第2話 冒険者たち

 さて、どぶ攫いである。指定された場所に集合し、そこで係官から道具を借りる。集まった面々も色々。希望に燃えた少年。全てをあきらめたような中年男性。そして斜に構えた若い男とその彼女らしき女。


「おら、てめえら、しっかりやれよ。ああ?」


「きゃはは、ウケルー。どぶ攫いとかマジ無理だし」


 若い男女は何もせず、俺たちがもくもくと働く姿をバカにしたように見ていた。


「ほっときましょうよ。僕らは僕らですから」


 希望に燃えた少年はそう言ってひたすら作業を進めていく。


「ジジイ、てめえさぼってんじゃねえぞ!」


「マジ働けだし」


 中年の男は若い男女にスコップで尻を叩かれながら悔し涙を流していた。ま、どこにでもあるよね、こう言うのって。


 ちなみにここには神官や魔術師は居ない。修道院や魔法大学、そういうところの出身者は身元がはっきりしているのでいきなりブロンズとして登録されるのだ。アイアンはいわゆる浮浪者。食い詰め者だったり、村で次男、三男に生まれた余計者だったり、そういう人たちが一発逆転を狙って下積みのアイアンから始めるのだ。そう言う人の中からも上位の冒険者として成功した例は多いらしい。


 そこにカッパーのタグを首から下げた監督役の若い女が現れる。


「あ、これは監督役さん。見ての通り作業は順調ですから」


 若い男は媚びるようにその女に愛想を振りまいた。…だが。


「ってーな! 何しやがる!」


「マジむかつくんだけど!」


 いきなりカッパーの女は二人の男女を鉄拳制裁。


「私の目は節穴ではない。監督役の任、舐めてもらっては困る」


「ああん? ちょっと先に居たぐらいで威張ってんじゃねえよ」


「そうだし、あたしたちならカッパーなんかすぐだし」


「ほう、ならば掛かって来い」


「んなろー!」


「顔はまずいよ、ボディにしな!」


 若い男は偉そうにしているだけあって、スコップをしっかりした腰つきで振り回す。だが、相手は熟練の中級冒険者。あっという間に叩きのめされドブから俺たちが掻きだした汚泥に顔を押し付けられる。


「ちょっとあんた!」


「ぐああああ、やめろ!」


 そして女の方もみぞおちに鋭い拳を食らい蹲る。二人は呼び出された係官によって、その場で気絶するまで鞭打ちを食らった。


「作業を続けろ。遊んでいる暇はないぞ」


 そう言われて俺たちは作業に復帰。ギルドは案外しっかりした組織であるようだ。…そしてそのカッパーのタグの女は好みでもあった。次の目標は彼女にしよう。


 さて、それはそうとこのアイアンを卒業するには最低でも十日に一度、十回の仕事をこなさねばならない。逆にこなしてしまえばブロンズになれるわけだ。ブロンズとなってしまえば仕事の報酬は上がるがただでは宿に泊まれない。そしてその仕事も城壁外に出て、戦闘行為を含むものに。アイアンは貧しいが安全、そういうところに留まりたい、そう思う連中は最低限の仕事しかしない。中年のおっさんはその手の手合いらしく、仲間内では誰よりも古くからいるのに今だアイアン。とはいえ次の仕事で十回目、飯を食いながらそれが憂鬱だと言っていた。

 そして少年の方は俺と同じく今日が初日、明日も一緒の仕事をしようと誘いをかけて来た。そして鞭で叩かれた男女は懲りることなく俺たちに自慢話を。ま、いろんな人がいる物だ。

 

 そんなこんなでどぶ攫い、草取り、それに街道掃除、そんな事を続けているうちに自然と仲良くなるものだ。


「バーツさん、いよいよ今日でアイアンも卒業ですね」


 にこにこしながら草取りをしている少年はソーヤと言う。農家の三男、幼いころから家の家畜並みの扱い。そう言うものに嫌気がさして冒険者を志したと言う。


「ま、俺様に任せとけって、お前らの面倒は見てやるからよ」


 オラついたこの男はグラムと言う。慣れてみれば兄貴肌の悪くない男。案外面倒見もよくて、おせっかい。父親が冒険者なので自分も、と言う訳だ。その父はずいぶん前に行方不明。家には母と妹がいてそれを食わせていかねばならないと言っていた。


「あたしだってやる時はやるんだから」


 その彼女のジェーンは猟師の娘、弓も使えれば罠も仕掛けられると言う。飲んだくれの父親に嫌気がさして家出、グラムとは幼馴染であると言う。


「えっと、その、私のこと、見捨てないでくださいね」


 中年のおじさん、アルトはそう言って俺たちと共に最後の仕事にとりかかっていた。彼は王都で名の知れた商会で働いていたエリートサラリーマン。だが使い込みがばれてクビ。醜聞を嫌った主がそれだけで許してくれたからこうして冒険者ギルドに入る事が出来たと言う事らしい。


 経歴的には不思議な事にオラついた若者であるグランが一番マシ。幼いころから冒険者を目指してきただけあって剣も出来るし、いくらかの魔物の知識もあるらしい。そしてその彼女のジェーンは猟師の娘だけあって野外生活のスキルに長けている。農家のせがれ、ソーヤは田舎生まれなのでそれなりに何でもできる。子供の頃には村に近寄る小さな魔物退治などもしていたようだ。みんなそれなりに自信があるから冒険者。そうでないのはおっさんのアルトと俺だけだ。


 最後の仕事を終えるとみんなで別室に招かれ、そこで新たなギルドタグが支給される。俺たちは晴れてブロンズタグを持つ冒険者ギルドの正式メンバーとなった。


 …とはいえ、俺は一切冒険者用の装備と言うものを持っていない。服は村で購入した古着のままだし、アイアンの仕事で得た金は多少の飲み食いで終了。流石にこれではまずいので泣く泣く少ない所持金から中古品の剣を買った。残りのお金は金貨一枚。それに銅貨がいくらかだ。宿も今日からただではない。二十日もすれば一文無し。うーむ、まずいですよ。


 ともかく翌日、みんなで集まって仕事を受ける事に。オラついたグラムをリーダー、そう言う事にして一人頭金貨一枚の報酬になる魔獣討伐の任を受けた。魔獣とはダンジョンから漏れ出る魔界のマナの影響で狂暴化した動物の事である。外見も変化し角や牙、そういうものが大きくなって、より戦闘的になっているらしい。それらを飼うオークやゴブリンもいて案外油断ならない相手。一般的な猟師では手こずる相手であるらしい。

 その分その角や牙、それに皮は結構な高値で売れると言う。肉は魔物化していて人には毒であるらしい。


「ま、俺様とジェーンが居れば問題ねえよ」


 そういうグランはしっかりした造りの剣と皮の鎧で武装していた。そしてジェーンは毛皮の鎧に短剣と弓矢で武装する。ソーヤは鉈を腰に差し、首になった元エリートサラリーマンのアルトは比較的マシな服を着て腰には飾りのついた短剣を帯びていた。


「へえ、あんた、良いもん持ってるじゃん」


「ええ、バーツさん、私、こういう骨董品集めが趣味でして。これも魔力を帯びた剣なのですよ。他の物は商会への弁済に宛てましたがこれだけは隠し持ってきたんです」


 ともかくも旅の用具をみんなで金を出し合って揃え、俺たちは出発する。グランとジェーンの二人だけではこうした用具を揃えるだけの金がないのだ。懐事情はみな一緒。かと言って他のパーティに誘ってもらうにはあまりにも装備が貧弱だった。



「くそっ! 聞いてた話と違うじゃねえか!」


 そう言ってグランは厳しい顔をする。


 そう、現地についてびっくり。すでに依頼を出したと思われる村は壊滅、村の中にはワイルドウルフと呼ばれる大型の狼が跋扈して、それを束ねるオークがいた。オークはゴブリンよりも大型の魔族、力はあるが代わりに頭がゴブリンより残念だったりする。共に魔族の最底辺。そしてオークは人間の女を襲って子を産ませる。俺にすれば商売敵でもあるのだ。そのオークは村の女を引き出して絶賛レイプ中。女の悲鳴が響き渡っていた。


「とにかくあの女を助けるぞ! ソーヤ、おっさん、ついてこい! ジェーンとバーツは援護しろ!」


 そう言ってグランは剣を抜き、先頭に立って突撃、ソーヤがそれに続いて鉈を振るい狼を仕留めた。アルトはおどおどしながらその後に続いて「うわぁぁぁ!」っと叫んで短剣を振り回した。俺とジェーンは屋根に上がり、そこで弓矢と魔法で狼を討ち取って行く。異変に気付いたオークがうなりをあげると狼たちは村人たちを貪るのをやめ、オークの所に集まって来た。オークは一匹、そして狼は五頭いた。完全にこちらの戦力不足である。


「オークは俺が、お前らは狼を!」


「わかりました!」


「ひぃ、来るな、来るなぁ!」


「あたしは矢を打ち尽くしたらグランのカバーに入るよ。あんた、まだ魔法行ける?」


「ああ、まだ大丈夫だ」


 火球の呪文は初歩呪文。指先に力を集め、小さな火の玉を打ち出すのだ。これであればいくらでも打ち出せる。雷の呪文であれば慣れてないので消耗もするけれど。


「ちぃぃ! 舐めんな!」


 オークとグランは壮絶な一騎打ち。グランはオークのこん棒をかわし、その剣で切り結ぶも大きなダメージは与えられずにいた。そして狼は俺の火球で燃え上がり逃げ惑う所を二頭がソーヤの鉈で頭を断ち割られ、他の二頭はめちゃくちゃに振り回すアルトの短剣に切り裂かれた。そしてもう一頭はジェーンの最後の矢で仕留められた。残りはオーク。ジェーンは颯爽と屋根から降りて「余裕だし」と口にする。その時、家の中からもう一匹のオークが姿を現し、そのジェーンを嬉しそうに羽交い絞めにした。


「きゃああああ!」


「ジェーーン!」


 そちらに気を取られたグランはオークのこん棒の一撃を食らいフッ飛ばされて気絶した。そして「グランさん!」と叫んだソーヤもオークの裏拳で頭を殴られ泡を吹く。


「来るな、来るなぁぁァ!」


 そうさけんで腰を抜かしたアルトをよそにオークはジューンに二匹で襲い掛かっていった。


「や、やめて、お願い! 嫌ぁぁァ!」


 俺は屋根の上に身を潜め、ジェーンが二匹のオークに犯される様をじっと見ていた。うーむ、流石オーク、レイプに関しては隙がない。そのジェーンが気を失うまで犯されたのを見届けて俺も屋根から降りた。


『あ、王子。なにしてんの』


『使い古しで良ければあげるよ、この女』


「ばっか、お前らの使い古しとか要らねえよ」


『へえ、王子、タグとかつけて冒険者ヤッテルの?』


「まあな、いろいろあって。んで、とりあえず俺がお前らを追っ払った事にする。しばらくこっち方面には手を出すなよ?」


『ま良いけど』


 とりあえず俺はオークたちの尻に火球を浴びせた。


『熱い! シャレになってないよ! ぎゃああ、人でなし!』


『信じられない、最低だよ!』


「この悪辣なオークめ! 俺の仲間を! 絶対に許さん!」


『バーカ、バーカ!』


『バカ王子!』


「マジでぶっ殺すぞ!」


『『ごめんなさーい!』』


 そう言ってオークたちは走って逃げていった。


「はぁ、はぁ、バーツさん、おかげで命拾いを」


「アルト、あんたにしちゃよくやったさ、逃げなかっただけでも大したもんだよ」


 そのアルトと二人で気絶したグランやソーヤを介抱する。家の中には犯された女たちが何人もいて、レイプ目のままで横たわっていた。俺は今の所マナに対する飢えもないし、オークの使った女を食うのは王子としてのプライドが許さない。なので紳士的な対応を。女たちに声をかけ、近くにあった布をかぶせてやった。


 村の男、老人、子供は皆殺し、子供は狼に食われたらしい。生き残ったのはわずかな見目のいい女だけ。オークのくせにえり好みが激しいのだ。


 そしてこちらの被害はグラン、ソーヤが負傷。ジェーンは心に傷を負い、放心状態。それを深手を負ったグランが慰めていた。そして無傷の俺とアルト、そして軽傷のソーヤの三人は戦利品を袋に詰めていく。狼の牙、それに毛皮、商売人であったアルトが言うにはうまくすれば金貨の十枚にもなるかもしれないらしい。ついでとばかりに村長の家からも金目のものを頂いた。男手のいなくなったこの村はどの道廃村。いつまたオークの襲撃があるかもわからないのだ。俺たちは荷車に荷物と重傷のグラン、そしてジェーンを乗せ、生き残った女たちと共に町に帰還する。



「そう、オークがね。女の人たちからの証言も得ているわ。結果はあれだけど任務としては達成ね。戦利品は自由にしていいけど、村からの品はこちらで預かるわ。あの女の人たちの落ち着き先も決めなきゃならないし。グランメンバーとジェーンメンバーについてはしばらくは薬師の所で療養が必要ね。安心して、すでに神官にお願いして治癒の呪文で回復してるから。あとは数日の療養、それで大丈夫よ」


 ともかく俺たちは報酬を受け取り、それとアルトが捌いてきた戦利品の売り上げを分けた。戦利品は金貨十枚。報酬と合わせれば一人金貨三枚の儲けになる。だが、報酬の内一割はギルドに供託金として納めなければならないらしい。それが自分の命の値段、と言う事になる。譲り渡す人がいれば記入をと言われたが俺たちは誰もいないので三人で互いの名前を記入する。誰かが死ねばその供託金は残りの二人に。縁もゆかりもない俺たちはそうするしかないのだ。ギルドに没収なんてのはバカらしいからね。



「しかし、中々の稼ぎになりましたね」


「よくいいますよ、アルトさんはビビッて何にも出来なかったくせに」


「ま、いいじゃん。とりあえず無事だったんだし」


「そうですけど」


「ちゃんと私も狼を退治しましたよ? まあ、短剣を振り回してたら勝手に当たったと言うのが実際の所ですけど」


「それにしてもジェーンさん、大丈夫ですかね」


「まあ、そればかりは本人次第ですよ。冒険者となった以上、それは覚悟の上でしょうし」


 そんな話を久々の肉料理と安酒の蜂蜜酒を飲みながら酒場で。とりあえずこの金があればしばらくは生きていける。マナの方もとりあえずは不足はない。人間世界で大切なのは信用、それを損なわないように生きつつ女を。


「初任務を成功させたと聞いた。これは私からの祝いだ。少し、話を聞かせてくれると嬉しいのだが」


「あ、ジルさん」


 そこに現れたのは例のカッパータグの冒険者、ジル。俺の次の獲物と定めた女である。彼女が持ってきたワインを飲みながら話し上手なアルトが今回の顛末を語り聞かせた。


「オークか…ならばお前たちの手に負えずとも無理はない。しかも二匹とあれば生還できただけでも儲けもの、そう思わねばな。だが、オークをどうやって?」


「ええ、それはこちらのバーツさんが。火球の呪文を連打して、すると慌てて逃げ去りました」


「ほう、いささか疑問が残るな。あいつらが火球の呪文ごときで?」


 まずい、何か疑いを抱いてるらしいぞ。ともかくここは感情的に。


「…俺がもう少し、うまくできていればジェーンがあんな目に、」


「――すまない。お前は自分の出来る事を精いっぱいやったのだ。私の言い方がよくなかった」


 ジルは俺に深く頭を下げ空のコップにワインを注いでくれた。


「ともあれだ、金が入ったのであれば装備を整えねばな。良い装備があれば出来る事も増える。魔法の剣はその切れ味で魔物をたやすく裂くし、丈夫な鎧は身を守る大きな力となる。冒険者として生きるのであればそこに金を惜しまない事だな。いずれお前たちと肩を並べて戦う日を楽しみにしているよ」


 そう言い残しジルは席を立って行った。


 翌日、薬師の所から退院してきたグランは、レイプ目のままのジェーンを連れてギルドに顔を出した。


「悪りぃが俺は実家に一度帰る。おふくろたちに金を渡してやらなきゃならねえし、ジェーンの事もな」


「ですがグラン、十日を過ぎればまた、滞在費が。それにギルドの罰金も」


 そう、ギルドメンバーは十日に一度は仕事をこなさなければペナルティを負う。


「ああ、わかってるっておっさん、ジェーンはこの様子じゃ冒険者稼業はもう。うちでおふくろたちと暮らさせるよ。俺は三日の内には戻ってくる。悪いがそれまではお前らで」


 身を縮こまらせ、フードを深くかぶったジェーンを連れてグランは実家に帰って行った。


「なら俺たちで出来る仕事を」


「ですね」


「はい、私ももちろん参加しますよ」


 商才に長けたアルトのおかげで俺たちはそこそこ安く必要なものを揃えられた。俺は皮のズボンと長いブーツ。それにリンネルの上着。皮のズボンは柔らかな羊皮、色はクリーム色のもの。そして上着は黒く染めたリンネルの半袖。襟元、それに袖口にはオレンジの糸で飾り刺繍がなされていた。その上着を剣帯付きの太いベルトで留め、腰のポシェットに持ち金を詰め込んだ。

 後は羽の付いたツバ広の帽子と毛皮のマント。ともかく魔界の王子としてはそれなりの恰好をしておきたいのだ。剣はこの前に買った中古品だがまだ使っていない。あとは上に革の鎧でも欲しいところ。


 そしてソーヤは家から持ってきた鉈に換え、片手斧を買い込んだ。反対の手には小さな丸い盾。頭には皮の兜を。アルトは元からそれなりの服を着ていたので、代わりに大きく、丈夫そうなバックパックを買い求めた。それと腕を守る鋲を打った皮の籠手。戦闘には大きく貢献出来ないがその分荷物持ちや、その戦利品の販売交渉などを引き受けるらしい。


 グランに変わるパーティリーダーはアルトが務める事に。


「そうですね、これなどは?」


 そう言ってアルトが手にした依頼書は屋外での採集。魔物が出没する地域での薬草集め。だが報酬が銀貨五枚と安かった。


「うーん、もうちょっと高いのはないんですかね?」


「三人ですからね、あまり無茶も」


 仕方がないのでその日は採集の仕事。それでもそこに着くまでに二日がかり。アルトを見張りにおいて手渡された絵図を見ながら草を摘んでいく。辺境、そう呼ばれるダンジョンの近くに行けば行くほど魔界のマナの影響で動物も草木も姿を変える。そう言う草は効果が高くなるようで、やはり高値で取引されるらしい。依頼分のほかに売る分も摘んでいくのは当たり前。何しろみんな金がない。結局アルトの背負ったバックパックいっぱいまで薬草を摘んで町に帰った。


 所定の分をギルドに収め、残りの分はギルドの言い値で買い取られてしまう。大量に流通されて、値崩れを起こされては困るから、と言うのがギルド側の言い分だった。結局その日の稼ぎは金貨一枚、そして銀貨が三枚。まあ、悪くはないだろう。


「中々思うようには稼げませんね。今日の分だって、魔物が出ればとても見合う金額ではないですし」


「ですよね、こないだの狼、あんなのが来ればやばいですし」


「まあね、あの二人がいないってのはきついね」


「戦士にアーチャー、主力ですからね」


 とは言え満足に装備も整っていないブロンズの駆け出しにパーティーの誘いなどあるはずもなく、それから数日、同じような採取や近郊の村までの手紙の配達などと言う安値の仕事を請け負っていた。


「それにしてもグランの奴、全然帰ってこないじゃん」


「ですね…私もいささか気になってはいました。彼が戻らなければ私たちはこのまま安い仕事をと」


「まいったなぁ、次のランクに上がるには金貨で五百枚分の依頼をこなさなきゃいけないですし。そうなるとどうしても戦闘、ってなりますよね。あてになるのはバーツさんの魔法だけですし」


「ともかく次の仕事まで十日あるし、一度様子を見に行ってみる?」


「そうですね。ジェーンさんは難しいかもしれませんが、グランさんが居れば大きな仕事も」


「そうしましょうよ、僕、このままじゃ村を出た意味が」


 ともかくもその日までに稼いだ金で皮の鎧を買い求めた。安く上げるため三人ともお揃いの売れ残っていた皮の鎧。サイズを調整してもらい、金貨で二枚をそれぞれ

支払った。俺たちには高い買い物である。だが、グランの家は辺境近く。それも集落ではなく山奥にポツンとあるらしい。危険度が高いのだ。


 雨除けの天幕、それに食料などはアルトがバックパックに収めて持ち運ぶ。俺とソーヤはその両脇を歩いて臨戦態勢。なんだかんだとしゃべりながら時たま襲い掛かってくる普通の狼を退治したりしながら進んでいく。魔物がおらずともこうした狼などの危険な生き物が存在する。ほんと人間世界は大変だ。


 時にはゴブリンの姿を見かける事もあったが俺が目線で合図すると去っていく。今襲われてもいい事は何もない。まさかゴブリンを護衛にグランの家を訪ねると言う訳にもいかないのだ。そのゴブリンは俺以外に分からないようにこっそりついてきたので野営となる時トイレと言って席を外した。


「もう、なんだよ、ちょろちょろするなよな」


『王子、あの山、あそこにある家はまずいよ』


「どういう事?」


『腕利きの冒険者崩れ、そういう奴らがたむろしてる。元々あそこには神官の女がいて、ボクタチは近づけなかった』


「その神官をやっつけるだけの力があるって事? その冒険者崩れは」


『うん、あそこは避けた方がいい』


「マジか、俺はあそこに用があるんだよね」


『王子なら人間風情に負ける事はないのかも知れないけど、ボクタチは力を貸せない。今は数が少なくてこれ以上減らしたくないから』


「はは、使えねえな」


『そういう言い方、嫌われるよ? もう嫌われてるけど。とりあえず相手は五人。うちのシャーマンが遠視の魔法で見てたから』


「はいはい、ありがとう。つか金とか持ってないの?」


『持ってても王子にはあげない。魔王様は大好きだけど王子は嫌いだもん』


「すっげーむかつくんだけど」


『とにかく忠告はしたヨ? くれぐれもボクタチに迷惑かけないでね』


 かっちーんと来る言い方をしつつもそのゴブリンは俺にいくつかの宝石が入った袋を渡して去って行った。なに? ツンデレなの? 困るなあそう言うの。


 その夜は交代で見張りをして眠る。ソーヤが交代の時に俺に話しかけてきた。


「バーツさん、僕に魔法、教えてもらえないですか?」


「うーん、俺は生まれた時からできたし、教え方がわからないよ」


 嘘である。魔法は魔界では体系化されていて、その原理まで解明され、学校ではきちんと授業まである。魔法は体内に宿ったマナの発現、そのコツさえわかれば誰でもできる。そう、ゴブリンでも。ゴブリンシャーマンはそういう魔法を使える奴らの事。

 …だが、俺はその魔法の成績が最悪。就職においてもその成績を厭味ったらしく言われ暴行事件を起こす事に。いわばトラウマ。そんな俺が人に教えるなんて魔界で絶対馬鹿にされるに決まってる。それに…万一ソーヤの方が出来が良くなれば最悪じゃん。


「そう簡単にはいかないですよね。人が魔法を、そうなるには高い金払って魔術大学に。あはは、僕じゃ無理ですもん」


 そう言ってソーヤは横になった。たき火を絶やさぬよう火に拾い集めた枝をくべながら一応しっかりと見張りの役目を。俺は夜目ナイトサイトが利くので夜でも昼間と変わらない。そもそも大体魔族は夜目が利く。じゃなきゃダンジョンなんかに住めないもの。



 翌朝、火であぶった干し肉とびっくりするくらい固いパンを食べて出発する。お金があればもっとましな携帯食料も買えるのに。


 昨夜のゴブリンの忠告を基に、敵がいる前提で警戒をする。せっかく親しんだ仲間を失うのは色々困る。なのでここは俺が、そう思って前に出ると木に括り付けられたグランの死体。弓の練習にでも使われたのかその体のいたるところに矢が突き立っていた。


「まずいね、これは」


「ですね。引き返します?」


「しかし、このまま帰っては無駄骨ですよ? お金ももう」


「だよね。とりあえずは俺が。二人は俺が合図してから」


「わかりました。やばいと思ったら逃げてください。ここに簡単な罠を仕掛けときます」


 ソーヤはそう言って草むらの間にロープを張った。


 ともかくこっそりと前に出て、グランの死体の後ろに隠れた。向こうにはあくびをしている見張りが二人、ツーマンセルとは中々ヤルネ。小さな家の中からは喘ぎ声。何とか二人を倒したい。火球の呪文では騒ぎになるだけ、だとしたらここは雷撃。消耗覚悟でやらせてもらう。後で家の中の女を食えばそれでマナは取り返せるし。

 そう思い両手を前に出しダブルキャスト。一度に二つの呪文を放ち、一気に制圧を試みる。んっと念じて両手から雷の光が。それは二人の見張りに直撃し、二人はそのまま昏倒した。素早く駆け出し、剣を抜いてその二人にとどめを刺す。こっそり中を覗くと三人の男がジェーンと品のいい金髪の年増女、そしてやはり金髪の少女を犯していた。

 

 気づかれずに一人は確実に殺せる。だがそうなると二対一。逆に火球の魔法を使えば一度に二人の頭を焼くことが出来る。それだけでは死なないだろうがしばらくは戦闘不能。その間に一人殺せば何とかいけるかも。雷の呪文もまだ撃てるがそれでは女にも感電してしまう。弱っている女はそれが元で死んでしまうかも。それはあまりにももったいない。


 いろいろ考えた結果、火球の呪文を選択。両方の指先に力を込めて炎の玉を打ち出した。それと同時に剣を振り上げ突撃する。


「ぐああああ! 火が! 火がぁぁ!」


「焼ける! 俺の、俺の髪がぁぁ!」


「ちっ、落ち着け、お前は元々ハゲてる!」


 そう言った男の首をスパンと跳ね飛ばす。これで残りは二人。


「て、てめえ!」


 少女にかぶさっていた男が立ち上がり剣を構えた。その振り上げた剣の下をくぐって、腋に剣を突き立てる。犯していた男たちはちゃんと革の鎧を着ていたのだ。うかつに斬っては鎧に弾かれる。


「グっ…カハっ」っとその男が血を吐いて倒れ込んだ時、三人目のハゲた男はジェーンを人質にしていた。


「お前、それ以上近づけばこいつを殺すぞ! ギルドのメンバーなんだろ? こいつもそうだ。見捨てちゃ怒られるんじゃねえの? ああ?」


「…もういい、バーツ、あたしごとこいつを」


「てめえは黙ってろ」


 男はそう言って剣の柄でジェーンをぶん殴った。なるほど、ペナルティは困るけど、ばれなきゃいいよね。俺はニマッと笑うとジェーンを盾にする男に向かって火球の呪文を連発した。


「ぐああああ! て、てめえ、正気か!」


「――バーツ、ありがとう」


「うぉぉ! やめ、やめろ! 謝る、俺が悪かった! ぎゃあああ!」


 ジェーンごと俺の剣に貫かれたその男は、燃えるジェーンに抱き着かれたまま果てた。


「あ、ああ、…お姉ちゃん」


 そう言い残し少女もその場でがっくりと息絶えた。


「…あなたは?」


 そうか、この女が神官、そしてグランの母。俺はゆっくりその女に近づいてそのまま押し倒した。


「あ、私、死ぬのですね…」


 うん、とゆっくり頷くと女は微笑みを浮かべ俺に吸われながら残りのマナ、光の砂をまき散らす。そしてサラサラと灰に変わっていった。だがその吸い上げた情に異物が混じっているのを感じ、ん、と顔をしかめる。そして思わずその頭に沸いたイメージを具現化すると再現したのは癒しの魔法。ジェーンの焼けただれた体は元の若々しい姿に戻っていった。生き返りはしなかったけど。


 だがそれも結構な消費。吸ったばかりの今だからできる事。俺のマナは自然回復しないのだ。火球の呪文以外はみんなマナを消費するらしい。


 事を終え、身づくろいを済ませた俺は外の二人を呼び入れる。そしてグランとジェーンのタグを回収し、盗賊たちから身ぐるみ剥いだ。使えそうなのは奴らが着ていた薄手のチェインメイル。特に外の二人の奴と首を刎ねた男の分は無傷である。それに剣も結構上等な物を持っていたのでそれに持ち替える事にする。あとはいくばくかの小銭、それに食料、後は家にあった本、そういうものを片っ端からアルトのバックパックに詰めていく。アルトも状態のよさげな剣を腰に下げ、それ以外の物は後で売るのだと紐でくくった。


 グラン、ジェーン、そしてグランの妹、その三人を丁重に埋葬し、家に盗賊の遺体を放り込んで火球の呪文で火をかけた。

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