第12話 夏の思い出6 ―沢

 十一日目。放課後、秘密基地。


 家の中から釣具を救出したと蘭から連絡を受け、秘密基地から少し外れた所にある沢へと足を運んでいた。足首まで浸かるかどうかの浅い沢だったが、以外にも幅は広かったので見応えはある。

 子供の頃はそれこそ大海原でも見つけたかの如くはしゃいだものだが、こうして冷静に物事を見れるようになった今ではそうでもない。いや、素晴らしい場所だとは思うのだが、想像の範疇に収まる程度ということだ。

 もちろんだが、足を運んだ目的は川釣りに興じるためだ。

 日曜の昼過ぎで、かつ快晴という絶好の釣り日和。水の流れる耳障りのいい音と、そよそよと吹く風が木々を揺さぶる。その場にいるだけでも一日ぼぉっと過ごしていられるような空間だ。


 いつもの四人と今日も暇そうにしていたシオンを引き連れ、今か今かと魚が餌に食いつくのを待ち望んでいた。

 ただ、今日はあまりシオンの機嫌が芳しいものではなく、いつもより口数が少ない。何かあったのか? と尋ねてみても「何でもない、気にするな」と、以前も手にしていた電子タブレットを片手に煙に巻かれてしまう。チラリと覗くと、何やら花の画像を調べているみたいだ。

「綺麗な花だな」とご機嫌取りをしてみようとするが「そうだな」としか返してくれない。


 今思うと、この辺りからシオンの様子が変わっていったんじゃないだろうか。


 しかし、触らぬ神に祟り無しと言う言葉があるように、下手に突いて癇癪でも起こされると面倒だ。それはつい最近、萩原で学んだばかりである。そう思い返すと、街に遊びに行ってからもう数日経ったことに気が付かされる。まるで昨日の出来事のような感覚だったが、時間の流れはあっという間である。それだけ楽しかったということの裏返しかもしれないが、本当に早い。

 なんとも贅沢な悩みだが、アルバイトの予定しか書けなかったスケジュール帳が今ではいっぱいいっぱいになっていた。

 ……しかし、毎日遊んでいる訳ではないにしろ、想像以上に疲れが溜まってきている。睡眠不足だろうか? 最近立ち眩みが多くなった。まだそんな歳を感じるような年齢じゃないだろう。しっかりしろよ高校三年生の自分。


 ただ、他の三人も同様に疲れが溜まっているのを感じる時がある。いつもピシッとしており目立った隙を見せない萩原だが、今だってほら、珍しく欠伸を漏らしている。浜野兄妹は……基本的には本調子でいるのがずっとだった。

 今も沢の中にごろりと置かれた、水流を掻き分けている岩の上を釣り竿を持ったまま元気そうに二人で飛び回っていた。よっぽどそこらの小学生よりも活発的だし、シオンと蘭、一体どちらが年上だったか時折分からなくなりそうになる。

 しかし、いくら浅瀬とはいえ足を滑らせれば危険だろう。そう思ってジッと注視していると、蘭と眼が合った。


「おーい、昌もこっちで一緒にやろうぜ!」


 靴が水に濡れるのなんてお構いなしに、水を跳ね上がらせながら俺のもとへ近付いてくる蘭。


「いや、俺はいいよ。最近疲れが溜まってきたからな、たまにはこうして落ち着いてゆっくり景色を眺めるのも悪くない。それに、萩原とシオンを放って置く訳にもいかないだろう?」


「それもそうだな」と、蘭が手の平をポンと鳴らす。

 なんの気無しに、せっかくこちらまで来てくれたのだから尋ねてみようと思い、耳を貸せと蘭にジェスチャーを送った。

 数メートルは離れていたが、万が一聞こえていたら後が面倒なので、声をできる限り潜ませる。


「なあ、今日のシオンなんだか不機嫌じゃないか? 蘭、何して怒らせたんだよ?」

「いや……何もしてねーよ。きっとアレだろ、例の作業で忙しいんじゃねーの?」


「そうかな? 俺にはもっと別の理由があって不機嫌なように見えるけど……まぁ、気にしても仕方がないか。蘭の言う通りかもしれないし、ただ単に疲れているだけかもしれないしな」

「そうそう、そういうことよ。俺でさえ疲れてるんだしよ」


「ん、お前でも疲れることとかあるんだな? てっきり疲れ知らずの機械人形か何かかと」

「いやいや、俺を何だと思ってるんだよ! ……俺だけじゃないぜ? 鈴のやつだって、ここ二、三日は家に戻ったら疲れて直ぐ寝ちまうんだから」


 それを聞いて、この二人も同じ高校生なんだと少し安心する。てっきり俺だけなのかと思い、運動不足を省みていた所だ。

 と、そこでふと疑問が思い浮かんだので、蘭に質問を重ねた。


「そういえば、浜野は部活とかやってたのか?」


 先日鬼ごっこをした時にも思ったのだが、身体の鈍りなど微塵も感じなかったのだ。恐らく、ずっと何かしらのスポーツは続けていたのだろう。


「んー、そうだな。あぁ、まず野球はとっくに辞めちまったよ。でもその後はサッカー、バスケ、水泳、剣道……色々経験したよ。大会への出場はしなかったけどな」


 話を聞いてみると、鈴の方もずっと何かしらのスポーツを続けていたみたいだ。バレー、バスケ、陸上など、同じく大会に出るまではのめり込んでいなかったようだが。

 それを聞いて、あの疲れ知らずに納得した。疲れてはいるが、慣れている。結局は、俺との体力差が大きかっただけだ。萩原も、以前まで陸上の長距離選手をやっていたはずだ。現在はもう引退し、図書委員会の活動に精を出しているみたいだが、身体はまだ衰えていないらしい。

 考えれば考える程、インドアな自分が情けなくなってくる。


「はぁ……。俺も何か運動部に所属していれば変わったのかもしれないな」

「あー、天文部だもんな。あ、そういえばまだ聞いてなかったけどさ、普段ってどんな活動してんだ?」

「そうだなぁ、正直なところ、ありきたりでつまらないよ? 星を観測したり、プラネタリウムや惑星模型の制作とか、正直地味な活動ばかりだ」

「ほう、模型か。一度見てみたい」


 文科系の活動をしたことは皆無だと言う蘭は、俺の話を聞いて目を輝かせている。あぁ、いけない。これは良くないことを考えている時の眼だ。


「次の予定は、決まったな!」


 いつもの猪突猛進さを露わに、蘭の声が山々へと木霊していった。

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