第3話 ダンジョン

「そうですか、グランメンバーとジェーンメンバーが。グランメンバーの母は優れた神官でもありました。残念に思います」


 グランとジェーンの供託金、銀貨二枚を受け取ってそれを三人で分けた。他に手に入れた物品やゴブリンにもらった宝石なども売り払い、結構な収入。それぞれ金貨にして五枚ずつは手にすることが出来た。その金で俺たちはしっかりした籠手とブーツの上に付ける脛当てを購入する。剥ぎ取った薄手のチェインメイルも皮鎧の下に着込み、少しづつ冒険者っぽくはなっているが腕はまだまだ。

 ま、それはともかくお金に余裕があるっていいよね。俺は少しづつ元の調子を取り戻し優雅に振る舞うようになっていた。そしてついたあだ名が「ブロンズ王子」バカにされているのはわかるが、魔界の王子としては悪くない。


 その日、酒場で優雅にワインを嗜んでいるとジルが俺たちに声をかけてくる。


「装備も整ったようだな。どうだ? 私たちとダンジョンにでも潜ってみるか?」


「いいのですか? 我々はまだ駆け出しですよ?」


「けど、ダンジョン、行ってみたいですよね」


「ジル、君の判断に任せる」


「ならば決まりだ。とはいえ雑用を務めてもらう事になる。報酬は戦利品の一部、そうだな、最低でも金貨二枚は保証しよう」


 そういう話となり、俺たちはジルのパーティのおまけとしてダンジョンにもぐることになった。



「よろしくな、ブロンズ王子。あのグランって野郎は気に入らなかったがあんたらには注目してた。なんせ魔法剣士なんてのは珍しいからな。それに目利きのアルト、あんたも町じゃ噂になってる。俺はドリス。見ての通りのスカウトだ。ダンジョンじゃ俺の指示に従ってもらうぜ」


 そう言ってちょっと斜に構えた感じの短剣を腰に挿した革鎧の男が握手を求めて来た。そのほかに魔術師の気難しそうな女と実直そうな神官、そして無口な大男の戦士がいた。


「さて、細かい話は現地についてからだ。ギルドの面目を保つのは我ら、いいな?」


「「応!」」


ジルの号令で出発、彼らは全員がカッパーのタグを下げていた。カッパーになると三月に一度はダンジョンでの魔物討伐が義務となるらしい。報酬は金貨で五枚、そして戦利品と言う訳だ。ジルはやはり革の鎧、そして腰には二振りの剣。双剣使いであるらしい。そして大男は盾とメイス、それに厳めしい鉄の鎧を着込んでいた。彼らの武器はマジックアイテム。造りが明らかに違うし、柔らかな光が漏れ出していた。


 ジルとドリスが先頭を進み、その後ろに魔法使いと神官が、そして俺たちが並び、後ろには大男の戦士。警戒しなくて済むのは良いが、どことなく圧迫感を感じていた。


「いいですよね、二人とも噂になって。僕だけ」


「これからですよ、これから。ソーヤさんの働きが吟遊詩人に歌われる、きっとそんな日が」


「ですよね、そうですよね!」


「ま、俺はそんな歌、金貰っても聞きたくないけど」


「もう、バーツさん?」


「…ふふ、若いと言うのは良いですな、これも神々のお導きかと」


 人のよさそうな神官はそう言ってくすっと笑う。隣の魔法使いの女は歩く間もずっと書物に目を通していた。


 こちらの人数が多いためか、狼も魔物も姿を見せない。野営の準備は俺たちの仕事。薪を集め、火を熾し、木と木の間に天幕を張る。そして飯は上等な携帯食。パンもまだ柔らかいし干し肉だって上等な物。それを食い、ジルたちは交代で見張りに立った。駆け出しの俺たちに見張りを任せるほどバカじゃない、そう言う事だね。


「しかし姉御、なんだってこんな奴らを?」


 着替えや何かを入れた背負い袋を枕に横になっていると見張りのドリスのそんな言葉が聞こえた。俺の耳はデビルイヤー。悪口は絶対に聞き逃さない。


「有望な若手には力を貸して当たり前だ。彼らには経験を積むことが何より必要。私たちも先人からそうされたのを忘れたか?」


「まあ、そうですけど、俺はまたてっきりブロンズ王子に気があるもんだと」


「ば、バカを言うな! 恋などしている暇はない。我らが力を尽くさねばこの世は魔物に」


「はは、不器用ってのも困りもんですね。ま、しっかりへっぽこ共を鍛えてやらねえと。その分俺らが楽になる。そうでしょ?」


「…そうだな、どんなことにも終わりはある。辛い時代、そういうものを経て来た我らも今はこうして」


「ですね。奴らも俺らと同じアイアン上がり。そういう意味じゃ大事な仲間ですよ」


 ほう、ジルは俺に気があると、そう言う事ですか。これは吸い方を考えねば。一度に吸って灰に、それでは芸がなさすぎる。だが、どうすれば。



 それから数日旅を続け、ダンジョンの手前の要塞に泊まる。ここで久々に湯を使って体を洗い、着ていた物を洗濯した。ここはダンジョンに挑む冒険者の基地、割高ではあるが色々な物も売りに出ていた。特にダンジョンで手に入れたマジックアイテムは目が飛び出るほどの高値。魔界であればだれかに頼めば作ってもらえそうな物なのにだ。


 二日ほどそこで体を休め、翌日はいよいよダンジョンに挑むことになる。ダンジョンに入るには資格が必要らしく、それぞれギルドタグを入念に確認された。そして係官から現状の説明がなされる。


「現在探索済みなのは地下十階までだ。そこまではマップを手渡せる。だが、各階のクリスタルは健在でそこから魔物が湧き出る事は止められぬ。低層階だからと油断はするな」


「了解した」


「ふむ、カッパーか。ではお前たちには地下三階までの掃討を頼む。いいブツが拾えると良いな。幸運を」



 聞いた話によればここにダンジョンが出現したのはもう数百年も前の事らしい。ダンジョンから湧き出た魔物たちは大きな災厄をもたらしたが、その反面恩恵も与えている。

 魔物の死骸は土を肥やし、それまででは考えられなかったほどに作物の実りがよくなったと。そして魔獣の毛皮、牙は通常の動物のモノよりはるかに質が良い。そしてダンジョンの中の魔物は死ぬとマナを振りまいて消えてしまうがその後に魔石と呼ばれる石を遺す。それが魔法使いたちにとっては非常に便利なアイテム。いわばMP回復ポーションの役割を果たすのだと言う。


 人間の魔法使いはその体内に宿ったマナを放出し、呪文を使う。だが、これには限度があり、使いきれば後は自然回復を待つしかない。なので個人差はあるが上級魔法などを使えば一度でマナが枯渇し気絶する。熟練の魔法使いでも中級魔法なら三発、初級魔法であれば十発くらいしか撃てないらしい。それをこの魔石があればいくらでも使えると言う訳だ。もちろん魔石にも等級があり弱い魔物から産出したものは初級魔法一発分、大きな魔石は強い魔物が残すらしい。


 その他にもその魔物たちが持っていた武具や防具はマジックアイテムであることも。人の作ったものとは比べ物にならない性能を誇ると言う。それに目をつけたある王がダンジョンに軍隊を送り込んだことがあるが、それが魔王の怒りを買い、大きな災厄を招いたことがあるらしい。ま、ウチのマッマはキレると恐ろしいからね。


 その魔王の残した言葉、「強く当たれば強い災厄を招くことになる」その言葉が枷となり、それからはこうしてダンジョンを国の管理下に置いて決められた数の冒険者を送り込んでいると言う。

 なのでそれから数百年たつのに、魔物は滅せず人も滅せず、あいまいな形で終始している。こうしたダンジョンは他所の国にもそれぞれあって、その管理は魔界の幹部がしていると聞いた事がある。


 なんとなく出来レースっぽいが、それでうまくやっていると言う事でもあるのだろう。ま、そのほかにも人間の国は人間の国同士で戦争したりしているらしいけど。


 ともかく俺たちはたいまつを掲げ、ダンジョンに記念すべき第一歩を踏み出した。ああ、なんだろう、この満たされる感じ。そう、ここは魔界の延長、その空気には魔界のマナが含まれている。それが俺を満たしてくれるのだ。


「ふ、相変わらず禍々しい空気だな」


「そうですね、なんと言うか息苦しく感じますよ」


「ダンジョンの魔素。これが広がればそこは魔界となってしまう訳ですね」


「そう言う事だな、無駄口はそこまで。ここから先はやべえ奴らの棲みかになってる」


 ドリスはすすっと前に出て角があるたびに入念にチェックを入れる。夜目が利く俺からすればその姿は滑稽に感じた。その時遠くにきゃああ! っという悲鳴が上がった。そして向こうから肩口を食い破られた女の神官が走ってくる。


「バカが! 戦闘隊形!」


 ジルの号令で並び順が入れ替わる。前に立つのは大男とジル。ドリスは魔法使いと神官の後ろまで下がり、そこですっと身を低くした。


「た、助けて!」


 その女が俺たちの所に転がり込み、その後ろから現れたのは魔獣狼ワイルドウルフを連れたオークである。


『あ、王子、その女オレの!』


 そう言いかけたオークはジルの双剣でズバッと切り裂かれた。そして狼たちは次々と大男のメイスに頭を潰されていく。その死体はキラキラと光る砂をまき散らし、その後に紅色の魔石を遺した。


「はぁ、はぁ、ありがとうございます」


 その女はその場にペタンと座り込み、ぜえぜえと息をしていた。


「行くぞ」


 ジルはその女を無視して先へと進んでいく。


「ねえ、あの女放っておいていいの?」


「悪いがここでは自己責任だ。余計なものを助ける余裕はない。何かに巻き込まれたわけではなく、自分の意思でここに入ったのだからな」


「ああ、なるほど」


「お前たちもよく見ておくのだな、これが背伸びをして無理をした者の末路だよ」


 しばらく進み松明の灯りに映し出されたのはさっきの女の仲間と思わしき冒険者の死体。ジルはそのタグをむしっていくと俺にポイと投げてよこした。


「さっきの女、生きて外に出れたならそれを渡してやると良い。仲間を見捨てペナルティとなれば修道院の恥ともなろう」


 その渡されたタグはどれもブロンズ。確かに背伸びしすぎだよね。


 一階で何度か遭遇したのはオークと魔獣狼ワイルドウルフ。そして魔獣熊ワイルドベアのみ。それらは前衛の二人にあっけなく退治され、魔石となった。俺たちだけであれば熊一頭だけでもかなりの苦戦を強いられたはずである。


 そしてクリスタルと呼ばれる転移装置。その先に下の階への階段があった。


 階段を降りた横の部屋で小休止、そこは入り口が一つしかないので警備もたやすく、他のパーティも休憩を取っていた。


「ようジル」


「ベンか、久しいな」


「まあな、良いもの拾えたかい?」


「まだ二階に降りたばかりだ。そうツキは転がってはいないよ」


「ま、そうだな。よっぽどついてなきゃ。だが、この先は違うぜ?」


「ああ、わかっている」


「んじゃ俺らは先を進ませてもらう。じゃあな」


 ベンと呼ばれた男はそう言ってパーティメンバーと姿を消した。大男とドリスが見張りに立ち、ジルは俺たちにこのダンジョンの説明をしてくれる。一階はほとんどオークと魔獣、それにゴブリン。そしてこの二階はアンデットが出ると言う。死んだ冒険者たちの遺体、そういうものが蘇り生者に襲いかかるのだと。


「何それ、気持ち悪!」


 俺の知っているアンデットと言えばせいぜいヴァンパイア。そう言う生もの系は見たことがない。そしてヴァンパイアの知り合いとはっすっごく仲が悪かった。同じエナジードレイン系の魔物は基本的に仲が悪い。一度同級生のヴァンパイアの女があんまりに生意気だったので殴りつけて犯した事がある。その父親がお偉いさんで俺に圧迫面接をした男。それをも殴り大問題と言う訳だ。魔法では勝てないけど殴り合いなら勝てる。そして俺には魔法が通じない。ま、俺って王子だし。


 ともかく休憩を終えて、地下二階を進む。すると出るわ出るわ、ゾンビだったり骨だったり。で、そいつらは生前の強さが影響する。中にはとんでもない強いやつが居たり、マジックアイテムを持ったのもいたりするらしい。だが、そいつらは魔石を落とさない代わりに装備とギルドタグを遺していく。持って帰ればいくらかの儲けとなるわけだ。


「やべえぜ姉御、そこの角を折れたとこ、シルバーがいる。どうする?」


「仕方ないな。ヤクシ、頼めるか?」


「…了解」


 ヤクシと呼ばれた女魔法使いはツカツカと進み出て角に立つと呪文を唱えた。


「万物の根源たるマナよ。わが身より出でて敵を灰燼と為せ。大火炎放射プロミネンス!」


 その手から眩しいほどの灼熱の炎が吐き出され、角の先に居た盾と斧を携えた白骨の戦士を焼く。


「今だ!」


 燃え盛る白骨の戦士に向かいジルと大男が突撃した。だが白骨の戦士は元シルバータグの冒険者。うまく盾でいなし、その盾を叩きつけ大男を吹き飛ばす。うっわ、やばくね、アレ。


「うぉぉぉ!」


 そう叫んでジルがその白骨の戦士の足元に滑り込み、下から双剣を突き上げる。鎧の隙間を突いたいい形。だが、相手は白骨、その鎧の中には何もなかった。


「ちぃぃ! ジュドー!」


「お任せを。聖なる神々よ、地上にさ迷い歩くかの者の魂をお救いくださることを願わん、聖者の救済サルベーション!」


 その魔法に包まれた白骨の戦士は光の砂をまき散らし、薄い幻影を浮かびあがらせた。恐らくは生前の姿なのだろう。それはこちらに微笑むと、すうっと空気に溶けていった。そしてその白骨の体はさらさらと灰になる。


 彼が身に帯びていた斧と盾はマジックアイテム。それと銀のタグを回収し、荷物持ちの俺たちに預けられた。


「稼ぎとしては十分だが、任務は地下三階までの掃討。今のうちに少し休んでおけ。ヤクシ、ジュドー、魔石は足りるか?」


「…十分ね」


「ですな」


「ガス、ケガは?」


「…問題ない」


 大男の名はガスと言うらしい。魔法使いがヤクシで神官がジュドーね。


 そういう間の見張り役はドリスの役目、耳を床につけて足音の有無を確かめていた。


 それから何度かゾンビや骨に遭遇する。ゾンビに比べて骨は強かった。それだけ長くここに留まっている証拠でもあるらしい。そのタグはカッパーかブロンズ。さっきのシルバーは皆が避け続けてきたのだろうとジルは言っていた。


 そして地下三階。ここをクリアすれば任務は終了。ここにはアンデットのほかに俺と同系統の魔物である小鬼インプが出現。小さな体に蝙蝠の羽。それで素早く飛び回る上、魔法まで使うのだ。


『王子、遊んでよ! えい、火球ファイアボルト!』


『えへへ、じゃあボクは雷撃サンダーボルト行っとくね。よくぶん殴られたしこのくらい良いよね?』


 次々と繰り出される魔法、大男のガスが盾をかざしその魔法を防いでいた。彼の持つ盾には魔法をレジストする効果があるようだ。


「ち、舐めた真似を! ヤクシ!」


 ヤクシのプロミネンスが通路を激しい炎で満たしていく。


『ぎゃあああ! くそ王子、覚えてろよ!』


『次はもっと楽しいことしちゃうから!』


 そんな言葉を遺し、インプたちは魔石へと姿を替えた。次? どういう事。


 そして角を曲がるとまたインプ。


『僕は甘くないからね』


 そう言って紫色の霧をこちらに向けて吹き出した。うわ、これって眠りの雲スリープクラウド? ちょっとシャレになってねえし!


 その霧を浴びた大男のガス、それにジル、ヤクシにジュドー、そしてドリスまでがバタバタと倒れていく。アルトとソーヤはもちろん夢の世界である。


「てめえ、やりすぎなんだよ!」


 スパこーんとそのインプの頭を叩いてやると恨みがましい目で俺を見た。


『仕方ないでしょ、ボクタチだって仕事なの。ニートの王子と違って苦労してるんだよ?』


「だからって俺に向かってそんな大技かますことねえだろ! ぶち殺すぞ!」


『ちょっと、やめてよ! 誰かぁ殺される―!』


 すると奥からパチパチと手を叩きながら現れたのは執事のスロウ。


「あー、てめえ!」


「まあ、落ち着いて下さいよ王子。まさかここまでたどり着けるとは。私の予測よりも三か月早かったですね。もう、お分かりかと思いますがここにいる魔族たちはいわばかりそめ。無限に沸く魔物? そんなのいないですよ。私たちにとってはヴァーチャルゲームと言ったところですかね。もちろん多少のリスクはございますけど」


「よくわかんないんだけどどういう事?」


「人間世界、それこそが我ら魔界のマナの供給源。人は死に、その身に蓄えたマナをこうして魔界に供給する。私たちは人間世界にマジックアイテム、魔石と言った様々な恩恵を。実にWINWINの関係なんですよ」


「で、俺の処分は?」


「ええ、十分な働きを見せて頂きました。ここまで魔族を一人も殺さず、それも評価できる項目ですね。ですが、ゲームでもラスボスと言うのは必要かと。ふふ、それを不肖、この私が務めて差し上げようかと」


「ふ、ふっざけんな! お前、魔界貴族だろ! 伯爵相手に俺が?」


「いいえ、あなたのお仲間も。どうです? こちらは私一人、あなた方は八人もおいで」


「そ―ゆー問題じゃないんだけど!」


「王子には積年の恨みもありますし、ガチでぶん殴って差し上げられるこの機会、私が見逃すとでも?」


「てめえマッマに言いつけてやるからな!」


「どうぞご自由に。魔界に戻れれば、の話ですけれど。ともかく私はあなたを殴ると決めている。それが全て、さあ、お友達も目を覚ますころ、私もそれなりの姿で迎えて差し上げねば」


 そう言ってスロウはそのタキシード姿の背中に魔族の翼を生やした。魔族と人間のハーフである俺にはない、魔族の印。そしてこめかみのあたりからはぐるぐると巻いた角を生やす。掛けたメガネはそのままに、完全に悪魔の姿。


「うっ、みんな、無事か? って、魔人!」


「ええ、そうです。お初にお目にかかりますね、これからあなた方を皆殺しにして差し上げます」


「みんな、起きろ!」


 ううっと呻いてパーティの面々が起き上がる。ちっ、まずい。俺だけなら勝てはしないが負ける事はない。殴られればものすごい痛いけど。


「バーツ何をしている、下がれ!」


「いや、みんな、ここは俺が、」


「何を言っている、ブロンズのお前に任せる事など出来ない!」


「そういう問題じゃねえんだよ! 早く逃げろ!」


「ほう、感心感心、他者を思いやる心、そうした事を学びましたか。ですが、残念」


 スロウの毒々しく変色した爪の先から紫色のビーム、それを浴びた神官のジュドーはいきなり隣のヤクシにメイスを振るった。


「きゃっ、何?」


「回復役を潰すのは常套手段。さ、これで彼は敵となりました。殺して差し上げるのが救い、そう思いますが?」


「くそ! ガス! 私と共に魔人に! ヤクシ、援護を! ドリス、ジュドーはそっちで何とかしろ!」


「ほう、中々のご判断」


「てめえ、舐めんじゃねえ!」


 そう言って俺は火球を連射。そんなもの利かない事はわかってる。だが、今はこれしか。


「バーツさん! 僕も!」


「来るなソーヤ! そっちで神官の相手を頼む!」


「わかりました!」


「頼む! 頼むよジュドー! 目を覚ましてくれ! 俺はお前を殺したくねえんだ!」


 後ろでは神官相手に苦戦中。こちらから手を出せば殺してしまう事になりかねない。すでにヤクシがジュドーのメイスに頭を叩かれ昏倒中。そしてこっちはガスとジルの二人でスロウに挑むもその伸ばした爪で軽くあしらわれてしまう。俺はこっそり後ろに回り込もうとするがスロウの眼鏡の奥の鋭い視線が俺を捕らえたまま。くそ、このままじゃ。


「どうしました、王子。それじゃあ全滅しちゃいますよ? ほら、」


「ぐはぁ!」


「ガス!」


 大男のガスは盾ごと爪に貫かれ、その体を宙に浮かせていた。


「まずはお一人様、あの世にご案内。いいところだと良いですね」


「キサマぁぁ! よくもガスを!」


「ほらほら、全然遅いですよ」


 その時、向こうでも悲鳴が。


「お、お前!」


 そう、アルトが神官のジュドーの背中を短剣で深々と貫いていた。あの短剣はマジックアイテム。ジュドーの鎧をやすやすと貫いていた。


「こ、こうするしかないじゃないですか!」


「…ん、そうですな、良い判断ですよ。商人。これも神のお導き。ドリス、世話になりましたね」


「うぉぉぉ! ジュドー!」


 ドリスに支えられながらジュドーはゆっくり膝を折った。


「お前!」


「僕はアルトさんの判断が正しいと思います!」


「小僧、お前に何がわかる!」


「…いやですねえ、内輪もめですか?」


 くそくそっと思いながら火球を連射、それは全てうざそうに長く伸びた爪に振り払われる。剣はダメだ、俺よりはるかに剣術に優れたジルが子ども扱い。そう思っているとそこにドリスが参戦した。


「お前だけは許さない!」


「そうですか、それは結構」


 ドリスは手にした魔法の短剣を投げつける。それはいきなり五つに分裂し、スロウの急所めがけて飛んでいく。だがそれもスロウの爪に払われて別の爪がドリスを襲った。


「あがっ! まさか、この俺が…」


 ドリスはスロウの爪の一撃で心臓を刺されて息絶えた。


「ドリス!」


 ジルは涙を流しながら双剣を振るっていた。スロウはそれを弄ぶようにジルの鎧を剥いでいく。肩当てが飛び、ベルトが千切れ、革の鎧が引き裂かれる。その双剣の一本はすでに折れていた。


「さて、ギャラリーのいるうちにお仕置きタイムと参りましょうか」


 スロウは片手の五本の爪でジルを相手取りながらもう片方の腕で、見えないほどの速さで裏拳を振るった。ガシャンっと大きな音がして何とか腕でガードした俺は通路の端まで吹き飛ばされて強く体を打った。両腕は折れ、背骨も損傷、肋骨もいくらか折れている。すぐに自己修復が始まったがこの痛みは尋常じゃない。


「流石ですね、アレを食らって原型を留めているとは。まあ、あまりやりすぎても魔王様のご不興を。ふふ、お似合いですよ、その芋虫のように這いずる姿。ずっとそうなされていればいいのに」


 俺の体は急速に修復を始めていたがそれを気取られないように這いずってスロウに近づいた。


「さて、そろそろ舞台はフィナーレ。私も少し飽きましたし」


 スロウはカタカタと震えながら盾を構えるソーヤ、その後ろに隠れ、神に祈るアルトの二人をいきなり蹴飛ばした。二人はガシャガシャと音を立て、壁にぶつかり気絶した。


「あとはあなただけですよ」


 最後に残ったジルはもはや裸同然、それでも剣を振るっていた。


「よく頑張りました」


「ぐあああああ!」


 そのジルの手足に爪が。ジルは苦悶の声をあげ手にした剣を取り落とした。今だ、スロウの両手は埋まってる。俺はバッと走り出し、その顔面に思い切り拳を叩きつけた。


「うぉぉぉ! このボケ執事!」


「…痛ったーい! 何するんですかぁ! ひどい、ひどすぎる! ほら、眼鏡のツルも曲がっちゃった! ああ、これ、娘が買ってくれた大切なものなんですよ! ああああ、どうしてくれるんですか! もう、知りません! 王子、絶対許しませんから!」


「うっせー、もう一発殴るぞ!」


「嫌、やめて、もう、お家かえる!」


 そう言ってスロウはざざっと乱れた電波のようになって姿を消した。



「ジル、大丈夫か?」


「…私は良い、他の連中を」


「ソーヤ! アルト!」


 二人はとりあえず息がある。だがすでに瀕死。俺はヒールがつかえるが三人に使えるほどのマナがない。一人を救えばそれでお終い。ここの空気中のマナを吸収して回復するのを待って居ては他の二人は助からない。くそ、どうすれば。


 …そう、答えは一つだけ。ソーヤにヒールを使い、ジルを食って回復、それでアルトを救う事が出来る。ヤクシと言う女魔法使いはすでに息絶えていた。何より俺は、ジルを抱きたい、そしてその情を吸い上げたいのだ。そう言う欲求。ともかくソーヤに治癒の呪文を。気絶したままのソーヤの苦し気な喘ぎが安らかな寝息に変わった。


「ジル」


「ああ、わかってる。止めを。ん、何を」


「俺はお前が欲しかった、ずっと」


「…嬉しい言葉だが、今でなければなおよかった。私の腕はお前を抱えてやることが出来ない」


「それでもいい、お前の命をくれ」


「…ああ、いいとも、好きだった、バーツ」


「俺もだよ」


 とめどなく涙が溢れ、俺は四肢の動かないジルの体を貪った。最後にジルは微笑むと「ありがとう…」と言い残して灰になった。


 

「しかし、良く生き残れたものですね。完全に死んだと思いましたもん」


「本当ですよ、カッパーの彼らが私たちの身を守ってくださったのでしょうね」


「ま、流石、と言ったところだよね」


 俺たちは回収したジルたちのタグ、そしてマジックアイテムを持って地上に上がった。帰り道は機嫌の悪い俺の気配を読んだのか魔物は一切出てこなかった。ソーヤは銀の白骨戦士が持っていた片手斧と盾に持ち替えて、アルトはドリスの短剣を受け継いだ。そして俺はジルの残した双剣の折れていない一振りを腰に吊るした。


 町に戻って残りのアイテムを売りさばき、タグをギルドに提出する。一人頭金貨三百枚ほどの収入となった。


「すごいじゃないですか! これで僕ら、大金持ちですよ!」


「ああ、素晴らしい、このお金の感触」


「いいよねー、やっぱりお金って」


 駆け出し冒険者、そう言うのも悪くない。魔界の王子である俺は、その日、切ない気持ちと言うのを初めて知った。

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