第4話 ブロンズの冒険者たち

 さて、晴れてお金持ちになった俺たちは早速服を何着か買い込んだ。ラピス染めの上着、それにがっちりとしたブーツ。皮のパンツも機能的なデザインのものをいくつか。下着はもちろん綿のもの。そして一番のこだわりはベルトである。しっかりとした革に銀で細工の施されたポシェット付きの高級品。そして着ていた鎧も新調する。今度は袖なしの黒く染めた革を筋肉の形に打ち出したもの。そこに金属で補強と飾りを施してある中々のカッコよさだ。帽子やマントもいいモノに改め、古いものは全部売りさばく。


 そして宿もいいところに移り住んだ。ソーヤとアルトの二人も俺と同様。ソーヤは俺が選んでやった服に袖を通すとうれし泣き、アルトも紳士っぽい出で立ち。そして鎧だけは三人お揃い。確実にブロンズの中では一番身なりがよくなっていた。そして武器は三人ともがマジックアイテム。酒場に行っても丁重な扱いを受けるし、ギルドに顔を出せばブロンズはもちろん、カッパーの人でも道を空ける。ブロンズ王子の名はその実を得始めていた。


 その日も酒場でファサァっとマントを翻し一番いい席に腰を下ろす。紳士っぽくなったアルトもその脇に腰かけ、髪をきちんと整え、身ぎれいになったソーヤも椅子に腰かけた。


「けどさあ、これからどうする? 正直金もあるし」


「ですよね、僕、今ですら夢のようです。毎日お風呂に入れてあんな綺麗な部屋で寝泊まり。食事もお酒も好きなものですよ? この生活が今のお金で一年以上続けられるなんて」


「そうですね。しかし十日に一度は仕事をしませんと。滞在費を取られては勿体ないですから」


「ま、楽そうなのを…」


 そう言いかけたとき、一人の女がずかずかと俺たちの席にやってきた。


「あ、あなたたち!」


「どうしました? その前にあなたはどなたですか?」


 こう言う交渉役もアルトの役目、自然とそうなっていた。なので俺は優雅にワインの入ったグラスを傾け、高級チーズをつまんで食べた。ま、人間世界の食べ物もそう悪くはない。


「ようやく見つけました! あなたたちのせいで、私、ひどい目にあったんですから!」


 ギャーギャーとわめきたてる女の話をアルトが済ました顔で聞いていた。その話によればこの女はダンジョンで遭遇した神官。あの逃げだしてきた女である。俺たちがその女の仲間のタグをギルドに提出してしまったので女は仲間を見捨てた罪で手持ちの資産を没収、さらに装備品まで取られた上、アイアンに格下げ。ようやく十回の雑用仕事を終え、ブロンズに戻してもらえたところらしい。

 

 で、その責任は俺たちにあると。


「そもそも私たちにはあなたを探す義務もないのですけれど」


「ああいう時はね、私を探してくれる、それが冒険者の仁義じゃないですか!」


「それで? 私たちに何をせよと?」


「責任とってください! 私をパーティに加えて! 誰も私を入れてくれないんですから!」


「ま、裏切者だしね」


「ですよねー」


「ちがうわよ! あっという間にみんなやられて、逃げるしかないじゃない! それとも何? 私は死ねばよかったの?」


「まあまあ、落ち着いてください。神の下僕たる神官がそのように大きな声で」


「落ち着いてなんかいられないのよ! 修道院は除名処分、私、どこも頼るすべが!」


「どうしますか? 王子」


 いつの間にかアルトもソーヤも俺の事を王子と呼ぶようになっていた。うーん、まずまずのいい女、それに回復役は居た方がいいし、いざと言う時の非常食? そういう考え方もありだよね。


「ソーヤ、お前は?」


「裏切られるのは困りますけど、」


「裏切ったりしませんよ!」


「ならいいんじゃないですか?」


「ま、そう言う事だね。つかお前くせーし」


「失礼ね! 今までどぶ攫いしてたのよ! 仕方ないじゃない!」


「では、そう言う事で、身ぎれいにして明日、ギルドで落ち合いましょう」


「わかったわ、逃げたら許しませんから!」


 最後に女は自分の名はフィリス、そう名乗って去って行った。


「よかったね、これでソーヤも思う存分戦えるじゃん」


「え、僕がですか? やだなあ、置いていかないでくださいよ?」


「吟遊詩人に歌われる活躍を、そう言う事ですよ、ソーヤ」


 その日はそれで宿に帰り、風呂を浴びて豪華なベッドで眠りについた。動画もゲームも漫画すらないこの人間世界では友達の存在は大きなものだ。


 翌朝、髪に櫛を通し、着替えを済ませ、武装する。その上にマントを羽織り、羽飾りのついた帽子をかぶった。腰に吊るすのはジルの形見の魔法の剣。宿のロビーでソーヤとアルトと合流し、ギルドに向かう。


「あの、その、昨日は言いすぎました。今日から宜しくお願いします」


「ええ、では任務を選びましょうか」


 パーティーリーダーはアルトである。そのアルトが選んだ任務にケチをつけるのが俺たちの役。


「これは如何ですか?」


「えー、薬草取り? なんか汚れそう」


「あ、わかります、それ」


「そうですね、確かに。余計に摘んだところで安値で買いたたかれては。でしたらこちら、魔獣討伐。狼は何度か相手をしてますし」


 そんな話をしていると村娘とまったく同じ格好のフィリスが口を挟んだ。


「あの、差し出がましいようですけど、皆さんの装備と実力ならもっと難易度の高い任務が。私、回復魔法は三度まで使えますし。それに、その、お金もなくて」


 そう、俺たちはお金がある。ギルドメンバーとして仕方なく仕事をしているだけ。…それに前回の儲けはギルドの報酬ではないので昇進にはカウントされない。俺たちがブロンズからカッパーに上がるには金貨五百枚分の任務をこなさなければならないが、まだ十枚そこそこと言うのが現状である。もちろん任務は十日に一度しか受けないし、危ない事は前回で懲りている。金があるのに危険な事はしたくないのだ。だって、装備だけは良いけどみんな素人だし。


「うーん、面倒だよね」


「ですね、危ない事は避けたいですし」


「そうですよ、背伸びしてフィリスさんの仲間みたいになりたくないですから」


「あ、あんたたちねえ! いい加減にしなさいよ! 何のために冒険者になったのよ! もういいです、これ、これに決めましたから!」


 そう言ってフィリスが選んだのは商人の護衛。馬車で他の町に移動するらしい。その護衛任務と言う訳だ。報酬は一人金貨三枚と中々。


「うーん、どうなんでしょうね、これ」


「なんです? 文句あるの?」


「いえ、馬車一台、そんな小規模で移動、普通は他の商人たちとキャラバンを組むものですけど。そして護衛もブロンズ。何かおかしい気がします」


「うるさいわね! そう言って何もしなけりゃあなたたちはともかく私は食っていけないんです! とにかくこれ、いいですね!」


 そう押し切られて俺たちは渋々その任務を受ける事に。ま、仕方ないよね。



 その相手とは城壁を出たところで待ち合わせ。アルトがギルドから貰った書類を見せると馬車に乗った人の好さげなおっさんが「乗りなよ」と荷台に俺たちを乗せてくれた。


「正直ね、魔物なんか出ないとは思うんだけど、盗賊とかは居るし、万が一の時は全部終わっちゃうからね。かと言ってキャラバンとか加えてもらうには年会費がいるし。うちの店は年に一、二回こうして買い付けに来るだけだし。行きは空荷だから飛ばせば危なくないけど帰りは荷を積んでるからね」


「そうなのですか、では、荷の方はかなり利が良いモノなのでは?」


「まあね、近隣の領主向けの葉巻や香辛料、それに織物なんかだね」


「そちらの町での産物は?」


「うちんとこは湊町だから。塩だの魚だのかさばるもんばかりでね。値が安いから護衛をつけて運んで来たら赤字になるんだ」


 ガタゴトと荷馬車に揺られながらそんな話。荷台にはいくつかの木箱と、樽が置いてあった。


 前に聞いた話ではギルドの取り分は25%。つまり今回の依頼でこの商人はギルドに払った額は金貨十五枚。そして俺たちの取り分が十二枚と言う訳だ。ギルドはそのほかに国からも援助を受けているのでそこそこには裕福。だけど怪我人の回復の為、教会から高位の神官を派遣してもらったり、自前の薬師を雇った病院も運営してる。それらはギルドメンバーであればギルドの判断で無料で受けられるサービス。もちろんギルドからはそれなりの額のお布施や病院の経営経費なども出ているのだ。ボランティアとまでは行かないが営利目的ではない半官半民の組織。ダンジョンの側の要塞もその運営はギルドと王国の折半らしい。


 アルトは商人と共に御者台に座りいろいろ話を聞いていた。元エリートサラリーマンであるアルトは情報収集にも長けている。自分が使い込みでクビになった事は伏せ、王都に本店を構える大手の商会でそれなりの地位に居た事をほのめかし、いろいろ話を聞きだしていた。


 そして俺は荷馬車の固い床にだらしなく座り込んで空を見ていた。ソーヤは手にした武器の手入れに余念がない。そしてフィリスは荷馬車の上に立ち上がって警戒に余念がなかった。

 実は彼女が俺たちの中では一番経験豊富。ギルドのペナルティで今は貧乏くさい格好をしているが元はそれなり。良い家の生まれでもあるし、カッパーへの昇進もあと少しであったようだ。俺が一回使えばマナが枯渇する回復魔法を一日に三度使えると言う事はそれだけその魔法に馴染んでいると言う事でもある。魔法は使い込めばそのコストを大幅に小さくすることが出来るのだ。火球の魔法を俺がいくらでも使える、それもそう言う事。


「つかデカいケツでうろうろすんなよな。ブス」


「あ、あなたねえ、見張りぐらいちゃんとしてくださいよ!」


「夜になったらな」


 フィリスは金髪のおさげ髪。それが似合う年齢は過ぎているのだがそう言う趣味なのかもしれない。顔かたちはまあ美人。生まれの良さそうな気品もあった。だがどうにも口うるさい。おっぱいがでかくなければ許さない所だ。


「つかフィリス、お前彼氏とかいないの?」


「王子、聞かなくてもわかるじゃないですか。あそこで見捨てたんですよ」


「違います! わ、私は神官ですよ! 愛するのは神だけ、決まってるじゃないですか」


「うわ、聞きましたソーヤ。いい歳してこれですよ」


「可哀想に、拗らせちゃったんでしょうね。いい歳して」


「あ、あんたたちには関係ないでしょ!」


「まあ、顔も体もそこそこなのに処女、やっぱ性格に問題あったんだろうね」


「ですよ、だから仲間を見捨てるんですって。ま、僕は好みじゃないですけど」


「「ねー」」


 そう言われたフィリスはプルプルと震えていた。ソーヤは何気にいい男。ショタ好きにはモテるのだ。酒場の女ともイイ仲になっている。産まれた村でも結構モテたらしい。特に後家とかに。


 特にこれと言った事もなく、その日は近隣の村で宿を取る。街道沿いにある村ではこうした旅人を客層とする宿屋があったりするところもあるのだ。つまり、夜の見張りはなし。んー素晴らしい。もちろん宿代も商人持ちだ。だが一つ問題が、俺たちは大部屋で雑魚寝。フィリスは女なのだ。


「フィリス、狭いんだからお前は立って寝ろよな。後で触ったのなんだの言われたら困るし」


「あー、そうですね。間違いが起こらないように廊下で寝るってのはどうですか?」


「ちょっと、アルトさん! なんとか言いなさいよ! あなたがリーダーなんですよ?」


「困りましたねえ。まあ、私は幼女にしか興味がないですけど」


「「「えっ?」」」


「何か?」


「あ、いや、いいんだけど、じゃあフィリス、お前はアルトの向こうで寝ろよ」


「それが良いですね、臭そうですし」


「いい加減にしてください! 怒りますよ! 私、臭くなんかないです! フン」


 フィリスは言われた通りアルトの向こうに、そして俺とソーヤはアルトからも距離を取って寝た。ロリコンはマズいでしょ。


 翌朝、井戸で顔を洗って歯を磨く。魔界と違い人間世界では歯ブラシも歯磨き粉もなくて、塩と謎の木の枝で磨かねばならない。だがその謎の木の枝はミントっぽい風味があって口を漱ぐとさわやか。髪にブラシを通し、頭に帽子を乗せて今日もフィリスに見張りをさせながら荷馬車に揺られていく。


 しばらくすると向こうから馬に乗った騎士とその兵士たちが現れ、そこで俺たちは巡検を受けた。


「商人とギルドの護衛か、この先ではたびたび盗賊が目撃されている。十分に警戒を」


 颯爽とした感じの騎士はそう言って従者を率い去って行った。王国も何でもギルド任せではなく、こうした街道警備は自前の騎士団の受け持ちらしい。ちなみに騎士と言うのは領地はないが貴族ではある。戦争では指揮官を、そして平時にはこうして街道警備や郊外に設けられた砦の責任者を請け負うらしい。連れていた兵は国家試験を合格した公務員。貴族ではないが町の門番、それに騎士に付き従っての任務などをこなしている。給料もそこそこいいらしい。


「カッパータグの冒険者は大抵王国兵の採用試験を受けるんですよ。受かるのはほんの一握りだって聞きましたけど」


 なるほど、確かに明日をも知れぬ冒険者稼業よりは公務員の方がいいに決まってる。それにお揃いの装備もしっかりしたものだったし、武器はマジックアイテムを持っていた。兵であっても相応の実力者と言う訳だ。


「私の父も王国兵でした。私もいつかは。そう思ってましたけど」


「まあ、裏切者じゃ受かりませんよね」


「だよねー」


「違うって言ってるじゃないですか!」


 とは言えその採用試験を受けられるのは身元のしっかりしたものに限られる。つまり俺たちアイアン上がりは無理と言う事だ。ま、当然と言えば当然かな。で、そういう連中は今度は諸侯、地方貴族の従士となるのを狙うらしい。こちらはいくらか採用基準が甘いと言う。プラチナやゴールドが領主や騎士となった時、縁故で採用と言う事もあるので皆、上位者には敬意を払ってる。新たな領主と言っても土地は限られてる? そこはそれ、前に野獣討伐に赴いた村のように村ごと魔物によって廃村なんてこともままある。そういうところを授かって開拓者を集めて乗り込んでいくのだそうだ。


 その日も何事もなく終了。今日は野営。なので夜目の利く俺が見張りに当たる。


「バーツさん、ナイトサイトのスキルを?」


「うっせーなぁ、いいだろ何でも」


「メンバーのスキルを把握しておかなければいざと言うときに困るんです!」


「逃げる時に?」


「もう、違いますよ! ひどい!」


「いいから寝ろよブス」


「もう、いいです!」


 たき火を焚いて、野生生物が来ないようにしながらその周りや馬車の荷台でみんな眠った。海道近くにはゴブリンたちもおらず、何回か狼を見かけただけ。特に大きなこともなく朝になり、出発。俺は荷台で眠りについた。

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