第17話 メーヴ ③


 無遠慮にじろじろと値踏みするように私を見るその男。だけど不思議と嫌悪感は抱きませんでした。そう、彼は私にとっては男性ではなく、ただの食べ物。成人になる為に必要な、道具。


「…俺にいわせりゃだ、前に出て戦うなんてのはイカれた奴のすることさ。だから俺は前に出ず、弓を使い、罠を張る。そう言うレンジャーって奴になった。親父は猟師でな、弓の使い方は教えてくれた。奴は熊に殺されちまったが悪くない男だったさ」


 酒を飲ませじっと見てくるその目に目をあわせ魅了のスキルを発動する。彼は驚くほど饒舌、こちらの求める事をすらすらと話し出す。席を移動し他者に話を聞かれない個室に移り、酒と料理が並ぶと私は質問を続け、彼はそれに答えていった。


「なぜ一人だったかって? 決まってる。一緒に居た奴らはダンジョンでお陀仏ってね。今頃ゾンビとして新たな生き方をしているかもな。俺はな、自分ってもんを知ってる。だから無理はしねえし、逃げる事も躊躇しねえ。奴らがくたばったあと、タグさえ回収できれば問題なしってね。もう三回もそうしてる」


「でも、評判と言うのは必要よ?」


「そこはうまくやってるさ。流石につまはじきってのはいただけない、どうしようもなかった、そう言う状況をきちんと作って事を成してる。…最初はぎりぎりだった。魔獣討伐、俺は矢を撃ち尽くすまで戦い、多くの魔獣を仕留めた。だがそこにオークが、もう手持ちの矢はなかった。前に立った戦士は殴り殺され魔法使いの女はマナを使い切ってへたり込んだところで連中に犯された。残ったリーダーの戦士はさ、俺にポジションを捨てて戦え、と言ったさ。勝てる見込みもありゃしねえのに。だから俺はそいつが殺されるのを黙って見届けその場から逃げた。しばらくして戻って連中のタグを回収し、置き去りにされた魔獣の死体から牙を引っこ抜く。任務は達成、世は事もなしってね」


 二回目はゴブリン討伐、彼は出来る事を全て行い、その上で負け。仲間は死に、彼は逃げた。そして油断したゴブリンたちを一匹ずつ殺し、仲間のタグを回収して帰還する。任務は達成、義務である仲間のタグの回収もこなしている。当然成果は独り占め。彼は気が付けばカッパータグに昇進していた。


 人格に問題はあるがこの際それはどうでもいい。彼は為すべき事を為すだけの実力があり、生き延びる術を知っている。他人を信じない、そう言う部分はむしろ都合がよかった。


「人間なんてのはさ、どう生きたとこでせいぜいが50年、だったら好きなように生きるべき。俺はそう思ってる。社会の枠組みってのからはみ出さなきゃこうして町の壁で囲まれた安全なところで暮らしていける。仲間ってのは必要だ、いた方が都合がいいからな。けれどそいつらの無茶に付き合う必要はねえだろ?」


「…そうね、あなたは間違っていないわ」


「だったら残りは差し引きだ。あんたは俺に何をくれる? 俺はこの腕、そう言うもんを差し出すさ。無茶しねえ限りはあんたの事を守ってもやれる」


「…そうね、私の差し出せるのは永遠、そしてあなたへの支援。守ってもらう必要はないの。あなたにはうまく立ち回ってもらい、それなりの地位に、それが、望みよ」


「変わってるねえ、で、それなりの地位についた俺をつかって何かをやらかそうってか? ヴァンパイア」


「聡いわね。…私には大事な人がいる。名前はヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニ。…その人を助ける力が欲しい、この地上にも」


「そいつは大層なご命令だ。…だが差し引きとしちゃあ納得も行く。あれだろ、俺はお前の眷属、そうなればいいって?」


「ええ、私は多くは望まない、望みはたった一つだけ。力に、なってくれる?」


「はっ、断れば殺されるってか? だが、面白そうではある。…最初に言っておくが下男が必要ならば他所を当たってくれ、殺されようがそう言うのは勘弁だ」


「ふふ、必要ないわ。私はね、ヴァンパイアの中では公女、そう呼ばれる立場なの。あなたは私の最初の眷属、一族の眷属たちもそれなりに敬意を払うわ」


「へっ、そいつは悪くねえ。俺の望みは面白おかしく生きる事だ。このまま人として生きるより、そっちの方が面白そうだからな」


「ならば、契約は成立ね。私の名はメーヴ、あなたは?」


「俺はジャン。ジャン・アレンだ親父は猟師だと言ったがありゃ嘘だ。奴は東の大陸からの流れ者。向こうじゃ貴族の家柄だってうそぶいてた。まあ、実情は猟師みたいなもんだったがな」


 魅了のスキルにかかりながら嘘を、彼の精神は強靭なのだろう。そして私は彼の首筋に牙を立て、自分と言うものを流し込む。彼の血が私に、私の魔力が彼に流れ込み、混じり合っていく。それは強い興奮をもたらすものだった。…このまま、彼と。そう言う強い誘惑、この男は私だけのモノ、そう言う愉悦、それに抗うのはかなりの努力を必要とした。こういう事が大人、今までなかった強い欲望、それを感じて一人前、さっきまでの私は子供だった、恋にあこがれるだけの少女だった。


 …再び訪れる大事なものが入れ替わる瞬間、抗いようのない強い欲求。でもそれはあの王子で満たすもの、私だけ、そうはならない彼に、永遠の二番目、そう言う立場でも。…私は自分の本能に打ち勝ち、彼の体から牙を抜いた。


「…なるほど、コイツはすげえ、あんたに従い忠誠を尽くすに値する力だ。だが、強い飢えを感じる」


「…欲望は適切に晴らさないとね、吸いつくさねば殺す事はないわ。あとはそう言う関係性。いいわ、これもあなたへの支援、私からの恩恵、ここで待っていなさい」


「…へへ、あんたをメーヴ様、そう呼ぶだけの恩はあるって事だな」


 私は酒場に降りて見目のいい、恐らく処女であろう若い女に声をかけ、魅了のスキルでいいなりに。そのままジャンの待つ個室に彼女を押し込み、ドアを閉めた。


「ああっ、すげえ、これは、」


 ドアの向こうから漏れ聞こえるジャンの声と女の喘ぎ、私は火照る体を自分で抱きしめた。…彼が、王子が欲しい、そう思いながら。


「…無事に済ませてきたか?」


「…はい、ジャンと言う若者を眷属と、」


「…それで? あっちのほうも済ませたのか?」


「…いえ、私は女として自分の気持ちを裏切りたくないから」


「…ほう、初めての時は昂ぶるもんだ、その欲求を抑え込めたと言うならお前の王子への想いは本物さ」


「…そこだけは、ゆずれないから」


「お前も、理解できたんじゃないか? …俺たちヴァンパイアってのはことのほか欲が強い。体の欲だけじゃねえ、権勢欲も。一度その味を占めちまえば強い欲を、それが満たされなければ強い飢えに苛まされる。抑えが利かねえその欲は他人の大事な領域を踏み荒らす。だから俺たちヴァンパイアは人から嫌われ魔界でも嫌われる」


「……」


「お前が優等生で居られたのはこの滾るような欲望を知らなかったからだ。カタブツの委員長、みんなの為に、そんな青臭い理屈は大人の世界じゃ通らねえ。だからお前は子供だった。…だが、今からは違う。お前は大人、強大な欲と二人連れの人生を生きていく。永遠にな。ともかくは休め。しばらくは体の変調もあるだろう。ここに一週間、そうしたのはな、欲にまみれたお前が冷静になる為の時間が必要だからだ」


 そんな兄にうんっと頷き自分の部屋に。湯を使い気分を変えても体は火照ったままだった。狂おしいほどに。


 苦しい、辛い、自分ではどうにもならない体の奥底から湧き上がる欲望。それを全て王子に、彼にぶつけたい。…それが、それだけが私の願い、生きる意味。



 地獄の一週間が過ぎると私の体には変化が起きていました。ささやかなふくらみだった私の胸は大人の女、そう言えるくらいには大きくなり、細身ではあるが全体的に女性らしいプロポーションに。そして鏡に映ったその顔もどこか、愁いを帯びたまなざしになり、色気というか、妖しさを感じさせる。

 …そう、今回の事は試練。私は試練を乗り越え、身を汚さずネコ先輩と戦えるだけの武器、女らしさを手に入れた。


 魔界に帰ると今までの服は全て買い換えた。ランジェリーも大人びたものに、制服もスカートの丈を少し短めに。清楚、そう言う部分は崩さずに、大人びた色気を醸し出す。前にネコ先輩は言っていた。自分は完全体なのだと。その意味がようやく理解できた。…今は私も完全体だから。



「おはよう」そう言って教室に入ると王子の席はクラスメイトの女子に取り囲まれていた。


「あ、来たよ、マズいんじゃない?」


「大丈夫よ、ネコ先輩と違って、あの子カタブツだし」


「だよねー、あの先輩が居たらこんなことできないもん」


 自然の理屈は弱肉強食。自分に自信のある女がこのチャンスを見逃すはずもなかった。そしてそれは私が脅威と思われていない、そう言う証明。だからそれを今から示せばいい。


「おはよう、みんな、それに王子も」


「ああ、メーヴ、帰ってきたのか」


 そう言って王子は安堵の顔、だが他の女は挑戦的な目で私を見た。


「…メーヴ、大丈夫だよ。あんたが留守の間はさあたしたちが王子のお世話、してたから。お弁当もみんなで持ち寄って、ね?」


「そうそう、あんたはさ、生徒会長に立候補するんでしょ? そうなれば色々と忙しいし、ネコ先輩があんたをそうしたように王子のお世話役は必要だもんね」


「メーヴはさ、名家の生まれで公女さまだから学業に専念しないと。その分私たちがお世話すればいいし」


 …こみ上げる静かな怒り。恐らくネコ先輩はこういう場面になんども遭遇してきたのだろう。人の大事な領域に土足で上がり込む。王子の、彼の事などなにも判っていないくせに。


「メーヴ、彼女たちの言う事ももっともなんじゃないか? 王子のお世話は君じゃなくても、でも魔界の未来は君にしか開けない」


 そうしたり顔で言うのは同族のロイズ。彼もまた、同じクラス。兄が手配した同族の側付き。…私は無言で振り向き、そのロイズの頬に平手打ち。そして「えっ」と驚くその顔を足をあげて踏み倒した。


「…よく、聞きなさい、下僕。あなたが私のプライベートに踏み入る事は許さない。意見することも近寄ることも。…もちろん私の側付きを名乗ることも。…これは、警告よ」


 ピシッと空気が固まり、凍ったように時間が止まる。その中をつかつかと歩くと王子を取り囲んでいた女たちは道を開けた。

 …そして私は躊躇う事なく椅子に座る王子の膝の上に跨り、ぎゅうっと抱き着いた。


「…ごめんね、本当にごめん。もう、離れないから」


 涙を流しながらそう言って、目を閉じてキスをする。そう言う事に躊躇いを覚える事はなかった。


「…メーヴ、お帰り」


「うんっ」


 そう答えてくるりと振り向き、そこに居た女たちを睨みつける。


「…私、いつでも戦うわよ? けれど手加減はしてあげられない。必要ならば全てを叩き潰してあげるわ。…どんな手を使っても」


 彼女たちは全員目を伏せ、立ち尽くしていた。「…消えろ」と小さくつぶやくと慌てて全員自分の席に戻って行った。


「少し、雰囲気が変わったな」


「…うん、私たちの一族には大人になる儀式があるの。それをこなせば一人前、そう認められる。私は今年18。だから、…今はもう大人よ?」


 ふふっと笑って口づける。彼の腕は強く私を抱きしめてくれた。


 そこからは日常、私は彼の隣の席、勝手にそう決めた。その事にクラスメイトも教師も何も言ってこなかった。

 お昼ご飯も二人きり。学校に手を回し空いている部室の使用許可を得ていた。


「なあ、生徒会長になるのか?」


「…そうね、そのくらいしておかないと家の面目に関わるし。それともあなたがする? それなら私は副会長」


「大変そうだからなぁ」


「でも、きっと魔王様もネコ先輩も喜ぶはずよ? こういうのも親孝行、そう考えたら?」


「落ちたら恥ずかしいじゃん」


「あなたが望むなら私は全てを叶えてあげる。遠慮はしない、約束でしょ?」


「…そうだけどさ」


 お弁当を二人で食べて、そのあとは抱き合いながら軽めの行為。彼の吐息、オスの匂いがどこまでも私の中に染み渡る。それが私の中の欲望と絡み合い、絶頂をもたらすのだ。


 彼の授業態度は至極真面目なものに変わり、成績も魔術の実践以外は人並み、そう言えるほどに成長していた。休み時間には判らない所を二人で話し合い、放課後は町へと繰り出して遊んだ。


 そして休みの日、私たちは結ばれる。深い絶頂、満ちる多幸感。私の生きる意味、それがそこにあった。


 やがてネコ先輩が戻ってきて私たちは元通り。先輩は彼の右、私は左。その事になんの違和感も感じない。私たちは軽口を叩き合い、気の向くままに遊びに出かける。ネコ先輩は社会人、私は学生だが、立場は大人。プライベートに口出しされない。だが、王子は魔王様の庇護下、彼の都合で中々外泊は難しい。…それだけがわずかな不満。


 学校では王子が生徒会長に立候補。対立候補は現れなかった。もちろん私は根回しをしている。無投票で彼は生徒会長となり、私はそれを支える副会長。他の役職は私に従順なもので固めていた。


「これが今年の生徒会予算案です。各部活、その他、必要な経費を算出しています。何か意見のある人は?」


 彼の横で私は議事を進行させる。各部の出席者は誰も私に目をあわせなかった。一度、会長である彼の演説中にヤジを飛ばした生徒がいた。その生徒は翌日、家庭の都合で自主退学。もちろん私は手を回した。彼に敬意を示せない、そう言う人は魔界に必要ないから。


「では、これで決定とします。会長、よろしいですか?」


「…野球部は人数も多い、バレー部もかな。少し生徒会費を削ってそちらに回す事はできないか?」


 会長である彼がそう言うと居並ぶ各部の代表者は「ほう」っと言う顔をする。もちろんこれも仕込みがある。彼の学力で気づくギリギリ、そのあたりまで部活の予算を絞り、その分生徒会の予算を多くしていた。彼が気づかなければそれは私たちの威厳を強めることになるし、気づけば彼に対する支持を得られる。どちらに転んでもいいように手を打っていた。


 ともかく予算は多少の修正を経て、決定される。他の事はそれぞれに担当を決め、彼と私で決裁する仕組み。こうすれば雑事に煩わされる事もない。


 目論見通り魔王様はことのほか喜び、ネコ先輩も飛び上がって喜んでくれた。


「お前はすごい奴にゃ、メーヴ」


「…そんなことないです、王子はちゃんと自分の力で。私はそれを助けただけ」


「バッバも多いに喜んでるニャン。にゃろ? バーニィ」


「まあね、褒められると照れ臭い」


 ネコ先輩は一人暮らしを始め、私たちはいつもその部屋にいた。彼ははにかみながら私に寄りかかり、背中から私に抱かせた。


「とりあえず評判と言うのは大事、けれど度を越せば前に言ったようにこいつを押し上げ利用する輩が現れるニャ」


「はい、生徒会長も一期のみ、そう考えています。実績としては十分ですし」


「そうニャね、足元をすくわれる事のないように十分な警戒と備えを」


「…はい、そこは重々」


 ネコ先輩の部屋は高級マンション。エリートに相応しい設備と内装、防犯対策の為された建物で、家具も一級品。だけどどことなく家庭的で若い女の子、そう言う部分もあった。この部屋は毛足の長い絨毯が敷かれ、置いてあるのはガラステーブル。床に直接座る形で可愛らしいクッションが置かれている。ベッドは広々としたキングサイズ。そこで三人で興味の赴くままに体を重ねる。


「バーニィ、どうニャン? 何か違いはあるかニャ? お前がインキュバスならこう、吸った感じとか」


「…そうです、先輩と私、どっちがいいとか」


「もう、そう言う話じゃないニャ! まあ、そこは既に答えが出てるニャ。ニャーは戦闘力53万、お前は5しかないニャン」


「もう、それこそ関係ないです! それに、胸だって大きくなってるし」


「そこがお前の限界にゃ。まあ、そう言う事にゃよ」


「なにそれ、ムカつく!」


「…そうだな、気持ちいいよ? もちろん。満たされた感じもするし、愛されてるって感じる。けど、そう言うのはないかな。お前たちの方は?」


「ニャーは特に何も。メーヴ、お前は?」


「そうですね、すごく感じるけど、そう言うのはないかな」


「俺はインキュバス、そう思っているから正直、こういう事をするのが怖くもあった、大好きなお前たちがどうにかなってしまったらって。サキュバスに吸われた男は限界まで消耗するって聞いていたし」


「お前はインキュバスじゃないかもしれないニャ、魔族の翼も生えない、人の部分が強く出たニャよ」


 確かに、私たちには翼がある。だけど彼にはそれがなかった。


「ま、お前は出来損ないニャ、だけど魔界一の幸せ者、なにせこのニャーがずっと側に居るニャ」


「そうよ、私もずっと側に居る。あなたに足りない部分は私たちが埋めればいいの」


「そう言う事にゃん。もっともメーヴは戦闘力5の脇役にゃけど」


「違うわよ! そうね、言うなら先輩は幼馴染系のヒロイン? 私は学園で出会った同級生。こういう話だと幼馴染は負けヒロイン、そう決まってるし」


「誰が負けヒロインにゃ! ま、でも幼馴染は事実ニャン。初めてエッチしたのはニャーが13の時にゃし」


「なにそれ、っていう事は彼は10歳? 犯罪じゃない!」


「違うニャよ、ほら、よくあるニャろ? 一緒に添い寝、けれど女になりかけのニャーの乳房に、そのまま結ばれた、そう言う王道ストーリーにゃよ? ま、お前はぽっと出にゃ。出番がなくなって退場するのが定めにゃん」


 そのあとはぎゃーぎゃーと髪を振り乱して取っ組み合い。胸も隠さず、そんな日々。


 順風満帆、幸せいっぱい、そんな私の人生に大きな変化が起きたのはその翌年。


 9年生になった私たちはそろそろ就職を意識する。あれから彼との関係も順調で私も彼を「バーニィ」と呼ぶようになっていた。


「うーん、やっぱり総合成績になると魔法の赤点が響くわね」


「そうだな、だけどこればかりは」


「ねえ、バーニィ。魔法の原理、覚えてる?」


「ああ、体内のマナを変換させて外に打ち出す力、これが魔法の定義だろ?」


「そう、その種類は火炎、氷結、雷撃の攻撃魔法、そして神の軌跡を発現する神聖魔法、後は精神や状態に作用する暗黒魔法、この5種類が基本ね。魔術に長けたものはこれらを組み合わせ自分だけの魔法を編み出すこともできるわ」


「そうだな、だが俺は火炎、その初歩である火球ファイヤーボルトしか使えない。上位の火炎球ファイヤーボール爆発エクスプロ―ジョンも何度もやってみたけど発現しないんだ」


「他の魔法は?」


「生まれた時から知ってる火炎の魔法ができないんだぞ、試すまでもないさ」


「…魔法にはね、相性があるのよ。例えば私たち、アンデットと呼ばれる人たちは氷結系の魔法が馴染むの。氷結魔法にはほぼ完全、そう言えるだけの耐性もあるわ」


「そう言えば寒いのに強いもんな、お前」


「ええ、なんならビキニ姿で雪山に行ってもいいのよ? そして、寒さに強い私たちは代わりに火に弱い、これは知ってるわよね」


「ああ、知ってる」


「それだけじゃなくて火炎の魔法も使えないわ。完全に適性を欠いているのよ。あなたのような初級魔法さえもね」


「なるほどね」


「暗黒魔法、相手を操ったり精神を支配する、そう言う魔法はデーモンたちが得意。彼らはその代わり他の魔法はせいぜい中級魔法しか使えない。でも万能、そう言う特性。私たちも暗黒魔法はそこそこできるわ」


「確かに、俺はそこも出来なかった」


「神聖魔法は魔族の私たちには使えない、神は魔族には恩恵をもたらさないから」


「ま、そうだろうね」


「残りは雷撃、これは適正に関係ないはず。どこまで伸ばせるかは実力次第ってところね」


「つまり俺が覚えるなら雷撃?」


「そう、魔法の実技、仮に初級であっても火炎と雷撃の二科目が出来ればすくなくとも赤点にはならないでしょ?」


「そうか、そうだな」


「大丈夫、私が支えるから。ね?」


 そして私たちは魔術の実践場に。ここには魔力を帯びた的があり、その威力を数値で示してくれる。まずは彼の火球の魔法、次々と連射される火球が的を燃え上がらせていく。10発、20発、達人であってもこの連射速度は出せると思えない。だが、一発当たりのダメージは知れていた。数値として表示されたのは10。

 次は私、こちらも得意の氷結魔法。尖った氷のつぶでを打ち出すアイススパイク。そのダメージ判定は30だった。さらに上位の魔法、アイスジャベリンを打ち出すとダメージ判定は120。人であれば即死、魔物でもよほど耐性がなければ一撃で倒される数値だ。その分詠唱に時間はかかり、彼なら火球を20発撃ち込める。つまり時間当たりのダメージ量は私が120、彼は200となる。戦闘能力でいうなら彼の方が強い。戦えば私が負けるのは明らかだった。


「…すごいね、その魔法」


「バカにしてんのかよ、すごくねえから赤点なんだろ?」


「その、マナの消耗は?」


「全くないけど」


「えっ? もしかして、その気になれば」


「ああ、ずっと撃ってられる」


「…これは学校側の認識を改める必要があるかもね」


「なんだそれ」


「…まあいいわ。とにかく雷撃、呪文は覚えた?」


「ああ、やってみる」


「Por Ort Grav ライトニング!」


 彼の指から雷が発生し、それが的を貫いた。ダメージ評価は50。いわゆる中級魔法なみだ。


「やったわね、やっぱりできるのよ、バーニィ!」


 その彼は指先を見つめ、強張った表情、そして、うっ、と叫んでその場に膝をついた。


「きゃぁぁ! バーニィ! バーニィ!」


 私は叫び声をあげ彼を抱え起こした。


「…だめだ、そんなんじゃない、ぐぅぅっ!」


「どうしたの? 苦しいの? ねえ、教えてくれなきゃわからない!」


「…体から、力が抜けて、」


「大丈夫、医務室に」


「違う、欲しいんだ、だめだ、メーヴ!」

 

 そう言って苦しげな表情で彼は私を押し倒し、乱暴に制服のブラウスを剥ぎ取ると、ブラをずらして貪るように私の乳房に吸い付いた。


「大丈夫か! メーヴ! 王子、あんた!」


「うるせえ! どっか行け! 殺すぞ!」


 今までにない荒々しさで私を犯す彼、その顔は苦悶に満ちていた。私はされるがまま、そんな彼をただ、見つめていた。彼は何度も私に放出し、狂ったように私を使う。収まらない欲求、そう、まるで眷属を作ったあの日の私のように。


 教師たちに取り押さえられ引きずられていく彼を私は何の感傷もなく、違う世界の情景のようにただ見ていた。制服を引き裂かれ露出した肌を隠す事もなく。


「…メーヴ、もう大丈夫、君は私が守るから!」


 そんなロイドの声がやたら耳障りに聞こえました。



 状況が状況であるために王子の処分は重いモノに。学校内で同級生をレイプ。あの場にいたロイドはそう言って彼の、バーニィの罪を言い立てた。

 とは言え事はヴァンパイアの長老の娘、公女である私と王子である彼の間の事、私は誰とも口を利かず部屋に閉じこもっていた。

 あの時の彼の顔、初めて見た恐怖を覚える荒々しさ。怖かった、あの場で彼を庇えぬほどに。彼とは何度も関係を持っている、そう言う間柄、あそこではそう言うシチュエーションを楽しんでいただけ、そう言えば事は収まるかもしれない。けれど、あの時の彼の顔がちらつくと言葉を発することが出来なかった。


 これまでもレイプまがいのプレイはしたことがある。私が拒絶し彼が無理やり、でもその相手はバーニィ、同級生の彼だった。

 …あの時の彼は違う、同じ匂い、同じ感触、同じ姿、なのにその存在が完全に異なっているように感じた。同じ事をしているのにそこには混じり合う快楽も愛を交わし合う歓びも、包み込まれるような多幸感も何一つ存在せず、あったのは本能的な恐怖だけ。――そう、あの時の彼は彼であって彼ではなかった。彼の父、彼がその名を引き継いだヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニ。暴虐の王、そう言う圧倒的な存在感とあらゆるものをねじ伏せる暴虐性、そして、荒ぶるオスの本能。そう言う彼に私は使

 口惜しくもあった、情けなくもあった。これまで注いだ愛情は彼の本能、そう言うところまで届いていなかった。…私は何をしていたのだろう。私は彼にとって何だったのだろう。そんな事が頭を何度もめぐり、私は部屋を出られなかった。


 彼が困ることはわかっている。それでも。


「…大丈夫か、メーヴ、愛しき我が娘よ」


「…お父さん」


「大丈夫だ、この私がかならずあ奴を懲らしめてやる、…必ずだ」


「…親父、それは」


「クロノス! お前は知っているはずだ! あの、あのヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニのせがれが、我が娘、お前の妹にまで! わが父を殺し、お前の母、最愛の我が妻を殺したあいつのせがれが! …私はこうなることが判っていた。魔王様には恩がある。だが、」


「…だとしてもだ、メーヴはあいつを愛していた」


「それこそ気の迷い、あ奴の本性はああだった、今までうまく隠し通してきたがついに、」


 私は何も言えなかった。俯いて黙って、何もかもが頭の上を通り過ぎればいい。そう思って。


『メーヴ、容態はどうニャ?』


「はい、何とか」


『あいつ、ニャーの事も避けているニャ。あれから一切連絡もないニャン!』


「…先輩」


『お前にこんなひどい事をして、ニャーまでを遠ざける。これは、許される事じゃないニャろ?』


「…わからないんです、私、ごめんなさい!」


 そうして私は部屋に戻り、大泣きした。



 兄の話では王子は停学、魔王様はそれ以上の処罰は許さぬと言ったらしい。そして私は休学、しばらく学校を休むことにした。あの場にいたロイドは毎日王子に殴られ、ひどい目にあわされているという。そして王子はクラスメイトのみならず、女教師にまで手を出したという。ネコ先輩は完全に拒絶され、もう誰も彼を止められなかった。


 その間、私は家で単位を取るべくカリキュラムをこなしていく。事情が事情だけに学校側もそうした措置を取ってくれていた。そしてそれから3年の間、私は家から出ずに過ごし、卒業式も出席しなかった。

 私はそのあと父の秘書となり社会人に、そして、再び悪夢が訪れる。


「次の方。どうぞ」


 その時父は魔界の総務大臣の地位にあり、この日は評議会に採用された新人たちの配属先を決める為、個別に面接を行っていた。私はその秘書官として補佐に当たる。


「失礼します」


 そう言って入ってきた若い男を見て、私は思わず「ひっ!」っと声をあげた。…そう、その彼は王子、彼は私に気が付かないようで洗練された動きで進められた椅子に腰かけた。父は苦虫を纏めてかみつぶしたような表情だった。


「…君を採用? 自分が何をしたか判っているのかね?」


「多少の問題はあると思いますが、私は試験を受け、合格したからここに居ます」


「…試験? そんなものは関係ない。君はね、魔王様の、君の母の口添えがなければ牢獄に繋がれている身なのだよ?」


 そのあとも父は彼の罪を言い募り、侮辱を続けた。


「で? あんたの役目は配属先を決める事だろ? 早くしろよ」


 開き直った王子は足を組み、持っていたタバコに火をつけた。


「そこのお前、気が利かねえな、灰皿と茶!」


「貴様、ただで済むと思うなよ!」


「やってみろ、てめえらはな、俺の親父のお情けで生かしてやってんだろ、頭が高いんだよ、クズが」


「殺してやる!」


「出来るならな、お前、灰皿っていってんだろ、てめえの口を灰皿にすんぞ!」


「…もうやめて! バーニィ!」


「なれなれしいな、お前」


「私、こんなあなたを見たくない!」


「はぁ? 見てくれと頼んだ覚えはないさ。ああ、お前、良く見りゃメーヴか。はは、そうだな、お前はあそこのユルイ女、そう記憶してる」


 私の中のすべてが砕けた。私はその場に崩れ落ち、父が彼に殴りかかる姿をただ見ていた。その父は殴り返され、引き倒され、足で頭を踏まれ、蹴り飛ばされた。そして彼は私の前に屈み、ぎゅうっと火のついたタバコを私の胸に押し付け、もみ消した。そこは消えない傷、心と同じ決して癒える事のない傷、私は、不幸だった。

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