第03話 屋上の作戦会議
生ぬるい風が前髪を揺らし、太陽の熱で火照ったコンクリートが尻の下で気温の高さを訴え掛けていた。今朝はまだ涼やかだったが、昼下がりにもなれば灼熱である。せめて何か陽射しを遮るものがあれば良かったのに。
そんなことを頭の片隅に置き、俺は胡坐をかきながらこの居心地の悪さに視線を泳がせていた。
「なんでっ、屋上なのよ!」
「いや、硬いこと言うなって杏」
「そうだよ杏ちゃん。私たちの貸しきり状態なんだから、文句言ってたらバチが当たっちゃうよ」
貸しきり状態なのは良いかもしれない。でもそれは、屋上なんて場所を誰も使いたがらないからだ。
一年を通してろくに掃除もされないこの場所は、汚れが酷くこびり付いていた。屋上の縁を囲うフェンスや欄干は経年劣化が激しく、ちょっと押してやれば今にも倒れそうなほどに錆び付いていた。誰が見たって劣悪な環境だと一瞬で気が付くだろう。他の生徒が寄り付かないのはそういう理由がある。
「そもそも、屋上って立ち入り禁止だったんじゃ……」
萩原が不信に思って俺を見た。
「それは、特権というか、職権乱用というか……。規則違反をしているのは確かなんだけどさ」
実は、といっても大したトリックがあるわけでもない。俺が天文部に所属しているが故の特権というやつだ。天体観測をする際に屋上を利用させて貰えるため、特別に鍵の貸し出しを許可されているだけの話。
しかも、まともに顔を出す部員は俺一人しかいない。他の連中は名ばかりの幽霊部員で、月に一回顔を見れば良い方だ。部と名乗ってはいるものの、扱いは同好会となんら変わらない。ほとんど趣味の範疇で活動している緩い集まりなのだ。
そんな緩さもあってからか、いつの日だったかこっそり鍵を持ち出してスペアキーを作ってしまった。俺が言えた立場じゃないが、管理がずさん過ぎると思う。
部活動のためであればきっちり本物の鍵を借りつつ、一人でサボりたい時はスペアキーを使って上手く誤魔化してきた。
まあ、見つからなければ問題無しということである。
「いやぁ、まさか昌が天文部だなんてな。最初は信じられなかったな」
「いいだろ、そのお陰でこうやって屋上を使えているんだから。皆が座っている敷物だって、天文部の備品なんだぞ」
大きく広げられたブルーシート。わざわざ部室から運んできた物である。
「でも、実質一人なんだよね? 寂しくないの昌君?」
「良いんだ、好きでやってることだから」
「分かるぞその気持ち! こういう高い所が好きなんだよな? 俺もだ!」
「馬鹿と煙は高い所が好きだって言うもんね」
「うるせぇぞ鈴!」
そんな二人の喧嘩を見ていると、子供の頃に戻ったかのような錯覚を覚えた。昨日まで変わらず一緒の時間を過ごしていたんじゃないかと、何年もの空白があっただなんて感じさせない、そんな柔らかい空間。
そんな感覚に身を委ねていると自然に言葉が零れていくものだ。皆が笑っている。楽しんでいる。
満を持して集まった俺達は、最初こそ緊張していたが浜野達の雰囲気に段々と飲まれていき、気が付くと昔のように話すことができていた。
また膝を突き合わせて空を仰げる、そんな関係に戻れるなんて――。
『本当は僕の事恨んでるんだろ――』
途端に、あの日の言葉が脳裏を過ぎる。ドクンと鳴った鼓動に胸が苦しくなった。
あの頃の関係に戻れただなんて、何をそんな馬鹿なことを考えていたんだろう。あの日の出来事を忘れたのか? いや、忘れられる訳がないだろう。
あの日逃げ出して、聞こうともしなかったその答えを、今更になって求めている自分がいた。そんな自分が滑稽で、情けなくて、惨めで、心を痛める資格なんて持ち合わせていないのに、一人で勝手に気持ちを沈めていった。
「――そういえば、二人は秘密基地のことを覚えているか?」
蘭の言葉で、はっと我に返る。
「秘密基地って、あの納屋のことだよね? 覚えているよ、忘れる訳ない」
萩原が答えたのに合わせて、俺も頷いた。
「そいつは結構。ならよ、こうして再会もできた訳だ……景気付けによ、行ってみないか秘密基地に。今日の放課後とかさ」
「え、今日?」
俺と萩原の声が重なった。恐らく萩原の気持ちは『心の準備ができていない』だろう。俺も同じだから分かってしまう。
「あ、いいね! ついでにあれの説明もできるし、ばっちりだよ蘭!」
「だろう? 俺もたまには冴えるってもんだ」
二人はケラケラと笑って、深くは考えていない様子。
普段ならそういう底抜けの明るさも助かるのだが、今ばかりは何を考えているのかが全然掴めない。本当に何も考えていないのか、それとも、敢えてそういう雰囲気を作っているのか。少しばかり恐怖すら感じる。
「えっと、俺はバイトがあるから……あまり遅くならなければ大丈夫だ」
「おっけー! 昌も決定な! 杏はどうする?」
「え? えっと……まぁ、皆が行くなら私も行こう、かな?」
いぇーいとおちゃらけた様子でハイタッチを交わす浜野兄妹。
結局、今も昔も俺達を引っ張って行くのはこの二人なのだ。まるで変わっていないと思った。
頬を撫でる生ぬるい風を感じながら、放課後はもう少し暑さも落ち着くといいなと、漠然とした考えを頭の中に浮かべることしかできない俺だった。
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