第13話 夏の思い出7 ―屋上から見る景色
十九日目。夜、学校屋上。
蘭が悪巧みを思いついてから早一週間。その間はいつも通り下校時間を合わせてファミレスに行ったり、俺や浜野の家に集まってテレビゲームに興じたりと有意義な時間を過ごしていた。
嫌な予感がするとあの時は思ったが、とても平穏な毎日が続いていた。俺の思い過ごしだったかと油断していたところ、その隙を突かれたのが今朝の話である。
「今日は天文部に遊びに行こうか! 部員はお前だけなんだよな? それなら全く問題ねぇはずだ。顧問の先生にも許可は貰ってあるから、心配は要らないぞ!」
と、急に蘭が言い出した。
突然の物言いに一人困惑するが、どうやら俺以外には共有済みだったらしく、全員の予定が完璧に押さえられていた。なぜ勝手に決めたのかと問い詰めれば、話しても断られると思ったから、だそうだ。その通りだろうなと思いつつ、この男のずる賢さを改めて痛感した。
そんな訳で、十九時丁度の時間で屋上に集まっていた。一等星くらいなら、もうそろそろ見えてくる頃合い。
若干、今日のことをギリギリまで隠されていたのに不貞腐れながら、部室から運んできた天体望遠鏡の準備を始める。三脚を組み立て、本体部分を取り付けていく。ぐらつきがないか確認し、レンズ調節をしようとファインダーを覗き込んだ。
「そういえば、何を見たいんだ?」
遠くにそびえ立つ街の鉄塔を視界に入れ、ことの始まりである蘭に問い掛ける。
「そりゃあもちろん、月だ!」
高さや角度などの細かな調節を終え、蘭が指差した空を見上げる。ほんのり暗くなってきた空を見て、一息つく。雲がゆらゆらと
風の流れからして、もう少し待てば綺麗に観測できそうだ。そう思って、毎度のことながら部室から拝借してきたブルーシートに腰を下ろす。
もう少し待機しなければ良いものは観測できないことを皆に伝え、予め買っておいたスナック菓子やコンビニ弁当に手を伸ばす。
俺が準備をしている傍ら、残りの三人はもう既に宴を始めていたみたいで、空の菓子袋やペットボトルが既にいくつも転がっていた。
雑談がやけ盛り上がっていて、蘭は顔を真っ赤にしてゲラゲラと腹を抱えて転げ回っている。誰かに酒でも盛られたんじゃないかと疑ってしまうくらい転げている。
「今日の四時限目なんだけど、鈴ちゃんったら居眠りしながら大音量でお腹鳴らしちゃって……。それだけでも面白かったのに、先生に起こされて第一声が「ラーメン……まだスープが……」って。笑い堪えるのに必死で、腹筋がつるかと思った」
今もその時の様子を思い出しているのか、笑いを必死に堪えながら今日起こった出来事を話している萩原。
「その話はもうやめて! 食いしん坊なキャラだと思われちゃう!」
その横で、鈴は頬を目一杯に膨らませてお怒りだ。いや、怒っているのだろうか?蘭はこの手の妹失敗談が大好物だった。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、兄妹もそういうものなんだろうか。
この話が起爆剤となって、ここ数日の思い出話に花が咲いていく。蘭の馬鹿さは死んでも治らないだとか、萩原が段々と保護者の顔に変わっていってるだとか、鈴のカラオケは傑作だったとか。数えるほどしか日数は経っていないのに、まるで数年前からの出来事を語り合っているような感覚だった。
話の勢いに歯止めが聞かず、いつまで経っても衰えを見せない。そのまま時間も忘れてしまい、辺りはすっかり暗闇に包まれてしまった。もうさすがに月明かりだけでは不便だろうと、またしても部室より拝借してきたランタンに火を灯す。
ポッと優しい明かりが、屋上という開放的でいて隔離された空間を包み込む。ゆらゆらと頼りない炎だったが、皆で囲めば不思議と安心感を覚えた。
そこでやっと、自分達がどれだけの時間話し込んでいたのかに気が付く。時刻はもう二十時半。もうとっくに観測を始めても良い頃合いだった。
明かりに包まれたせいで気が抜けたのか、鈴が背中を伸ばしながら欠伸を漏らす。
「いやぁ、それにしても、こうやって落ち着いて集まるのは珍しいよね。ずーっと体を使っていたから、さすがに疲れちゃった」
鈴の言う通り、シオンに協力すると言ったあの日からずっと遊び歩いていた。もちろん毎日ではなかったが、予定がない日は代わりにアルバイトがあり、萩原であれば委員会活動に参加していて、浜野兄妹は家のことで忙しそうだった。
例えるなら、体力を媒介に楽しさを捻出するのと同じだ。そろそろ休息日を作っても良いんじゃないかと思い始めた頃、この天体観測なのだから蘭も憎めない。
「確かに疲れは溜まってるよな、体力の衰えを感じる。俺も何か運動部に入っておけば良かったと、今更になって後悔したよ」
鈴を真似て背中を伸ばしてみた。パキパキと何処かの骨が鳴る音が聞こえて、体力だけの問題ではないのかもしれないと少し心配になる。
「そういえば昌君、昔は蘭と一緒に野球やってたもんね。天文部に入ってるって聞いた時はびっくりしちゃった。野球はもうやってないの?」
「野球は……うん、もうとっくの昔に辞めたよ。たぶんこういう地味な活動の方が性に合ってたんだ……。とか、思ってたりして」
言葉尻を少し濁らせながら、その後に続く言葉を考える。正真正銘、自分の……自分だけの言葉を探す。
不格好でも良いから気持ちをまっすぐに伝えたくて、少し気恥ずかしかったが蘭の顔を逃げずに正面から覗く。
「月を選んだ理由は? 今時期だったら、少し早いけれど夏の大三角形とか、そういうベタな物があるのに」
「そうだな……。ほとんど直感で決めたんだがよ、たいした知識もないのに星の位置関係をみたって面白くないだろ? だったらいつも見ているモノを、いつもと違う角度から! その方が、よっぽど楽しいだろ?」
「なるほど……。お前らしいよ」
いつも見えているモノを、新しい角度から。
そうだな……。きっとこの四人となら、どんなありきたりな日常もカラフルに彩ってくれるに決まっている。これから作っていく思い出はいつまでも色褪せることのないように。出会うもの全てが衝撃的で、前代未聞の大舞台になるはずだ。
蘭の言葉をしっかり咀嚼して、俺は話すのを続ける。
「天体観測、ここからだったら空を一番近くに感じられるだろ? それこそ皆がいつも見上げている月だって、この場所からだったら手に届きそうなくらいに。遠くても、近くで感じることができるんだ。そう、だから……天文部に入ったんだ」
雲ひとつ無い夜空に、ただ一つ浮かぶ真ん丸とした月は、俺達を照らすスポットライトのように光り輝いている。こちらの姿を際立たせてくれているように、俺もあの月から目を離せない。
夜空を見上げていると、そんな絶好のシチュエーションでこんなクサイことを口走ったばかりに「あらあらロマンチックね」と鈴に茶化されてしまう。
雰囲気に流されたのか、気を緩めた途端にボロボロと余計に自分語りをしてしまった……。気がついた時には既に遅く、恥ずかしさで耳まで赤くなっているのが自分でもわかった。夜闇で誤魔化せたのが唯一の救いか。
それた話題を元に戻すように……傍から見れば逃げるように、天体望遠鏡のファインダーを覗き込んだ。
「ほら、見るなら今の内だぞ。クレーターまでばっちりだ」
満月の夜に俺達が見上げたこの光景は、いつまでも忘れられないだろう。きっと、この景色とこの感情を思い出せば、なんだって乗り越えられるんじゃないかと思えるくらいに。
願わくば、このままずっと四人と共に居られればと、祈る相手も特に居ないがそう思う。
「ふふっ。羽衣、顔真っ赤だよ」
「なっ……、なんで分かる!」
やっぱり、前言撤回。これだけは早々に忘れ去れないだろうか。
神様お願いだ、この瞬間の記憶だけを切り取ってくれないだろうか。なんて、そんな都合の良い話なんて絶対に有り得ないのに、祈りを捧げてしまう俺だった。
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