第20話 昨日の続き

 部屋に戻り、キャシーに荷づくりを頼むとアルトの部屋に顔を出す。


「そうですか、こちらも商会を開く場所のめぼしはつけていますが、」


「ま、私たちはそっちの仕事しときますよ。ね、アルト様?」


「そうですね、とりあえずは借金ではなく出資を伯爵に求める形で準備を。彼にしてみれば戦争に負ければすべてが水の泡。勝つことは絶対の条件です。と、なれば問題は戦後の事。スムーズに立ち上げられればこの町の発展もそれだけ早く、ともかく王国は勝利を前提として動いています」


「…そうね、あんたよく見てるじゃない」


「ええ、ディージャさん。私が役に立てるのはそこですから」


 そう言ってアルトは自信ありげな笑みを浮かべた。


「すでに顔見知りの各地の商会には報せを送っています。戦争に勝てば木材と鉱石が手に入る、それは私の興す商会を通じて流通する予定であると。戦争の指揮はショバンニ将軍、万が一にも負ける事はない、彼らはそう判断するはずです。で、あれば少しでも利権に食い込み優位な取引を、そう言う仕掛けをしてくるのは当然。そして我々は利権は手にできても現在の所一文無し」


「そうだな」


「だからと言って他所の商会や貴族たちの資本を受け入れればその影響力を無視できない。つまり、そういうよそ者に好き勝手を許す羽目にも。それを避けたいならば伯爵が投資を、そう言う話です」


「つまりジャンとしては金を出さざるを得ないと」


「そう言う事です。我々は元より伯爵のひも付きですからね。そのひもをどれだけ引っ張れるかと言う事です」


「まあ、その辺はお前に一任するさ。メロ、しっかり補佐してやれ。将来ここにもデーモンズ・カフェのような流行りの店が作れるようにな」


「…うん、わかったよ王子。ちゃんと覚えててくれたんだね」


 アルトたちとの打ち合わせを終えた俺はディージャとキャシーの二人とエミリアに向かう荷馬車に乗せてもらい移動する。次に町に帰るのは全てが決まった後になるだろう。その時にはこの町が俺の家、そんな事を考えながら小さくなる町の外壁を見ていた。



「次が最後の荷馬車? 広場に回ってもらって! 石材の数は? 道具類は納屋にって言ったでしょ! 急いで!」


 エミリアには領内各地から資材が運び込まれていた。村の広場には木材や石材が積み上げられ誰も彼もが忙しそう、そこにソーヤの指示が飛んでいく。


「ああ王子、キャシーも、こっちに来たの?」


「伯爵から敵情視察の依頼を受けてな。これがその命令書だ」


「…うん、わかった、宿舎を用意させるね。こっちは見てのとおり忙しくて」


「まあ、戦争が終わればお前もこの地の正式な代官、少なくとも貧乏とは無縁でいられる」


「そうだね、それにミラたちにとっては故郷だから。少しでも役に立ちたいんだ」


「お前なら出来るさ。フィリスも修道院で侍祭、アルトたちは町で商会を開くことになってる」


「…そっか、みんなそれぞれだね。ミラに宿舎に案内させるよ。夜には食事でも一緒に」


「ああ、そうだな」


 …昨日の続きが今日で今日の続きは明日、それにしても、みんなが不死の魔界に比べ、人間世界は時の流れが速すぎる。それこそ数日前まで俺たちはブロンズのへっぽこパーティ。ところが今はいいところがなかったソーヤは伯爵の家臣となり、口うるさいフィリスは修道院の侍祭。アルトは商会を始めた。何も変わらないのは不死の俺とはぐれヴァンプのキャシーだけ。俺が地上に降り立ったのは春先の事だった。それからわずか半年、冬を迎えようかというこの季節、俺を取り巻く環境は大きく変わってしまっている。


「さ、みなさん、こちらへ」


 ソーヤと正式に夫婦となったミラは俺たちを無人の家に案内する。そこそこの大きさの家で、中もきちんと掃除されていた。


「…ここは叔父の家でした。みんな死んじゃったけど、私たちは故郷に戻れた、それだけで十分です。落ち着いたらフィリスさんに頼んで霊廟をと考えてます」


「…そうか」


「…あなたがあのヴァンパイアを倒してくれたから今がある、わかっているの。でも、でも、みんなはあんな、納屋に押し込められて燃やされる、そんな死に方をするべき人たちじゃなかった! あんな病気になった鶏たちみたいな殺され方で! …ごめんなさい、そうするしかなかった、それは判ってます。あなたが居なければ誰も助からなかった、それも、…でも、私、あなたが嫌いです!」


「……」


「食事はちゃんと用意します、出来る事はすべて、でも、私のソーヤさんと関わってほしくない、キャシーさん、あなたも」


 そう言ってミラは泣きながらドアをバタンと閉めていった。


「…あらら、ひどい言われようね。あんた何したの?」


 俺の代わりにキャシーがディージャにあの時の状況を説明する。


「なるほどね、あんたとしちゃそうする他なかった、けれどあの子はそれが判っても許せない。ま、事故みたいなもんよ、他人は全てを理解できない。それぞれ抱えている事情が違うから。あの子だって焼かれたのが知らない人なら文句はなかったはずよ? けれど親兄弟、生まれた時から一緒に暮らしていた仲間、そう言う要素が加わればあんたを嫌うのも当然」


「まあな、好かれようとも思わない」


「でもさ、私は気に入らない。王子がそうしなきゃみんな死んでたんだよ?」


「ま、人は判り合えないものよ? 魔族同士もそうだし、あたしたちも同じ」


「ディージャも仲たがいしてるの?」


「仲たがい? そんな甘いもんじゃないわよ。あたしはウチの竜王バカが大嫌い。バカでアホで、わがままで。ほんと頭に来るのよ」


「あはは、それは大変だね」


「そうよキャシー。あいつに比べれば大抵の人はマシよ!」


「ま、過ぎた事さ。キャシー風呂沸かして来いよ」


「うん、わかった」


 キャシーが席を立つとディージャはその蛇のような顔を面白そうに歪め俺の正面の椅子に腰かけた。


「どうしたの? もしかしてショックだった?」


「いいや、すべての人に好かれるなんてのはそもそも無理だ。だけどこういう行き違いってのはあるもんだなって」


「…そうね、あんたとそのメーヴってのもそう」


「どちらにしても掛け違えたボタン、今更さ」


「何もしなければそうなるわね。だけどあんたはそうじゃない、でしょ?」


「はは、そうだな」


「努力ってのはね行動だけじゃないの。そうしよう、そう思う心、それも努力。人はすべて今を変える為、そう言う努力を出来るようになっているのよ」


「努力か、苦手科目だな」


「信念と言い換えてもいいわ。あんたの父親は魔法も毒も信じない、だから通じなかった。そして殴り合いは一級品、誰もかなわない。だから最強。ドラゴンの炎ですらもあの男を焼く事はできなかった」


「…なるほどな、信念か」


「だからあんたは思った通りに生きればいいの。心が重くなるのが嫌ならそうならないように、後悔があるならそこにきちんと向き合いながら」


「後悔、か」


「そう、面白いことにはそうした苦い気持ちがセットでついてくる。だからこそ面白さをより感じられるの。あたしもそうよ? 巣穴に籠ってあいつのお世話、めんどくさいけど辛いとは感じなかった。外に出て見て誰かと仲良くなって、そいつが死ぬのを見届ける、そう言う事を嫌と言うほど繰り返した。泣いたことも何度もあったわ。だからこそ面白いのよ」


「確かに、引き籠ったままでは何も感じない。楽しみはあってもそれは与えられたもの。本の物語と一緒で体験した気になっているだけ」


「そうね、卑猥な言い方をすればオナニーとセックスの違い、相手が居れば思い通りにはならないけどその分感じる快楽も幸せも段違いに大きいわ」


「確かに」


「今の事もそう、あの子はさっきの言葉をいつか後悔する。だからそれでいいじゃない」


「…まあ、気にするほどではないさ」


 そう、全然好みじゃないし、俺の女でもない。好きになった訳でもない。あのミラならメーヴの方が全然いいし。口惜しくなんかないんだから。


 …よくよく考えれば全部メーヴのせいじゃねえか。あいつがあのヴァンプを送り込んでこなけりゃ俺があんな言い方をされる事もなかった。くそ、あの女、今度会ったらいじめてやる。


 そんなふうに思考を切り替え気持ちを楽にする。あの場でミラに言い返さなかっただけでも俺は大人、そう自分に言い聞かせながら。


 その時、魔界からのゲートが開いた。



――マイセン辺境伯領 グラニグル城


「と、言う訳でして、我々デーモン族としてもそろそろ本腰を入れる頃かと」


 メーヴの向かい側に座るのは赤黒い肌のデーモン族。上品に整えられた髭を生やした上級魔族、ゼノだった。

 彼らの理屈はいつもそう、事が確実、そうなると手を入れ、利権の確保に動くのだ。それを少し苦々しく思いながらもメーヴは儀礼的な笑顔を崩さない。


「…なるほど、マダラ閣下はそこで懐刀であるあなたをこちらに」


「ええ、マダラ様は必要なことしかなさいませぬ」


 よく言う、と毒づきそうになるのを寸でで堪える。とは言え彼が来てくれたことは正直助かる。ヴァンパイアの眷属による不死の軍団、それはまだまだ足りていない。ここの上層部こそ眷属化を進めたが王子の出現以来、メーヴは戸惑いを感じていたからだ。

 自分は何をしているのだろうと。…人間の男とは言え、異性、その血を吸う行為がとても汚らわしい。血を吸えば昂ぶりを覚える。体を汚したくない彼女はベッドの中で自分の欲と戦う事になる。これまで経験したのは王子だけ、それから誰かを好きになることは出来なかった。

 自らを慰める、そう言う時に思い出すのは王子の事、それと同時にあの時の恐怖と彼の為に釈明できなかった自己嫌悪。メンタル的に眷属を増やす事が無理になっていた。


 嫌な気分を頭を振って追い払い、戦略についてゼノと話を始める。これまでメーヴが調査を進めた敵軍の将、ジョバンニ将軍。彼が最大の脅威。

 各地に散る同族の眷属たちからの報告、そして彼について書かれた書籍、そう言うものをつぶさに調べた。噂や物語、どちらもいくらかの誇張があるにしろ大体の所は理解できた。白金の騎士ジョバンニ、彼は卓越した戦士であり、カリスマに溢れ公平で平等、至高神の教えを体現している。…そして戦いにおいては天性の勘のよさがあった。

 そして彼は自分の正義、それがこの世で最も価値のあるものだと考えている。いわゆるカタブツの優等生。子供だったメーヴがそうであったように妥協できない。だからこそ王国は彼を領主にはしていない。…政治とは妥協、それが全てなのだから。


「なるほど、彼の名は存じておりますが、戦いにおいては厄介な存在ですね」


「…そうね、こちらの強みは数。アンデット化によってあちらの死者をこちらの味方に変えられる事。無理に彼を討ち取らずとも戦いを長引かせ混乱を深める事はできる。こちらが優勢、そう言う形で」


「…ですが」


「…そうね、優れた個は衆を、軍隊さえも斬り従える。かつて魔界を蹂躙したあの男のように」


「あの方もまた、プラチナタグの冒険者、流石にそこまではと思いますが」


「ええ、ヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニは最強、最強は一人、そう決まっているわ。だけど懸念は払しょくしておきたいわ」


「それで、どのような手を?」


「そうね、勘のいい男であれば的確にこちらの弱いところをついてくる。つまり彼の動きは予測できるわ」


「…あえて隙をつくりそこに誘い込むおつもりで?」


「多分見抜かれる。そうなればその事によって出来た別の弱点、そこを狙ってくる」


「あくまで自然に、弱点とは言えない弱点、そう言うものをつくりそこに罠を張る?」


「そうね、どちらにも罠を。これはあくまで人間世界の戦い、前に出るのは人でなければならないわ。魔物を前に立てて戦争を、そうしてしまえば人間たちは恐怖する」


「確かに、魔界による地上侵略、そう思うでしょうな」


「そうなれば大々的な報復。それは避けたいところね。だから魔族たちはその罠に宛てるつもり」


「なるほど、目立たぬようにと?」


「ええ、あなたにはそこをお願いできればと」


「承知でございます。このゼノがいる限り必ずや勝利を」


 そう言ってうやうやしく頭を下げるゼノを人に命じて部屋に案内させる。ふうっとため息をひとつ、メーヴにとってこの戦争は単なる義務。彼女の思考は王子のこと。

 エミリアでの失策、それはかすり傷、そう思っていた。だが、事がこうなればあそこを制圧できていたなら取れる手はいくらでもあった。自領に引き込んでの戦い、となれば懸念事項が多くなる。領民の安全、ただでさえ不足がちな食料の確保、こちらに力を貸すと言って来た妖魔たちも地上で暮らす以上は食料が必要。彼らが領民たちを襲う事があればまた一つ苦しくなる。


 時期としては真冬を待つのが一番、だがそこまで待てば食料の不足に見舞われる。エミリアさえ制圧出来ていればあちらの領内の村々を襲わせ、食料の確保にも動けていたはずだった。

 まあ、負けた時は負けた時。あちらの領主、ジャン・アレンはメーヴの最初の眷属。彼をうまく動かしてこの地を併呑させれば済む話。結果はどちらにしても決まっていた。


――その三日前、エミリア


 突如として開いた魔界のゲート。そこから出てきたのは赤黒い肌のデーモン。


「…久しいですな、ディージャ」


「…ええ、ゼノ。ダンジョンでの邂逅はずいぶん前になるわね」


「え、知り合い?」


「そうよ、彼とは冒険者だった時、やり合った事があるの。南のダンジョンの地下15階、そこのボスが彼だったってわけ。みんなは他の敵に当たっていてあたしが彼と対峙したのよ」


「なつかしいですな」


「…へえ、つかお前さ、俺に挨拶ないわけ?」


 そう言って容赦なくゼノをぶん殴る。そう、以前コイツは俺が手を出したデーモンの女教師、その彼氏で文句をつけてきたことがある。そのときもきっちりぶっ飛ばしてやった。


「いったーいっ! 何するんですか! ちょっとした雰囲気づくりですよ! ディージャがいるとは思ってなかったから! いいですか、前も言いましたけど口は話し合う為についてるの! いきなり殴ったらだめでしょ!」


「うるせえな、お前が無視するからだろ!」


「まあまあ、よしなさいよ、ともかく落ち着いて、あたしがお茶を用意してあげるから」


「…それはそうと聞いてくださいよ、王子! マダラ様たちはホント最悪なんですよ!」


 そのゼノが言うには彼はホテルに就職、その支配人に出世した。だがそのホテルにネコとマダラ、それにヴァンプの大公、メーヴの兄であるクロノスがやってきて、もっとも室料の高いスイートルームに吹き溜った。


「ルームサービスは使い放題、それでいて料金は払わない。だからね、私は言ってやったんです。金を払えと。そしたらネコ様には脅され、マダラ様にはそれを何とかできないのは私が無能だからと言われ、ヴァンプの大公はニヤリと笑うだけ。だれも金を払わなくて。頭に来たから監査の直前に書類をほっぽりだして辞めてやったんです。

 …そしたらデーモン一族の代表として地上に行けと。無職は一族の恥だからって。ほんと最低なんですよ、あの連中は!」


「…なんかわかる」


「でしょ? 三人とも金持ちなのに、結局ですよ、その三人が作った人間世界研究部? そこに公的な予算をつけさせて、ヴァンプの長老も泣いてましたもん」


「まあまあ、とりあえずこれを飲みなさい」


 そう言ってディージャは俺たちにお茶を配ってくれた。


「んで、お前はなんでここに?」


「王子がこちらにいると聞いたので。何をするにもしっかり話をしておかないと。うっかり敵同士、そうなったら王子は容赦しないでしょ?」


「流石ね、上級魔族ってのは」


「だってさぁディージャ、こっちの指揮をとるメーヴは頭は良いけどカタブツだし、私たちが不死、そう言う事を前提に作戦立てるに決まってる。確かに死なないけど、痛いの嫌なの!」


「そうね、あのダンジョンできっちり止めを刺したはずなのにこうして生きてるもの」


「ああ、ダンジョンは話が別ですよ? あそこにいるのは意識体、実体ではないから。とはいえ痛みは感じるし、持ってたアイテムもやられれば落としちゃうけど」


「へえ、そう言う仕組みなのね」


「魔族にとっては戦闘訓練、魔界は平和だけど実戦経験は積まないとこうして地上への介入も難しくなるから。…それに私たちにとってはギャンブル的な要素もあって、あそこで敵である冒険者を倒せば賞金が、スコアを伸ばせば伸ばすほどね。だけどリスクもあってやられればアイテムとそれまで稼いだ魔石を落としてしまう。まあ、人気のアトラクション、そんな位置づけでもあるから」


「…お気楽なモノね。こっちがどれだけ必死だったか。ま、でも判る話よ。地上にもちゃんと恩恵があるもの。魔石やマジックアイテム、あたしの剣は以前あんたが持ってたものだから」


「あ、あの剣使いやすいでしょ? けっこう高くてローン組んだもん」


 …ダンジョンってそんな仕組みなの? 引きこもっていた俺には知らない事ばかりだった。


「…それはともかく王子の意向は? まあ、メーヴには少し辛い目に、そんな感じでしょうけど」


「そうだな、あいつはカタブツだから。自分に自信もあるだろうし、ある程度追い詰めないと話を聞いてはくれないだろうからな」


「そうね、最終的にはこっちの勝ち、そうもって行きたいのよ。かと言ってあまり一方的ってのも困るのよね。向こうの本国の面目って奴も考えてあげないと。特に北の連中はそう言うところに敏感でもあるし。情けない負け方、それはヴァレンティ公国の国民感情が許さない」


「…なるほど、それではこちらは勝つ代わりに何かをと?」


「そう、こちらは勝ちを、その代わりジョバンニ将軍が討ち取られる。白金の騎士、プラチナの冒険者、そんな彼を討ち取った、となればあんな辺境の地を失ったところでおつりがくるほどの名誉じゃない?」


「…ディージャ、そのジョバンニってのは君の仲間だったのでは?」


「そうね、仲間ではあったけれどお友達ではないわ。こっちの領主、ジャン・アレンは仲間であって友達、そう言う違いよ。あんたにとっての王子とメーヴ、そう言う違いと一緒」


「えっ、それは違うかな。だって、王子はすぐ殴るし、昔ね、彼女を寝取られた事があって!」


「やだ、最低じゃない」


「違うだろ! あれはあいつが誘ってきたんだよ! 当時まだ俺は学生だぞ! 相手は女教師、こっちから手を出すとかあり得ねえだろ!」


「でも、彼女はほぼ無理やりって言ってたし、王子はレイプの前歴もあるから」


「無理やりじゃねえよ! そう言うお前だってあの頃はオラついて、完全にろくでなしのヒモだったくせに!」


「あー、あーっ! そう言う事言う? 信じランない!」


「ま、どっちもどっちね。けど王子、彼は手練れよ? 魔法だってすごかったし、剣も。よくあんた勝てたわね」


「…それはさ、ディージャ、王子は魔法を受け付けない特殊体質で、私の魔法は全部レジストされて、剣を構える前に殴られて、そこからはぼっこぼこ」


「魔法が利かない? …ああ、伝説はあんたの血に受け継がれてたって訳ね」


「ともかくちゃんとしてよ? 私はこうやってきちんと話を通しましたからね! いい、私をハメるのは無しで、くれぐれも頼みますよ? ディージャ、ちゃんと見てて、お願いだから!」


「ともかくあんたは表向きメーヴに従っておきなさいよ。あいつの計画じゃどっちに転んでも結果は同じ、そう持ってくるだろうから。結果が同じなら」


「事をより面白く、そういう訳ね、わかった、ディージャ、うまく連携を。王子、私は味方だから、そこ間違えちゃだめ、いいね? これ、地上でも通じる通信機、ちゃんと連絡を、」


 そう言ってゼノは赤黒い宝石のついたピアスを置いて姿を消した。


「いよいよ魔界も本腰ってことね」


「ま、面白ければそれでいいさ」


 そこで風呂が沸いたとキャシーの声がしたので風呂場に移動し、服を脱ぐ。体を流し、湯につかるとなぜかディージャが裸になって入ってきた。


「うわっ、ちょっと、」


「なあに? 欲情しちゃった?」


「しねーし! つかお前ブスだのなんだのの以前の話だからな!」


「そうね、竜族はあきらかに形が違うもの。…けど一周回って興味があるんじゃない?」


 そう言ってディージャはセクシーポーズ。確かに顔は蛇だけど体は人間に近い。おっぱいも大きく、腰は括れ、尻尾の生えた腰回りはちょうどいいバランスだ。そして指先から二の腕までとつま先から腿のあたりまでは金色のうろこで覆われていた。それは背中側もそうで、お尻もうろこ。ただ胸や腹、そして股のあたりは柔らかそうな白い皮膚、あそこには毛が生えていなかった。


「うふ、じろじろ見ちゃって、可愛いわね」


「いや、興味はあるよ? 普通に」


「…なら、感想は?」


「うん、キレイだなって思う。お腹周りは柔らかそうだし」


「正直なのはいい事よ? あんたは感じないかもしれないけれどあたしは竜族の中じゃ際立って美人、この頭は蛇みたいってよく言われるけど他の連中はトカゲよ? あたしの方がしなやかでキレイなの」


「なるほどね、そのたてがみみたいな毛が生えているのもいいね。あそこには毛がないのに」


 そんな事を話しているとキャシーがタオルをきっちり巻いてはいってくる。


「あ、なんでディージャさんが?」


「あら、悪い?」


「…王子のお世話は私がするから!」


「それで、あわよくば抱いてもらいたいって? ヴァンプは欲深く出来てるものね」


「…いいじゃないっ! 放っておいてよ!」


「どっちにしても無駄、あんたはそこそこのブスだし、」


「ブスじゃねーよ! トカゲ女!」


「もう、落ち着きなさいよ。ともかく頑張ったところで王子はあんたを抱くことはないわ。だからあんたは食事の支度でもしておきなさいよ」


「なによ、トカゲのくせに自分だけ!」


「私は抱いてもらうためにこうしている訳じゃないのよ。…そりゃ、求められれば別だけど、これはね、王子と友達、そうなる為の儀式みたいなものね。全てをさらけ出せる関係、そうじゃなきゃ友達になんかなれないもの」


「あ、キャシー、今日は肉がいいな、それとワインも欲しい。つまみにチーズもな」


「ほら、あんたの役目、頑張りなさい」


 キャシーはきぃぃっとなりながら風呂場から出て行った。


「ああ言う女はだめね、あんなかんじのちょいブス? そう言う女は意外とモテるのよ。だから自分の値打ちを勘違いするの」


「そっか、判らないでもないかな。キャシーはまあ、見れない顔じゃない、スタイルだって悪くないし、従順で口うるさくもないからな」


「そうね、余計な口は挟まない、だけどああいう女こそ内心に不満を溜め込むのよ」


「ああ、そんな事言っていた気がする。婚約者がそこそこの相手で成り上がりの自分の事を下に見てたって。けれど兄貴の縁で結ばれたから我慢するしかないって」


「あの子はそういう耐える女、それが好みなのよ、だからあれだけ言われてもあんたに縋りつく。ま、特殊性癖?」


「あはは、かもな」


 その後ディージャはあれこれを俺の世話を焼く。おっぱいを押し付けながら髪や体も洗ってくれる。そう言う遠慮ない感じがすごく良かった。


「ジャンはね、ほら、斜に構えた感じだけどすごくいい奴。融通も利くし、面白みもあってあたしは好ましく思ってる。だから友達」


「そっか、同族にはそう言う相手は?」


「同族っていってもみんな兄弟みたいなもんよ? それにあたしたちも不死、寿命はないからツガイになって子を残す意味もないのよ」


「なら、ジャンとは? あいつの事は好きなんだろ?」


「そうねえ、けど体のつくりが違うでしょ? 魔族やエルフは人との間に子を成せる。あたしたちはそうじゃない。あいつと結ばれても卵を産んであげられないもの」


「でも、関係を持てば」


「…そうね、快楽はある、でもそうなれば怖いのよ。あたしは人と違うからいつか人の女にあいつを取られ捨てられる、そう言う事がね」


「難しいところさ」


「あんたはあたしの事どう思う?」


「うーん、そうねえ、別に悪くないとは思うけど、魔界にはもっと体のつくりが違う種族もいたし、デーモンだって赤黒い肌で角が生えてる。ま、それはそれでいいモノさ」


「寛容なのね」


「どんな形であろうがさ、その中で美人とブスは存在する。お前は自分で言うように竜人の中ではとびっきりの美人さ。他の竜人を見た事はないけど」


「適当なのね」


「違うさ、少なくとも俺は色気を感じる。そしてその金色のうろこはお前だけ、竜人の中で、だけではなくて普通に美人である要素がたくさんあるさ」


「…優しいわね」


「ま、お前は友達、ジャンも友達さ。友達がブサイクってのは頂けない」


「なら、キャシーは?」


「あいつは仲間さ。拾った以上面倒見てやらなきゃだろ?」


「…そう言う割り切り嫌いじゃないわ。ともかくあんたはうろこの生えた女でも大丈夫、そう言う事ね」


「そうだな、嫌いじゃないさ」


「でも、あたしはダメよ? ちゃんと好きな相手はいるんだから。あんたと違って浮気者じゃないのよ」


「あはは、そうだな、お前がジャンと、それは俺も望む事さ」


 ディージャは気が利くし、話も面白い。まだ出会ったばかりの竜人族リザードマン、そんな彼女を友達、そう言えるほどには好意を抱いていた。

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