12話 鷲の巣

青森県三沢市三沢飛行場



 官民共用空港である三沢飛行場では民間航空便がすべて運休となり、小雨が降り、日が沈み薄暗くなり始めた滑走路には続々と米空軍の戦闘機が着陸していた。在日米軍三沢基地に駐留する米空軍第35戦闘航空団のF-16CJ戦闘機に加え、普段この三沢では見慣れないF-15E戦闘爆撃機の編隊だった。

 米空軍の欧州航空軍レイクンヒース空軍基地より飛来した第48戦闘航空団第494戦闘飛行隊のF-15Eで、来日目的は公式上は転地訓練だったが、航空自衛隊三沢基地の第3航空団の指揮所オペレーションルームからそれを眺めていた東條は、彼らがここにやってきた理由を知っていた。


「あれが本場のストライクイーグルね……」


 東條の隣に訳知り顔で立った木坂が呟いた。


「ああ……ダークグレーだな」


 東條の言葉に木坂は眉間に皺を寄せた。


「うちのもあんな感じの色になるのかな」


 東條達の駆るF-15DJことF-15EJは、本来の空自のF-15同様、グレーを基調とした制空迷彩カウンターシェード塗装だった。


「今のままだろ。F-15じゅうごは対領空侵犯措置が主任務だ」


 中にはF-2部隊仕込みの対艦対地ミッションに精通したベテランもおり、彼らがこのF-15EJを運用すれば良かったのだが、機種転換訓練を容易にするためにF-15EJのパイロットとして選ばれたのはほとんどがイーグルドライバーだった。


「でも、うちのF-15イーグルの性能を考えたら配備される部隊は要撃戦闘機FIだけじゃなくて支援戦闘機FSの任務にも対応するようになるはずだわ」


 今は飛行開発実験団内の臨時飛行隊に全十四機のF-15EJは所属しているが、いずれは現存する飛行隊の機体を更新する形で配備されるか、新たに飛行隊を編成して配備されることになる。


「そうですね。うちのF-15じゅうごはアメリカのとは別物です。これを防空任務だけに使うのは宝の持ち腐れですよ」


 そう言ったのは大城戸智登2等空尉だった。大城戸は東條の僚機を務めている。航空学生出身で東條よりも二歳下、木坂の一期下だが、技量は非常に高い。素直な性格で、呑み込みも早く、センスがあった。

 同じF-15でもF-15EJはボーイング社が米空軍に提案している最新型のF-15EXをベースとしている。最新の設計によって中身は完全に生まれ変わっており、米空軍のF-15Eをアップデートしたものとは根本的に異なる。

 F-35と同様のタッチパネル式大型液晶ディスプレイを取り入れた新型コックピットシステムとなっており、最新のデジタル・フライ・バイ・ワイヤを取り入れ、さらに軽量化された設計となっていた。またF-35から採用された秘匿性に優れた新型のデータリンクシステムである多機能先進データリンクMADLも装備しており、第五世代機との連携が可能だった。

 しかし日本の領空を守るという使命を負い、今まで自分の技能を錬磨してきた東條にとって、自身が勝負する相手はあくまでも戦闘機だった。

 連日対地訓練ばかり行っていたので、F-15EJの空戦能力を忘れそうだった。戦闘爆撃機であるF-15Eではなく、日本仕様のF-15EJとされている訳はただ単に装備品の一部を日本仕様にしているだけでなく、制空戦能力を強化されているからだ。

 多用な任務に対応する多用途戦闘機マルチロールがこれからの航空自衛隊の主力を担う上でも、国籍不明機への対処など制空戦を航空自衛隊は引き続き重視していた。八千飛行時間の構造寿命を持つよう設計されたF-15Jの三倍近い二万時間の耐用時間が保証されており、少なくとも八十年、日本の空を守る対領空侵犯措置を行うことが考慮され、その間、撃たずして敵を圧倒する運動性能や航続距離などの能力が要求されている。


「F-2の飛行隊のようになるのか。なら洋上迷彩じゃないか」


「そういうことを言ってるんじゃないわよ」


「しかしまあ、いよいよきな臭くなってきましたね。第494戦闘飛行隊はイギリスのレイクンヒース基地所属ですが、数年前はクンサンに派遣されていた部隊です」


「北のDMZ沿いの野戦火砲部隊に動きがある。韓国は夜間外出禁止令だ。アメリカが先か北が先か……ともかく訓練は実戦のためにやっていると言ってきたが、訓練の成果が活かされるなんて本来あってはならないことだ」


「私たちは相手に戦争を始める気さえ起こさせないほど圧倒的な強さを誇示した抑止力であることが勝利条件だった。このいくさは始まる時点で私達の負けです」


「“北爆”は大規模な軍事衝突を防止するための予防空爆では?」


 大城戸は「負ける」という言葉に食い下がった。


「長年掲げてきた平和国家としての看板を下ろすんだ。これからは中国とも軍事競争を行わなくてはならない」


「でも、拉致被害者を奪還できるなら価値があると自分は思いますよ」


「それに関しては異論はない。拉致被害者は救出しなくてはならない」


 拉致被害者の奪還作戦は極秘で、東條達には知る由もなかった。だが、守るべき国民が不当にも拉致され、自由を奪われていることは忘れてはいなかった。


「そうね……」


「それに、抑止破れ、一度他国の侵略を受けることあらば、決然として陣頭に立ち、生命を顧みずに戦い、速やかに平和を回復する……というのも我々の使命です」


 当たり前のように、こんなことを言えるのが大城戸だった。それが誇らしい反面、東條は少し悔しかった。

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