第08話 夏の思い出2 ―夏の労働

 あれから三日目の放課後。浜野家にやってきていた。

 まだまだ筋肉痛による痛みに悲鳴を上げながら、幽霊屋敷と化してしまったこの家の草むしりを手伝う事になった。

 鬱蒼と茂る雑草は見ているだけでも暑苦しい。それに、住む家なのだから見栄えくらいは気にしてもらわないと。これだと本当に何かしまっても納得せざるを得ない。


「いやー! すまねぇな昌! 家の中を綺麗にするので手一杯でさ、正直助かる!」

「いいって、気にするなよ。今後ここに遊びに来る頻度も増えるだろうし、いつかは手伝おうと思ってたんだ。これくらいなんてことないさ」


 とは強がってみたものの、三十度近い気温の中をジッと下向きに構えて草を抜き取っていく作業は、とんでもない速さで体力を奪い取っていく。身体を動かしてかいた健全な汗と、勝手に零れてくるじっとりとした汗とでは、与えられる不快感の差はいわずもがなである。


「なぁ浜野、草刈り機とかそういった物は無いのか」

「ある訳ねぇな! それにあったとしても、ろくすっぽ使い方も分からん。無理に扱って怪我でもしたら、返って大変だ」

「そう、だよなぁ……ん? ろくすっぽって方言だっけ」

「あー……、確かそうだと思うぞ。前の学校で仲の良かったやつが使ってて、なまりが移ったのかも」


 あまり身のない会話をし続け、日差しの暑さを誤魔化そうとするも上手くいかない。会話も疲れからかとぎれとぎれになっていく。

 折角の休日になんでこんなことを……と、一瞬頭を過ぎってしまったが、これは慈善活動だ、俺は今善いことをしているんだぞと言い聞かせて邪念を払った。

 太陽が頭上真っ直ぐに登る頃、午前九時から始まった草むしりだったが進捗は半分にも至らない。それもそのはず、この広い土地を男で二つだけで進めているからだ。

 「こういう肉体労働は男の子が頑張らないとね!」という鈴の提案……もとい強制によって、男子は外で草むしり、女子は中で掃除、といった形にされている。

 嫌になるくらいの熱気。貸してもらった麦藁帽子も気休め程度にしかならない。不意に、熱中症と言う言葉が思い浮かべられた。やばいと思ってからでは遅いのだ。

 そろそろ休憩を挟みたい――そう思って顔を上げてみると、窓の向こうからこちらを覗く影が二つ。


「二人ともお疲れさま、一旦休憩にしない? 皆で素麺でも食べようよ」


 今回は上下共に学校指定のジャージに身を包んだ萩原が、こちらを手招きしていた。俺と蘭は一度顔を見合わせ、手に嵌めていた軍手を乱雑に脱ぎ捨てた。あれだけ疲れたもう動けないと思っていても、休むと決めた瞬間はとても敏速である。

 家の中へ駆け込む。急に腹の音が騒がしくなって、料理の盛り付けをしてくれていた鈴を急かしてしまう。

 俺達のあまりの節操の無さに、鈴と荻原は呆れた様子だった。

 よく見ると素麺以外にもいくつか用意してくれていて、台所から一品ずつ丁寧に持ち運んでいった。その途中でつまみ食いをしようとしていた蘭は、鈴に尻をしばかれていた。


「いただきます!」


 すべての準備が整って、四人で茶の間をぐるりと囲む。蘭の掛け声にあわせて全員の箸が伸び始める。ちゅるりと麺を吸い込むと、ひんやりとした麺つゆの旨味がカラカラの喉に染み渡る。おっさん臭くも「はぁ……」とため息が漏れてしまう。

 なんだか、大人たちが仕事の終わりに一杯ひっかける気持ちが少し理解できたかもしれない。労働の対価と考えると、これはどうにも癖になる。


「あぁー、美味い! 疲れてる時はこういうシンプルなのが一番沁みるんだよな!」


 蘭のやつも満足気だ。女子二人も「だろ?」といった様子で満更でもなさそうだ。

 胃の部分がひんやりとしていく度に、のぼせきった頭も同時に冷えてくる。そういえば、今日のこれは遊んでいる内に入るのだろうか? あくまでも労働な訳だから、シオンが指定してきた「遊ぶ」という行為とはまた違う意味合いになるのではないだろうか。

 と、思ったのだが、そんな野暮なことは言わないでおこう。

 今この瞬間が楽しいものであるのなら、それで十分ではないか。

 結局、腹一杯に麺をかき込んだ俺達が作業に戻るまで、かなりの時間を要することになるのであった。

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