第09話 夏の思い出3 ―掃除をしよう (蘭と鈴)
四日目、浜野家。
「うあぁ! ネズミ、なんで!? ここ家の中じゃないの!? 目の鋭さがそこらのハムスターとは一線を画しているよ! らぁーん! さっさと助けろー!」
ぎゃーぎゃーと奥の方から騒ぎ散らす鈴は一旦無視。
あれだけ舌が回っている内は、まだまだ余裕のある状態だ。これは自分で何とかして貰うしかない。
そんなことよりも、今はこっちの方が一大事なのだ。
「無理だ! こっちにゃ蛇が現れてんだ! ネズミの何倍もの驚異だぞ!」
どうやら俺達の家の中はサファリパークか何からしい。いっそのこと猪でも現れてくれないだろうか。
蛇ってこれ、どうやって対処したらいいんだっけか……。ばあちゃんが昔教えてくれたのは「冷静に、強気でいけ」ということだけ。 ……あれ、ばあちゃん、その教えなんにも活かせてないんだけど?
この歳になって、祖母の教えがかなりアバウトな内容だったことに気が付くことになるとは。
「……いやいや、これは怖いっつの! なんかシャーって言ってるし舌が細長くて気持ちわりぃぞ!」
情けなくも及び腰になりながら、蛇との距離を少しずつ詰めていく。まるで忍者のように、足の裏を静かに這わせてじりじりと進む。
何か、どこかに棒的な何かはないか。
それさえあればひょいとすくって外に逃がしてやれば解決するのだが……何故こういう時に限って見つからない。
威嚇を続ける蛇と眼が合う。長い舌の動く様はなんとも不気味だ。
「くそ……ここまでか……」
と、少年漫画さながらに膝を床につけたその瞬間。
「いや、アホやってないでさっさと掃除に戻ってよ。まだ台所と居間の部分しか片付いてないんだから。このままじゃ、満足に昌君と杏ちゃんを部屋に呼べないじゃない。昨日だって、二人共あんまり居心地良さそうじゃなかったんだから」
そう言って手にした何かの長い棒で、器用に蛇を持ち上げてみせる鈴。
「……あ? お前さっきネズミがどうのって……なんとかなったのかよ?」
「つまんで外に出しておいた」
「……そっすか」
じゃあさっきのは何だったんだよ。いらん小芝居を挟むくらいなら、そっちこそ掃除をさっさと進めておけよ。
「ってお前! それ俺の釣竿じゃねーかよ!」
雑に片手で握りしめられたソレは、俺がアルバイトで親元を離れるための軍資金を稼ぐ傍ら、その中から少しづつ間引いて金を貯め、やっとのことで手にした釣り竿だ。こいつには、俺の約一年分の苦労が染み込んでいる。
「え? まぁ、本当だわ。ちょうどお手頃な長さだったから反射的に持ってきちゃった。ま、助けてあげたんだからこれくらい見逃してよ」
そういって鈴は、先に引っかかったままの蛇をぷらぷらと振り子のようにして揺さぶる。
あぁぁ、やめろ、どんどん蛇が釣り竿に巻き付いていっている。大丈夫だよな? これ、蛇に折られるとかないよな?
「いやいや! それとこれとは別の話だろ! はやくそのぶら下げてるのを自然の世界に還してやるんだ! 俺の釣竿が泣いてるから!」
「む……何よ、ちょっとくらいお礼言ってくれてもいいじゃん……そんなに大切そうに言うけど、この釣竿なんでたかが数千円の安物でしょ? そんなに怒らなくたって……」
数千円だと? 俺が買ったのは万を行く代物なんだぞ!?
高校生で万を超える買い物だなんて、どれだけ度胸が必要だったかお前に分かるか!?
「ああぁ! 分かった! ありがとう! そんで後は任せろ! 俺が処理しておくから、頼むからその釣竿を掴む手を離してくれ!」
「……なんだよもぉ。知らないからね」
「なんで床に放り投げてんだバカ!」
「そっちが離せって言ったんでしょアホ!」
ふてくされた鈴が、その場に投げ捨てるように釣り竿ごと手を離す。カーボン素材の乾いた音が部屋に響いたのを耳にした瞬間、頭が沸騰して爆発してしまいそうになった。
そうして蛇のことなんてそっちのけで喧嘩が始まり、結局夕方になっても掃除は終わらないまま、貴重な休日を浪費してしまうのだった。
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