第36話 魔神

――魔界 魔界庁舎 ダンジョン三課 6号ダンジョン建設本部 応接室


 そこでは客側の二人掛けのソファーにメーヴとアレアが座り、向かい側のソファーにはネコが。両脇には一人掛けのソファーが置かれ、そこにマダラとクロノスが着座する。職員にされたデーモン族のゼノがお茶を配り終えるとネコが口を開く。


「…そっちから来てくれたのは好都合ニャ。…で、今回の事、どうするつもりニャ? 要望があるなら聞かせて欲しいにゃよ」


 ネコは相手の機嫌を伺うような話し方、そう、ここにいるアレアを怒らせては全てはご破算。いつものように傍若無人な振る舞いは出来なかった。


「…先輩、ダンジョンが出来たところでいずれはまたマナ不足、魔界が発展を続ける限り避けられない問題です」


 こっちはメーヴが話に応じた。


「…それは由々しき問題、ですが今更発展を止めれば魔界の住民たちは不満に思う、それは避けなければならぬ事ですぞ?」


「…そうだな、メーヴ、お前は俺たちが利権を手放せばそれで済む、そう思っているかも知れねえが事はそう簡単じゃねえ。確かに俺たちの利権は膨大で、それを維持するには発展の継続、それが必要。…だがな、それがあればこそ俺たちは魔界に睨みが利く。無くしちまえば有象無象の野心家が魔界ってもんを食いつくしちまう。

 …魔族ってのはな、お上品には出来ちゃいないのさ」


「…ええ、大公の仰る通りかと。魔界の文明化、発展はあのヴァレンスのみならず魔族の荒ぶる心にも良識、と言うものを植え込んだのです。争うよりも、力を示すよりも決められたルールの中で生きていく方が楽、そう思わせるには文明化が必要だった。そして発展し続けなければその良識が崩壊するのですよ」


「…そう言う事にゃ。確かに付け焼刃、場当たり的な対応かもしれない、けれどこの流れが崩れれば魔界は荒れるニャ。既に魔王バッバに対する不満があちこちから出てきているニャン」


 三人の意見を聞いた後、今度はアレアが発言する。


「新しいダンジョンが出来るまで最低でも50年? そのくらいはかかるよね。その間に他のダンジョンが攻略されたらどうするの? すでに5号ダンジョン近くの巣穴が二つもやられてるんだよ? 一つは200人はいた大規模な巣穴なのに」


「…そこは死守するしかあるまい? 仮に我々が出張ることになろうとも」


「そうですな、攻略されては前提がひっくり返されることになりますれば」


「…今調べたところ、20階まで攻略されてるニャね、これは1課の怠慢ニャ」


「…役所仕事ってのはこれだから、対応がどうしても後手に回る」


「…それだけじゃないよ、既に魔王グリューナは手を打ってきてる。王子はアレアたちにオークにも声をかけて戦力化を図れと言ったの。けれどあいつらは応じなかった。不審に思ったオババは遠視の魔法で奴らの動向を追ったの」


「…その結果は?」


「…あいつらは魔界に、地上にいたほとんどの連中は今、魔王の城にいる。そしてその事をあんたらは知らなかった」


「くそ、あのバッバ! ニャーたちをも出し抜くつもりニャ!」


「…部長、落ち着け、…つまりだ、魔王は既にクーデターに備えていると?」


「…そう考えるのが道理ですな」


「…先輩、兄さんもそちらが不安定ではこちらも動けないわ。それはそちら側で解決すべき事」


「…それまで力は貸せねえと?」


「…ええ、貸し倒れになるもの。ダンジョン建設は政権の安定を見てから考えるわ」


「…メーヴ、お前、魔界の事はどうでもいいニャ?」


「…そうね、どうでもいいわ、魔界がなくても私たちは暮らしていけるだけの地盤がある。それにね、先輩、」


「なんにゃ!」


「あなたと違って私も、このアレアも魔族ではないの。私たちはヴァレンスの眷属。王であるバーニィに従う者。そのバーニィは魔界から追放されたの、王を追放した魔界になぜ力を貸さねば? 今この時点でアレアがゴブリンたちを魔界から引き揚げていない、それだけでも温情です」


「…つまり、事と次第によっては引き上げると?」


「そうだよ、アレアたちはお兄ちゃんだけ、グリューナもあんた達も関係ない」


「…ふざけるにゃよ、お前!」


 そこで短気なネコが目を見開きアレアを威嚇する。この中で最も強いブラッドキャット。アークデーモンのマダラもヴァンパイアの大公、クロノスもネコの本気の怒りを止める手立てを持たなかった。


「へえ、アレアと戦う? 相変わらずネコはバカね。昔からそうだと思ってたけど」


「やかましいニャ!」


 シャンっと伸びた爪がアレアを襲う、だがそのファングはアレアの手前で実体を失っていく。アレアは座ったままでお茶を飲んでいた。


対魔法防御アンチ・マジック? こんなの見たことないニャン!」


「これもオババから受け継いだ固有スキル。あんたの爪は魔力の結晶体。だから魔法防御で十分に防げるの。…アレアたちゴブリンは下級種族、けれどシャーマンは上級魔族なみの魔法と知恵を持っているの。そしてクイーンのアレアは魔界貴族にも劣らない」


「…つまり、俺たちに勝ち目はねえってか?」


「…オババはね、ただのシャーマンじゃなかった。きちんとした意思を持っていたから。魔界においてはゴブリンは尖兵、下働きの労働者。それは創造者である神々が決めた当たり前、だけどオババはその当たり前に疑問を持った。なぜならオババは恋をしたから」


「…恋? あのオババが? 相手は誰にゃ?」


「ヴァレンス・ロア・カラヴァーニ。暴虐の英雄。オババは彼をその目で見て恋をした。そしてゆりかごの中で飼い殺し、そういうグリューナのやり方に反感を持った。だけどオババは魔界の秩序、神々が決めた当たり前、そこを脱しきれなかった。私たちは醜い、女としても勝負には出られない。だから行動を起こす代わりに知識を集めた。自分が出来なかった事をいつか、そう思って」


「その対象はバーニィにゃ、オババは幼いころからあいつをことのほか可愛がっていたニャよ。ニャーが焼きもちを妬くほどに」


「…そう、オババはお兄ちゃん、バーニィを我が子に、そうできなかった。グリューナはネコ、あんたを側に置く事でお兄ちゃんに寂しさを感じさせなかった。だけどそんなのはまやかし、ネコ、あんたの気持ちもまやかし、だからお兄ちゃんはメーヴを受け入れアレアを受け入れる」


「…そんな事、そんな事ないニャ!」


「あんたの存在はお兄ちゃんにとって都合がよすぎた。そしてグリューナにとっても、魔界にとっても。グリューナは我が子のお兄ちゃんを憎んでた。でもあんたを側に、そうすればそれを悟られない」


「…ニャーは、ずっとあいつと、それが、ニャーの目的!」


「ならなぜお兄ちゃんを魔界に戻さないの? 今回の一件で功績は十分。追放処分を取り消したとしても、文句は出ない。なのにあんたはそう動かない」


「そうです、先輩はバーニィを魔界に戻す気はない、私もそう見ています」


「…違うニャ! そうじゃないニャ! あいつが今戻っても、パッパはあいつを認めない、だから!」


「…そっか、やっぱり知らないんだ」


「何をニャ!」


「…アレア、私が言うから。…先輩、魔王さまがバーニィを憎むのには理由があるの」


「…それはあいつがヴァレンスの息子、バッバは望まぬ相手に体を捧げ、その上子まで孕まされた、憎む理由は判らないでもないニャよ?」


「そうではないわ、魔王様にも恋した、愛し合った相手がいた」


「…えっ?」


「…それは先輩の父、スロウ」


「ニャーのパッパが?」


「実質的に彼を憎んでいるのは先輩の父、魔王様は女の意地もあるけれど、ヴァレンスに引き裂かれた恋、その相手のスロウの気持ちを汲んでいた。…先輩はその場にいたのでしょ? 彼が追放されたその場に」


「…ゲートにあいつを蹴り込んだのはニャーにゃ、でもパッパが補佐をすると」


「彼はね、地上に降りてマナを霧散させた後パジャマ姿で放り出された、」


「……」


「死んでもおかしくない状況、それをスロウも先輩も笑って見ていた」


「ネコは結局そう言う女、オババはちゃんと見抜いてた」


「…違うニャ、ニャーは、ニャーは! 頭が痛い!」


「ついでに教えてあげるね、あんたの母はグリューナに暗殺された。もちろん理由は言わなくても判るよね」


「違う! ニャーのママは出産で!」


「あんたが生まれたあと、その母親の姿をオババは見ていた。真実はいつも残酷だから。あんたは何か術式を、そう言う話じゃない?」


「違うニャ!」


「アレア殿、そこまでに。それ以上は我々も見過ごす訳には行きませぬゆえ」


「あは、正体ばらしちゃうんだ、知識神のしもべは」


「…すべては都合、と言うものでしてな」


「で、どうする? アレアたちを殺す? けどそれをしたらお兄ちゃんはあなたたちを許さない」


「いいえ、そのような恐れ多い事は、ですが、こちらを」


 そう言ってマダラが魔鏡に映し出したのはアルトとメロの姿。


「ああ、そう言う事、メロを使ってアルトを殺す? やってみれば?」


「…マダラ、やめておけ。王子と敵対すれば必ず負ける!」


「…へえ、クロノス、あんたはバカじゃないんだ」


 と、その時、ゲートが開き、そこから大柄な女が姿を見せた。


「おうやれやれ! 殺し合え! 1000年ぶりに目覚めてみればクライマックスってか? いいじゃねえか、刺激的だ」


 そう言う女の手に握られていたのは金属バット。


「…あなたは? いささか無礼では?」


「無礼? そいつはご機嫌だ、お前が潰れちまう前に自己紹介位はしてやるよ、あたしはな、魔神アリサ、魔界はあたしの縄張りってな」


 そう言ってアリサと名乗った女はマダラの頭に金属バットをフルスイング。マダラはガンっとはじけ飛び、壁に打ち付けられる。


「さて、お前に質問だ」


「あ、う、」


「誰が魔界をこんな風にしろと? あたしはそれを望まねえ。ここまで出来るって事はだ、誰かの指金、そうだろ?」


「あ、いや、その」


「どうした? 口が利けねえならお前は用済み、違う奴に質問する」


「その、知識神に、マチルダ様に!」


「やはりな、あのくそ女、人の縄張りではじけやがって、まあいいケジメは後だ。そこのお前、あたしはここの支配者、てめえらは勝手が過ぎた、そうは思わねえか?」


「……」


「おいおい、サングラス、ダンマリは良くねえな」


 そう言ってクロノスにもフルスイング、ガンっと壁に打ち付けられた彼はその場に倒れ込んだ。その時点で全員フリーズ、誰一人魔神に目を合わせるものは居なかった。


「あとはメスどもか、さて、どいつにするかな、そうだな、黒い髪のお前、」


「あ、わ、私、」


「何だ? はっきり言え、」


「…だめ、漏らしちゃう、」


 メーヴはじわっとソファーに染みを作った。


「きったねえな、まあいい、次はお前、白い髪、」


「ニャーは、」


 そう言った瞬間やはりフルスイング、ガンっとネコも壁に打ち付けられ完全に沈黙。


「さて、残りはお前だ、」


「…アレアは知ってる、あなたが魔神であることを」


「ほう、それで?」


「この1000年、あなたは愛する人の元に、その為に魔界から姿を消した」


「はっ、お前、ゴブリンか? 古い記憶を知識にってか?」


「…アレアも同じ、好きな人が居るから。だから殺されても妥協しない」


「ほう、ゴブリンの分際でよく言う。ま、てめえらはスペアがあるからな殺したところで誰かが思いを引き継げる」


「魔神アリサの教えは愛、裏切らない、嘘をつかない、そしてひるまない。アレアたちはずっとそうやって生きてきたんだよ?」


「…ふん、覚えてるならそれでいい。だがあたしは今の有様が気に入らねえ」


「アレアたちも同じ、だから魔界を抜けてもいい、そう言う話をしていたんだ」


「…なるほどな、お前とそのお漏らし女はそっち側ってか? そいつもビビッて漏らしちゃいるがあたしをまっすぐ見てる」


「…うん、アレアもおしっこ漏れちゃいそう、でもこのローブは大好きなお兄ちゃんが買ってくれたから汚したくない」


「ふっ、まあいい、そいつらを起こせ、ともかく話を、そうだろ?」


 そこから魔神アリサはそれぞれの言い分を聞いた。


「なるほどな、利権ってのは確かに力さ、だが、力ってのはより強い力に勝てねえように出来てる。ともかくあたしはこの状況が気に入らねえ。てめえらの些細な事情に構ってられねえほどカチンときてる。ともかくその魔王ってのを呼び出せ」


 素早くマダラが動き、魔王へと連絡を。しばらくするとスロウを連れた魔王グリューナが姿を見せた。


「てめえか、好き勝手やってんのは」


「…あなたの素性は伺っています。ですがここは、」


 そう言いかけたスロウは金属バットでぶっ飛ばされる。大事にしていたメガネは粉々に砕け散った。そこにネコが駆け寄って、奥へと引きずって行った。


「あたしはこの女と話してる、そいつは礼儀ってもんがなっちゃいねえ。んで、お前、あたしは魔王なんてもんを認めた覚えはねえが? ましてやこの状況、てめえは少し調子に乗り過ぎた。サキュバス風情がな」


「…必要、でした、だから」


「関係ねえだろ、その必要ってのが気に入らねえって言ってんだ。ここはあたしの縄張り、判るか?」


 流石のグリューナも目をあわせずに俯くだけ、ヴァレンスとちがい魔神アリサは誰も殺さない、その分恐怖を強く感じさせる。


「ともかくてめえには落とし前が必要だ」


「待って、ください、」


「だめだな、」


 そこから魔王グリューナはぼっこぼこ、この場の全員が直視できないほどに叩かれた。


「へっ、クズが、文明なんてのはな、地上と同じ、そんな程度でちょうどいいんだよ、あたしはマチルダに話をつけに行ってくる。帰ってくるまでに元通りにしておけ、判ったな?」


「「「はいっ!」」」


 圧倒的な暴力、その前では誰もが膝を屈せざるを得ない。魔界はこの日、二度目の悲劇を味わった。


 魔王グリューナは重体、不壊不滅のはずの魔王も神の金属バットにかかればこの有様。回復までにはかなりの時間を要するという。執事のスロウもまた重傷、こちらも現場復帰はしばらく不可能。魔王グリューナは後を評議員首班のクロノスの父、ヴァ―レーンに託し、入院生活に入った。


 ネコは真実を知るべく魔王の病室を訪れた。


「…バッバ、アレアから聞いたニャ」


「…そうか、」


「ニャーのママは、バッバが」


「…そうだな、…私は、すべてを奪われた、矜持も立場も、この体も、そして愛した人も、何もかもだ!」


「…それを奪ったのはヴァレンス、だからその息子のバーニィを愛さないニャ?」


「…そうではないよ、私にとってもバーニィは息子、愛そうと努力をした、けれど」


「無理だった?」


「…私がヴァレンスを受け入れ、スロウとの関係を終わらせたあの日、お前の母は言った。「やはりサキュバスはあんなもの」だと。そう言ってスロウの腕を取って、私に見せつけるように、」


「それで?」


「口惜しかった、泣きたかった、だが、ヴァレンスは常に笑顔で居ろと、私は感情を押し殺し、あの男に仕え続けた。お前の母は、私をあざ笑うかのように王宮でメイドとして働きだした。私には「スロウはダメな奴だから自分が働いて食わせないと」と言いながら。憎かった、口惜しかった、何故私だけが、そう思った、みんなの為? そんな事はどうでもいい、魔王と呼ばれる事すら汚らわしく感じる」


「…バッバとママは知り合いだったニャ?」


「そうだな、お前とメーヴの関係によく似ている。同じ男を好きになり、彼の心を奪い合った。勝ったのは私、戦争が落ち着けば結婚を、そう誓いあっていた。だが、ヴァレンスの出現で、あの時はああするしかなかった。そうしなければ魔界はあの男の暴虐に晒され、いずれ滅せられる。ヴァンパイアは滅びかけた、なら次は? デーモンか、妖魔の私たち。そうなれば面白半分に殺される。その時もし、彼が、スロウが殺されてしまったら? 私は生きる意味を無くしてしまう、だから」


「ヴァレンスを篭絡した?」


「…そうだ、あの男は人間、寿命は100年に届かない。既に成人しているからさらに少ない、数十年、その間だけあの男を、そうすれば全てが」


「魔王になりたくてそうした、そう言う噂ニャ」


「ふん、魔王? そんなものはなりたくもない、あの時それを出来るのが私だけだった。あの男を閉じ込めるには魔王、そう呼ばれる権力が必要だった。マダラを通じ神にも助力を乞うた、すべてはあの男を封じ込めるため」


「…それはわかるニャ」


「ネコ、お前にはすまないと思ってはいる。だが、あの女は生かしては置けなかった」


「なぜニャン? パッパはママとうまく行っていた、だからニャーが生まれた」


「…違うのだよ、それが、前提が」


「…どういう事にゃ」


「…私は孕むはずのないあの子を宿した。その事をヴァレンスは喜び、体を厭えと私を抱くことを辞めた。その間にヴァレンスにすり寄ったのはあの女、お前の母、ミケ。あいつは私のすべてを崩したい、私から全てを奪いたかった。ヴァレンスに見初められれば私の代わりに魔王に、だからあいつは」


「…ちょっと待つニャ、それは」


「最後まで聞け、そして私と違い、子を持つことができるブラッドキャット、そのあいつはヴァレンスの子を、それがお前」


「嘘ニャろ! そんな韓国ドラマみたいな展開!」


「…スロウはお前の母に裏切られ、失意の日々を送っていた。そしてお前の母はお前を産み落としたあと、ヴァレンスに嘘を見抜かれ殺された。残されたお前をスロウは大事に、我が娘として育てた」


「なら、なんでニャーをバーニィに!」


「ヴァレンスが死に、私たちは元の関係、荒れていたスロウもようやく正気を取り戻し、私の執事に。生まれたバーニィにも罪はないからと、お前を世話役に。だが、あの子はお前を捨て、スロウは結局三度自分の大事なものを傷つけられた。ヴァレンスの血筋に。…私はね、スロウに申し訳がなくて、だからあの子を愛せない、すべては

お前の言うドラマのように判ってみればくだらない事、小さな意地、口惜しい思い、それが事を複雑に、二度と解きほぐせない絡まりになっていく」


「バッバはバカニャ! パッパも、ニャーのママもみんなバカニャ! 苦しむのはバーニィとニャーにゃよ?」


「…判っている、けれどどうしようもない事なのだよ。頭を下げよと言うならいくらでも、」


「そんな事どうでもいいニャ!」


「すまない、とか言えぬよ…」


 ネコはその日、子供のように号泣した。



「魔神アリサのご意向とあれば否はない。我々古きものはあの方を存じておるからな。6号ダンジョンの建設計画は白紙、代わりにゴブリンの魔界への残留とこちらの作物、それに家畜の提供は滞りなく」


 マダラ、そしてクロノスも重体、事後処理はクロノスとメーヴの父、ヴァ―レーンが請け負っていた。まずは王子との和解に向けてアレアとの交渉、そして魔界を旧来の姿に、更にはクーデターを画策したとして、オークの一族が処罰される。これは魔神の意向、それを浸透させるための政治的な犠牲。


「お父様、私は」


「ああ、判っている。メーヴ、愛しき娘。お前は王子に嫁いだのだ、こちらの事はわしが上手くやる。お前は妻として王子に尽くしてやれ」


「…はい、お父様、これまでお世話になりました」


「さあ行け、娘の門出に涙を見せたくはないのでな」



――神の領域


「マチルダ、あたしの留守に派手に踊ってくれたじゃねえか? ああ?」


「違いますよ、私は、」


「関係ねえだろ、魔界はあたしの縄張り、みんなで決めた事だろ?」


「それは、そうですが」


「そうなのです、悪いのはいつもミセスなのです」


「アム!」


「…そうよねえ、アリサの留守になんて、エレガントじゃないわ」


「オバサンは黙っていてください!」


「ちょっと、アリサ、落ち着いて」


「うるせえなチンポ付き!てめえは黙ってろ!」


「まあ、こうなる事は判っておりましたもの」


「メガネは口を挟まないでください!」


「まあ、因果応報なのです」


「「「ねー」」」


 神様であっても人間関係は大変です。結局魔神アリサは大暴れ、知識神マチルダはバットでホームランされしくしくと泣いていた。


「わ、わたくしは関係ありませんわ!」


「止めなかったら一緒だろうが!」


 豊穣神ニーナもかっ飛ばされて地面を滑っていった。


「ちっ、ゴロか、まあいい、あと3球ある。次はどいつだ?」


「ちょっと、アム、止めなさいよ」


「マダムが止めればいいのです!」


「…そうね、ローズあなたの出番よ?」


「そうなのです、アリサ、次の球はチンポ付きなのです!」


「へえ、いいじゃねえか、お前の事は気に入らねえ」


「ちょっと、待って!」


 だが無情にも至高神はバットで打たれセンター前ヒット。


「いい当たりだ、今日は振れてるな。さて、あと2球、どっちにする?」


「無理よ私、ボールの役は苦手なのよ」


「私だって無理なのです!」


「まあいい、アム、次はお前だ、しっかり歯を食いしばれよ?」


 そう言って金属バットを振り被る魔神アリサ。だが戦神アムはそのアリサに抱き着いた。


「何してんだ、お前!」


「スタンスが少し、狭いのです。足はもっと開かないと」


「ちょっと、へんなとこ触んないでよ!」


「何がなのです? ほら、お尻はもう少しこう、」


「やだ、やめなよ!」


「脇は締めないとダメなのです。ほら、上体が起きすぎなのです。おっぱいをこの辺に、」


「いやぁぁ! やめてぇぇ!」


 意外と純情な魔神アリサは泣きだし、最終的な勝利者は戦神アム。戦神は伊達ではないのだ。


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