追放された魔界の王子は恋をするたび強くなる!

@SevenSpice

第1話 女殺しのプリンス

 そう、俺は女殺し。これまで落とした女は数知れず。魔界の王子は伊達ではないのだよ。容姿端麗、そして力に溢れ逆らうものは指先一つでダウンできる。圧倒的なスペックを誇っていた。ら、良かったんだけどね。


 現実はいつも非情。現在の俺は絶賛引きこもり中である。


「やはり、魔法少女ものは安定した面白さがあるな。来期のデビル東京は人間世界冒険ものか。ま、定番だな」


 ついつい声に出してしまうのは一人きりが長い証拠。ま、それはともかく魔界放送の来期のアニメをチェックする。魔力回路によって繋がれたネット網、そういう魔界文明の恩恵があるからこそ引きこもりは成り立つのだ。


「バーニィ、ご飯だよ」


「あ、マッマ、そこに置いといて」


「何度も言わせるな、食事は顔を合わせながら。早く降りてこい」


 アニメチェックを中断し、あーあー、と伸びをしながら部屋を出る。そしてダイニングテーブルでメイドたちの給仕する食事を食べた。


「本日のお食事、前菜はオークの育てた魔界豚のゼリー寄せ、香草のソースを添えて。そしてスープは…」


 そんな執事の説明を聞きながら、魔王である母の隣でフォークとナイフを手に取った。魔王は魔界の専制君主、もちろんすっごくお金持ちだ。そして不死であり不壊不滅。永遠の存在である。その魔王である母が退屈まぎれに下界、人間世界を覗き、そこで見染めた男と設けた男が俺。妊娠期間は百年にも及び、俺が生まれ得た時にはその父はすでに寿命を迎え、死んでいた。つまり生まれた時から母子家庭なのだ。


 そしてマッマは俺には激アマ。何から何まで自らの手で世話をする。今も食事をあーんと食べさせてくれるのはいいが、メイドたちの冷たい視線が胸に刺さる。


 その俺は不死ではあるが不壊ではなく、能力的にも母たる魔王の足元にも及ばない。いわば出来損ないであった。こうして成人して、魔界の一翼を担うべく、各部門に就職活動をしたが圧迫面接に腹を立て、傷害事件を起こしてしまう。それからはずっとこの調子。マッマは永遠の時があるのだから、その気になればいつでも取り返しが利く、そう言って相変わらず甘い顔をしてくれる。だけど俺は判っていた。魔界に俺のいるべき場所などないのだと。


 なんでって? 決まってる。魔王は不死で不壊不滅。つまり跡継ぎなど必要ないのだよ。俺はいわば母の趣味で生まれた子。本来必要のない存在だ。母の前では皆敬意を示してくれるが俺だけが相手であれば手のひらを返したような冷たい態度。嘲笑、愚弄、そして軽蔑。せいぜい中級魔族ほどの魔力しか持たない俺は殴り合いならともかく、殺し合いとなれば母の側近を務める魔界の貴族には勝てないのだ。死なないから負ける事もないけれど。


「魔王様、例のお話を」


「…食事中だ、控えよ」


「――されど、王子がお部屋に籠られてからでは」


 執事の問いかけに母は苦悶の表情を浮かべ、食事の手を休め、俺に向き直る。


「バーニィ。いや、我が子ヴァレンス・ロア・カラヴァ―ニよ」


「え、はい、母さん」


「お前に人間界の巡察を命じる。かの地に住まう我らが同胞の実態をつぶさに見て回れ」


「えっ? マジで」


「…私もお前を側から離したくはない。だが、我が息子として皆にその力を示してやる必要もあるのだよ。わかってくれ、バーニィ」


 涙ぐんで俺の手を取る母たる魔王の姿。異論など挟めるはずもない。つまりはこれは決定事項。うっわ、マジかよ。人間世界は魔界に比べはるかに遅れた剣と魔法の世界。そんなワイルドな場所に俺が? 


「善は急げとも申します、早速に」


「ちょっと、まだ俺飯食ってんだろ!」


 執事が俺の手を強引に引っ張り立ち上がらせる。マジか!


「大丈夫だ、バーニィ。執事のスロウも共にお前の世話係を。慣れない土地では不安だろうからな。さ、ゲートを開くぞ」


 そう言って母たる魔王は俺の目の前に人間世界への空間転移のゲートを開いた。


「まって、ちょっと待って! あ、トイレに行ってから!」


 悲し気に首を振る母。その前に躍り出た猫耳のメイドが俺をゲートに蹴り込んだ。


「早く行くニャ、クズ!」


「てめえ! 覚えてろよ! 絶対許さねえからな! うああああ!」



 気が付けば何もない草原。そして俺はパジャマ姿である。その俺の肩に一匹の黒猫が駆け上がる。


『王子、大丈夫、私がすべてサポートしますよ』


 スロウの声は耳ではなく、直接頭に響いた。


「…ねえ、なんで猫?」


『それは無論、消費を抑えるためにございます。この地の空気にはマナが存在しませんからね』


「え、どういう事?」


『魔界に住む我々は空気中のマナを摂取してその存在を保っています。それはご存知ですよね』


「あ、うん、学校で習うから」


『そのマナがあるから我らは飢えを覚えずに済む。食事などは娯楽にすぎぬのですよ。ですがここではそうも行きません。しっかり食事をとり、マナを吸収しなければ』


「飯を食う必要があるって事?」


『ええ、ですが、あなたは我らとは違い、魔王様の子。ただの食事では満たされることはないのです』


「え、マジで?」


『ええ、魔王様はサキュバス。人の男の精、いわば情を吸われて力を得ておいで。その息子であるあなたはインキュバス。人の女と交わり、その情を吸って生きるもの』


「それは知ってたけどさ、でも俺。結構モテたじゃん? 案外余裕だったりして」


 そう、俺は容姿端麗、落とした女は数知れず、そこはあながち嘘ではないのだ。メイドのネコもその一人である。そしてそれが元で数々のトラブルを巻き起こし、魔界での評判は最低、と言う事になったのだが。


『ふふ、それは王子と言う肩書あっての事ですよ。こちらでのあなたは何も持たない浮浪者。姿形、そのような物は』


「ま、いいさ、ともかくやってみないとね。で、任務の終了条件は?」


『特には何も伺っておりませんが?』


「ああ? ふざけんなよ、普通あんだろ! それじゃ追放と同じじゃねえか!」


 そう言っている間にも俺の体からは光る砂のようなものがあふれ出し、それが空気に溶けていく。体に蓄えられたマナ、そういうものが体から吸い出されていくのを感じた。


『…やはり、そうですか』


「何? どういう事!」


『魔界から出たあなたはその本質たるインキュバスとして変化を遂げた。その身に蓄えられるマナは人の女の情だけ、魔界で蓄えたマナはここではあなたに適合しない』


「それって、どうなるの?」


『生きるためには女の情が必要、枯渇すれば死ぬことになりますね。まあ、うまい事やってみてください。では、私はこの辺で』


「ちょっと。あんた、俺の世話役は!」


『これ以上私に成せることはございませぬゆえ。――はは、ざまあみろ。娘の気持ちを踏みにじった王子には似合いの最後ですよ。では、ごきげんよう』


「待って! 待ってぇ!」


 そう叫ぶも黒猫姿の執事はポンと姿を消してしまう。マージーカー。そう言えばあいつはネコの父でもあった。


 仕方なく何もない草原をとぼとぼ歩く。マナが欠けると気分も重い。来期のアニメ、やりかけのゲーム、作りかけのプラモデル。そういうものが頭をよぎった。どちらに向かえば良いかすらわからない。マジでどうしよう。


 グランディアと呼ばれる人間世界。そこにはいくつかの王国と、魔界の前進基地たるダンジョンが存在する。剣と魔法と魔物の世界。その中で魔物たる俺はただ一人で生きていく事に。おかしいですよね、俺、魔界の王子なのに。


 しばらく進んだ谷間に差し掛かると、ぴょこぴょこと小さな影が俺の前に飛び出て来た。魔界の底辺、ゴブリンである。最初そのゴブリンは俺を人間と勘違いしたのか、警戒しながら少しづつ距離を縮めていたが俺が仲間であることがわかると、そのうちの一匹が嬉しそうに飛びついてきた。


『王子、どうしたの? ついに追放された?』


「うっせーよ、てめえらくっつくんじゃねえ、くせーんだよ!」


『仕方がないよ。ここでは厳しい暮らしをしてる。でもこれも魔王様の為』


「そこの人! 動かないで!」


 そんな女の声が響き、俺に抱き着いたゴブリンの頭に矢が突き立った。えっ? そして岩陰から体格のいい男の戦士が躍り出て、そのほかのゴブリンを大斧で薙ぎ払う。


「万物の根源たるマナよ、わが身に宿り敵を滅せよ!」


 火球の呪文が撃ち込まれ、ゴブリンたちは一瞬にして焼き払われた。


「大丈夫? ここはあたしたちに任せて」


 弓を携えた女がそう言って困惑する俺の側に陣取り、ハンドサインで仲間に指示を送った。剣と盾を構えた剣士を先頭に大斧の戦士、ローブを身につけた魔法使いの男。その三人が前に出る。


『王子を守れ!』


「この人はあたしたちが守るのよ!」


 わらわらと出現したゴブリンたちと冒険者パーティはそれぞれ俺を守ると言いながら殺し合いをスタート。不思議な事になっていた。


 だが、いつの時も戦いは数である。次第に冒険者たちは谷あいに追い詰められ、それぞれが分断されて岩肌を背に戦っていた。


「ええい! いくら倒してもきりがねえ!」


「はぁ、はぁ、へへ、まだ来やがる」


「いささか想定外でしたね。防護壁プロテクション!」


 戦士二人はすでに息切れ。魔法使いは防御壁の呪文を唱え自らの身を守る。そして弓を持った女は俺を庇いながら矢を放ち、ゴブリンたちを近づけない。


「ふふ、大丈夫、あたしたちはまだ駆け出しブロンズだけど、このくらいの試練は何度もこなしてきてる。怖いだろうけどもう少しの辛抱だよ」


 額に汗を浮かべ、顔をひきつらせながらも俺を気遣う女の矢は残り少なくなっていた。


「がはっ! くそ、こんなところで。ぎゃあああああ!」


 盾と剣を構えた男はゴブリンたちの集中攻撃に耐えきれず、その腕をこん棒で折られ、後は囲まれ肉片に変わった。


「くそ! お前らなんかに!」


 そう言った大斧を構えた男も力付き、ゴブリンたちにめった刺しにされる。


「やめ、やめろぉ! うわぁぁ!」


 防御壁の効力の切れた魔術師は串刺しにされて血を吐いた。


「くそっ! くそっ!」


 そう言って矢を放つ女は最後の矢を打ち尽くし、背中の短剣を抜き放つ。その足は恐怖に震えていた。


「大丈夫だよ、あたしがあんたを守ってって、何を!」


 その女の腕を後ろにねじり上げその手から短剣をもぎ取った。


「なに、なんなの!」


「…ごめん」


「やだ、何? やめてぇぇ!」


 ゴブリンたちに手足を抑え込ませ、女の鎧をはぎとって無理やり体を重ねていく。キスをすると女の瞳から色が消え、俺の中にその情が、マナが流れ込む。事が終わると女はその生命力であるマナ、光の砂を散らせながら灰となって風に散った。えっ? 死んじゃうの? マジで? うっわ、すっごい罪悪感。


 …だが、魔物としての本能なのか、どこかに満ち足りた思いもあった。


『王子、人の中で生きるならこれを持っていくといいよ』


 そう言ってゴブリンたちは冒険者の死体からキラキラと輝くタグを奪って持ってきた。


『これ、ギルドタグ。生き残った冒険者は死んだ仲間からこれを持ち帰る。何かに使えるはず』


「あ、うん、ありがと」


『武器は僕たちにも必要。だからあげられない。でもお金は持って行っていい』


 別のゴブリンがこれまでに集めたと言う金貨や銅貨を袋に入れて俺にくれた。そのゴブリンたちに近くの町の所在を聞いて、とりあえずはそこに向かう事にする。女から得たマナが体に染みわたり、少しずつやる気のようなものが芽生えてきた。そして騙されたことに対する怒りも。俺はここで力を増して、いつか俺を嵌めた奴らをぶん殴る。


 俺に生まれて初めて生きる目標が生まれた。


 ともかくは町に、それが第一目標。パジャマを冒険者の着ていた服に着替え、とりあえずは旅人っぽい格好に。服は血まみれだがパジャマ姿よりは違和感を感じない。これもどこかで買い替えれば済む話。ゴブリンに言われた方角に進んでいくと、そこにそれなりの規模の集落があった。まさかあいつらこの集落を町とか言ってたんじゃねえだろうな。


「何だお前は!」


 集落は何度もゴブリンの襲撃を受けているのか臨戦態勢。その周囲には柵が儲けられ、すぐに巡回の自警団らしき若者たちが飛んできた。俺はいかにも傷を負った、そんな感じで足を引きずって歩き、その若者に縋りついた。


「す、少し向こうの谷にゴブリンが。俺は、冒険者たちにこれを!」


 そう言って四本のギルドタグを若者に見せた。


「ブロンズのギルドタグか。駆け出しだろうけど四人居て全滅? あんたは?」


「お、俺はただの旅人で。命からがら逃げて来た。すまない、少し休ませてくれ。金が要るなら払う」


 その若者たちは皆で相談、村長の判断を一人が聞きに行き、しばらくすると村長らしき老人が屈強な狩人っぽい男と共にやってくる。そして若者たちに俺を連れてくるよう命じた。


 村長の家に招かれそこで食事を与えられ、井戸で体を洗う事を許された。そして着替えを一式。真新しい下着と麻の古着の上着とズボン。それに皮の靴。もちろんそれらは全部有料、ただでもらえるものなど何もなかった。


「銀色の髪、尖った耳。お主は噂に聞くエルフかの?」


「あ、そんな感じで。その、里の事は外では話してはいけない掟が」


「そんなもんじゃろうな。気難しくて非協力的。エルフとは昔からそういうものじゃ。ここから北に進めば町がある。今日はここに泊めてやるが明日には出ていけ。そのギルドタグは町のギルドに持って行けばいくばくかの金にもなろうよ」


「すみません、いろいろ」


「対価はもらっておるからの。それにしてもゴブリンどもめ、忌々しい」


「ですよねー。最低ですよあいつらは」


 ともかくその日案内された部屋には古めかしいベッドがあった。そこに横たわりながら今後の事を考える。あの女の情、命を吸ってから俺は明らかに充実してる。強くなっている、といってもいい。そこで俺に出来る事を考える。


 剣はまずます、殴り合いは強かった。魔法に関しては火球の呪文がつかえるのみ。雷撃の魔法もほんの初歩であれば使えるがせいぜいが麻痺の効果しか得られない。魔力においては魔族の中でもかなり劣るのだ。だが、その分俺には魔法耐性が備わっている。中級魔法までならほぼレジストできるし、あの魔法使いが使ったような防護壁も引き裂ける。それだけが魔族として他人に優れたところでもあった。そして魔界貴族が俺を滅することが出来ない理由でもある。流石に上級魔法ともなればダメージを負うがマナが満ちていれば修復する。不死の体は伊達ではないのだ。


 その出来る事をもって、人に紛れて生きていかなければならない。それには金を稼ぐ手段、そして住むところ、そうしたものが必要。そして女の情を吸えばああして灰になってしまう。うっかり手を出せば騒ぎの元ともなるだろう。それは人の世界で生きる道を狭める事になる。吸う方法、そう言う事もしっかり考えねば。まあ、当面はマナの枯渇とは無縁である。追々、と言ったところだろう。まずは人の中で生きる道を確立すること。これが喫緊の課題だ。


 翌日、村長に別料金を支払い町のギルドへの紹介状を認めてもらう。いろいろ支払いゴブリンたちにもらった金も半分ほどに減っていた。


 麻のシャツに黒く染めた七分丈の麻のズボン。それに皮の靴。完全に村人スタイルとなった俺は麻袋に買った食料を詰め、腰には皮袋に入った金と、やはり買い受けた皮の水筒を吊るして歩いていく。町まではここから歩いて二日の距離。途中に集落はあるが入るには金か身分を示すものが必要。村長の紹介状はそういう意味では価値のあるもの。


「くそ、なんで魔界の王子たる俺がこんな目に。本当なら今頃動画を見て、ゲームでもしてたはずなのに。リアルRPGとか誰も望んじゃいねえんだよ。あーあー女を抱いたら死んじゃうんじゃハーレムなんか永遠に無理じゃん。バカじゃねえの。ハーレムのない冒険とかありえないんだけど」


 そんな事をぶつぶつと口にしながら舗装すらなされていない田舎道をとぼとぼと歩いていく。魔界の高度な文明の中で暮らしてきた俺はこの中世っぽい生活がたまらなくキツイのだ。ここでも快適な生活は金があれば送れるのかもしれないが動画もゲームも、それに愛する女もいないのだ。っていうか物理的に女を愛するのは無理?


 とぼとぼと半日ほど進んでいくと途中に修道院が見えてきた。歩くのに飽きた俺はそこで村長の紹介状を見せ、一夜の宿を求める事にする。それなりの金を払えばそれなりの対応。

 若い修道僧たちが盥を借り受けた部屋に持ってきてそこに湯を注いでくれる。その湯に体を入れながら手ぬぐいで体を擦った。風呂にすらまともに入れないと言うのは辛いモノ。もっとも魔族はそう汗をかく訳でもないし、俺は種族的に髭も生えない。あくまで気分の問題なのだ。そして飯はパンの上にチーズをのせて焼いたもの。それに硬くて塩辛い干し肉が添えられていた。ワインの一つでも欲しいところだが懐が寂しいのでやめておく。その残り湯で洗濯をして、はいていた下着を部屋に干した。人間世界はなんだかんだとやる事ばかり。魔力で動く洗濯機も掃除機も、湯沸かし器もない。そんな世界では人の手で何でもする必要があるのだ。


 翌日は野宿、そして次の日、ようやく城壁に囲まれた町の姿が見えてきた。町に入るには色々手続きが要るらしく、荷馬車を操る商人や、旅人たちが城門の脇の通路に列を成して並んでいた。


「次!」


「はい、私は旅のエルフ。こちらに紹介状が」


「なるほど、では銀貨一枚。それで十日間の町への滞在を許す」


「あ、はい」


 銀貨を払い、代わりに滞在証明なるものを貰う。魔物がはびこるこの世界、町を守るには高い城壁、それにたくさんの警備が必要。それらの経費は町に住む人々の税金。よそものが彼らの作り上げた安全な世界に立ち入るには金を払って当然。と言う事だ。


 町に入り、冒険者ギルドを探し、そこに立ち寄った。今までの出費で金はほとんど底をついている。ギルドタグが金にならないとあれば別の方法を取りうる必要性が出てくるのだ。


「はい、次の方」


 冒険者ギルドはアニメでよく見るように壁一面に依頼が張り出され、ギルドの受付には思い思いに武装した冒険者たちがたむろしていた。


「あ、すみません。私は旅人なのですが、途中でこれを託されまして」


「…そう、ですか。彼らはもう」


「ええ、勇敢にゴブリンと戦い、果てられました。その、私も彼らの仇を、そう思い。ですが里から出たばかりで世間知らずで」


「エルフの方が里を出て、慣れないうちは戸惑うのも仕方ありませんよ。まずはこのタグ。彼らがギルドに預けていた供託金、その一部をあなたに。残りは受取人に指定された方に。行方不明が多い中、こうして安否がはっきりするだけでもありがたい事なのですよ」


 そう言ってギルドの受付嬢は俺に金貨四枚を差し出した。金貨は銀貨十枚分の価値があり、銀貨は銅貨十枚分。宿を取り、飯までつけてもらうと大体銅貨五枚だと言う。この金と残りの金で生きていけるのは大体三か月ほど。それまでに生きる道を探さなければ。


「それで、こちらで冒険者として登録を?」


「あ、できれば」


「ではこちらにお名前を。十日に一度仕事をこなせば町の滞在費はかかりませんから」


 あ、それがあった。となると仕事をしなければ宿に泊まれる日数は大きく減る。ともかくギルドに登録し、仕事をせねば。


 渡された用紙に名前を記入。とりあえずそこには「バーツ」と記しておいた。本名を記せばひょんなところでトラブルが起きるかも知れないのだ。


「それで、職業は何に? 剣を振るのであれば戦士として、魔法が出来るのであれば魔術師、神の奇跡を受けられたのであれば神官として。そして弓矢が出来ればスカウト」


「あ、えっと魔法が少しと剣が」


 そう言うと周りからほう、っと声が上がった。


「では魔法剣士、そういう形で登録を。規定に達するまでは見習いとしてこのアイアンのタグを」


「はい、ありがとうございます」


 ギルドの人の話によればこのタグには等級があり、最上級は白金プラチナ。プラチナタグの冒険者ともなれば各国の王に招聘されて貴族となるのが常だと言う。卓越した実力は生まれをも覆す。そう言う立身出世の道が冒険者には用意されている。貧民の子であれ何であれ、一発逆転、そう言う事が可能なのだ。

 そのプラチナの下がゴールド。ここも大抵各国の騎士、もしくはギルドの幹部となるらしい。その下はシルバー。いわば上級の冒険者、その下に{カッパー。中級者としてギルドの主力を成す面々だ。その下に青銅ブロンズがいて、駆け出しの冒険者、そういう扱い。そして俺の持つ鉄のタグ、アイアンは見習い。町の中での雑用的な任務とか、戦闘行為以外を受け持つ。そう言う雑用をこなして初めてメンバーとして認められる。無論報酬など雀の涙。ギルドの経営する宿にタダで泊まれる権利と町の滞在費の免除。他は銅貨十枚とかそんな程度の小遣い。

 このアイアンの期間中に大きな問題を起こせばメンバーとして登録は出来ないらしい。いわゆる試用期間と言う奴だ。


「盗み、殺し、裏切り、そうした事はご法度です。除名となってギルトからは追放されます。それに仲間を見捨て逃げかえればランクの引き下げや罰金などの懲罰も。万が一の時には今回あなたがされたように力尽きた仲間のギルドタグの回収を」


「あ、はい、わかりました」


 とりあえずアイアン用の仕事の依頼、その掲示板を見てみる事に。メンバーになれなければまた野宿。それは是非とも避けたい所。仕事は城壁周りの草取り、それに水路のどぶ攫い、後は城壁の修繕の手伝いなどだ。街路清掃なんてものもあった。要するにインフラ整備。っつか俺王子なんだけど。


 愚痴っても仕方ないのでその日は時間的に間に合うどぶ攫いを受ける事にする。ともかく稼がなければ暮らしが立たない。冒険者として生きるなら剣だって買わなければ。っていうかさ、どんなゲームだって初期装備ぐらいあんだろ!

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