第二章

第07話 夏の思い出1 ―競争

 ――翌日。昼休み、屋上。

     

「いや実際よ、もう一度シオンの嬢ちゃんに会ってみないと分からねぇだろ」


 遊べとシオンは言っていたが、一体なにが具体的だというのだろうか。あのクローンを作るに当たり、執刀医の真似事でもやらされるのではと考えていただけ、拍子抜けであったのは間違いない。

 まじない、そう言ってシオンと触れ合った額を指先でなぞり、あの時のことを思い出す。触れた瞬間は、接着面から何か暖かいものが流れ込んできて、ピリッとした静電気のようなものが脳みそを走った。が、それ以降目立った変化は現れない。

結局昨日は、シオンにそれだけ言われて解散となったのだ。まじないのことや、あの空間のこと。教えて貰いたかったのは山程あったが、邪魔だと言われて追い出されてしまったのだ。

 そして、蘭の台詞に至る。

 議論を交わすまでもなく、満場一致で秘密基地に向かうことが決定された。

 昼休みの残りの時間は、普通に昼食を摂って駄弁ることに。離れていた期間、お互いに何をしていたのか、背はどれくらい伸びたのか、彼女はできたか、彼氏はできたか、最近ハマっている物はあるか……。次から次へと話題転換し、あっという間に昼休みの時間は終わりを迎えた。

 昼過ぎの授業こそ耐え難いものはない。腹が膨れているから満腹中枢が満たされて、眠気が瞼を重くさせる。眉間をぎゅっとつまんで眼を覚まそうと努力するも、きがつけばそのつまむ手にすら力が入らなくなっていく。

 夏場で蒸した教室は、少しでも風通しを良くしようと窓も教室の扉も開け放たれている。俺のいる教室も、隣の教室も、しんと静まり蹴っていて先生の声だけが廊下に響いていた。


「――おぉーい。こら浜野ぉー……」


 そんな中、少し離れた場所、二つ程隣の教室からだろうか?

 授業とは関係ない、生徒の名を呼ぶ先生の声がふと耳に入ってきた。聞き間違いではないのなら、それは俺の友人であり最近転向してきたばかりの兄妹、熱苦しい方を担当していやつの名前じゃないだろうか。

 ――凡その検討はつくが、十中八九居眠りをしていたのだろう。転校二日目から図々しい奴だ。

 授業が終わったら、後でからかって遊んでやろう。

 そんな目論見を企てている内に、放課後の時間はあっという間に訪れた。

 生徒玄関のところで、下駄箱の前にしゃがんで待ち構えていた浜野達と合流し、前回と同じ並びになって皆を後ろから追う形で歩いて行く。

 そうして取り決め通りに秘密基地へと到着すると、入り口の所にシオンが置物のようになって座っていた。手にはタブレット型の端末を抱え、何やら調べごとをしている様子。


「ん? どうしたお前達。何か用か?」


 小首をかしげるシオン。こうしてお天道様に照らされながら相対すると、本当に幼くみえる。手に持つ電子機器が玩具やゲーム機のように見え、なんだか微笑ましい。

 俺達より先に居たが、学校はどうしているのだろう。聞かなければいけないことがまた一つ増えた。


「連れないこと言うなよシオン。とりあえず、具体的に何をすれば良いのかと思ってな。聞きに来た」

「あぁ、あまり難しく考えるな。高校生なら色々あるだろう? カラオケとか、ショッピングとか、ファストフード店で駄弁るとか。そういう普通の高校生らしい遊びをしてくれれば良いのだ。わざわざここへ立ち寄る必要は無い」


 本当にそんなことで? と、横槍を入れそうになるも、鈴に先を越されてしまう。


「本当に遊ぶだけなら私達にとっては楽かもしれないけれど……。それってお手伝いになっているの?」


 返事を待っていると、額の所を指先でトンと突きながらシオンは得意気に言う。


「だから、その為のまじないだ。効果はまだ秘密だが、お前達に施したまじないがあるだけで、お前たちが思っている以上に私の手助けとなるんだ。安心して遊んでくるといいさ」


 答えのようで答えになっていない。いまいち要領を得ない為、あまり納得はできなかった。


「だがまあ、せっかくここまで足を運んできたのだ、手ぶらで帰すのも気が引ける。来なくても良いと言ったが、私としてはお前達の顔を見れるのは嬉しい。遊んでいくといいさ」


 回りくどい言い方だが、それはつまり――。


「俺達と遊びたいってことだろシオン! 素直じゃねぇなお前も! それじゃあ何をしようか、鬼ごっこでもするか? 俺は足が速えーから追い付けないかもしれないけどな!」


 蘭の安い挑発に乗ったのか「望む所だ」と言ってシオンが立ち上がる。

この歳にもなって鬼ごっこ……。高校生らしくと言われたばかりなのに、その選択はどうなんだろう? まぁ、シオンに合わせた遊びなら丁度良いのかもしれないが。


「うへー、鬼ごっこか。短パン履いてきてて正解だったね杏ちゃん」

「本当ね。ちょっと熱くて汗ばんじゃったけど、我慢して良かった」


 そういってスカートの端っこを摘んでひらひらやってる萩原と鈴。

 自然とその様子に眼が行ってしまうが、仕方がないのだ。これは男子の性である。見えないと分かっていてもつい視線は惹きつけられてしまう。

 しかしこれで、鬼ごっこが始まった時に惑わされずに済むじゃないか。やはり戦いはフェアーでなければ。

……うん、いや。だからなんだと言う話なのだ。誰に言い訳をしているのだろう。

 

 そんな訳で始まった鬼ごっこ。きっとやきもきしていたのは俺一人だけだ。

 じゃんけんをした結果、シオンが最初の鬼となった。蘭には負けてしまうかもしれないが、流石に足の速さで女性陣に劣ることはない筈だ。ゆるりゆるりと、適度に流してやろうじゃないか。


 ――そうして十分後。


「はーっ、げほっ……はーっ、うぇっ……」


 意気込んではみたものの、日々の運動不足が祟ってしまい、一度萩原に肩を叩かれてからはずっと鬼のままだった。

 苦しい……酸素を取り込もうと嘔吐えずく度に内臓が全部口から出てきそうだ。鈍痛の走る横腹を押さえながら木々の隙間を縫って追い駆けるが、全く追い付けない。女性陣に劣る体力だというのを突き付けられて心が折れそうになる。なによりも、予想以上に足の速いシオンへ全く追い付けないのが本当に悔しかった。


「もう……無理。水をくれ……」


 顔面を真っ青に染め、地べたに仰向けになって倒れ込む。結局、俺だけが制服を砂だらけに汚して鬼ごっこは終了となってしまった。

 こんなにも服を汚したのはいつ振りだろうか。これほどまで全身を動かし、吹き出す汗を意にも返さなかったのは何年振りだったのだろうか。

 もし親元に暮らしていたのなら、このボロボロになった制服をみられて、どれほど叱られていただろうか。想像すると少し面白い。


「あっはっはぁ! 皆、まだまだ私には追いつけないようだなぁ! 晶も昔からなんにも学習していないし、愛いやつめ」


 倒れ込む俺の顔を、得意げに見下ろすシオン。

 と、その後ろから意地の悪い顔をして、にやけている蘭の姿。

 

「……うっせ。居眠り野郎も、後で覚えとけよ……」

「なんでソレを知っている!?」


 一度も鬼にならなかった蘭の得意げな顔を尻目に、翌日は筋肉痛で間違いないであろう両足を擦る俺だった。

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