第40話 仲間のために

日本国青森県三沢市、航空自衛隊三沢基地



 敵弾道ミサイル発射機の捜索破壊、敵防空網制圧、渡洋爆撃、そして予定外の北朝鮮での空中戦を繰り広げたF-15EJ飛行隊は三沢基地へと帰投し、整備と弾薬補給を受けていた。

 戦時中の三沢基地は普段の田舎の民間空港と隣接した飛行場の雰囲気とは打って変わって慌ただしい。第3飛行隊のF-2Aと第302飛行隊のF-35Aは未だに次々飛び立っては交替で着陸してくる。それぞれ独立した掩体シェルター化されたハンガーで整備を行うため、整備員達はそのたびに飛行場内を走り回らなくてはならなかった。

 見たこともない数の夥しい爆弾が次々に組み立てられて運ばれている。三沢基地内には航空自衛隊の基地警備隊の他、米海兵隊や憲兵隊がライフルを持って警備していて、常に地対空誘導弾とそのレーダーが空を睨み、レーダーがドローン等での攻撃を警戒している。

 基地の周囲も警察や陸上自衛隊が警戒しているらしく、パトカーが巡回し、陸自の軽装甲車が基地を出入りして物々しい雰囲気が基地の内外で漂っていた。


「自販機のジュース、いつになったら補充されるのかね」


 休憩していた航空団整備補給群の隊員がぼやいている。民間の業者の立ち入りも制限されているため、自販機の補充も滞っていた。売店などの限られた生活区域のみ、限られた時間に民間人が立ち入って物販が行われているため、自転車のカゴいっぱいに買い出しをしてきた若手の1等空士が先輩たちに缶コーヒーを配っていた。


「見ろよ、爆撃機だ」


 米本土のマイノット空軍基地から飛来したB-52H爆撃機が三沢基地の飛行場に着陸しようとしていた。長い翼に比して胴体はあまり太くない。エンジンが取り付けられている個所は四か所だが、一か所に二基ずつ備わっているため、八基ものエンジンを搭載していて、轟音を響かせている。それと入れ替わりに米空軍第35戦闘航空団の爆装したF-16戦闘機が四機、立て続けに離陸していった。


「日本の光景とは思えないな」


 基地の隊員達は複雑な思いでその光景を見つめる。

 そんな中、木坂は興味無さそうな目を爆撃機に向けながらF-15EJの前で整備員と打ち合わせる東條の方へ意識を向けていた。北朝鮮のTELの大半は破壊され、残りも米軍が北朝鮮の上空を哨戒飛行して見つけ次第叩き潰すことになる。

 中国の南侵の予兆があることで緊張が再び高まっていたが、木坂達航空自衛隊の支援戦闘機の任務はもはやほとんど残されていない筈だ。

 英仏豪の有志連合軍が日本に集結し、艦艇の他、航空部隊は九州や中国、日本海側の基地に展開しつつあり、その多くは韓国国内の自国民の救出だが、北朝鮮への空爆にも参加していた。 航空自衛隊の立場はその中では空中給油や早期警戒機の支援等の後方支援にシフトしつつある。

 自分達に出来ることがないと思うと木坂は米軍をひがみの混じった目でしか見ることができなかった。


「いつまで飛んでるんでしょうね、あの骨とう品は」


「うちのF-15EXエクスレイだって中身は最新でも基本設計は半世紀前だぞ」


 B-52を眺める大城戸とその後席員のやり取りを流し気味に聞きながら木坂は後方に鎮座したF-15EJを振り返った。整備員達は補給と機体の点検をほぼ終えているらしく、東條と機付長きづきちょうが機体について話し込むばかりで格納庫内は閑散としている。


「お前もよく頑張ったよな」


 翼を休める大鷲に木坂は話しかけ、ふうと溜息を吐いた時、飛行隊の運用幹部である本田1尉が格納庫に飛び込んできた。


「すぐに支度しろ。北へ飛ぶぞ」


「何事ですか?」


 東條はバインダーを機付長に預けて向き直る。


「潜入した陸自のノドンハントチームが北朝鮮軍と交戦中だ。近接航空支援CASを必要としている」


 木坂は思わず腕時計を見た。三沢から北朝鮮の日本海側沿岸まで約一千二百キロ。F-15の巡航速度はマッハ0.9──1102.5km/hであり、一時間程度はかかる。さらに北朝鮮の空域は在韓米軍が管制を行っており、同盟国の自衛隊機といえど自由に出入りすることは出来なかった。


「間に合うんですか?」


「間に合わせるんだ!手が空いているのは我々だけだ。急げ!」


 木坂はもう顔を見合わせるような真似をすることなく、弾かれたように飛び出していた。どうやら自分達の役目はまだ終わらないようだ。仲間を救うために木坂は格納庫内を全力疾走し、隣接する隊舎の救命装具室へと向かう。格納庫には整備隊の隊員達が入れ違いで駆け込み、武器を積み込んで再び離陸させるための準備に取り掛かる。

 不貞腐れていた気持ちは吹き飛んでいた。


「黄海側なら空中給油も必要です。ブリーフィングも無しに飛べだなんて。近接航空支援なんてもっと前に要請しておくものでしょう?」


 大城戸が慌ただしく酸素マスクを点検しながら聞いた。


「確かによく通ったものですね」


 大城戸の後席員を務める飛田とびた2尉も大城戸の言葉に続く。自衛隊の近接航空支援の体制はまだ整っておらず、作戦機の数にも余裕が無いため、緊急の近接航空支援に対応するのは難しい。近接航空支援担当機は事前に割り当てが行われ、戦闘空中哨戒を行わせて待機させておく必要があった。


「それだけ緊急を要するってことだ」


 東條はそう言いながらいの一番に救命装具室を飛び出していき、木坂もそれに続く。整備員達は連日の疲労も感じさせない機敏な動きで機体をチェックし、兵装を搭載し、増槽の燃料タンクを翼に抱かせていた。


「また遭遇しないとも限りませんからね」


 コックピットに乗り込んだ木坂のハーネスを固定するのを手伝いながら機付長の2曹がにやりと笑った。

 対地攻撃任務には必要のないはずのAAM-4中距離空対空ミサイル二基とAAM-5B短距離空対空ミサイル二基も装備されている。MiG-29が発進した飛行場は米空軍の爆撃機に空爆されてすでに灰塵に帰しているが、何が起こるか分からないのが戦場だ。

 北朝鮮軍の航空戦力は壊滅しているが、分散配備された道路からでも発進できる旧式機が韓国を襲っているのもまた事実だった。

 とにかく急げ、早く離陸しろとばかりに格納庫後部の扉を開いて格納庫内でのエンジンスタートで二機のF-15EJはタキシーウェイへと躍り出た。





日本海海上、海上自衛隊いずも型ヘリコプター搭載護衛艦DDH《かが》



 ヘリコプター搭載護衛艦かがの飛行甲板はこの数日間、恐ろしいほど慌ただしくあった。次々にヘリコプターを発艦させては着艦させ、燃料を補給し、整備を行い、再び発艦に必要な準備を整えさせて発艦させる。海自の甲板要員に加え、派遣された陸空の隊員達が連携し、驚異的なソーティーレートを保っていた。

 陸上自衛隊のUH-60JA多用途ヘリが今も着艦し、ノドンハントを行っていた第1空挺団のレンジャー小隊が機内から降りてくる。全員見るからに痩せていて、服もボロボロになっていたが、その眼に宿る光だけは不変だった。

 SH-60Kシーホーク対潜哨戒ヘリコプター、コールサイン・ハルシオン05のパイロットである函南美奈かんなみみな1等海尉はその様子に思わず目を見張った。


『ヤバいですね』


 函南につられてその様子を見ていたコ・パイロットの西村國弘にしむらくにひろ2等海尉が呟いた声が機内通話装置ICSを通じて函南に届いた。

 UH-60JAの機体にはとこどころに焦げたような黒い跡が残っている。弾痕こそ見せないが、機内から射撃も行ったらしく、ランディングギアに枝がくっついていた。低空ギリギリを飛んだのだろうかと函南は想像して目を細めた。

 UH-60JAからはさらに仲間達に支えられた負傷者も降りて来た。負傷者は前部甲板上で待機していた海自のUH-60J救難ヘリへとそのまま移され、他の部隊の負傷者と共に本土へと空輸された。《かが》の医務室の収容人数はまだ余裕があったが、これからもさらに多くの部隊が回収されてくる予定だ。


『03が拾えなかった水陸機動団スイキダンの部隊もあんなことになってるんですかね』


 この《かが》には函南のSH-60Kの他に三機のSH-60Kが搭載されている。そのうちの一機は水陸機動団のノドンハントチームを回収に向かったが、敵に捕捉されたために離脱を余儀なくされ、十一名の隊員が北朝鮮に取り残されていた。ハルシオン03のパイロットである千束ちづか3佐は搭乗員待機室でそのことをずっと悔やんでいた。

 その十一名を回収するための作戦を何度も上申していたが、司令部は二次被害を受ける危険性を排除できないこと、そして他にも航空機を必要としている部隊があるため、許可しなかったのだ。

 しかしようやく救出の準備が整い、こうして函南達がSH-60Kに乗り込み、発艦許可を待つことになった。

 SH-60KのスタブウィングにはAGM-114Mヘルファイア空対艦対戦車ミサイル四発が装備され、側面のドアには12.7mm重機関銃M3が装備されていた。陸自がV-22オスプレイに搭載するためにFMSで調達したM3はFN社が開発したヘリ搭載用の重機関銃で、M2よりも発射速度が速く、俯角によるトラブルを解消したものになっていた。

 SH-60Kは本来、74式車載7.62mm機関銃を搭載するが、この実戦で数度使用され、そのすべてにおいて動作不良や致命的な故障、射程と威力不足、射手が能力と信頼性に疑問を呈したため、急遽陸自部隊の回収機に限り、予備のM3重機関銃が海自機にも配当された。

 キャビンにいるセンサーマンたちは防弾チョッキを着てそれを運用するために準備していた。ソナーや各種センサーを運用するセンサーマンたちは降下救助員を兼ねており、海上自衛隊のヘリ部隊の救難任務は、最前線での戦闘救難コンバットレスキューを主眼として捉えているため、降下救助員は全員が機関銃の射撃員でもある。


「早く助け出さないとね」


 函南は言いながら機体のチェックを再度始めた。任務に必要な救助した隊員達を乗せるMCH-101掃海・輸送ヘリの準備を函南達は待っていた。捜索部隊には負傷者が発生している可能性が高く、MCH-101には衛生科隊員達が乗り込み、機内での治療の準備も整えられることになっている。


『援護機がまた自分達のSH一機じゃ失敗しますよ』


 西村はまだSH-60Kの操縦士となってから日も浅く、経験は少ない方で、緊張していた。


「今度は重機関銃も積んでる。誘導弾も。最善を尽くしなさい」


 函南がぴしゃりと言うと西村は黙った。無茶は函南も承知だ。しかし飛ばせるヘリも搭乗員も不足している。

 艦橋から出てきた《かが》の幹部の一人が函南達のヘリに向かっていることに気付いた函南はヘルメットのバイザーを上げた。


「援護機が一機増える。陸自のUH-60ロクマルだ」


 1尉が指差した方向には先ほど空挺団を運んだ第102飛行隊のUH-60JAがあった。パイロットを入れ替えて連続で飛ばすらしい。

 増槽の燃料タンクを装備していないどころか、コックピットのドアまで取り払っていて、非常に無防備に見える。ドアは防弾性能を有しておらず、コックピットの座席には〈京セラ〉とイスラエルメーカー〈プラサン〉共同開発の特殊防弾板を装備しているが、あった方が函南には安心感があった。ガナーズドアと呼ばれるコックピットと、キャビンのスライドドアの間の窓に特殊なマウントを備えて12.7mm重機関銃M3を装備している。

 エンジンを始動したままホットリフューエルで給油を開始し、重機関銃の弾などの補充も始めた。

 ヘリのターボシャフトエンジンは一度止めるとエンジンが冷えるまで再始動できない。またエンジンを止めればその都度整備が必要になるため、エンジンを回したまま給油が行われるのだ。

 交替するUH-60JAのクルー達がやってきて機体の点検に加わる。彼らは拳銃や小銃などの個人携行火器で武装し、パイロットもマルチカムのプレートキャリアを着込んでいた。戦闘捜索救難のプロ達だ。


「コールサインはダガー03。だが長機(編隊長機)は君達だ」


「了解」


 エンジン音に負けないよう怒鳴り返し、函南は陸自のUH-60JAを再び見た。コックピットの外に立ったパイロットの一人がこちらにサムアップする。函南もそれにサムアップを返すと親指と小指を立てて受話器のような形を作って手首を回すようにして振った。パイロットは頷き、コックピットに乗り込んでいった。


『ハルシオン05、こちらダガー03。ラジオチェック。オーバー』


「ダガー03、こちらハルシオン05。 感度リマ明度よしチャーリー。オーバー」


『了解。ハルシオン05、仲間を助け出したい。宜しく頼みます』


「こちらこそ。女だから頼りないかもしれないが、最善を尽くす」


『とんでもない。編隊長はあなたです。頼りにしています』


 まだ一緒に飛んだこともないのに頼りにするとは、函南は西村を見て肩を竦めた。


『ハルシオン05、こちらデッキコントロール。グリフィン47が間もなく着艦する』


 艦橋後方の着艦スポットにMCH-101が着艦しようとしていた。MCH-101の準備が整い次第、函南達は北朝鮮に取り残された部隊の救出に向かうことになる。


『出撃するなら早く行きたいものですよ』


 自暴自棄気味に西村が言った。平静ではない浮き足立った西村の様子に函南はどうやってこのクルーを冷静にして任務に集中させればいいのか悩んだ。


「西村、狼狽えるな。やるしかないんだ、少しは楽しめ」


『楽しめ……?ですか……?』


 西村が戸惑った声を漏らす。


「別に不謹慎なことではない。一世一代、一生に一度の任務だ。自分の心配よりも後に後輩にこの経験を教えることを考えてどっしり構えろ。自分の持てる技術を最大限に生かせる貴重な機会だ。後にも先にも望んでもないことだぞ」


『それはそうかもしれませんが……』


「クルー達もお前の背中を見ているんだ。泣き言はやめろ、いいな?」


『了解』


 西村は、それからはぼやくのをやめて自分の任務に集中するようだ。

 三発のR&R/チュルボメカ RTM322ターボシャフトエンジンを搭載したSH-60Kに比べると一回り大きなMCH-101が《かが》の飛行甲板に着艦する。

 すぐさま次の任務に向けた準備が開始された。ホットリフュエリングが行われ、パイロットを交替し、機関銃などの装備品が搭載される。

 函南も今か今かと焦る気持ちを抑え、出撃を待った。


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