第25話 明日からも、ずっと

 後日。茹だるような暑さも和らぎ、シャツの隙間を通る風が気持ちよくなってきた頃。一ヶ月弱の時間が経ったが、今でもまだあの日の出来事だけ余韻を残していた。


「夏もそろそろ終わりだなぁ。進路とか、考えたくねぇ……」

「まあまあ、そうぼやくなよ。今こうして居られるだけでも有り難く思わないと」


 深夜、いつかと同じく屋上に集まっていた俺達四人。夏の終わりに、思い出作りとしてもう一度天体観測を、今度はちゃんと星を見ようという話になった。


「しかし、杏と鈴はまだ来ねぇのか? どこで道草食ってるんだか」

「家に忘れ物をしたって鈴が言ってただろう。ここから距離はかなりある訳だし、仕方が無いだろ? あの星は逃げないんだから、もう少しの辛抱だ」


 でもでもと駄々をこね始める蘭。……その見てくれでウネウネするな気持ち悪い。

 しかし、気持ちは分かる。今日は絶好の観測日和。遮る雲はほとんど無く、月は沈みかけており星が良く見える。今すぐにでもこのファインダーを覗き、空に浮かぶ星々の輝きを眼に焼き付けたかった。

 と、そんな時。屋上の出入り口が開けられる音が聞こえた。


「はぁー、疲れた。お待たせ二人とも」

「鈴ちゃん、走るの早い……おなか痛くなってきた……」


 待ち焦がれていた二人が到着した。


「おせーぞ二人共! 俺はもううずうずしてたまらねぇ、早く始めよう!」


 お前は単純に、夜の学校という特殊な環境に興奮しているだけではないのか?


「そういえば、忘れ物って何を取りに戻っていたんだ?」

「ん、それはね、これ!」


 鈴が背負っていたリュックサックから、小さめの赤いクッションが取り出された。


「あぁ、これは」


 と、そこまで口を開いてから横槍が入る。


「私の座る椅子だ! 鈴が忘れたとかぬかしていたから取りに戻らせていたのだ!」


 そう言って、ひょいと俺の左後ろから顔を覗かせるシオンだった。


「……そういう、急な登場は止めてくれないか。心臓に悪い」


 ずっとシオンは、あの場所から動けない存在だとばかり思っていたが、実は違う。あくまで手鏡に宿った神様だから、本体ごと動けばある程度は問題無いのだとか。


「んーシオンちゃん、今日も綺麗な黒髪とお肌! どうしたらこんなクオリティを維持できるの!」

「あっはっはぁ、私はこの容姿から変わる事は一生無い! この美貌を死ぬまで保つ事が出来るのだ! 同様、本体の手鏡も劣化する事は無く常に美しいままなのだよ!」


 今日この屋上にシオンが来ている理由は、「お前達だけ天体観測とかいう経験をしているのがずるい!」という子供の様な駄々をこねられたからだ。手鏡だけは俺が持ってきていた。

 今の会話からも分かる通り、俺達は随分と当時の仲に戻ってきたなという気を感じている。


「というか、クッション一つでそんなに変わるものかね。なんだったら俺の膝上を貸してやっても良かったのに」

「いや、長年あの上に置かれているとな、何とも心地良く、あれ以外の上に本体を置かれると気持ちが悪いのだ。まぁ、そもそも蘭よ。お前の膝上に座ろうと考える阿呆は何処にもいないだろうよ」

「なんだと、この永遠幼児体型!」

「お前、触れてはならない事を言ったな!?」


 おい、喧嘩するなって……。というか、普通にこれまで色んな所に座ってなかったかこいつ?

 どうやらシオンは納屋以外の場所だと力が弱まるみたいで、馴染み深い人間以外には見えなくなってしまうらしい。それが、おばさんが事故に遭ったあの日、シオンの声が誰にも届かなかった理由のようだ。つまり、端から見れば蘭は一人芝居をしているようにしか見えないという事である。ホラー映画を見ている気分だなあれは。何かに取り憑かれているとしかいえない。

 シオンと和解してからというもの、まるで鈴がもう一人増えたみたいで喧嘩が起こる頻度がシンプルに倍になった気がする。


「こら! 喧嘩しない! せっかく準備してくれてた昌を待たせてるでしょう?」


 つまり、それだけ杏も嗜める回数が増えた訳で、もはや俺達の保護者であると、自他共に認められるほどになっていた。

 あの日以降、俺達はいつもこんな調子だ。

 今の所、シオンがクローンの話を持ち出す気配は無い。たぶん、この先もずっとであってほしいが。

 流石に毎日は会えないが、互いに予定が合えばこうして集まり、馬鹿をやって過ごした。シオンもそれは理解しているのか、特に文句は言わなかった。

 みんなの様子を遠くから眺める。すると不意に杏と眼が合った。

 なんとなく手を振ってみる。向こうはニコリと笑顔で返してくれた。なんだかくすぐったい。


「おい昌、いい加減男を見せろよ? 私に啖呵を切ったあの度胸は何処へ消えた?」

「……はて、何の事やら……」


 喧嘩もする、たくさん怪我もする。成功も失敗も、様々な感情と折り重なる。時々恋心なんかもスパイスに、日々は彩られていく。


「ほら、そろそろ始めようか」


 そう言ってシオンの話を誤魔化した。

 時間を確認する為に携帯を開いた。待ち受け画面には、いつか四人で撮った写真が設定されている。

 今度、シオンも一緒に撮り直さないとな。じゃないとまた拗ねてしまう。


「あ、そうだ」


 いつかの朝に話した、杏からの問い掛け。


『もし明日もこうやって生きている事が出来たら』

 

 今こそそれを実行する時だろう。


「一日一枚、写真を撮らないか。あまり俺達ってそういうのやってこなかったから、次からシオンも一緒に。形として残したい」

「それは、一枚じゃないと駄目なの?」


 杏が悪戯っぽく口を挟む。


「いや、別にそういう訳じゃないけど、あくまで目安として……」


 慣れない事を言うものだから、想定外の返事をされると混乱してしまう。そんな俺を見て、皆が笑う。そして、声を揃えてこう言った。


「もちろん!」


 ずっと一緒には居られないかもしれない。でも、こうしている今が消える訳じゃない。屁理屈のようだけど、その思い出さえあれば、距離なんか関係なく、ずっと傍に居るのと変わらないんじゃないだろうか。皆の顔を見てそう思った。

 同じ物でも、皆となら違って見えてくる。

 今度は何を見せてくれるのだろうか。

 高校生の俺達にとって、人生はまだ始まったばかりだ。たくさん経験して、思い出を作ろう。

 明日は何をしようか。柄にもなくそんな事を思ってみる。


 後どれくらいの時間が残されているのか分からないが、例え何が起ころうとも、このなら大丈夫だと、そう信じている。




終。

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