュバスなら女を求めるのは本能、一人なら彼は違った感じの女が欲しくなる。けれど私たちが二人なら、彼の欲求は全て満たせる、そう言う話です」


「…確かに、学校も卒業してしまえばニャーは介入できないニャ」


「それと同じです、手の届かないところ、それを二人で埋め合えばいいんです」


「それでも近づいてくるアホな女がいたら?」


「殺せばいいじゃないですか、そんなの」


「……まあ、合格ニャン。ちっパイの減点を差し引いて90点ニャ」


「ちっパイが良いって言うかもでしょ! いい加減にしろ!」


 こうして私はネコ先輩の公認を得ることに成功する。


――そこからはいつも三人一緒。休みの日は映画を見に行ったり、お茶をしたり。私の立ち位置は王子の左側。ネコ先輩は右、私は望みを果たす事が出来ました。

 秋にはキャンプ、冬には雪山でソリで遊んだ。毎日が楽しくてずっとこのままでいい、そう思った。私は望みを手に入れた。幸せと言う望みを。


 春が訪れネコ先輩は卒業する。ここからは私だけ。その事に心が躍った。もっと幸せになれるのだと。


 ネコ先輩は順調に魔王様の秘書官となり王子と私は8年生。私は兄に話をし通し王子と同じクラス、そうなるように手を回しました。


「…とはいえお前も今年で18、ヴァンパイアとしては成人となる」


「…はい」


「成人の儀、そういうもんを果たせばお前は大人。親父も俺も、お前を大人とみて、その判断は尊重する。…いいか、ヴァンパイアとして生きる以上これは、必要な事だ」


 成人の儀、自分がヴァンパイアであることを認識し、一族にその事を証明する為の儀式。具体的には地上に降りて、誰かの血を吸い眷属を作る。そう言う事をしなければならない。


「明日から一週間、お前とお前の同級生は地上に降りる。監督役は大公たるこの俺だ。…しっかりやれ」


「…はい」


 色々と兄から教えを受け、来週からは地上に。大人になれる事は嬉しいが、王子のお世話が出来なくなる、その事が気にかかった。


「…もしもし、先輩?」


『メーヴかにゃ、どうしたんにゃ?』


「すみません、私、一族の儀式で明日から一週間、地上に。王子の側を離れないって言ったのに」


『……お前はまだ子供ニャ。保護者の意向に逆らえないのは仕方ないニャ。だから悪くない。…けど、困ったニャン。ニャーも明日から新人研修で各部署の同期達とダンジョンの視察に行かなきゃならないニャン』


「先輩もですか? …そうなると、王子は一人?」


『まあ、お前は一週間、そのくらいは大丈夫にゃろ。こっちはしばらくかかりそうニャン』


「できるだけ早く、そうします」


『…そうニャね、よけいな女が取り付けば、また面倒にゃん』


「明日、学校でよく言い含めておきますから」


 そんな話をして電話を切った。自分ではどうにもならない事、ネコ先輩もいない、タイミングも悪かった。


「兄さん、成人の儀は先延ばし、そうすることは?」


「…無理だな、春のこの時期に、それが伝統って奴になってる。そいつを崩せば悪く言われる。この時期に、そういう意味は俺も判らん。だが、ずっとそうやって来た。何千年も。だからそれを崩せねえ」


 兄の言っている事はわかる。一族の頂点にある私の家、それが伝統を守れなければ一族の長たる資質を問われることになる。私の言っている事はわがまま、でも。



「ねえ、聞いてる?」


「うるせえな、判ったって言ってんだろ」


「ちゃんと勉強しなきゃだめ、喧嘩もダメよ? 他の女は信じちゃダメなんだよ?」


「それよりもメーヴ、お前も気をつけろよ。地上は危ないとこなんだろ?」


「…うん」


 何度も念押しし、ぎゅうっと体を擦り付ける。今の私にできる精一杯、それはこれしかなかった。


 そして翌日、私と同級生のロイズを連れた兄はゲートを開き地上に降りた。


「うわぁ、すごいね、メーヴ」


「…うん」


 地上の世界は物語の中の景色みたい。テレビでは見た事あったけれど。空は青く、澄んでいて、日差しが強く肌が灼けるように感じた。日よけの為につばの広い帽子とマントを羽織っているが、そうした対策をしても痛みを感じました。…そして心は王子の事、彼の事が気にかかり、話しかけてくるロイズの声もうざく感じました。

 すぐに宿をとり、そこでみんなで食事をしました。


「…お前たちはここで眷属となる異性を見つけろ。眷属は絶対に裏切ることはなく従順だ。出来れば能力の高い奴が良い」


「…そのあとは?」


「…眷属か? 俺のように魔界に連れ帰るもよし、地上でそのまま暮らしを、それでもいい。どちらにしても眷属は不死だ。…出来れば異性の方が色々と都合がよくもあるがな」


 そう言って兄はニヤッと笑う。兄は妻を娶らず眷属の女に身の回りの世話をさせていた。そこにはもちろん夜の事も、そういう意味なのだろう。ロイズは顔を輝かせていたが私は戸惑いがあった。彼以外の異性、そう言うものはいらない。必要ない、ましてそんな関係、不潔でキモチワルイとも。


 …でも、やらなければならない。家の名誉の為には。


 夜になるとこの地で暮らす眷属たちが兄を訪ねてやってくる。彼らはここで暮らし、身を立てていると言う。その中にはいわゆる冒険者と呼ばれる人や軍で兵士をやっている人もいた。


「…なるほどな、やはり能力となればわかりやすいのは冒険者か。連中は実績によってタグの色が変わってくる。あとは見た目、そう言う話にできるからな」


「そうですね、大公。女の冒険者もたくさん居るって話ですし」


「ああ、できればそっちのほうも済ませておけ。魔界では選び放題、と言う訳にはいかぬからな」


「はいっ!」


 ロイズはそう言って満面の笑み。キモチワルイ、バカじゃないの? そう言う事は好きな相手と、それが当たり前じゃない。そう思い彼を心底軽蔑した。そのロイズは幼馴染。ヴァンパイアでも上位の魔界貴族、そう呼ばれる家の出身で小さなころは何度も遊んだこともある。王子と出会うまでは一番親しい異性、将来は私の夫、そうなるのだろうなと漠然と思ってはいた。だけど好きになった訳じゃないです。王子と出会ってからは彼の事など忘れていた、その程度の存在。親し気に名前を呼ばれる事すら違和感を覚えていた。


 眷属から渡されたリスト、その姿を確認する為ロイズは眷属の人の案内で夜の町に消えた。


「…お前は行かないのか?」


「わからない、必要な事だと思ってます。でも」


「王子のことか?」


 そう言われ、無言でうんと頷いた。


「あいつはインキュバス。女を食い物、そう言う生き物だ。そして俺たちはヴァンパイア、人を食う生き物。何が違う?」


「…彼に対して不義を、そんな気がして」


「はっ! なるほどな、女心ってのは厄介なもんさ、だがな、あいつが女を求めるのを変えられないように、俺たちも人を食う事を辞められない。…これはな、変えられない定めって奴さ」


「わかって、います」


「…お前の為に助言するならだ、眷属は男の方が良い」


「なんでですか」


「…女をそうしちゃお前はその眷属に嫉妬する。いい女であればそのことに、能力が高けりゃそう言う事に、それはお互いの為にも良くはねえからな。…そしてお前は」


「…私は?」


「そう言う都合のいい男、従順で絶対の忠誠を尽くしてくれる、そう言う奴と過ごす必要もある。見た目も好みのな」


「なぜですか?」


「決まっている。比べるためさ。そいつとあの王子、それを比べても王子を選ぶってんなら俺は何も言わねえ。…学校で出会って、同級生、そう言う運命のいたずら、それに引きずられているだけかもしれないだろ? あのネコって女が居て嫉妬心を煽られた、そこにこだわりが生まれた、」


「違います、私、そんなんじゃありません!」


「だったらそいつを証明しろ。眷属選びは手を抜くな。最上の男をそうして、それでも、その時は親父が何と言おうがこの俺が認めてやる」


「…わかりました」


 そう、これはやらなければならない事、ヴァンパイアとして、その長の家に生まれたものとして。そして、私の彼に対する想いが偽物でない事を証明するために。


 手渡された資料を読み込み、検討する。眷属、そう言う要素を彼の為に、それにはどんな人物が適切なのか。もちろん女はダメ、兄の言うように嫉妬してしまうから。だとすれば男。社会的地位のある人は難しい。警護も堅いだろうし、不死となれば周りから不審がられいつかは眷属であることがバレてしまう。魔界に連れ帰るつもりはない。あちらに行ったところで個人的な召使、それ以上の使い道はないのだから。


 もちろん夜のことを、そんなつもりは毛頭ない。だとすれば若く、この先を期待できる冒険者。彼を魔界から支援し、万が一王子が地上に、その時に力になれる、そう言う人、ペラペラと資料をめくり、一人の該当者に行き当たる。年齢は19、わずか数か月でカッパーのタグになりあがった将来有望な若い人。彼を操り地上に王子の為の勢力を、それが出来なければ私は生涯ネコ先輩に並び立てない。


 夜の町に出かけ酒場へと向かう。資料にあった彼は少し繊細そうなキレイ目の男。酒場の女給たちがチラチラと彼を見ているのが判った。それにへらへらと笑う笑顔は軽薄そうではあった。


「…あの、すみません」


 勇気を出して声をかけてみる。


「なんだい、お嬢さん」


 その男は少し茶化すように返事をした。


「あの、私、冒険者を志していて、良ければ話をと、」


「へえ、変わってるね。いいとこのお嬢さんだろうに」


 そう言ってその男は私に隣の椅子に腰かけるよう指示した。









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