7話 作戦準備
沖縄県名護市 キャンプ・シュワブ及び陸上自衛隊名護駐屯地 水陸機動団司令部庁舎作戦室
偵察分遣隊は山地機動訓練を終えて沖縄に戻っていた。休む暇はない。戦力回復期間と呼ばれる体を休め、装備を整備する間にも、作戦に関する念入りなブリーフィングを行った。
北朝鮮への潜入に備え、予備人員も合わせて三十名で訓練を行ってきたが、実際に潜入するのはその半数の十六名となる。
すでに作戦の骨組みは出来上がっていた。
潜入方法は、お得意の水路潜入。潜水艦よりスクーバで出撃し、北朝鮮に隠密潜入する。
偵察分遣隊に割り当てられた捜索地域は、上陸地点の北西一一〇キロほどの
捜索地域では、徒歩斥候による
潜入経路は主に山中だ。直線では一一〇キロでも北朝鮮軍の警戒や村などを避けて潜入しなければならないため、実質的な移動距離は一五〇キロ近くなる。潜入経路沿いの北朝鮮軍の警戒態勢や配備体制等の脅威情報は、防衛省情報本部が地理情報や気象情報も含めて分析しており、最新の情報が次々に舞い込んできた。
任務は、無事に帰るまでが任務で、決して片道切符ではない。撤収の際には指定された回収地点まで向かい、日本海に展開した海自の護衛艦で救難捜索のために待機するヘリから回収される。回収地点の制空権は作戦が発動すれば確保されることになっていた。それが困難になった場合は沿岸まで移動し、舟艇部隊か航空機から空投されるボート等の代替手段で脱出する。
那智達は、作戦室というよりソファやテーブルが持ち込まれて休憩室のようになった会議室で、山地潜入訓練で溜まった疲労と痩せた体を補うためにプロテイン入りのエネルギーバーを齧り、茶を飲んでくつろぎながらブリーフィングを続けていた。
その合間に遺書を書き直し、保険等の各種手続きも済ませる。体を休めても頭はフル回転させていた。帰って来ることを前提にしながらもリスクの大きい任務であることは理解していた。死にたくはないが、もし死が回避できない事態になってもその時に慌てふためき、仲間を混乱に晒したくはない。全員が覚悟を決めていた。
そうして全員が気持ちを任務に向けて高めていく中で北朝鮮の地図を頭に叩き込み、入念な話し合いをして全員の認識を統一し、不測事態を列挙してその対処方法を考えなくてはならない。
道に迷ったら?
敵と遭遇したら?
仲間とはぐれたら?
無線が通じなくなったら?
傷病者が発生したら?
潜入中に任務が中止になったら?
上げればきりがなく、話し合いは尽きない。
全員で地図と衛星写真を見て分析し、敵の可能行動から我の
背嚢には二週間分の食糧、水、コンポジションC4高性能爆破薬、点火具、予備弾薬、無線機、救急品、ザイル等を入れる。各班ごとに装備品は分担し、各人が持つ重量が均等になるようにしなくてはならない。
「私が死んでも苦労して運んだ機材が無駄にならないよう覚えてください」
野中2曹は火力誘導に使用する機材を火力誘導班となる西谷3曹や八木原3曹を中心に教育していた。
「ブラヴォー・ツー・ゼロ、レッドウィング作戦、この二つの共通事項は?」
山城1曹が尋ねた。
「民間人と接触して敵に存在が露見し、作戦が破綻しました」
那智は面白くない気分で答える。
「無線が不通、部隊は孤立」
それに坂田が付け加える。
ブラヴォー・ツー・ゼロは湾岸戦争における英国陸軍特殊部隊SASのスカッドハントチームで、民間人に発見されたことをきっかけにイラク軍からの猛攻を受け、八名中三名が死亡、四名が捕虜になった。レッドウィング作戦は、米海軍特殊部隊SEALsによるタリバン幹部殺害を目的とした作戦だったが、敵勢力圏内に潜入した四名の偵察チームが潜入中に民間人と接触。それを拘束するが、交戦規則に基づき解放し、その後撤退するもタリバンの襲撃を受け、偵察チーム三名が死亡、救援に駆けつけた輸送ヘリも撃墜され、最終的に十九名が死亡した。ブラヴォー・ツー・ゼロチームもSEALsも、通信連絡が取れず、救援部隊の要請が出来なかったり、遅れ、それが致命的な損害に繋がった。
「最悪なことは重なることが多い。民間人と接触した場合、敵性地域における非常手段として一時的な“保護”は可能だ」
「保護ね……」
西谷がその言葉の定義の曖昧さに言葉を漏らす。敢えて曖昧な表現で、現地指揮官の自主裁量の余地を残しているのだと那智は解釈していた。
「北朝鮮国内の不感地帯は未知だ。情報本部が分析しているが、精度の高い情報は期待しない方が良い」
それを聞いていた野中は眉間に皺を寄せた。この分遣隊で最大の火力を運用するのが野中であり、無線が不通ではそれが充分に発揮できない。
今回の作戦では米国製の軍用無線機が用意された。火力誘導にも使える物で通信の秘匿規格がそれと同等のため陸自の無線機と通信するには暗号化出来ないが、使える周波数帯が平時には無いものを使える他、信頼性は高い。
「作戦が発動すれば日米の早期警戒管制機や特殊作戦支援機が各部隊の無線を中継する」
山城の言葉に野中は頷いた。
そこへ作戦支援要員の陸曹が入ってきて山城を呼んだ。山城が会議室を出ていくと、一旦話し合いは中断された。仲間達の空になったカップに那智は紅茶を注ぎ、バターレーズンの袋を開ける。
「北朝鮮って意外と沿岸部は集落があるんですね。もっと未開発な山林ばかりなのかと思ってました」
情報本部から送られた航空写真をひっくり返しながら板垣3曹が言った。
「北朝鮮じゃ環境破壊が進行して、偉大なる将軍様は植林まで推奨してるくらいだ」
那智は、装備品の重量を細かく計算し、分隊の隊員達に何を割り振るかを
「ペンキで山肌を塗ったんでしたっけ?」
「そりゃ中国だ」
那智は溜息をついてクリップボードを机に置いた。集中力が欠けてきたようで、そろそろリフレッシュが必要だ。
そう思って腰を上げるといつの間にか西谷と坂田3曹の姿と二人のリーコンベストが無かった。
「あの二人は?」
「射場では?」
久野が答え、自分よりはるかに射撃が得意な二人がこれ以上何を極めるのだろうかと思いながら那智も椅子にかけてあったリーコンベストを取った。
「射撃に行きますか?」
板垣も腰を上げる。他の隊員達も気分転換に体を動かすようだ。
「はい。一緒に行きますか?」
「ご一緒します」
板垣と共に武器庫に向かうと、久野の言葉通り西谷と坂田が武器を搬出していた。
「あれ、那智3曹も撃ちに行きますか?」
拳銃の薬室を点検してホルスターに収めた西谷が聞いた。
「ああ。行くなら誘ってくれよ」
そう言って那智の武器係の陸曹に武器搬出の手続きを行うと、自分の小銃と拳銃を
「聞きました?海保3曹、ヤバいですよ」
西谷が那智の弾倉を準備しながら言った。
「ヤバい?どうしたんだ」
海保は那智の分隊員だ。今那智達は機密保持のために外出は制限されているが、海保は身内に不幸があって特別に帰省が許可されていた。
「山城1曹が呼ばれたじゃないですか。なんでも帰省中に事故ったとか。もらい事故らしいんですけどね」
「おいおい嘘だろ」
このタイミングで欠員が発生するのは非常にまずい。最悪なことは重なるものだ。
「怪我は?」
「足だか腕だかを折ったって。山城1曹、がっくりしちゃってますよ」
「間違いなく外されますね、それは……」
「まあ、なんとかなるっしょ」
坂田は大して気にしていないらしく、気楽だった。那智は手に取った小銃が異様に重く感じた。
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