第34話 王の責務
翌日、俺はメーヴとアルトを連れて城にいるジャンを訪ねた。執務室に通され、俺とメーヴは長椅子に、アルトは一人掛けの椅子に腰かける。向こう側はジャンとディージャの二人が対応に出た。
「…なるほどな、鉱山は順調、木材も、その上難民の引き取り準備までと? …お前、一体どんな魔法つかった? まあ、聞かねえほうがいいんだろうが」
「過程はともかく、結果としてはこれだけの量、こちらの受注済み分はとりあえず賄えます。鉄鉱石も木材も現在はやや高騰気味、後は仕入れ価格の話ですよ」
「…そうだな、前にも言ったが食料での現物渡しとなる」
「そうですね、そのあたりをどうするか、商会としてはこのあたりで、と」
「…鉄鉱石に対しては小麦、木材に対しては豆や野菜、それに家畜?」
「ええ、取引レートも妥当であるとおもいますよ?」
「…そうだな、仕入れに関してはそれで、売り上げ予測は?」
「先ほども申しましたように鉄鉱石、木材はやや高騰、十分に利益は出ますよ。その利益から経費を引いた残りを伯爵と商会で分配、無論そこには税も」
「…最初の交易で商会の儲けが金貨500枚か、こちらが税と合わせて2500。まあよかろう」
「では、その形で進めさせていただきます」
アルトはそう言い、ジャンは書類にサインと印判を押した。
「…で、後はそちらの話、と言う訳だな王子」
「それは私から」
「メーヴさま?」
「リヴィア伯、私たちにはいくつかの要求が」
「…要求?」
「そうですよ。大きなものとしてはマイセンの自治権。表向きはリヴィア伯の領地、実際は私たちが統治を、その形を認めて欲しいのです」
「…魔界との兼ね合いもある、その辺もまとめてそっちが引き受けるって言うならアリな話。だが、難民をどうするって話です」
「そうですか、あなたの言う通り魔界の事はこちらで、難民に関しては順次受け入れと言う形をまずは食料と共に100名ほど、これはエミリアの難民を」
「あそこは色々限界だからな、正直言って助かる」
「それと人材に関してですが、ヴォルドと彼の配下はこちらに」
「…あいつを? なぜ?」
「彼は向こうで縁組を、そう言う事情です」
「…誰と? あそこには人は残っちゃいない」
「…簡単に言えばアルトと同じ、そう言う事です」
「魔族と? どこの?」
「我が夫の眷属、とだけ」
「待ってくれ、あいつは俺にとっても弟、そんな簡単にやり渡しはできねえ! せめて相手が何者かくらいは」
「…仕方ありませんね、ヴォルド、ルル」
二人を見たジャンはびっくり顔、ディージャも目を細めた。
「…誰だ、その女は。緑のエルフだと? そんなものは知らん」
「あたし? あたしはゴブリンだよ?」
「ゴブリンだと!」
「兄貴、ま、こんな感じで、へへっ」
「ヴォルド、お前!」
「…全てのゴブリンは彼、バーニィの眷属となりました。その事で姿も彼女のように」
「ちょっと待ちなさいよ! 全てのゴブリン? どれだけいると思ってるのよ!」
「メーヴの言った事は本当だよ? この地上のゴブリン、そして魔界のゴブリンもすべて王子の眷属だから。…王子はね、ゴブリンの王様なんだ」
「…ゴブリンの王、だと」
「そう、ゴブリンは彼に決して背かない。そこで次の要求を」
「…何をしろって言うのよ」
「何も、まず言えるのは少なくともリヴィア領内でゴブリンが人を襲う事はなくなります」
「…それで、その対価は?」
「彼らの討伐依頼、それをこの領内では許さない、ギルドとそう言う話をしてもらう」
「…あんたねえ!それは世の常識を覆す事になるのよ?」
「それが? それを言うならドラゴンを用い、マイセンを焼き払ったあなたの行動は?」
「…それは、」
「ともかく要求は伝えました。ルルのようなゴブリンが町に来ることもあるかもしれません。その時も手だしのないように」
「待ちなさいよ! それはすぐには無理よ!」
「…メーヴさま、地上じゃそれは通らねえ」
「ならばあなた方で保護を」
「待ってくれ! ギルドには話はする、少なくとも俺の領内では討伐依頼は出さないように。だが、世の常識ってもんがある。いくら王子が人を襲わせねえ、そういってもゴブリンはずっと人間と敵対してた。はいそうですかって訳にはいかねえ」
「…メーヴ、あんた、何が目的なの? あたしたちを困らせたい? それともマイセンで竜王が暴れた意趣返し?」
「…私はバーニィの望み、それを実現させる為に動いてます」
「その望みは?」
「人とゴブリンの融和。ゴブリンたちが地上に混乱を起こす尖兵となっていたのはあくまで魔界の意向。ですが今、彼らはバーニィを王として独自の動きをしています」
「…それでヴォルドとも?」
「そうです、人とゴブリンがこうして手を取り合い、男女であれば愛し合う事も、幸いにもマイセンの人たちは魔物を知りません。だからまずはそこから。ですがゴブリンが迫害対象となればその彼らも見方を変える。だからまずは彼らが敵でない事を示してもらいたいのです、人間側にも」
「…判った、最大限力を尽くす」
その返事を聞いたメーヴは話は済んだとばかりに俺を立ちあがらせると席を立ち、細かい事はアルトにと言い残して俺の手を引き商会へと帰って行く。
「なあ、メーヴ」
「なあに?」
部屋に戻り、メーヴは俺の服を着替えさせ、自分もするすると着ていた青いドレスを床に落とした。そして俺に抱き着きそのままベッドに。
「今日の事、これでよかったのかな?」
こちらの要求は全て伝えてる。でも、あまりに威圧的、というか強引だった気がするのだ。
メーヴはそう言う俺におでこをあわせ、うふふっと笑うとブラを外し、おっぱいを吸わせた。
「…生徒会のこと、覚えてる?」
「ああ、俺が会長で、お前が副会長」
「そう、生徒会費の予算、あの時私は各部の予算をぎりぎりまで絞ったの」
「そう言えば、それで俺が、」
「そうよ、あなたが各部の予算をもう少しって。あの時はね、バーニィがそう言うだろうなって思って最初から仕組んだの」
「そうなの?」
「そのままならそれはそれ、生徒会には誰も文句を言えない、そう言う状況が作れるし、ああして部の予算を増やしたなら、それは会長であるあなたへの支持につながるから」
「へえ、全然わかんなかった。じゃあ、今回は?」
「今回はこれでいいの。ジャンやディージャは頭がいいわ、妥協すればそれ以上の事を求めてくる。少しでも自分たちの有利になるように。だから一切の妥協をしなかったの。…それにああ言っておけば私を飛ばして直接あなたと交渉、そう言う事も出来ないでしょ?」
「うん、だから威圧を?」
「…実際交渉の内容自体は全部向こうに利のある事、マイセンを自治領にしておけば直接魔界と相対することもない。交易も価格としては破格、そう言える内容よ? それに難民のこともそう、」
「問題はゴブリンたち?」
「ふふ、それもね、実際は向こうの利なのよ、ゴブリンに人が襲われない、そうなれば長期的には得、ジャンがゴブリンたちと話をつけてそうした、そう言う形にすればジャンは領民たちから感謝される」
「なるほどね」
「私たちは何が出来ようが食料に関しては彼を頼らなければならない、だから裏切られる心配もない」
「まあ、確かに」
「それでもなんだかんだと言ってくるなら少し懲らしめてあげないと」
「あはは、ひどい話さ」
「…私たちはね、あの頃からずっと同じ、あなたのしたい事は私が叶えるの。そうじゃなければダメ、あなたが一人で何でもできちゃったら私、要らなくなっちゃうでしょ?」
「はは、お前を要らない? そんな事はあり得ない。お前が居なかった数十年、俺はずっと不幸だった。だけど今はお前が居るから」
「…いるから?」
「こんなに楽しくて、こんなに幸せ」
「…うん、100点。よくできたね。私も同じ、バーニィが居なければ幸せなんか感じない。あなたがこうして側に居てくれればそれだけで幸せなのよ?」
「そうだな、お前が言うようにあの頃のまま、お前は優秀な委員長で、俺はダメな落ちこぼれ。だからずっと頼って、わがまま言って」
「それが私たちの幸せだよ?」
「…でもあの頃と違う事もある」
「そうなの?」
「そうさ、今のお前は二番目じゃないだろ?」
「…バーニィ」
「だからもっと頼って、もっと甘えて、もっとわがままを。ほら、こっちのおっぱいも吸わせろよ」
「うんっ♡ 私、あなたの一番だから、愛してる、バーニィっ!」
そのあとメーヴが腰砕けになるまで激しく求めた。
「もう、ひどい目に遭いましたよ、あの後ディージャはやいやいと文句を、伯爵も厭味ったらしく色々と」
その夜はアルトとメロの二人と夕食を。アルトは結構絞られたようで愚痴を募らせる。
「まあでもさ、とりあえず儲かりそうなんだろ?」
「ええ、そこは抜かり在りませんよ。…ですが、」
「何かあった?」
「ディージャがシャ―ヴィーたち竜人族をここで雇ってやれって、もう、すごい剣幕で。伯爵もゴブリンを引き入れる気じゃないだろうな? と言ってきて」
「…まあいいんじゃないですか? 雇ってあげれば」
「ですがメーヴ」
「どの道会計をごまかすつもりはないのでしょう? で、あれば初めから監査役だと思って。むしろ会計はあの人たちに任せてもいいのでは?」
「…それでいいのですか?」
「ええ、ディージャがそれで私たちに首輪をつけた、そう思うならそれはそれ、どこかで前提をひっくり返してしまえば済む事」
「前提、つまりマイセンの食糧問題を?」
「そう、その為にはまだまだ時がかかります、今は勝ったと思わせておくことも大事なの」
「…どちらにしても伯爵とディージャには折り合えないですからね」
「こちらは折れない、けれどあちらを折ってしまえば人間世界に居られない」
「ええ、名目が立ちませんから。魔族の支配する土地、それを人間たちは認めない」
「だから何をするにも今ではない、そう言う事です」
「まあ、アルト、とりあえず金に困ることはなくなった。あとはぼちぼち、メロとイチャイチャして過ごせばいいさ」
「そうだよ、アルト様はそっちが足りてないもん」
「…そうですね、少し夢中になり過ぎていたようで」
「そうさ、色々面白い事はたくさんあるし、暇ならギルドの仕事をしてもいい。なんせ俺たちは冒険者だからな」
「そうですね、お金があれば後の事は暇つぶし、そうできますから私は」
そんな話をして、明日はまたエミリアに。あちらに食料を送るようアルトが手配してくれていた。それを運ぶ荷車や馬車も。あとはマイセンに難民を連れ帰れば今回の任務は完了だ。
翌朝、いつものようにメーヴが俺にしがみつくようにして寝息を立てていた。ほんとメーヴは朝が弱い。イラっとしたので乳首をぎゅっとつねってやった。
「やんっ、ひどいっ」
「うるせえな、起きろ、出かけるぞ」
「出発は昼過ぎだよ?」
「だからそれまでに買い物に行くの、早くしろよ」
メーヴはぷうっと膨れ、俺の支度をしてくれる。そのあと自分も支度をし、二人で街に出た。俺は服の上にいつもの半そでコートを羽織り、メーヴは清楚なワンピースに日よけの帽子をかぶっていた。寒さを感じないってのはすごいよね。
そのメーヴを連れて入ったのは布を取り扱う店。
「こんなのどうするの?」
「マイセンには何もかもが足りてないだろ? こういう機会に必要なものをって思って。金持ってんだろうな?」
「あるわよ? でも、無駄遣いはダメです」
「いいから、ほら、マーベルは裁縫が得意だろ? だから布地があれば新しい服がって思ってね。アレアもそういうのはできそうだし」
「…どうせ私は」
「いいんだよそれで、昨日お前が言ってたろ? 何でも一人で出来たらつまんないって。だからこういうのはマーベルが一番、お前はポンコツ」
「もう、ポンコツじゃないです!」
そんな事をしていると耳のピアスが振動した。
「誰?」
『あ、王子? 大変なんです』
聞こえてきたのは男のゴブリンの声だった。
「どうした?」
『巣穴が冒険者に襲われて、』
「ならシャーマンに言ってアレアの所に」
『それがですよ、逃げる途中にシャーマンのババアはひっくり返って頭うっちゃって、そのまま』
「えっ?」
『ま、陰険なババアでしたから俺たちに取っちゃ都合よかったけど、そんな訳でゲートが開けなくて、一応ババアのマジックアイテムは全部回収してます』
「わかった、今の状況は?」
『魔素の濃い森まで逃げたから大丈夫、ここには魔獣も居るから安全です』
「アレアに連絡してゲートを開くから場所を教えろ」
『5号ダンジョンの南の森です』
「生き残りの数は?」
『大人は男が三人、女が五人、ガキどもはみんなやられちゃって』
「わかった、誰も死なせるなよ?」
そう言って通信を切り、今度はアレアに連絡する。
『あ、王子、どうしたの?』
「今連絡があって、5号ダンジョンの南、あそこに巣穴を追われた仲間が居る」
『えっ?シャーマンは?』
「逃げる時にずっこけて、頭打って死んじゃったって。だからそっちからゲートを出してやれ」
『うん、わかった』
そこで通信は切れた。とりあえずこれでゴブリンたちは無事、なので布選びを続けた。
「うーん、やっぱりお前は青かな」
色々宛がってみたが、漆黒のストレートロングの髪に抜けるような白い肌のメーヴにはやはり青系がよく似合う。一つはアイスブルー、もう一つはラピス染めの紋様入りのものを選んだ。マーベルはダークレッド、もう一枚は金糸で彩られたオレンジ系統の布をひと巻き。アレアには可愛らしい若草色の布と山吹色のものを選ぶ。どうせならと思い、城の鍛冶場にいるガラリアと巣穴を引き継いだシェリルには少し紫がかった濃い色の布を選ぶ。ゴブリンたちは肌が緑なので合わせるのが難しい。それと逃げてくるゴブリンたちも新しいシャーマンが出来るだろうからそいつの分も買い求める。結構な値段だったがメーヴは以前、俺から取り上げた金貨で支払いを済ませ、ついでにシルクの柔らかな生地も買い足していた。それらは店の人に馬車に積み込んでもらった。
「お昼どうするの?」
「そうだな、適当な店で」
近くにあった店で二人とも魚介のシチューを注文し、それを食べた後、商会で荷物をまとめ、出発する。
今回も一緒に行くのは正式に俺たちに配属されたヴォルドとその妻のルル。その他にマイセン出身者で構成された伯爵の親衛隊、そう言う人たちも馬車の側で歩いていた。やはりみんな帰れるなら故郷に帰りたい、そう言う話。
エミリアに到着すると難民たちが馬車を取り囲む。それを親衛隊の兵たちが落ち着かせ、俺は馬車を降りて前に出てきた彼らの代表者と話をする。
「王子! 食いもんの方は100人なら数か月は、荷馬車も50台ほど用意して持ってる」
「そうか、ならばあとはお前たちの中で誰を、と言う話だな」
「…そこはみんなで話し合った。こっちで縁を結んだ連中はそういう恩もあるし、家も畑もあるから、あとは俺たち、けど250も居るから順番に、まずは若い連中、夫婦ものが良いだろうって」
「向こうで作っている家は25件、若くなくとも構わん、一緒に暮らせる家族ごと、そうした方がいい」
「…それでいいんで?」
「まずは手始めだからな、運搬の仕事も向こうに住む奴から半分、こっちにいる奴から半分、そうすりゃ若い奴じゃなくてもいいだろ?」
「そりゃあありがたいけど、」
「次に仕事と家が出来ればまたそう言う形で。最終的には難民、そう呼ばれる奴はいなくなる」
「…王子、わしらはあそこがいいんじゃ、寒くて雪ばっかりで、土地はやせて、碌なもんは育たねえ、それでも!」
「ああ、判っている。俺はマイセンの自治領主となった。お前らをあそこで暮らせるようにしてやるのは俺の務めさ」
そんな話を聞いていた取り巻きの連中はざわざわと騒ぎ出し、やがて一人が「王子ばんざいっ!」と声をあげると皆一斉に「バンザイっ!」と声をあげた。
「とりあえずお前はこちらに残り差配を、残る連中から運搬に携わる奴を選び出せ」
「はいっ、俺がその辺は!」
「お前らもよく聞け、今まではただ飯食い、肩身のせまい思いもしたはずだ、だがこれからは違う、こっちに残っても仕事をするんだからな。だからこっちに残る連中も胸を張れ、お前らは俺の仲間、俺の領民だ」
「「はいっ!」」
その日はエミリアで一泊、翌朝移住者と決まった難民たちがわずかな荷物を抱えて集まってきていた。
親衛隊の兵に先行させ、そのあとを荷馬車と難民たちが続いていく。難民は家族単位。当然年寄りも居れば子供もいた。
「あー、止まれ」
そう言って俺は何台かの荷馬車を止め、そこに積んである小麦や豆の袋を降ろさせる。代わりにそこに難民の荷物や年寄り、子供を乗せて出発させた。下ろした食料は残りのみんなで分けろと言い、自分の馬車に乗って出発する。
荷馬車は小麦や豆だけでなく、鶏や豚など、家畜を積んだものもあり、年寄りたちにはその世話に回ってもらえばいいだろう。
そんな事を考えながらピッタリ寄り添うメーヴを抱き寄せ、おっぱいを好きなようにまさぐった。
雪景色の中馬車は進み、ピルナの丘に着いたのは昼過ぎの事。迎えに出たアレンとソフィ、二人が難民を集め、家を割り振り荷を降ろさせる。運搬の仕事についた連中には飯を食わせ今度は鉄鉱石と木材を積み込み出発させる。まずは実績作り、これが大事。ゴブリンたちも協力し、家々に食料を分配する。とりあえずは全体の半分を配り、後は次の食糧が来たときに配るようだ。
その難民たちも人の言葉を話すゴブリンたちには忌避感を感じないらしく、普通に接し、判らない事などを聞いていた。ひと段落したところで商会の建物からマーベルとアレアが顔を見せる。二人は隣にべったりくっついていたメーヴを突き飛ばし、俺の両脇に寄り添った。
「もう、何よ!」
「ああ、すまんな、ゴミかと思った」
「まあ、似たようなもんだけどね」
「ゴミじゃないです!」
ぷくーっと膨れたメーヴを放置し、二人は難民とゴブリンたち、全員を広場に集めた。
「ああ、姫様、よくぞご無事で!」
そんな声があちこちから聞こえた。マーベルは領民たちからも人気があったようだ。
「…みな、聞いてくれ、マイセンの地は戦争、そしてドラゴンの襲撃により大きな傷を受けた。皆にも辛い思いをさせた。だが、この地に生まれた我らがここを復興せず誰がするというのか。我々には出来る事がある。マイセンの民は貧しくはあっても怠惰ではない。ならばやることはみな判っているはずだ!」
「「「おおおっ!」」」
「そして今、我々はゴブリンとも友誼を結んだ。彼らは器用でたくさんの技術と知識を持っている。見た目は子供のようだが大半は我らよりも長く生きたものだ。そのゴブリンが我らと共に、この地を、マイセンを故郷とし、その復興と開発に力を注いでくれるという。…ならば、我々とゴブリンたちは同胞である。それが理解できぬものはマイセンの民として認めぬ!」
「はい、俺たちは王子からその話を、全部納得してここにいます!」
「そうか、ならば今一つ。ここにいるバーニィこそがゴブリンの王、そして我々の王でもある。彼に従えぬものはマイセンには立ち入らせない!」
「「「おおおっ! 王子バンザイ!」」」
「王だと言っておろうが! まあいい、ともかくはそう言う事だ。食料のめぼしもついた。まずは生活を安定させ、リヴィアで苦汁を飲む同胞たちを迎え入れる体制を整える。それが為すべき事だ」
「「「応っ!」」」
「…みんなもよく聞いて。いまマーベルの言った通りこのマイセンはアレアたちみんなの故郷になるの。一緒に暮らす人は同胞、仲間、だから力を貸して仲良くなって一緒に暮らすんだよ?」
「「「はーい」」」
そんな二人の演説が終わり、俺たちは商会に。家がない親衛隊は資材置き場の納屋でとりあえずは暮らすと言う。そして巣穴を追われたゴブリンたちもここに来ていてとりあえずは屋敷の世話役になっている。何しろ生き残れたのは大人だけ、それも男三人、女が五人、わずか8人しかいない。その8人は商会の一階、オフィス部分で寝泊まりしているという。
「うわぁきれいっ!」
馬車から運び込んだ布を三人の妻たちの前で広げる。アレアとマーベルは目を輝かせていたがメーヴはエッチな事でも考えているのかにこにこしていた。
「これは?」
「お前たちの服でも作れればと思ってね。このダークレッドとオレンジっぽいのはマーベル、お前に似合うと思って。若草色と山吹色はアレア、青いのはメーヴ」
「この紫っぽいのは?」
「ああ、ガラリアとシェリルにも。あと一個はほら、逃げて来たあいつらもシャーマンを作るかなって」
「えへへ、みんなのことまで、アレア嬉しい!」
「ふむ、実にセンスがいい。これは腕が鳴るな」
「そう? 良かった、マーベルはメーヴのも作ってやってよ」
「そうだな、針仕事もできぬ女がいる事が信じられんが仕方ない」
「ほんとだよね、どんな育ちしてんのってカンジー」
「…私は裁縫は出来なくてもいいのよ。全部できてはつまらない。あなたたちのような下等生物にも頼っていかないと。一応、同じ妻ですから」
「「へー」」
「さ、バーニィこの人たちはお裁縫で忙しいから邪魔しちゃだめよ? 私の部屋でおっぱいいじりながらお茶にしよ?」
「「へー」」と言いながら二人はメーヴにダブルライダーキック。メーヴは吹っ飛び壁に頭をぶつけて気絶した。「あらあら」と使用人になったゴブリンがやってきて、メーヴを抱え、彼女の部屋に放り込んだ。
そして俺たちはアレアの部屋に。今日はアレアと過ごす日だからだ。アレアは俺とマーベルに紅茶を出すと、紙とペンを持ってきて服のデザインについて話をする。
「ねえ、アレアはどんな服にすればいい?」
「そうねえ、お前、というかさ、シャーマンの二人もそうだけどローブを着てるじゃん?」
「うん、それで?」
「オババの着てたやつはちょっとババ臭いし、ガラリアのはボロボロだった。だからね、買ってきた布でって思って」
「確かにそれはあるね、シェリルなんか布がなかったから普段着のままだし」
「…フム、流石だな、バーニィは。アレア、身分を表す装束と言うのは必要だぞ?」
「それでさ、シャーマンたちにはあの紫の布で、お前はさ特別だから山吹色の。なんか可愛くない?」
「待ってね、えっと、」
そう言いながらオババの着ていたローブ、それをアレアは絵に描いていく。その絵はやたらに上手かった。
「うん、こんな感じ。デザインはこのまま?」
「そうだねえ、胸元は少し開けた方がセクシーかな、ガラリアたちもまだ若いし。それと袖は大きく? 丈はくるぶしくらいまで?」
「こんな感じ?」
絵にしたものを見せてもらうが微妙。
「そうだな、まずは装飾、私ならばこう、フードの縁とか、袖口、そう言うところに装飾を。真っ白で柔らかな鹿の皮などでこんな感じに。それと丈はあまり長いとぬかるみを歩けぬ。すぐに汚れてしまうからな。膝丈位がいいのでは?」
「ああ、なるほど、ずいぶんよくなったね」
「ずっと身に着けるものなら耐久性など実用面を考えなければな」
「ねえねえ、そしたらさ、前開きにして、こんな感じで金属で留めるみたいなのはどうかな?」
そう言ってアレアはさらに絵を書き足していく。
「いいのではないか? アレアもシャーマンたちも女、色気はあった方が良い」
結局そう決まり、それをアレアが清書する。出来上がった絵は実にいい感じ。
「うんうん、可愛いね、これ。バーニィはいつもアレアたちの事考えてくれてるから」
「緑の布は普段着にすればいい、それと、ここの連中をどうするかだな」
「うん、正直大人とは言え8人じゃ群れとして認めるのは難しいかな。どこかに巣穴を作るにも人が足りないし」
「…ならばあいつらはここにおいてはどうだ?」
「ここに?」
「ここが落ち着けばアレンたちに任せて、と言うのが当初の予定。私たちはまた別の場所の開発を、そうするとここにもシャーマンが居た方がいい」
「まあ、そうかも。シャーマンが居れば連絡も容易いし」
「それに魔法が使える奴が誰か居ればいざと言う時かなり違う。シャーマンは薬学にも長けていると聞く、それならば医師の役目も」
「そうだね、うん、決めた! …ねえ、バーニィ、ちょっと痛いけど我慢して」
「えっ?」
そう言う俺の心臓にアレアはズンっと爪を突き立てる。そう、オババがアレアを大人にしたときのように。
「アレア! 何を!」
「マーベル、黙って、…やっぱりだ、大丈夫、」
「痛い痛い痛い!」
「我慢して、あと少し!」
そう言うアレアも汗だらだらで苦しそうな顔をしていた。
「…もう少し、抜けた! …やっぱりか、んっ!」
「おい、何をしているんだ?」
何か、力がいくつも注ぎ込まれた気がするが、それらは俺の中ではじけてしまう。その中で一つだけ感じられるものがあった。
すっと爪を抜いたアレアはその場にずるんっと崩れ落ちた。
「…何があったんだ、教えてくれ、アレア」
「…今のはね、バーニィ、ううん、お兄ちゃんの中に、私の知る術を、」
「お兄ちゃん?」
「そうだよ、たくさん術を施したけど定着したのは一つだけ。それでもゴブリンのスキル、それを一つバーニィの中に埋められた。だからバーニィはゴブリンでもあるからお兄ちゃん」
「意味が解らん」
「…私がオババから受け継いだ膨大な知識、その中には技術、魔法、そのほかにスキルがあるんだ。例えばマーベルにもある夜目のスキル。それは魔法とは違い魔力を使わない種族固有のスキルなんだよ?」
「そうか、確かに」
「オババはオババにしか使えない特殊なスキルをいくつも持ってて、例えば空間転移のゲート、あれもスキル。瞬間移動もスキル、そう言うのが10個くらいあって全部お兄ちゃんに、と思ったけど他はみんな弾かれちゃった。お兄ちゃんの魔法耐性、そう言う力は全部で18層もあって、そこを抜けるだけでも大変、そして最深部に到達してもスキルが定着しない。唯一定着したのが一族の形態変質のスキル」
「そのスキルはどんなものなんだ?」
「オババが私に、私がシェリルにしたようにゴブリンをシャーマンに変化させられるスキル。対象はゴブリンだけ、だからゴブリン固有のスキル。それを持ったバーニィはアレアの夫だから、ではなく、本当にゴブリンの一族。
だからね、アレアにはお兄ちゃんでもあり、あるじ様でもあり、旦那様なんだ」
「…ほう、そうなのか、私はまたてっきり自分だけそう言う呼び方を、それで私たちに差を、そう思ったのだがな?」
「えっ、や、やだなあ、そんなことアレアはしないんだからぁ、あはは!」
完全に動揺しながらアレアはそう言った。
「だからね、今後はシャーマンの任命はお兄ちゃんの役目、王様なんだからそのくらいしないとダメなんだよ?」
「…まあ、そうだな、何も干渉しなければ皆の求心力はアレアに。全てアレアを通さねばならぬというなら最初からアレアにとなるからな」
「そう、シャーマンは群れの長、それを決めるのはお兄ちゃん。っていうことなんだよ?」
「あのさ、それはいいけど、どうやって?」
「相手の中に爪でも牙でも突き立てて想いと力を流し込む、そうやるだけだよ? ヴァンプの眷属づくりと同じかな」
「…すみません、俺には牙も爪もないんだけど」
「…そう言う時は、ほら、おちんちん、それがお兄ちゃんの牙だから」
「そうだな、あなたが抱くに値する、だからこそのシャーマン、実に判りやすい」
「ねえ、ねえねえ、それってさ、変化前の人だよね。アレアみたいにきれいになる前の」
「えっと、そうかな、まあ、その辺はうまくやってよ。お兄ちゃんの仕事なんだよ?」
「お前、ふざけんなよ!」
「あ、それと子供をシャーマンには出来ないね、だってそう言う機能付いてないから。これは問題かな」
「既に問題は山積みなんだよ!」
「…と、に、か、く、シャーマンの選定はお兄ちゃんしかできないの!」
「お前がやれよ!」
「残念、アレアはそう言うスキル、なくなっちゃったぁ」
「嘘つけ!」
「良いから早く行って」
「どこにだよ!」
「お兄ちゃんが助けたあの人たちのとこ、ちゃんとシャーマンを決めてあげないと。お兄ちゃんが助けたんだし、責任だってあるんだよ?」
「どんな責任!?」
「いいから、アレアはマーベルと服のデザイン決めるんだから、お兄ちゃんは邪魔しないで!」
そう言ってアレアは俺を部屋から追い出した。おかしいですよ、これは。
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