第21話 出陣

 王都からの軍勢がエミリアにやってきたのは数日後。正規兵5000はみな、揃いの鎧と武器、急遽召集された冒険者たちは500ほど、カッパータグ以上のランクの熟練者たちが集められ、思い思いの武具を纏い、それぞれのパーティーごとに固まっていた。

 …そしてその中に20人ほどの竜人族リザードマンの集団がいた。


「…あ、あんた達!」


「あ、姉御! ヤッホー!」


 そう言うトカゲの顔の竜人をディージャは思い切りぶん殴った。その竜人はカッパータグをつけていた。


「あんたねえ、何でここに居んのよ! しかもみんないるじゃない! 竜王バカのお守りは?」


「いったいな、もう、姉御は乱暴なんだから! バカがバカだからだろ! あいつほんとにわがままで、でっかいイカ焼きが食べたいからクラーケン捕まえてこいとか言うんだよ?」


「…まあ、バカだもの仕方ないわよ。で、そのバカは?」


「しょうがないから港でイカをいっぱい買って、それを焼いて食べさせた。味は変わらないからって。そしたら全部平らげたあと、ムスくれちゃって。それでふて寝。あの分じゃ1年は起きないから大丈夫だよ」


 そう言う彼を押しのけて前に出たのはグラマラスな女の竜人。顔はアニメでみたトリケラトプスっぽかったけど。


「そもそもあいつのお守りは姉さんの役目じゃない! それをこんなとこでそんないい男と、ずるい!」


「…そんな事言ったって、シャ―ヴィー、あたしだって嫌なのよ! バカの相手はつかれるの!」


「そうやってめんどくさい事を私たちに押し付けて、姉さんは昔からそう! そこの彼、姉さんはね、そう言うズルい女なのよ。騙されてない? …ちなみに私、今フリーよ?」


「シャ―ヴィー、調子に乗るんじゃないわよ! そもそもあんたは恐竜顔のブスじゃない!」


「はぁ? 姉さんこそぬめっとしたヘビ顔で、内面のずるさが顔に出てるわ」


「はっ?」


「はぁ?」


 そしてがっちゃんと強烈な頭突きあい。まあどこも同じだ。


「すみませんね、恥ずかしいところを。俺はディーザラ。暴れてるのは姉のシャ―ヴ―。まあ、大体の事情は分かったかと思うんだけど、」


「ああ、おおよそは理解した。俺の事はバーツと呼んでくれ」


「バーツ、うちの姉御が迷惑かけてない? まあ、あの人も姉さんと大して変わらないから」


「姉御と姉さんはどうちがうんだ?」


「まあ、みんな家族みたいなもんだけど、姉御は最初に生まれた長女だし、俺たちと違って金色のうろこ、だから姉御って呼ばれてる。姉さんは普通に姉さん。同じ母から生まれた卵の姉弟って訳さ」


「なるほどね」


「あはは、とはいえ俺たちは不死、母さんも母さんの母さんも、そのまた母さんもしっかり生きてる。姉さんや俺も若いとはいえ100歳は越えてるからね。そう言う大人たちはさ、若い俺たちを残して町に行っちゃって。残された俺たちは姉御と竜王バカのお守りをさせられてる。今回従軍すれば王国兵として採用されるって話でね、そうなれば町暮らし、あのバカともおさらばできるってね」


「…複雑なんだな」


「そんなことないよ、ほんと迷惑なんだよね、竜王あいつ。死ねばいいのにっていつも思うけど、それは願うだけ無駄だし、きっとさ、噂に聞く魔界の王子ってのもそんな感じじゃない?」


 ぐさっと胸に刺さる言葉、だめだ、だれか、治癒の魔法を!


「…ち、違うと思うぞ? 魔界の王子は表向きはそんな感じだが、内面は優しいって聞いたことがある」


「誰から?」


「ま、魔物の友達がいるからね」


「へえ、ま、どっちでもいいけど、世界からああいうバカが消えて欲しい、そう思うでしょ?」


「ど、どうかな?」


「つまんない事だべってんじゃないわよ! ともかく来ちゃったものは仕方ないけど、ちゃんと手伝うのよ?」


 シャ―ヴィーと言う恐竜顔の女はひっくり返って泡を吹いていた。流石ディージャはプラチナの冒険者である。倒れているシャ―ヴィーもタグの色はシルバーのつわものなのに。


 ともかく竜人たちはひとまとめにされソーヤたちの手伝いを。そのリーダー格の姉弟、シャ―ヴィーとディーザラは俺たちの住まいにつれてこられた。


「キャシー、お茶をお願い」


「私、あんたの侍女じゃないんだけど」


「めんどくさいわね、いいわ、判るように言ってあげる。あんたみたいな半端ものはねただでさえ使い道がないの。その上ブスだし、強さで言えばこいつらの方がずっと上、あたしはもっともっと上よ?」


「ブスじゃないって言ってんでしょ! 判ったわよ、やるわよ!」


 博学なディージャは嫌味も論理的だった。


「ともかくあんた達には状況を説明するわ。まず、この男は魔界の王子、聞いたことあるでしょ? どうしようもないろくでなしって」


 そんなディージャの身もふたもない言葉にディーザラはえっ? と目を丸くし俺から目をそらす。俺も愛想笑いを浮かべて目を伏せた。


「へえ、王子様なんだ。ま、カッコいいもんね」


 お前は普通に恐竜顔だけどな。


「ともかくこれはただの戦争じゃないの。うっかり巻き込まれればひどい目に合うわ。だからちゃんとあたしの言う事聞くのよ?」


 そのあとディージャは現在の状況を説明する。これは魔界の一大プロジェクトであって、管理された戦争なのだと。そしてリヴィアの町の伯爵が最終的な勝利者になるよう進めているのだと。


「あれでしょ、リヴィア伯って、姉さんがずっと片思いしてるって男」


「まあ、姉御もそう言うとこウブだから」


「そうよねえ、ま、ヘビ顔の女はそんなもんよ。金ぴかのうろこだけが取り柄ってね。そこに行くと私は違うわ。ね、王子、私に卵、産ませてみない?」


「あ、恐竜顔はちょっと」


「…もう、慣れればこんなヘビ顔より味わいがあるのよ。だって私、人間の男と付き合ったことあるし」


「がっついてんじゃないわよ、恥ずかしいわね。ともかくちゃんと言う事聞く事!」


「「はーい」」


 ディージャ以外の他の竜人族はうろこが緑。だがその中でも個体差はあり、シャ―ヴィーは少し赤みがかった色、ディーザラは青に近い緑色をしていた。そして女のシャ―ヴィーはディージャと同じく首元あたりはつるんとしたうろこのない肌。その色は真っ白な肌のディージャに比べ人の肌に近かった。そして男のディーザラはそう言う部分もうろこに覆われている。


「…なんか、ごめん、王子」


「いいや、かまわない、ちょっとだけ傷ついたけど」


「まあでも姉御が一緒に居るって事は噂よりは遥かにマシって事だよね。だって姉御はバカが嫌いだから。バカはねウチの竜王だけで十分だからね」


 何気にいい声のディーザラはそう言って俺を慰める。まあ、悪い奴ではなさそうだけど。


「姉さんはあれで、結構モテるんだよ。顔はあんなだけど、ほら、おっぱいもデカいし、それに卵が出来ない事を良いことに人間たちと何人も付き合って。いわゆるヤリマン? ま、実力も俺たちの中では一番だし、一応シルバータグだから」


「そうか、お前も大変だな」


「…うん、正直大変、バカのお守りだけでも大変なのに、群れじゃ俺が一番年下、姉さんが強いから仕切り役を任されて、こっちはこっちでめんどくさくて。あれだよ?巣穴でもバカの相手は主に俺がやらされてたんだから」


「…うわぁ、そりゃ確かに大変だな」


「その上さ、何故か竜王は俺の事しか呼び出さない。兄貴たちは知らん顔、気に入られてんだから名誉な事じゃんって。実際は竜王はバカだから俺の名前しか覚えてない、そんなとこだと思うけど」


 彼は本当についてない。それだけは間違いないだろう。


 その夜はディージャとシャ―ヴィーの作った郷土料理が食卓に並んだ。俺の隣はディーザラに座らせ女三人は向かい側、女の間に挟まれれば碌な事にはならないのは学習済みだ。


「へえ、ウマそうだな」


「でしょう? 味付けは沼地にしか生えない黒ザクロの実から作ったソースなのよ。ま、人間やエルフには毒だって言うけどあんたもキャシーも魔族だし、大丈夫でしょ」


 そうか、と答えてソースのかかった肉を口にする。とても濃厚でフルーティ、実にうまいものだった。


「いいな、これは」


「うん、美味しいね」


「…あたしもこの味は久しぶり、懐かしいわ」


「そりゃ姉さんは出てあるってばかりだから」


「うるさいわね、シャ―ヴィー」


 そんな話をしているとバタンっとドアが開き、姿を見せたのは白金の鎧に身を包んだ男。


「いよう、久しいな、ディージャ。そっちはお前の姉弟たちか?」


「あら、将軍閣下が何の御用?」


「そう言うな、俺たちは仲間だろ?」


 そう言ってその男は無遠慮に座り、料理を勝手に口にする。中年だが中々の美男子、だが、優雅さが足りていない。


「…と、言う事はだお前が噂のブロンズ王子か? ああ、今はカッパーになったのだな」


「…そうだ」


「俺はジョバンニ、今回の戦争の指揮官だ。ま、色々あるだろうがよろしく頼む」


 そのジョバンニはしばらくすると顔を青くした。


「えっと、ディージャ、これ何?」


「黒ザクロソースをかけたソテーよ?」


「なんか、すっごくお腹痛いんだけど」


「あら、そう? 困ったわね」


 そして向かいに座るキャシーも真っ青な顔をしていた。


「お腹痛いお腹痛い! もう無理!」


 そう言ってキャシーはトイレに駆け込んだ。


「あ、まって、俺も!」


「レディーがお花を摘みに行ってるのよ、邪魔するのは野暮だわ」


「野暮とか、そう言う問題じゃなくて、あ、だめ、動いたら出そう!」


「ちょっと、やめてよね。将軍様が漏らしたなんて士気にかかわるわ」


「だって、無理、無理なんだよ! ねえ、早く出て!」


 そう言ってジョバンニはトイレの前まで内またで移動し、ドアをノックする。


「早く! 早く! お願いだから!」


「騒がしいわね、これだから嗜みのない人は」


「嗜みとか関係ないだろ!」


「あんたの大好きな無敵のヴァレンスは毒なんか利かなかったわよ」


「ぐうう、耐えろ、俺、早く出てくれ!」


 悲劇が起きると思われたその瞬間、トイレのドアが開き、やつれたキャシーが出てきた。入れ替わりにジョバンニが駆け込んでいく。


「ま、良かったわね。漏らさずに済んで」


「そうね、姉さん。ヴィーザラ、食後のお茶が欲しいわ」


「はいはい」


「けど、王子は私たちの食べ物でもこうして美味しそうに食べてくれる、お姉さん、嬉しいゾ?」


「あんた、さっき思い切りフラれてたじゃない、もう忘れたの?」


「障害があるほど恋は燃え上がるの。片思いの姉さんにはわからないかもだけど」


「へえ、ヤリマンは言う事が違うわね」


 雲行きが怪しくなり、ちょいちょいとヴィーザラが手招きするので、気配を消して隣の部屋に移動する。バタンとドアを閉めると二人の叫び声とがっちゃんと食器が壊れる音がした。


「ね? 本当に疲れるんだ」


「…だろうな」


 しばらくすると水音がしたのでそちらに行くと、そこには干物のようにやつれたキャシーとプラチナの冒険者、白金の騎士と呼ばれたジョバンニがしくしくと泣きながら下着を洗っていた。


「…君たち、誰にも、言わないよね?」


 そんな彼の懇願に俺たちは黙って頷くほかなかった。



 

翌日、俺たちはみな、広場に集合させられる。演壇が用意され、そこに上がったのは白金の騎士、ジョバンニ将軍。心なしかやつれているように見えたがその笑顔は眩しいほどにさわやかだった。


「諸君! 我々はこれよりヴァレンティ公国、マイセンの地に進軍する。愚かな北の蛮族はまさにこの地、エミリアの村を襲い、たくさんの人を死に至らしめた。これを放置しては王国の矜持は成り立たぬ!」


 そこで一度話を切ると集まった兵士たちはうぉぉっと歓声をあげる。だが冒険者たちはどこか冷めた顔をしていた。


「冒険者諸君、知っての通り俺も一介の冒険者だった。様々な生まれのものが居て、それぞれが事情を背負っている。だが、苦しい冒険と仲間の犠牲、それが君たちを磨き上げた。その剣を、弓を、魔術を向ける相手は魔物たち。人に向けるのはためらう者もいよう。だが、この村を襲った北の蛮族、彼らと魔物のどこが違う? 同じように人を殺し、同じように災厄をまき散らす。我らがヴァレリウス王国にとって害あるものであるならば相手が魔物であれ人であれ叩き潰さねばならない。

 …そしてこの戦争に勝利したあかつきには諸君らの栄光への扉が開かれる。ギルドからの賞金、手柄をあげれば仕官とて夢ではない。欲しいものがあるならば戦って勝ち取る、それが唯一の方法だ。諸君らへの待遇はこの俺が保証する。栄光をつかみ取れ!」


 おぉぉっ! と先ほどよりも大きな歓声、冒険者たちも声をあげていた。


「そして、王国兵士諸君、我らの王国は無敵の勇者ヴァレンスの名を戴くヴァレリウスだ。つまり、無敵であることが義務となる。熟練の諸君は普段の鍛錬、その成果を発揮すればいい。ただ勝て、勝つことが兵士の義務である! …そして諸君らを勝たせる義務はこの、ジョバンニ・スフォルツァが負うべきもの。必ずや勝利を掴んで見せる!」


 もはや最高潮、そんな感じで演説は盛り上がり、感動でうっすら涙を流すものまでいた。そのあとで部隊配置が定められ、俺とディーザラ、それにキャシーの三人は何故か将軍の側付きに選ばれ、ディージャは竜人たちを率いて別部隊。基本的な編成としては部隊を三つに分け、三方向から攻めあがるというもの。斥候役は冒険者たち、部隊はその後に続いていく。情報では敵軍はおよそ三千、数においてはこちらが勝っている。


 俺たちはお揃いの短いマントの付いた革の鎧に着替えさせられ、将軍の馬車の同乗する。この馬車は頑丈な箱馬車で2頭引きの大きなものだった。御者の席とは分割されていて中の声は外には聞こえない。


「なあ、将軍、向こうは三千なんだろ? こっちは五千、なのに三つに軍を分けちゃまずいんじゃねえの?」


 相手は将軍、とはいえお漏らしした場面を見ている俺はぞんざいな言葉でそう聞いた。


「ふふ、これが戦略と言うものだよ」


 真ん中のテーブルには地図が広げられ、そこにあれこれと情報が書き込まれている。そのテーブルを挟んだ両脇には長椅子が置かれ、俺はだらしない姿ですわっている。ディーザラも最初は興奮気味だったがすぐに飽きて居眠りをしていた。

 キャシーは将軍とはお漏らし仲間、それに以前から彼の名声を慕っていたらしく将軍の隣に座り秘書役を務めていた。


 その地図によると先陣として王国兵1000に冒険者200をつけた隊を二つ、それぞれマイセンの本城、グロニクル城を挟む形で進軍させている。俺たちのいる本隊は王国兵2500と冒険者が100。その他にディージャに預けた500の兵と竜人たちはエミリアの守備隊としてあそこの要塞化を進めている。


「向こうとて城の守備隊はおかねばならんだろうし、出せる数としては2000といったところだろう」


「だーかーらー、こっちの1200じゃ勝てないじゃん」


「それでいい。勝てずとも時間を稼げれば俺たちの本隊が救援する。本隊は2600。仮に先陣の部隊が壊滅させられようとも逃げられてなければ勝てるだろう?」


「じゃあさ、向こうが城に閉じこもったら?」


「その時は周囲の村々を焼いていく。住人達を城に、そうすれば向こうは食料が足りなくなるからな」


「へえ、考えてんじゃん」


 ちなみに今の会話はピアスの通信機を通じてゼノに聞こえるようにしている。あとは向こうがどう動くか、それをこちらに伝えてもらえばいい。ディージャの言うちょうどいい勝ち方、そうする為には情報が必要だ。


「将軍、そろそろ目的地に到着します」


「そうか、キャシー、君は伝令を。しばらく本営をここに置くとな」


「はい、それと夜間の警戒を厳重に、相手はヴァンパイア主体だと思われますので」


「…それも必要な措置だ。あとは水の確保、そして糧食の配給、夜は冷えるから十分に注意をと」


「はい」


 俺とディーザラは全く動かない。将軍も俺たちに何かさせようとは思っていないらしい。代わりにお漏らし仲間のキャシーを信頼しているようだ。


 馬車が停止したのは遠くに城が見える小高い丘、近くには川が流れ水の確保も問題ない。俺たちが馬車を降りた頃には野営地の設営が始まっていた。


「おい、ディーザラ、結構寒いぞ?」


「俺たち竜人は寒さに弱いんだ」


「そうなの? ま、トカゲとかも冬眠するからかな」


「そうかもね、けど氷竜の眷属は寒くても平気みたい。うろこも真っ白だって聞く」


「へえ、そういうのもいるんだ」


 そんな話をしていると、ピアスから音声が漏れ出してきた。とりあえずみんなと離れ一人になってその声に耳を傾ける。


『そうですか、予測の範囲内です』


 その声はメーヴのものだった。


『メーヴ殿、策はあるのでしょうな?』


 問いかけるのは知らない声、恐らく向こうの領主だろう。


『夜陰に紛れ眷属たちを。彼らなら気配を悟られず闇討ちできますから。そして殺した相手をアンデットに。気が付けば同士討ち、そう持っていければ混乱を誘発できる』


「…出来ればウチのゴブリンたちに混乱に乗じて食料を奪わせろ。あいつらも役得が必要だからな」


 こちらからもゼノに要望を伝えてみる。


『…ふむ、しかるに魔物たちを送り込み食料も奪わせてはいかがか。さらにヴァンパイアたちは魔法使い、神官を中心にアンデット化を』


『…なるほど、ゼノ殿。回復手段を潰すのは確かに定石ですね。食料の調達も。そこを魔族が担ってくれるのであれば助かります』


『ええ、近隣の魔物たちも参加してもらいましょう』


「アホか、そこまでやったらこっちが勝てねえだろ!」


『このあたりは山がち、魔獣化した熊も多いかと。やはり何事も派手に行きませぬと』


「バッカ、熊とか無理って、もしもーし! もしもーし!」


 だが通信は無情にも一方的に切られた。…まったくこれだからデーモンの連中は困る。やつらは面白ければ何をしても良いと本気で思っているから。

 …いろいろとマズい事になった気がするが、こっちの司令官は白金の騎士、このくらいは想定内、そう言って涼しい顔をするに決まってる。まあ、基本俺、関係ないし。


 野営地も完成し、その本営のテントでは将軍が指揮官を集め軍議の真っ最中。入口には将軍側近にされたヴィーザラが警備に立ち、中ではキャシーがお茶を配ったりしていた。見つかってそんな事をさせられるのはまっぴらごめん。なので俺は焚火を囲む適当な一団に混じり、配られた飯を食った。


「あんた、その鎧、将軍の側付きだろ? こんな所に居ていいのか?」


「ああ、将軍は俺たちを交代で休ませてる。俺は休憩時間を利用して、こっちでみんなと飯を食いながら不備や不満がないか見て回ってる。不備があれば将軍に伝える為にな」


「そうか、それくらいの目端が利かなきゃ側付きにはなれないか、ははっ、頑張れよ」


「そう言えばこのあたりには熊の魔獣とかが多いらしい。敵軍だけではなく、そちらへの備えも必要だ」


「…そうだな、ここは山国。いい目の付け所だ。ウチの隊長が戻ってきたらそう伝える」


 彼らは下っ端であってもカッパーの冒険者。熟練者で難しい試験をクリアして兵士になっている。これだけ言えば最適の行動をとれるはずだ。


 そして今度は場所を変え、冒険者たちのたむろする焚火に。


「あ、お前、ブロンズ王子! ははっ、いつの間にか将軍の側役か? どぶ攫いしてたのにすっかり追い抜かれちまった」


 彼らは基本的に嫉妬深い。将軍の側役、それを示す鎧を着た俺を見る目も言葉もどこか刺々しかった。


「ま、ヴァンパイアをうまく退治出来たからな」


 そう答えてやるとぐっと詰まった顔をする。ギルドの仕事ではそうそうヴァンパイアには出くわさない。


「…それでだ、今回敵軍はヴァンパイアと組んでいる、それは聞いているな?」


「…ああ、うまく狩れればお前のように出世できるかもしれない。俺たちの狙いはそこだ」


「いかに警戒を厳重にしても夜に紛れる奴らを見つけるのは難しい。向こうが動くとすれば夜になる」


「当然だな」


「そして狙われるとすれば一番弱いところだ」


「…この部隊で言えば荷車を抱える後方、ああ、そうか、敵軍は食料に窮していると聞いた、向こうからすればうまく行けば大手柄」


「そうだ、お前たちは連中の逆を突けばいい」


「なるほど、何組かのパーティーを誘って荷駄の警護を。連中が襲ってくるのを食い止めればこっちが大手柄、しかも味方を出し抜いてる訳じゃねえ」


「そういうことさ、もしかしたら荷運びにゴブリンたちを使うかも知れん、あいつらに気を取られヴァンパイアを逃がせば大損」


「そうだな、みんなにもそこはしっかり言い含めて置く。へへ、事が想定通りに動いたらいっぱい奢らせてもらう。俺の名前はベン、お前とは前にダンジョンであった事がある。…その剣はジルの遺品か、大事にしてやれ」


 あのダンジョンで行き会った別のパーティー、そんなわずかな邂逅がほんの少しの縁となる。その縁が人間社会の醍醐味、面白さだ。


 そんな事をしながら時間を潰し、本営のテントに戻る。軍議は終わったようで将軍はだらしない格好でキャシーの膝を枕に寝そべっていた。ヴィーザラは椅子に腰かけ何やら本を読んでいる。


「将軍、軍議はうまく行ったのか?」


「ああ、出来る事はやったつもりだ。だが軍略に絶対はないからな」


「ほう、ちなみにどんな手を?」


「この戦いはある意味チキンレースだ。俺たちは物資があり、向こうは乏しい。だが時間に関して言えば冬になればなるほどこちらが不利だ。だからこそ部隊を三つに分け、その一つになら勝てる、そう言う状況を作ってる」


「なるほど、向こうとしても何もしない、と言う訳にも行かないか」


「そう、向こうとしてはこちらの食糧、それを奪えれば無理に戦わずとも城に籠って冬を待てばいい。それが出来ないからこの時期に仕掛けてきた」


「だろうな」


「そしてこちらは数に勝るとはいえ、城攻め出来るほどの優位差はない。それをするには今の倍くらいの戦力が必要だがそこまでの余裕は王国にはない」


「膠着してしまえばこちらが不利、何としても敵を城から引きずり出さねば」


「出さねば?」


「おそらく、負けだ。冬が来れば一方的にやられることになる。かと言って軍は引けない」


「そうか、大変なんだな」


「正直、冒険者だった頃の方が気楽さ。敵がどれだけ強かろうが懸かる命自分たちだけ、今は国の命運って奴を背負ってるからな」


「まあ、あんたなら出来るさ。…それはそうとこのあたりは山がち、魔獣も多いと聞いた」


「えっ?」


「えっ」


「なんで魔獣? ダンジョンもないのに」


 よくよく考えればそうだ。このあたりの土地は魔素が濃いわけじゃない。魔素が濃ければ作物の出来は良くなってるはずだからね。…と、言う事は、やりやがったゼノの奴! あいつが連れて来たに決まってる。


「ねえ、その話どこから? マジで、魔獣とか出たら無理なんだけど。冗談だよね?」


「いや、ほら、俺はエルフだから、風の妖精がそんな事言ってた」


 風の妖精とか見たことないけど。


「ああああっ! ちょっと待って、そんなの反則ジャン! 聞いてないよぉ!」


「…将軍、落ち着いて、どんな苦難も一緒にって約束したじゃない」


 お漏らし仲間のキャシーはそう言って将軍を慰める。まあ確かに大変な苦難を二人は共有してるからね。




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