第39話 兵士の役目
北朝鮮
北朝鮮に潜入した水陸機動団偵察分遣隊は、北朝鮮軍の度重なる追撃を受けながらも逃避行を続け、遂に日本海を望む沿岸地域までたどり着いていた。
内陸からの移動距離は五十キロ弱。その間、何度も敵に追いつかれ、戦闘を繰り返した。隊員達は満身創痍で誰しもボロボロになっていたが、全員が今も集中力を切らすことなく各々の役目をこなしている。那智はそのことに内心驚嘆しつつももう食べ飽きた乾パンとエナジーゼリーを口に含み、襲い来る眠気に必死で耐えていた。
今、偵察分遣隊は日本海側の寂れた漁港近くの林内に潜伏し、弾薬を再分配し、背嚢の不要なものを整理していた。
弾薬は不足しており、小銃弾は残り五個弾倉。部隊全体でお手製の指向性散弾が三つ、C4爆破薬が十二キロ。雷管と点火具が六セット。破片手榴弾や発煙手榴弾の類も一人一個ずつとなった。
幸い拳銃弾は残っている。9mm拳銃P226は正直重くて那智はずっと邪魔に感じていたが、これが最後の頼みになることがないのを祈るしかない。
医療品も不足している。撃たれた近藤や大城は容態こそ安定しているが、負傷した部位は腫れ上がっていた。
野中の背負う無線機が頼みの綱だ。空自の電子支援機が中継し、日本海の母艦と通信が取れ、ついに五時間後にこの漁港の近くの岬に回収ヘリが来ることになった。そのため、敵と接触を完全に断って潜伏し、自分達の存在を隠し通さなくてはならない。
「六時間後には風呂とビールだ」
隊員達は終わりの見えてきた任務に軽口を叩きあった。満身創痍もあるが、土や泥にまみれ、汗と血と発砲煙にまみれ、一部が裂けたり破れかけた戦闘服を身にまとい、逃げながら用を足したり、戦闘中に失禁した者や体調を崩して下痢をしている者等、全員薄汚れている。
戦闘間の大小失禁は必ず発生する生理現象だ。戦う、生き残るために体の全機能が集中しているため、緊張や恐怖で失禁してしまうのではなく、意識外の不要な筋肉を働かせている余力も全て戦いに投じられてしまうことによって起きる。
犬による追跡を警戒して一度全員川の中を移動した際に汚れをある程度落としたが、獣じみた臭いをさせていて誰もが熱いシャワーと喉を潤す水分、そして生鮮食品を望んでいた。
偵察分遣隊はサークルと呼ばれる隊形で潜伏拠点を設けていた。外周を警戒する人員は減らしていないが、安全地帯になるその中心では可能な限り体を休められるように背嚢などを使って仮眠をする隊員が泥のように眠っている。負傷者も多く、生理的欲求が襲い来る中では集中力も途切れるため、どうにか休息をとる必要がある。
「帰りのヘリクルーに顔をしかめられたくない」
そう言って真空パックでコンパクトに圧縮して防水梱包した戦闘服に着替えた者もいる。那智も疲れきった体を動かして薄汚れ、濡れた戦闘服や下着から新しい戦闘服に着替えたが、体にまとわりつく不快感は拭えない。
瞼は文鎮のように重く、目は開けていられないほど痛い。頭も頭痛がして重く、足はもう自分の体ではないようだ。足の指先は痺れていて足裏はふやけきった皮が潰れている。足の筋肉は痛み止めでは収まらない悲鳴をあげていて、関節はどこも腫れていた。
腰も痛ければ腹筋すら痛い。ザックを支えていた肩も痣だらけになっていて首の痛みで上を向くのが辛かった。
体重はもう何キロも落ちたのだろう。筋肉も消費され、戦闘服のベルトは最初の位置よりもだいぶ絞って使っている。
普段ならもう一歩も動けない状態だが、ここは戦場だ。誰も弱音を吐くこと無く、獣じみた闘志を維持している。
訓練より厳しい実戦はないと言われてきた。実際、レンジャー訓練やこの偵察分遣隊に加わるための素養訓練以上に厳しいことはないと那智も思っていたが、この実戦はそれを越えている。だが決して平和な日本では経験できなかったことを経験していた。
甘えや妥協は一切通用しない。これこそが戦場という究極な環境。頼れるのは自分と仲間だけだ。仲間たちも自分と同じく苦痛に耐えている。何より驚いたのは野中の存在だ。男たちと変わらない酷い様だが、その表情に疲労の色を浮かべたことはない。そして男達の悪臭にも顔をしかめず、仲間の一員として務めを果たしている。所詮女だという軽視が全くなかった訳ではなかったが、それは完全に覆された。
剣崎の存在も心強かった。一瞬の弛みも見せず、部隊を動かし続けていた。指揮官を補佐する幕僚の陸曹達が疲弊している中でも泰然として指揮を執り、部隊をまとめて導いていた。
剣崎のような指揮官を那智は見たことがなかった。
この状況に苦しむのではなく、楽しもうと那智は初めて前向きな気持ちになりつつあった。
その時、那智は掠れた意識の中で何かを感じ、被っていたブッシュハットを脱いで聴音に意識を集中した。那智の警戒する方向を十二時として十時方向、距離二百五十メートルほどの位置に存在する漁村に何か動きがあった。
人里の近くに潜伏することはそれだけリスクを伴うが、この潜伏位置はこの周囲の主要道路を監視できるため、敵の動きを察知するのが容易だった。
漁村はこの地域では小高い丘に位置しており、北側は二百メートルほどなだからな斜面が続いていて、その斜面の道路沿いに棚田が存在した。漁村の東側の海岸側もまた傾斜しており、傾斜地には小さな木造の家が数軒存在し、小さな漁港には一本だけ桟橋があって何隻かの木造船が係留されていた。桟橋に繋がる小屋がこの辺りでは一番大きく、納屋のようになっている。
百名から百五十名ほどの集落の小さな漁村にはもともと一個分隊程度の北朝鮮軍の兵士ら十名が確認されていた。彼らの装備は制服と小銃で機関銃などは無く、せいぜい徴兵された経験のある兵士が自警団程度の役目を負っているだけで、脅威は低いと見積もっていた。彼らが動いているのかと思ったが、村を南北に貫く道路の北側にライトが見えた。那智は分隊用無線機を取る。
「こちら03、漁村の北より車列。A道を南下し、村に接近中」
『了解。動向を監視。その他は離脱に備えろ』
剣崎が無線に答える。いつ剣崎は寝ているんだろうと那智は思った。剣崎にも休止の時間は他の隊員達と平等にあったが、その間にも行動の計画を立て、指揮を続けている。とても体を休めている時間があったとは思えなかった。
村に接近する車輛は勝利415ことジープタイプの小型車輛を先頭に61式中型トラックが四輛。うち一輛は14.5mm重機関銃を装備していて、各車に兵士が乗り込んでおり、約三十名、一個小隊規模だ。那智はその内容を報告しながら監視を続ける。
彼らは急いでいる様子もなく、落ち着いて淡々としていた。偵察分遣隊を捜索している訳ではないのか、それとも士気が低いのか。
那智の監視位置に山城がやってきた。山城は顎の周りの髭が生えてずいぶんワイルドな風貌になっている。ドーランを塗りなおしてきたようだ。
「車列が村の中で停車」
那智が報告している間に山城はMk17ライフルのバイポッドを立てて据えるとMk17のスコープで村に入った部隊の様子を確かめる。
「嫌な予感がする」
「捜索部隊でしょうか」
那智は双眼鏡で村に停まった部隊を確認する。車両から兵士が降り、村の四周に散っていく。
「海岸に近いからってあんな村を防衛するんですかね」
「よく見ろ。武器は“村の中”に向けられている」
「え?」
那智が困惑した時、村の中心で村人や常駐していた兵士と話していた指揮官らしき兵士の周りにいた兵士達が一斉に発砲を始めた。
「こちら03、漁村で戦闘が発生」
すかさず無線に報告し、双眼鏡を向ける。常駐していた兵士達が撃ち返していて、車両部隊の兵士が彼らを包囲し始めていた。残りの車両部隊の兵士達が漁村の住民達を家の外へ追い出している。
背後から気配が近づき、振り返ると剣崎が現れた。
「敵同士で撃ち合っています」
報告を受けた剣崎は厳しい表情で眼鏡を使って村を視察する。
「何が起きてるんだ」
剣崎に続いて仮眠していた大城が88式自動歩槍を片手にやってきた。
「内紛か?」
「身内同士で殺し合っている」
那智は双眼鏡を大城に渡し、武器をチェックして戦闘に再び備えた。再配分された手榴弾等、装具に収納した位置などをもう一度チェックしておく。
「おい、あれを……」
大城に言われて漁村を見ると戦闘が続く中で兵士らしき男達が漁村の村民と思われる者達を漁村の広場に集めていた。集められる者たちは年寄りもいれば女子供もいて、全員手を頭に当てて降伏を示している。兵士達は村民を一列横隊で並ばせると跪かせた。何をするのか想像がついた那智は目を見開く。端にいる村民を兵士が一人ずつ撃ち始めた。頭から何かが飛び散るのがはっきりと見えた。撃たれた村民はそのまま倒れて動かなくなる。
「なんてことを……!」
那智は思わず声を上げた。山城が安全装置を解除する。
「射撃許可を」
「ほっときましょう。好きなだけ殺し合わせておけばいい」
大城はそう吐き捨て、剣崎の顔を見た。那智もつられて剣崎を見る。
「剣崎1尉……あれを見過ごすんですか」
「我々は自衛官だ」
剣崎は冷たく呟いた。那智はぱっと地面に顔を伏せる。
自衛隊はシビリアンコントロール下に置かれた民主主義国家の軍事組織だ。命令は絶対であり、勝手な判断で現場が行動することは許されない。
ここでは自分達は非力だ。どうすることも出来ない戦場の最低な一場面に遭遇しただけ。しかし自分にそう言い聞かせられるほど那智は大人になれていなかった。
「軍人らしい合理的な判断をするべきなんだろうが、無辜の市民を見捨てていられる職業ではなかったな」
言っている意味が分からずに那智が顔を上げると剣崎はヘッドセットに戦闘用意を指示し、山城の傍にしゃがんだ。
「目標、住民を銃撃する兵士。指名」
山城は剣崎の号令に疑義を挟むことなく、淡々と「照準よし」と告げた。
「撃て」
山城は躊躇わずに引き金を絞り落とした。サプレッサーに押し殺された発射音がくぐもって聞こえる。住民を銃撃していた北朝鮮兵士が胸から弾かれて突き飛ばされたように転がる。賽は投げられた。もう後戻りは出来なかった。
「村を襲撃した北朝鮮軍部隊と交戦する。近藤と古瀬、板垣は村の西側に展開し、火力支援。他は村の南側から突入する」
命令の間も山城が続けて発砲する。那智は命令を聞きながらその戦果を確認した。住民に向かって発砲していた兵士が胸を撃ち抜かれて倒れている。その近くにいた兵士二人も今山城に撃たれて倒れ、他の兵士達は村の中にいる隠れた兵士に撃たれたのかと警戒しているらしく、こちらに背を向け、車両の傍に伏せている。
狙撃銃を担いだ古瀬、そして無線機を持った野中らを先頭に隊員が集まった。
「戦闘に加入する。敵味方の区別は困難だ」
「正気ですか」
近藤は驚いていた。
「正気だからだ。戦争の狂気はまだ我々から良心を奪っていない。それにお前たち、あれを見過ごして無事日本に帰って、毎晩あの光景を思い出すのか?」
その言葉に仲間達は黙り込む。古瀬はもう狙撃位置を探して林の中を駆け抜けていった。板垣もMk17を背負って古瀬に続いている。
「自分は無辜の非戦闘員を守ります」
野中が言って89式小銃の槓桿を引いた。
「救援は五時間後ですよ?」
やれやれという顔をしながらも西谷もM320擲弾銃に榴弾を装填している。坂田は何も言わずに拳銃の薬室を点検し、ホルスターに戻していた。渋々言っていた大城も88式自動歩槍のスリングを邪魔にならないよう外していた。
「時間がない。ツーマンセルで直ちに村に突入する」
作戦も何もない。十一名しかいない分遣隊を二つに分け、一つは村に突入し、制圧する突入班、もう一つは火力支援班で、突入と離脱を援護し、互いに射線が被らないよう常にL字隊形になるように連携する。火力支援班と言っても機関銃などは無く、狙撃手の古瀬1曹の他、近藤2尉と板垣3曹だ。
突入は村の南側の平地から行い、火力支援班は村を監視していた村の西側に配置についた。
村の外から突然射撃が始まり、住民を殺害していた兵士達は狙撃で撃ち倒された。その混乱に乗じて突入班が二人一組で村へと突入する。二百人にも満たない小さい村だ。その中の広場まで進むのはすぐだった。
突入した那智は不思議な感覚だった。アドレナリンで疲労も痛みも吹き飛び、足は軽い。PVS-31暗視装置の緑がかった視界に村の外へ応戦するか隠れようとする北朝鮮軍の兵士二人を見出し、冷静に89式小銃に取り付けたIRレーザーで照準し、引き金を引き絞ってサプレッサーに圧縮された銃声を響かせ、5.56mm弾を叩き込む。
那智の最も近くにいた兵士が撃ち抜かれ、その奥の驚いた兵士がこちらに68式自動歩槍を向けようとするが、その顔面に二発の弾丸を叩き込んで粉砕する。左目の下と鼻の右下から入った小口径高初速弾のエネルギーを受けて空洞現象でその兵士の頭部が砕け散り、血肉が飛び散るのを流し目に那智はその場を駆け抜け、索敵する。
「
隊員達は朝鮮語で怒鳴りながら村人たちが集められた地点へと殺到した。偵察分遣隊が通った後には北朝鮮軍の兵士達の死体が転がっている。暗視装置を持った偵察分遣隊の隊員達は優位に戦闘を進めていた。
「
村の中心に着いた剣崎は声を張り上げ、さらに戦線を押し上げさせた。戦闘を繰り広げている者達は兵士とこの村の住民だった。住民と言っても大半の男は徴兵経験があり、ぼろの軍服と整備されていない旧式な58式自動歩槍等の火器を持っている。住民を銃撃していた北朝鮮軍兵士達は正規軍の装備に身を包んでいる者の、状況が理解できておらず、幸い、士気も低かった。
「
声を張り上げながら突入した偵察分遣隊の姿を見て、兵士も住民も大混乱に陥った。兵士も住民も分遣隊員達に囲まれると、武器を捨てて降伏した。
「
酷い発音の朝鮮語で怒鳴りつけ、威圧する。住民であろうと潜在的敵性勢力であることに変わりはない。安全化するまで油断は出来なかった。
「
『こちら火力支援班、村内で動きなし』
「武装を解除し、全員を村の中心に集めろ。火力支援班はそのまま警戒に移行。村の外から接近する敵及び彼我不明勢力を警戒しろ」
剣崎は朝鮮語を話せる宮澤1曹らと共に住民から事情を聴き出しながら指示を飛ばす。野中もそれに加わっていた。残りの隊員達で漁村内の家々を検索して安全化を行い、武器を回収して集める。
「なんだったんだ?」
大城が聞いてきた。集めた武器の中から5.45mm弾をかき集めていて、ポーチは弾倉でいっぱいになっていた。
「北朝鮮国内も混乱しているらしい。軍は反乱の鎮圧するために派遣されたらしい」
「反乱?」
さもありなんと那智は溜め息を吐いた。
「それでなんでこんな小さな村を?」
「村は自衛のための準備を始めて船の燃料を集めていたようだ。行き違いから酷い事態だ」
宮澤は淡々と答えるが、事態は悪化している。北朝鮮軍は仲間割れをしていて、戦闘を拒否する部隊やその部隊を見張る督戦部隊同士でも戦っているらしい。
「村人の様子は?」
「混乱してる。ここに残るのか逃げるのかも決まってない」
住民達の多くはやせ細っていた。食料事情は厳しいらしく、なけなしの糧食も民心の獲得というパルチザン作戦のために集められて住民に渡された。
北朝鮮軍の兵士達は命の保障と引き換えに周辺の部隊の情報を洗いざらい吐いた。捜索に駆り出されているのは推定で一個大隊。すでに包囲網は狭まっており、うち一個中隊が沿岸を移動してこの村にも三時間以内に到達する。装輪装甲車も含まれた自動車化歩兵だ。
救援到着までは四時間近くある。自衛隊の作戦機は不足していた。内陸に潜入した特殊作戦群や第1空挺団、海自の特別警備隊などの捜索隊の回収も逐次行われており、その回収もまた敵の対空火器の脅威があるため、防空火網を縫うように実施されている。
日米軍の北朝鮮軍の防空網制圧は進んでおり、めぼしいレーダーや地対空ミサイル等は撃破され、北朝鮮空軍の飛行場は壊滅していたが、旧式な低空域の対空火器の排除は遅れていた。回収ヘリはそうした対空火器を回避するために迂回ルートを取って時間をかけて回収地点に向かわねばならないのだ。
偵察分遣隊を救出するヘリは負傷者や緊急性の度合いから優先して送られることになっていたが、作戦機が北朝鮮から戻らねば送り込むことが出来ないのだ。
「詰んだ、詰んだ、絶対詰んだ」
坂田が現実逃避気味に言いながら道路に爆薬を仕掛ける。那智もありったけのC4を持って道路に路肩爆弾を仕掛けていた。不足している対戦車火器は降伏した北朝鮮軍兵士達の車輛に積まれていたRPG-7対戦車擲弾発射機が三基あり、その予備弾薬も九発確保していた。
残っていたすべての指向性散弾も村の西側からの接近に備えて設置が進められていた。
「背水の陣ってやつだな」
「SEALなら水さえあれば助かるのに何で水の鬼の
「仕方ない。あのぼろ船が使えれば脱出できたかもしれないが、銃創を負った負傷者を泳がせるわけにもいかないだろ。それに村の住民はどうなるんだ」
「正直、気の毒だとは思うけどさ。政治的には俺達がここで全滅するより脱出した方が良いんじゃないの?」
自衛隊の捜索部隊が北朝鮮内で全滅すれば内閣へのダメージは計り知れない。政権を揺るがす影響を今自分達が持っているのだ。
「なるほど、これも特殊部隊に付き纏う政治的影響の判断か」
「感心してる場合かよ」
坂田のボヤキは止まらないが、仕事は的確だった。限られたC4爆薬を計りもなしに分配し、装甲車両を破壊できる路肩爆弾を作った坂田は那智と設置作業を終えると村へと戻る。
「抵抗線を二線。予備陣地はここ。突撃破砕線はこの位置」
近藤が村の周囲の防衛ラインの要点を地面に作ったジオラマで示し、防御戦闘の要領を確認した。
「荒野の七人よりはマシだろ?」
「七人の侍じゃなくて?」
「俺は機甲科だからフューリーだ」
「戦車ないだろ」
「どっちにしろ、十一対一個中隊百名以上。軽く十倍の戦力だ」
「絶望的だな」
「レンジャーは一人で十人分の働きをするんでしょ」
レンジャー教育を受けることが出来ない女性隊員の野中の皮肉に男達は黙った。
ぼやきながらも予備陣地に鹵獲した武器などを配置する。
「救援は何時になりそうですか」
先ほど無線で司令部と連絡を取っていた野中に那智は尋ねずにはいられなかった。作業をしながらも他の者達も聞き耳を立てている。
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「悪いニュースを」
「救援は早まっても一時間後。それも別の捜索隊の救出作戦が万事うまくいって、その救出に使われたヘリが無事ならの話」
「陸自はもっとヘリを買った方が良いな」
「それにまだある。無線機のバッテリーも持って一時間」
「定時連絡といざという時まで切っておくしかないですね」
「良いニュースは?」
坂田が聞いた。
「
「さすが野中2曹だ」
「戦場の女神。八百万の神に感謝」
隊員達は口々に野中をほめたたえた。普段は無表情で冷徹な野中もその言葉を浴びてまんざらでもない様子でブッシュハットの鍔を目深になるよう引き寄せた。
そこへ剣崎が歩いてくる。皆、無言で剣崎に注目した。
「我々は当初の任務も救出任務もすべて完遂した。残る任務はただ一つ。生き残ることだ」剣崎は全員の顔を見渡しながら言った。
「ここで我々が全滅すれば自衛隊を使うことを決心した政権には大きなダメージとなるだろう。国民の批判が殺到し、次期政権は安全保障政策に尻込みしかねない。それは日本の平和と安全を脅かす隙になる。その原因を作るわけにはいかない」
剣崎の言葉に隊員達は無言だった。
「蛮勇も無駄死にも無用だ。生きて帰ることも任務のひとつだと言うことを忘れるな。他には何も求めない。生きて日本の土を踏め」
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