第19話 ヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニ

――数百年前 神々の領域


 人間世界よりも、魔界よりもはるかに進んだ文明、そう言うものがかつて地上には存在した。だが、それほど高度に発達を遂げた世界に生きる人々であっても争う事はやめられなかった。結末はいつも決まっている。戦争、荒廃、そして滅亡。

 それらを予測した一部の人たちは自らを意識体とすることで生き残り、新世界の神となった。そんな彼らでも争う事はやめられない。だからこそ役割を明確に分け、他者の領域には干渉しない、全体の意思決定が必要な時には会議を開き、そこで意思決定を。そう言うルール。


「人間と言うものは放置すればいずれ私たちのような高度な文明を築いていく。そうなればまた、同じ事の繰り返し。そうさせない為に魔族と言うアンチ、相容れないものを置いてはいますが私はここで、その魔族に対してもアンチとなる存在、それが必要だと考えています」


 そう発言するのは知識神マチルダ。彼女の担当は知識、どのあたりまで文明の進化、そう言うものを許すか、それを決めている。彼女は端正な顔立ちに少し茶目っ気のある青い瞳。真っ赤な髪は清楚にまとめられていた。


「…ですが、それは危険が伴うのでは? そのアンチとなるものが理性を失えば最悪人間社会、魔界を問わず荒廃を、ここまでの努力が水の泡となる恐れもございますわ」


 その意見は大地母神ニーナのもの。彼女は豊穣と自然、つまり生態系をつかさどる。慈愛の神としても知られ、地上世界の信者の数は最大を誇った。その彼女はかけているメガネの位置を直した。このメガネの奥の瞳は誰よりも鋭い。彼女は漆黒の長い髪で胸も大きく大人の女、それを体現するような美しい姿。


「けれど、今は魔界が荒れても居るのです。彼らは優れた個体、強大な力で全てを従える、それもアリなのです」


 今度は戦神アムが口を開いた。彼女はこの世の争い、軍事バランスをつかさどっていて、配下には戦乙女ソードシスターと言う10人の使徒を抱えている。いざと言う時はその使徒たちを使い地上の争いに介入する。

 そんな彼女の見た目はいたって可愛らしい。小柄な少女、そんな風貌で金髪の髪を三つ編みにしていた。


「…そうねえ、私はどちらでも構わないわ、争いは物語を生むの。その物語が人の心を豊かにし、歌になるわ」


 芸術の神、ヒロミはそんな事を口にする。彼女は美と楽曲、そう言うものをつかさどり、文化の発展、それを調整している。享楽に過ぎれば退廃し、正しさもすぎれば世は硬直化する。その微妙なさじ加減をしていた。そんな彼女は大人の色気、それを可視化したような美女、肩口で切りそろえられた髪は彼女の妖艶さを引き立てていた。


「…そうだね、マチルダの言う事は理解する。けれどニーナの言うように行き過ぎは避けたいところさ」


 最後に口を開いたのは至高神ロゼリス。彼は平等と正義をつかさどる。そしてこの神々の首座としてまとめ役、そう言う役割。彼はブロンドの長髪をなびかせた美男子、少し線は細く中性的ではあったが。


「…だからこれはデータに基づいた検証結果、必要な事だと言っているじゃないですか! これだからメガネは」


「んまぁぁ! 失礼な! あなたのやることはいつも無茶がすぎましてよ? ドラゴンの件、忘れておりますの?」


「あれは、たまたまですよ! 個体数は制限出来ていますし、コントロールユニットもちゃんと!」


「あーあ、また始まったのです」


「…そうね、いつもの事だわ。それよりアム、私の新曲、後で聞いてくれない?」


「もう、オバサンの歌は飽きたのです」


「…オバサンじゃないわ、お姉さん。何度も言っているじゃない。ほんとあなたは残念な子ね」


 なぜか会議は紛糾。知識神マチルダと大地母神ニーナは睨みあい、ガチンと互いの額をぶつけ合う。


「意識体でなければ止めを刺して差し上げてるところですわ」


「おっぱいメガネは廃棄処分ですよ?」


 そして


「もう、オバサンは香水臭いのです!」


「あんたは小便臭い、いや、貧乏くさい? 顔も体も貧相だものね」


 こちらはこちらで険悪、至高神ははぁぁっとため息をついた。確かに争いを止めるには強大な力が必要、彼はそう理解した。


「…そうですね、まずは試作品を一体。あらゆる戦闘において勝利できるスペックを」


「ですが寿命は必要ですわよ? そのユニットが暴走しても寿命と言う枷があれば世界のバランスは保たれる」


「そうですね、繁殖、子を成す事にも制限を。見た目はいかつめな男、女性であればブスでも体を開けば子を成せますし」


「ええ、妥当ですわね。女受けしないフォルム。それは重要な要素ですわよ?」


「ブサイクは無理なのです」


「…そうよね、エレガントさは必要だもの」


 こうして神の技術により人を越えた人、すべてに鉄槌を降す事のできる最強の男が誕生する。その名はヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニ。モテる要素は皆無だがそれ以外は無敵だった。


 …そして結果は知っての通り。その後始末として知識神マチルダは魔界に高度な文明を提供した。



――人間世界 リヴィアの町


「小遣い? なぜだ」


「暇なんだよ! 退屈なの!」


 俺は退屈が大嫌い、耐えかねて領主の屋敷のジャンを訪ねた。暇である原因はこいつ。ギルドで仕事を、そう思っても伯爵の依頼で特別任務を遂行中、そんな事になっていて別の仕事は受けられない。フィリスの借金しようにも修道院でも神聖な儀式だか何だかの最中で取り次いでもらえない。ソーヤは既にエミリアの村に赴き、復興の指揮に当たっている。

 そしてアルトは商会の下準備にいろいろ動いていて留守がち。部屋にいるとキャシーが迫ってきてメンドクサイ。だから金が必要だった。


「…それは出来んな」


「なんでだよ! お前の都合でここにいるんだろ!」


「ちがうさ、国の事情だ。…いいか、王子。俺たちは対等、金ってのはな、上にはせびり、下からは巻き上げる、そういうもんだろ? 俺が金を、そうなればせびられたか巻き上げられたかどちらかに該当する。それをしちゃ上下ってのが着いちまうだろ?」


 くぅぅ、っと拳を握る。この男は頭が良い上にものすごくズルい。


「とはいえお前が暇ってのに耐えられねえ性分だってのは理解した。…そこでだ、敵情視察、なんてのはどうだ? エミリアは今、復興と共に要塞化を進めてる。北から攻めるとすればまずはあそこを根拠地に、それしかねえからな。逆にこっちもあそこに砦を築いちまえば町は安全、王都から来る軍勢も向こうに置けば諸々の問題もおこらねえだろ? 何せあそこは今は無人、ソーヤに新兵を10人ばかりつけて送り込んだだけだからな」


「で、俺は何を?」


「あそこは国境にほど近い、メーヴの方も偵察を出してるはずさ。前に出るのは魔物、その方が安全だからな。お前は向こうについた魔物の連中から現状を聞きだせばいい。事によっちゃメーヴの策に乗る必要もあるだろう? そのあたりを詰めておいて欲しいんだよ。軍隊が来る前にな」


「え、メーヴと会うの?」


「そうじゃねえ、レイプした相手と、ってのは流石に気まずいだろ? だから魔物を通じて意思疎通を、そう言う話さ。無論前提を壊さねえならお前の好みを混ぜ込んでも構わねえ。…王都から来る将軍、あのジョヴァンニの奴は鼻が利く。戦争となれば何が相手だろうがまず、勝つだろうさ。だが、勝ちすぎってのは良くねえからな。下手をしたら奴がマイセンの領主、そう言う話になりかねねえ。あいつは至高神の信者でな、魔族と手を組む、なんてのはあり得ねえ」


「なるほどな、そこで一手打つ必要があると」


「…そうさ、俺に取っちゃ冒険者仲間で古い付き合い、奴は、そう言う結末が必要だ」


 そこに来客の報せがあり、ジャンは詳細を聞くとそのまま部屋に通すよう言った。


「失礼するわ」

 

 そう言って入ってきたのは蛇のような顔に金髪の生えた頭。体つきは女性のもので、長い尻尾が生えている。いわゆる竜人族リザードマンだった。ただ違うのは全身を金色のうろこで覆われていたこと。


「…竜王の使いが何の用だ?」


「久しぶりねジャン、今は伯爵さまだったかしら? そっちが噂の魔界の王子ね? 

あたしはディージャ。見ての通りの良い女よ?」


「まあ、座れ、こちらも今立て込んでいてな。お前が余計な話を持ち込みに来たのでないのならいいのだが」


 竜人族は数は少ないが人間社会に溶け込んでいる。彼らは魔族ではないが人でもない。その両方と意思疎通できるのが特徴だ。

 その彼らは竜、ドラゴンの眷属である。


「ははっ、ま、それは期待薄ね。うちの竜王バカが目を覚ましたのは知っているわね」


「ああ、この数年の話だからな」


「そのバカがバカな事を言い出した、そう言う事よ」


「…具体的には?」


「そっちの王子、それに興味を示したって訳。で、会ってみたいから巣穴にお招きしろと」


「…なるほど、ドラゴンってのは好奇心が強いらしい」


「それってやばいんじゃないの?」


「そうねえ、それはあんた次第。基本的には善良よ? バカだけど」


「行かないってのは?」


「マズいわね、あいつ、我慢が利かないから。『会いに来ちゃった☆』とか言って、ついでにこの街を焼き払う、そのくらいするわよ」


「なぜ、町を?」


「暇だから、そう言う奴なのよ。ああ、あたしはそのお世話役。ほんとついてないのよ」


 ディージャの話では竜と言うのは卵から産まれるらしい。その卵は昔からそこにあり、誰が産んだのかはわからない。そしてディージャたちも卵から産まれる。竜人族はずっとその卵を守ってきたらしい。


「私たちは竜の眷属、竜の卵を守るために生まれた生き物。そしてあたしのような色違い、そう言うのが生まれると竜が孵化する印、あたしたち色違いは竜のお世話役として選ばれしモノ。普通の竜人よりは力もあるし、優れてもいるわ。生まれた時からお世話役として厳しい教えを受け、戦うことも、魔法も、すべてに精通して大人になるの。そして私のうろこと同じ色の竜が孵化する」


 その竜を育み、教育を施し、大きくなるまで守り抜く、それがディージャたち選ばれし竜人の役目。彼女の主の竜は金色のうろこを持つ竜の王だった。


「これがね、本当にバカで、何を教えても無駄なのよ。竜ってのは100年周期で休眠する。その間があたしの休暇。その休暇をあたしはジャンたちと冒険者として過ごしたわ」

 

 そう言って胸元から取り出したのはプラチナのタグ。王国にいる5人のプラチナタグ、そのうちの二人がここに揃っていた。


「だがな、ディージャ、こちらにも事情ってもんがある」


「知ってるわよ、マイセンとの戦争でしょ? まあ、バカはしばらくほっといても大丈夫。ジャン、あんたはあのバカがしびれを切らさないうちに片をつけなさい。それまでは私、王子の側についておくから」


「…そうか、ならそうしてくれ。丁度そいつも暇だのなんだの言い出してたとこだからな」


 そのあとジャンはディージャに現状を話し、これからの目論見も包み隠さず明かしていった。


「相変わらず、ってとこね。ま、いいわ。あたしも数年間バカの相手をして疲れてたとこだし。あんたに味方してあげる」


「それは助かるな」


「さ、まずは行動、面白い事はすぐに動かないと」


 そう言ってディージャは俺の腕を取り領主の館を出た。そして酒場に連れて行く。


「なるほどね、金もないし女も抱けない、そしてあんたは退屈が苦手、現状とか将来とかそう言う事は考えない」


「将来も何も、永遠に生きる不死の俺には関係ないさ。今日が楽しく過ごせればそれでいい」


「…ま、判らないでもないけど。つまりあんたはろくでなしって事ね」


「うるせえな、別にいいだろ」


 そんな話をしながらワイングラスを傾ける。酒を飲むのも久しぶりだ。つまみは港町らしく魚のムニエルと貝のソテー。もちろん支払いはディージャである。彼女もプラチナタグの冒険者、つまりすっごくお金持ちと言う事だ。


「…ジャンはね、あんな感じだだけど、意外といい奴なのよ」


「ああ、知ってる。だから手を組んだ」


「人を見る目はあるのね。あたしが現役の冒険者だった時はあと三人仲間が居て、一人は魔法使い。今は魔法大学の学長をしてる。気難しくてつまんない奴でね。もう一人はドワーフの神官。こいつも今は戦神の教団の神官長。スケベでキモチワルイおっさんなのよ」


「あはは、そうなんだ」


「そしてリーダーの戦士、コイツが最悪。人柄はいいわよ? 判断も適切で、なんていうか鼻が利く? 見た目も堂々としていてモテるタイプってやつだった」


「なんで最悪?」


「彼はね、至高神の信者で教団の教えの正義と平等、そういうものの信奉者なのよ。ま、いわゆるカタブツって奴で妥協できない。めんどくさい感じ。だからあいつは領主になれない。政治って妥協だもの。そして今は軍部の将軍として飼い殺し。ま、王国の上層部はバカじゃなかったって事ね」


「…俺もお前たちの冒険譚は本で読んだ。中々面白かったけどな」


「本なんてあれよ、嘘っぱちもいいところ。人なんてね、実際にこうして会って見なきゃわからない。あんたは噂じゃ近寄りがたい悪党、けれどこうして会えば話しやすいし可愛らしいもの」


「ははっ、確かにな。物語であんたは理知的な魔法戦士、竜王の名誉を表すもの、そんな描写がされていた」


「名誉? あの竜王バカに名誉なんか必要ないのよ。…竜は力に溢れ、最強、つまり、人からの評価を必要としていない。だからわがままで気まぐれ。あんたと同じで退屈が嫌い」


「…そうか、判る話さ」


「私もここに来るまでに魔物たちから色々話を聞いた。今度来たメーヴって女はかつてあんたが犯した女、あんたとは確執があるってね」


「…さてな」


「あんたはそいつをどうしたいの? 戦争はショバンニが来る以上こちらの勝ち。あいつは魔族の根絶、それを本気で為そうとしてる。放っておけばそのメーヴってのは殺されるわ」


「だが、あいつは不死、ヴァンプの公女だぞ?」


「そんなもん、晴れた日に広場で吊るしとけばいい感じにグリルに加工されるわ。ヴァンパイアは数が多い。眷属、そういうのも数多く紛れ込んでる。ジャンがそうであるようにね。…ヴァンパイアの眷属は被害者、そう言う形、だから生きる事は許されてる。表向きにならない限りは人と同じ扱い、それが至高神の教え。だからジャンは伯爵にまでなりおおせた」


「なるほどな」


「だからあんたは決断しなきゃならない。そのヴァンパイアをどうするかを。それによっちゃあたしのできる事も変わってくる」


「……」


「…あんたはその女が嫌い?」


「…嫌い、ではないさ。だが側に居れば俺は彼女を不幸にする」


「…どうして?」


「強い、衝動、昔、自分でも抑えきれないほどの衝動、昂ぶりがあって、俺は彼女を道具のように犯した。あいつはいい奴で関係も恋人、もちろん体の関係もあった。俺を愛してもくれていた。だけど、」


 そう言って俺はワインを一口含んだ。


「こちらに来てから3人の女を抱いた。みな、灰になって死んだ。マナが枯渇するとそう言う形、女から情を、命を吸い上げる。それしか回復できる方法はない。強い飢えが、欲求が全ての事情を上回る。三人目の女には気持ちもあった。それが心を重くする。…メーヴの時のように。だから俺は好きだったもう一人の女を遠ざけた」


「あら、可愛いじゃない」


「魔界では女を抱いても殺す事はなかったんだ。だから何人も抱いた。本当に俺と体を重ねても大丈夫なのか、そう言う事を確かめるために。だけど」


「だけど?」


「気持ちのない女を抱くたびに心がかすれて行く。自分でもどんどん嫌な奴に練っていくのが判った。だから俺は引きこもった」


「…なるほど」


「今はそこまで欲を覚えない。マナを減らさない限りはね。今、一緒にいる女はずっと俺に迫ってくる。けれど応じない。彼女は仲間、ヴァンプの眷属だから死なない、吸い方を工夫すればどうにかなる、そう思っても万が一があれば」


「心が痛む?」


「そうだ。メーヴはすさんだ俺を見て、そんな姿は見たくなかったと言った。だが、すさんだ俺が本来の俺。そうであるなら彼女の側に立つ資格はない」


「…心はね、どれだけ鍛えても弱いモノよ。誰にでもトラウマはあるの。生き物は全てそう。もしかしたら神々ですら。不死であっても心を殺されればそこまで、生きている事が嫌になれば命を保てない」


「俺の父親はそう言う理屈でヴァンプ達を何人も殺したと聞いている。その血が俺をこうしているのかもしれない。だが、どうにもならない、だから俺は」


「愛するものを遠ざける?」


 うん、と無言で頷いた。


「ヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニ、暴虐の英雄、人間世界では最強の男。ドラゴンもその男には敵わない。実際何体もひどい目にあわされてる」


「そうなのか?」


「ウチの竜王は休眠期だったからそう言う目には合ってないわ。けれど青龍や黒龍はそれこそひどい目にあわされた。まあ、あいつらは竜としても若く、力に劣る。けれど人間からすれば誤差みたいなもの。人と竜は比べる事が愚かに思うほど力の差があるもの。けれどそいつはそれをひっくり返した」


「はは、それは迷惑な話だな」


「そうね、人、魔族、そして竜、それぞれがそれぞれに役割を、その男はそれを全てひっくり返し最強となった。でも、話によればブサイクだったって」


「あはは、そうか」


「そう言う奴にも心の傷がある。だからそこまで徹底的に、もしあんたの血があんたに暴虐を求めてるならあんたがそれを癒してあげるべきよ。あんたの父親、彼が何を求め、何に苦しんでいたのか、それがわかるのもあんただけ」


「…それが親孝行って奴かもな」


「そうね、最強ってのは誰とも並び立てない、孤独なものよ? 人はね、上下がついたら友達にはなれないの」


「…そっか、さっきジャンに小遣いくれって言ったらそう言われた」


「そうね、あいつはそう言うところ判ってる。今はあいつも人と並べない、そう言う立場だから。で、最強の男、そうなれば恐れられるか利用されるかのどちらか。言い寄る女は男の力を自分の為に使いたいだけ、親し気に振る舞う男もまた同じ。心からそいつの為を思う、そう言う奴は現れない」


「なぜ?」


「並び立てないからよ。弱いところがあればそこを自分が埋められる、そう言う差し引きが成立するわ。だから相手にとって自分が必要、そう思える、だからここに居ていいんだと寄り添える。少なくとも女はそうよ? あんたにそのヴァンプの女が執着するのもあんたが頼りないから」


「…思い当たることが多すぎるな」


 そう、ネコもメーヴもずっとダメな俺を支えてくれた。


「だからあんたはそれでいいのよ。だけどあんたの父親はそうじゃなかった。誰からも愛されない、そういう立場。それで構わない、そう思える強い心。けれどその奥にきっと弱い部分、満たされない何かがあったはず。それを探して埋めてやる。永遠に生きるならちょうどいい暇つぶしよ?」


「そうだな」


「…もう、判ってるはずよ。あんたはメーヴって女を救い出さなきゃならない。その命を、そして心も」


「…ああ、そうだな。引っぱたいて何度も抱いて、俺があいつを好き、そう言う事を伝えなきゃならない」


「そうね、カッコつけの女にはそれが一番よ?」


 なにかこう、曇っていた心が晴れやかになった気がした。


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