6話 近づく戦争の足音

日本国東京都新宿区市ヶ谷 日本国防衛省市ヶ谷庁舎A棟地下会議室



 北朝鮮情勢は日に日に悪化していた。防衛大臣である須藤は、半島有事に対応する統合任務部隊JTF編成に関する報告を制服組から受けるために、自衛隊中央指揮所に隣接する会議室までわざわざ出向いていた。

 編成される統合任務部隊の任務は二つ。日本への脅威となる弾道ミサイルの排除。そして半島の邦人救出だった。


「北朝鮮は、日本及び在日米軍基地を攻撃可能な弾道ミサイルを多数保有しています。弾道ミサイル防衛網は構築されていますが、同時多発的な飽和攻撃が行われれば、突破される可能性もあります。北の保有する弾道ミサイルの数は多く、米国や韓国に発射される弾道ミサイルの迎撃に対応すれば、迎撃ミサイルの数が不足する可能性も」


 日本の戦略防空を担当する航空幕僚長は制服組ではない須藤でも分かりやすく噛み砕いて説明していた。

 会議室のモニターには、北朝鮮の保有するミサイルと日本の弾道ミサイル迎撃ミサイルの数がそれぞれ表示されていた。海自のイージス艦、空自のPAC-3の数はたかが知れている。


「弾道ミサイル攻撃を防ぎきるためには、やはり策源地攻撃を実施せざるをえません」


 航空幕僚長はそう締めくくった。


「策源地攻撃の課題は法律以外にも多いが、空自は対応できるのですか」


 須藤は、清住統合幕僚長の顔を見て尋ねた。清住はその問いに頷いた。


「日本へ使用される射程の弾道ミサイルの多くは自走式ランチャーTELで移動展開します。正確な配備場所は現時点でも判明していません。例え策源地攻撃にゴーサインが出たとしても、弾道ミサイル及びTELを破壊するためには、衛星や無人偵察機等を使用した空からの監視だけでは不十分です」


 須藤は、清住に続きを促した。


「現在、米国の予防空爆に備え、陸自と米軍の日米共同作戦部隊を半島に事前に潜入させ、地上からの捜索を実施することを計画しています。湾岸戦争におけるスカッドミサイルの捜索・破壊においては、米国や英国の特殊部隊が地上からスカッドランチャーを捜索し、航空攻撃の誘導や直接攻撃による破壊を実施しました。北朝鮮は山地が多く、湾岸戦争以上に地上での弾道ミサイル捜索は重要となります」


 投入される部隊がモニターに映される。陸自の特殊部隊である特殊作戦群の他、第一空挺団、水陸機動団が投入されることになっていた。さらに米国も陸海空海兵隊の特殊部隊を統合運用する特殊作戦軍SOCOM麾下の特殊部隊、そして海兵隊の武装偵察部隊フォースリーコン等を投入する。


「潜入した捜索部隊が目標を発見した場合、日米の航空機から攻撃を行い、弾道ミサイル及びランチャーを破壊します。航空機による攻撃が間に合わない場合は、潜入した地上部隊による攻撃も行います」


 航空幕僚長が清住の言葉を継いで説明した。

 使用される誘導爆弾や対地ミサイルについても詳しく説明を受ける。使用される武器はすべて精密誘導兵器で、万が一の場合でも周囲への付帯的損害コラテラルダメージは最小限に抑えられる。


「空自は現在、航空攻撃に備えた準備を進めています。新たに取得したF-15EXエクスレイも作戦遂行に十分な能力を有すると判断され、現在戦力化訓練を実施中です」


 空自の幕僚はF-15EXの事を強調した。空自に不足する対地攻撃能力を補うため、急きょ補正予算で取得されたF-15EXが間に合うのは不幸中の幸いとも言えた。対外的にはまだ偵察機仕様のRF-15DJだが、この任務に投入されれば正式にF-15EJ戦闘機として航空自衛隊で運用されることになる。


「事前に潜入させると言ったが、具体的にはどのタイミングになる?」


「米国は経済制裁の次段階として行われる海上封鎖後の北朝鮮の動向から決心を行います。北朝鮮が海上封鎖の圧力に態度を変えず、軍事的挑発を続けるのであれば、日米合わせ三百名から五百名規模の特殊部隊を北朝鮮に潜入させ、外科手術的空爆サージカルストライクを行います。しかし、正直申し上げまして北朝鮮は何時でも戦端を開いてもおかしくない状況にあります」


 清住の言葉を防衛省情報本部の分析官の2等陸佐が継いだ。


「南侵の兆候として、部隊の移動、予備兵力の動員、海軍の作戦パターンと指揮体制の変更、無線交信を監視していますが、北朝鮮は、すでに高度な戦争状態に入っています。北朝鮮軍の南侵を二十四時間以内にキャッチするのは困難でしょう」


「北朝鮮は、いつでも開戦できるのか」


「戦術的奇襲は不可能でも、戦略的奇襲は可能です」


 2佐の言葉に、須藤は唸った。


「海上封鎖から現在展開させている部隊が何らかの軍事的挑発を行ってくることは間違いありません。核実験か弾道ミサイル発射実験か。いずれにせよ米国を含めた国際社会はこれ以上北朝鮮の挑発を容認できません。米国の制限的軍事行動は避けられないでしょう」




日本海 水深300メートル



 海上自衛隊第一潜水隊群第5潜水隊所属のそうりゅう型潜水艦《うんりゅう》の水測員達は耳を研ぎ澄ませていた。《うんりゅう》のパッシブソナーは、招かざる三隻の客を探知していた。


「十時方向、方位二九二フタヒャクキュウジュウニ度、距離八千。潜水艦と思われる機関音聴知。数三。Sシエラ22、S23、S24とする」


 そうりゅう型は主要なセンサーや武器が、二重の光ファイバーによるLANから構成される基幹信号伝送装置SLIによって連接され、情報処理装置TDBSをサーバとして、情報管理を共通化しており、従来の潜水艦では分かれていた発令所と水測ソーナー室が統合されていた。


「目標は潜水艦、ロメオ級。間違いなし」


「ロメオ級、北朝鮮です」


 水測員が続けた報告を聞いて、艦長の氷室2等海佐は目を細めた。


「進路は?」


的針てきしん二五〇ふたひゃくごじゅう度、的速てきそく一二じゅうふたノット、深度七〇」


 目標運動解析を終えていた水測員が即答した。潜水艦の目標は、まとを意味するてきで示されている。


「対馬海峡方向ですね」


 副長の松浦3等海佐がチャート見ながら言った。それを聞いた氷室の行動は早かった。


「よし、無音航行を維持。追尾するぞ」


 敵潜水艦の可能行動として、在日米軍も利用する軍港である佐世保を機雷封鎖することも予想されていた。潜没して航行する潜水艦を領海に入れる訳にはいかない。《うんりゅう》は静かに追跡を開始した。

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