第28話 拉致被害者救出

 弾道ミサイル捜索部隊は確実に成果を上げていた。北朝鮮はイラクと違い、森林のある山間部であるが、それによってミサイル発射適地や移動経路は限られており、“目”の技術の進化と空地連携の作戦により確実にあぶり出されている。

 アメリカ軍は北朝鮮への攻撃と、韓国に南侵する北朝鮮軍の迎撃の二方面作戦を展開していたが、日本の在日米軍基地を経由し、本国を始め各方面から続々と戦力を集結させつつあった。

 敵防空網制圧SEAD任務は続けられていたが、すでに北朝鮮領内上空では特殊作戦支援機や空中給油機も飛んでおり、無人偵察機なども多数投入され、北朝鮮軍は制空権を失っていた。

 潜入していた部隊だけでなく、新たに捜索部隊を乗せたヘリが北朝鮮領内に侵入して特殊部隊を投入しつつあった。

 そんな中、陸上自衛隊第1ヘリコプター団輸送航空隊所属の二機のV-22オスプレイ多目的輸送機が北朝鮮の山岳地帯を這うように飛んでいた。

 作戦の発動と共に日本海上に展開したヘリコプター搭載護衛艦から飛び立った二機のオスプレイの機内は薄暗く、赤い灯火が辛うじて照らしているに過ぎない。その暗いキャビンには完全武装した戦闘員達が乗り込んでいる。

 彼らは同じ陸上自衛隊にあっても特別な存在であった。身に付けている戦闘服は陸上自衛隊の物ではなく、米国Crye社製のマルチカム迷彩のコンバットシャツとコンバットパンツで、身に着けている防弾衣もCrye社製のJPCやAVSといったプレートキャリアだった。ヘルメットもOPS-COREのFAST SF坑弾ヘルメットを着用してイヤーマフを兼ねたヘッドセットを着用し、四眼のGPNVG暗視眼鏡を装備している。各人が携行する火器は、陸自制式採用の豊和製89式小銃ではなく、ドイツH&K社製のHK416A5カービン銃を中心としており、一般部隊とはかけ離れた存在だった。

 彼らは自衛隊内でもその編成や規模、活動はおろか訓練内容や装備に至るまで一切の情報を部内外問わず開示しない徹底的な機密保持性のもとにおかれた存在、陸上自衛隊唯一の特殊作戦専門部隊、特殊作戦群だった。


『二分前』


 機内に副操縦士コ・パイロットのアナウンスが響いた。

 乗り込んでいた特殊作戦群の隊員達は無言で二本指を立ててお互いを見渡し、それぞれの装具や武器を点検し、オプスコアヘルメットに装着した暗視装置を目の位置に下ろして備える。彼らが突き出した親指を見渡した“田中”1尉は頷き返すと“佐藤”2尉の肩を叩いた。

 佐藤2尉は田中1尉にアイコンタクトで応えるとトループシートから立ち上がって機体後部に顔を向き直った。それに倣って他の隊員達も立ち上がり、機体後部へ向き直る。後部のランプドアが開き、ランプウェイとなった。GAU-21重機関銃を構えた機上整備員が暗視装置付きのフライトヘルメットを被って地上を睨んでいる。

 隊員達は天井に伸びるロープを掴んで激しい機体の動揺の中、体を支える。機体がひときわ大きなバンクを振った直後、力が抜けるようなマイナスGの浮遊感を感じる。

 二機のオスプレイは山を越えて一度上昇し、山間部の集落に突入すると飛行形態を垂直離着陸VTOLモードへ移行し、降下しながらその集落の奥にある施設に近づいた。

 集落は人口三百人に満たない非常に小さなものだ。北朝鮮国内の電力事情どころか、すでに日米軍の爆撃で発電施設や送電網が破壊されているために集落は真っ暗で、車のヘッドライトの光すら見えない。

 その集落の奥にある施設は塀で囲まれており、その塀の中にはコンクリート製の建物が三棟存在し、それぞれはさらに敷地内の塀で隔絶されていた。ここは敵地工作地と呼ばれる北朝鮮の工作員養成施設だった。今は使用されておらず、工作員に日本語等を教えるために集められた日本人の収容施設となっている。


『こちらシエラ。援護中。降着地点LZ進入、支障なし』


『ヴィーナス01、ラジャー。30フィート、20フィート、10フィート、接地する』


 田中の乗るオスプレイは塀で囲まれた敷地内に着陸した。途端に隊員達は整然と機体を降りてHK416小銃を構えて周囲に展開する。

 ダウンウォッシュが吹き付け、砂嵐のように周囲で砂が舞い散る中を特殊作戦群の隊員達が進んでいくと、門番の警衛二人が倒れていた。

 二人とも頭を撃ち抜かれている。彼らを狙撃したのは先んじて北朝鮮領内に潜入し、拉致被害者奪還のための偵察に当たっていた特殊作戦群の特殊偵察チームだった。部隊を誘導し、この施設の配置や敵情を正確に把握している。

 施設内の最も奥にある建物は三階建てで最も大きい。その手前の二階建ての建物を敷地内で囲う塀のドアが開き、88式自動歩槍を持った制服姿の兵士が飛び出してきた。

 その兵士は何が起こっているのか分からず、まったく無防備だった。先頭を進む前方警戒員ポイントマンである“鈴木”2曹がSUREFIRE社製のサプレッサーを取り付けたHK416を発砲。抑制された銃声が響き、兵士は胸を二発撃ち抜かれ、昏倒する間際の追い打ちに頭を撃たれて確実に命を刈り取られてその場に支えを失ったように崩れ落ちた。


「進め」


 隊員たちは足を止めることなく堰を破った水流の滑らかさでよどみなく進み続ける。


『ヴィーナス01、アルファ、卸下完了。上空援護する』


 オスプレイは二十名の隊員達を吐き出すや否や上昇し、施設の周りを旋回し始めた。もう一機のオスプレイは施設の上空でホバリングし、ファストロープと呼ばれる太いロープを後部ランプから垂らすと奥にある三階建ての建物の屋上に隊員達を降下させる。

 施設の手前に当たるA棟と呼ぶ建物のテラスに動きがあった。一人の兵士が飛び出してきて自動小銃を上空のオスプレイに向ける。しかしその男は自身の銃の引き金を引く前に、頭蓋を撃ち抜かれ、HK416を指向していた田中達の視界から消えた。


『シエラ、A棟テラス、一名排除』


 施設の外からは支援班として強襲部隊の誘導に当たっていた特殊偵察チームの狙撃手がそのまま援護を行っている。


『ヴィーナス02、ブラヴォー、卸下完了。こちらも上空で待機する』


 ファストロープ降下で十六名の隊員を降下させたオスプレイはロープを切り離して上昇する。オスプレイにはGAU-21重機関銃が装備されており、機上整備員がそれを使って上空から援護していた。


『こちらHQ。回収ヘリ、PUP到着まで十五分』


「アルファ、了解」


 施設の建物のドアに近づくと仲間がカバーする中、鈴木がドアノブを捻る。しかしドアには鍵がかかっていたため開かなかった。鈴木は左手の拳をヘルメットに二度当ててドアの破壊を二番手に合図した。

 二番手の“中村”3曹は素早くAVSプレートキャリアに取り付けたポーチから両面テープとガムテープで作ったドア爆破用の爆破薬を抜くとドアに張り付け、ノネルチューブの繋がった雷管を取り付けて壁に身を寄せた。


「爆破する」


「ゴー」


 点火具を弾き、爆破薬が炸裂する。ドアが吹き飛んだ瞬間、鈴木2曹を先頭に隊員達はドアに雪崩れ込む。

 田中は四番手として“伊藤”1曹の後ろに続いていた。鈴木はHK416の銃口を周囲に振りながら素早く部屋の中を抜け、廊下に通じるドアに張り付く。


「ルームクリア」


 鈴木が低い声を張り、ケミライトを折ってドアに投げる。伊藤の上腕を田中はスクイーズと呼ばれる合図のために握り、離すと伊藤がドアを開け、田中は廊下に進み出た。それに伊藤が続き、二人は背中を合わせる。暗視装置の緑色の視界の中に動くものも不審なものもない。


「廊下クリア」


 田中と伊藤はそれぞれの方向に向かって進み出し、その後ろに室内を制圧した中村、鈴木、後続の隊員達が隊伍スタックを組んで続く。

 田中は左側に見えるドアにHK416の銃口を向けながら近づいた。廊下の奥に向かって後ろに続く中村がMP7の銃口を向けていた。

 田中はドアを素早くチェックした。トラップはなく、ドアノブを回すと鍵はかかっていない。中村が田中の上腕を掴んで離した。田中はドアを開け、伊藤が室内に飛び込む。途端にくぐもった銃声が二発聞こえ、中村に続いた“小林”2曹も射撃しながら部屋に入る。田中は小林に続いて中に入った。

 室内には二人の北朝鮮軍兵士が倒れていた。テーブルを倒して遮蔽物にしてこちらを待ち構えていたようだが、二人ともテーブルごと撃ち抜かれて倒れている。特殊部隊の射撃術の本領、外科的射撃術サージカル・シューティングの面目躍如だ。敵に反撃する暇すら与えない正確無慈悲な攻撃に、北朝鮮の兵士二名は応射することも儘ならないまま射殺されていた。倒れた兵士の頭に一発ずつ小林がHK416を射撃して無力化を確実にする。

 その部屋は食堂のようで奥行きがあり、広い。二人を撃ち倒した中村は部屋の奥に銃を指向しながら前進を続けていて、三人は奥の厨房を確認するために食堂内を進んだ。

 食堂の奥から銃を持った男が顔を出し、田中は単射で弾を二発撃ち込み、男の頭を粉砕した。厨房内も検索し、他に人がいないことを確認する。


「三名排除。ルームクリア」


 廊下に出ると他の部屋も隊員達が次々に制圧していた。


「アルファ、A棟を制圧。九名排除。損害なし」


『こちらブラヴォー、C棟制圧。五名排除。捕虜三名。損害なし』


 三階建ての建物屋上に降下して制圧を行っていたチームから報告があった。残りは中央のB棟と呼ぶ建物のみだった。ここに拉致被害者がいることが分かっている。


『シエラ、誘導班、施設に到着。これより中に入る』


 田中はB棟へ向かいながら、A棟制圧のために分散していた小隊の隊員達を集めて態勢を立て直すとB棟入口の門の前に並んだ。彼らの足を止めることなく、バールを持った中村が門をこじ開けると、隊員達は中に雪崩れ込み、素早く展開していく。


「ステルス・ブレイク。ダイナミックエントリー」


 田中は進みながら指示を発した。B棟は二階建ての建物で、窓が少ない。突入のためにB棟のドアに黒い疾風のように隊員達はドアに殺到し、ドアを中村が蹴破り、閃光発音筒スタングレネードが放り込まれる。


「伏せろ、伏せろ、伏せろ!」


 強烈な閃光と爆発音が連続して炸裂する中を朝鮮語で怒鳴りながら隊員達がB棟の建物の中に突入していく。くぐもった銃声が何発か聞こえた。田中も突入し、自分が担当すべき方向に向かって迷いなく進む。

 咄嗟に人質となりえる人物を盾にした朝鮮労働党統一戦線部の部員は 爆発音と共に突入してきた男達の気配に圧倒された。

 68式拳銃を人質に突きつけ、目のくらむ光の中、自分の身を守ろうとすると完全武装した兵士達が目の前に現れた。

 迷彩のヘルメットと黒いバラクラバ帽から覗くその眼には闘志も怒りも、まして慈悲など無かった。ただ状況が求められれば引き金を引くという、機械じみた意志が苛烈に明滅していた。

 その銃口がぴたりと動きを止め、次の瞬間、統一戦線部員の意識は霧散した。

 人質を取っていた男の頭を人質の間から撃ち抜いた佐藤が悲鳴を上げる人質を押さえ込んで後続の隊員達の射線を確保している。

 田中の後ろでは階段を駆け上る音や別の部屋のドアを破壊してスタングレネードを放り込む音、くぐもった発砲音が聞こえてくる。

 田中の正面、廊下の奥で高校生くらいの年齢の少女の姿が見えた。HK416をぴたりと指向しながら「伏せろ!」と朝鮮語で怒声を浴びせる。少女はそれに怯みながらもナイフのようなものを手にしてこちらに向かってきた。


「撃つな」


 田中は後続の隊員に指示しながら、逆に少女に向かって突進した。セレクターを安全装置に入れながら銃口刺突マズルアタックでサプレッサーが取り付けられた銃口を、ナイフを振り上げた少女の腹に打ち込む。

 少女が呻き声を上げて倒れるとナイフを持つ右手を捻り上げながら少女を床にねじ伏せ、ナイフを取り上げた。


「確保した」


「離せ!」


 押さえつけられた少女は朝鮮語で叫んで抵抗した。田中の横でHK416を廊下の奥に向けながら小林が左手でプラスチック製のハンドカフを素早く寄越した。そのハンドカフで暴れる少女の両腕を後ろ手に拘束すると別の隊員に広間へ連れて行かせた。

 広間にはすでに六人の男女が集められていた。夫婦らしい初老の男と同年代の女は小学生ほどの子供二人を抱えて怯えていた。もう一人の女は三十代前半らしく、ほっそりとした小柄な体付きで子供を一人抱きしめ、表情を強張らせていた。そこへさらに田中が拘束した少女と別の大人の男が連れてこられた。

 大人は夫婦と男一人、女二人の五人でうち一人はナイフを持っていた十代後半の少女だ。残り三人は子供だった。

 全員床に座らせ、ひとまず拘束して武器等を持っていないか確認している。


「B棟制圧。周辺の安全を確保」


 佐藤が田中に告げた。


「了解。撤収準備にかかれ」


『シエラ、集合地点に向かう』


 そのやり取りを聞いて夫婦らしい男女が顔を見合わせた。


「日本語……?」


 その言葉に田中が反応して振り向くと、他の大人たちも身構えた。


「皆さん日本人ですね?」


 田中はあらかじめ特殊偵察SR班が得ていた情報を元に本人確認を行った。久しぶりに聞く母国語と、完全武装した特殊部隊の集団を見て、彼ら四人は未だに信じられないという顔をしていた。田中はヘルメットの下のバラクラバをめくり、戦闘服の腕のパッチの上から目立たないように貼り付けていたOD色のガムテープをむしって日の丸の国旗標章を見せた。


「我々は日本国自衛隊です。救出に来ました」


 その言葉を聞いて大人たちは驚いた様子だった。子供たちは訳も分からず、両親を見上げていて、敵意を剥き出しにしていた若い女も怪訝な目で田中達を見つめる。

 四人の大人の男女は日本人、拉致被害者だった。ナイフを持っていた少女は別の拉致被害者の娘で、その拉致被害者はすでに死亡していた。もう一人の女は北朝鮮人で、日本人の妻で、美幸という日本名で呼ばれていた。三十代に見えたが、四十三歳だった。

 拉致被害者が北朝鮮の人間と家族になっている可能性ももちろん考慮されていた。その家族が潜在的な監視役や懐柔のための要員である懸念もあるため、美幸はハンドカフで拘束され、身体検査を行う。

 三人の子供はそれぞれの夫婦の子供だった。少女は、桜子という名前で日本人達が親代わりになっていたらしい。

 彼ら九人全員を日本へ連れ帰ることを伝えると日本人達は感動よりも突然のことへの困惑の方が大きい様子だった。


「今、この国はどうなっているんですか?」


 救出された日本人男性がヘリの降着に適した広場に向かいながら田中に聞いた。


「北朝鮮は経済制裁を受け、米軍の予防空爆前に韓国に南侵。戦争を再開しました。日米韓は反撃を開始し、日本はそれに合わせて拉致被害者の救出を決行したのです」


「他の拉致被害者も救出されるのですか?」


「はい」


 広場にはIRのケミカルライトが投げられ、回収された情報資料が集められつつあった。また狙撃支援を行っていた海上自衛隊特別警備隊SBUの偵察チームの隊員ら八名も集まっている。


「捕虜はすべてA棟に収容しました」


 佐藤が報告する。


「了解」


 間もなく特殊作戦仕様のCH-47JAチヌーク輸送ヘリと第102飛行隊のUH-60JAブラックホーク多用途ヘリが間もなく到着し、拉致被害者と田中達アルファチームは着陸したCH-47JA輸送ヘリに乗り込んだ。

 機内では衛生科隊員達が待機していて拉致被害者たちに機内安全用のヘルメットを渡し、ハーネスで体を固定していく。田中達が情報資料のファイルやハードディスクなどを詰めた衣のうと呼ばれるOD色のダッフルバッグを持って乗り込むとCH-47JAは直ちに離陸した。上空援護していたオスプレイの二番機が入れ替わりに着陸し、残りの隊員達を回収する。

 CH-47JAの機内からは真っ暗な北朝鮮領内が見えた。ヘリはレーダーをかわすために低空飛行で日本海へ向かい、その途中の北朝鮮領内で米海兵隊のKC-130J空中給油機からの空中給油を得てから、日本海洋上へ出た。


「今飛んでいるのは日本海です。間もなく海上自衛隊の護衛艦に着艦致します」


 ヘルメットに備わるヘッドセットに田中は呼びかけた。北朝鮮から脱出した。その実感をようやく得た日本人達は肩を抱き合ってようやく安堵した表情を見せた。

 数十年に渡って、理不尽にもその人生を北朝鮮によって不当に狂わされ、監禁されてきた日本人達はようやく自由の身となった。

 田中は拳銃からも抜弾しながら彼らの様子を見守っていた。

 田中達は個を捨て、公に尽くすことを選び、名前も捨てた日本の兵士達だった。彼らが特殊作戦群という言語を絶する厳しく過酷な現場でその身を磨き続けているのは克己心を持ち、義を信じているからだった。

 彼らは任務のためには犠牲を厭わない。恐怖もあるが、その恐怖を押し殺して日本のために命を燃やし、任務を完遂する。田中は奪還した拉致被害者たちを見て初めて、己に課せられた任務の一つを完遂したことを実感していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る