第38話 さらなる混乱

韓国プサン広域市 キメ国際空港



 北朝鮮ゲリラによる自爆攻撃があり、陸自のヘリ一機が大破。死傷者が出たキメ国際空港だったが、態勢を立て直し、再び非戦闘員退避活動NEOが進められていた。

 キメ国際空港の周辺地域の立ち入りが制限され、国連軍として米軍が周辺地域を警戒し、自衛隊が空港内の警備を主に担当することとなり、さらに第30普通科連隊の一個中隊がキメ国際空港へと渡って警戒に当たっていた。

 増強警備のために空自の警備犬も導入されていた。大型輸送機がひっきりなしに離着陸し、民間人を対馬へと空輸する。目の前で起きた戦闘を目の当たりにしてパニックになった者もいたが、騒げば騒ぐほど避難が遅れるため、多くの者たちは押し殺したように黙って指示に従っている。

 キメ国際空港警備隊の白瀬1尉は中隊長だが、今や二個中隊規模の隊員達を指揮する立場にあった。

 戦死した石見3尉の遺体はまだ格納庫に安置されている。格納庫には機内に持ち込めなかった邦人の手荷物も集積されていて、遺体も含め、空輸の優先度は低かった。

 石見の行動によって多くの民間人の命が救われた。彼の死によって多くの隊員達が民間人を守るという覚悟を新たにしている。


「空輸作業も現在、順調に進んでいます。あと二時間で空港に集合した邦人の輸送は完了する見込みです」


 キメ空港の避難統制所ECCで白瀬に報告してきた輸送隊の2尉の言葉に白瀬は頷いた。どのようなテロがまた起きるのか分からない。現場は三組のローテーで厳重な警備が続けられている。日も沈み、暗視装置を付けて警備に当たる隊員もいるが、その負担は大きくなる。厳しい夜はまだ始まったばかりだった。


「プサン市内の情報が欲しい。米軍から何か情報はないか?」


「特に降りてきている情報はありません」


「なら問い合わせろ」


「了解」


 白瀬は軽く苛立ちを覚えながらも落ち着いてやり取りをしていた。


「メディアの情報ですが」


 そう前置きをした上で空自の女性幹部の3等空尉が話しかけた。


「プサン市内での戦闘はまだ続いています。エビデンスは不明ですが、韓国軍同士が戦車で撃ち合っていると。米軍が戦闘を行っている様子はありません」


「放送局などがゲリラに占拠されている可能性は?」


「それも不明ですが、アナウンサーなどのスタッフは平時と同じ者がカメラの前に立っています」


「了解」


 北朝鮮軍による擾乱だけではなく、韓国軍同士も一枚岩ではなく、内紛が起きている可能性があった。


「SNSの情報です」


 3尉が見せたモニターに表示されたSNSの投稿欄に添付された動画には韓国軍のK1戦車が韓国軍のK200装甲車に向かって戦車砲を発射して破壊する様子があった。


「これは酷いな、なんと書いてある?」


「誤射ではない、と」


 ハングルが読めない白瀬に代わって投稿内容を3尉が読んだ。


「反乱か?」


「不明です」


 新たに投稿された動画を探した時、渋滞したバイパスらしき道路の動画が見つかった。多数の車列が立ち往生し、その車の間を民間人達が徒歩で進んでいる。

 車列の中にあった韓国警察の車両が襲撃され、警察官が引きずり降ろされていた。袋叩きにされていて、それを止めようとした男二人も同様に取り囲まれている。


「暴動が起きつつあるのか」


「そのようです」


 警察車両は外国人を輸送するバスを護衛していたらしい。多数の外国人を載せたバスを一般市民が囲んで石などを投げていて、バスの周囲に立った数少ない韓国兵が怒声を上げて時折威嚇射撃を行っている。


「おいおい、これはどこだ?」


「直ちに調べます」


「輸送隊の飛川1尉を呼んでくれ」


 必要となれば日本人以外の外国人でも自衛隊が向かって救助しなければならない可能性があった。邦人全員の脱出を確認するには最低でも一日はかかるだろう。そして絶対に取り残されている日本人がいるはずだった。政府が撤退を指示するまで目的地派遣群は課せられた任務を遂行し続けなくてはならない。


「心労で後を追うことになりそうだな……」


 思わず独り言ちた白瀬は石見のことを考えていた。








韓国インチョン広域市インチョン港



 インチョン広域市は首都ソウルに近い、黄海に面した韓国を代表する港湾都市の一つだ。空港がテロ攻撃を受ける中、ここインチョン港にはソウル周辺から脱出しようとする民間人が大勢押し寄せていた。


「もうすぐ船に乗れるからね」


 稲村航いなむらわたるはそう妻子に呼びかけた。

 稲村はソウル駐在員として日本企業から現地法人に出向し、ソウル市内のマンションに住む日本人会社員だった。大使館の手配したバスに乗って妻と日本人学校に通っていた息子と共にソウルを脱出した稲村はインチョン港で避難民の列に並んでいた。

 ソウルの方向では未だに黒煙がいくつも立ち昇っており、時折その数は増えていた。砲撃は戦闘機の群れが上空を通り過ぎてからしばらく止んでいたが、未だに時折行われているらしい。花火を打ち上げるような音が遠くから微かに時々聞こえている。

 外国人だけでなく、膨大な数の避難民が岸壁を埋め尽くしていて、タクシー船から大型の貨物船まであらゆる船に、多くの人が絶え間なく列を作って乗船していた。


「押さないで、落ち着いて進んでください」


「慌てないで下さい!」


 警察官や韓国軍の兵士達がライフルを片手に呼びかけているが、市民の中には我先に前へ進もうとしたり、列を無視して進む者も大勢いて、混乱が落ち着く様子はない。中には泣き喚いて船に乗せろと警察官に訴える者もいて騒然となっていた。


「ねぇ、もう疲れたよぉ」


「もうすぐだからね?」


 息子の泣き言を妊娠四週目の妻が自身の不安を漏らさないよう笑顔で励ましている。そんな妻の健気な様子に稲村は再度守ってやらねばと決意を新たにした。


「日本人はこっちです!こちらへ集まってください!」


 百メートルほど先で声を張り上げるのは現地の大使館職員だった。そこに集まった日本人達は、現地の大使館職員らによって国外への避難に関する手続きを済ませているらしい。韓国警察の警察官や韓国軍兵士がその周囲にいた。


「あっちだ」


 稲村が声を上げ、妻の顔を振り返った時、周囲の韓国人達が自分達を見ていることに気がついた。


「イルボン?」


「……チョッパリ」


 彼らの声を聞き、稲村の全身から汗が噴き出した。今、ここで日本人と知られると酷い目に合わせられかねない。妻を自分の背にぴたりと引き寄せて列を割って日本人が集まる場所へ向かおうとした稲村を韓国の避難民達が阻んだ。


「日本人が乗る船など無い!」


「チョッパリめ!お前たちは私達の船を奪うつもりだな!」


 血気盛んで不安や恐怖を怒りに変えた韓国人達に詰め寄られ、稲村は必死に妻と子を庇った。


「やめてください、どうか妻と子供だけは!」


「そこで何をしている!?」


 人々の中を割って走って来たのは災害派遣などの映像で見慣れた緑色の迷彩服と武器を身にまとった自衛隊員と韓国軍の兵士達だった。


「助けてください!」


 稲村が声を上げると自衛隊員達は稲村と家族を庇うようにして背中で囲み、暴徒になりかけた韓国人達との間に入った。


「我々の後ろに居てください。移動します!」


 自衛隊員達に掴みかかってくる韓国人達の間へさらに韓国兵と警察官が割り込み、彼らが暴徒を押しとどめている間に日本人グループの位置へと避難する。

 岸壁の端に位置するそこは柵で仕切られていて周囲の混乱とは打って変わって整然としているように見えた。

 日本だけでなく、他国の外国人たちも大勢いて、韓国軍や警察、そして自衛隊と米軍もいた。日本やアメリカを始めとする大使館の職員らが忙しく動き回っていて、大勢の外国人避難民が疲れた様子で佇んでいたり、座り込んで船を待っていた。


「助かった……」


 恐怖で震えていた妻がほっと安堵の声を漏らす。しかし稲村はここにいる外国人の避難が順調ではない様子を感じ取っていた。


「こちらです」


 大使館の職員に案内されるとそこにはベンチがあった。とりあえずそこに座り、手続きのために身分証やパスポートを取り出し、職員の質問に答える。そこからそう離れていない位置で米軍や自衛隊の幹部が数人集まり、韓国軍の将校とやり取りしていた。


「首都圏への本格的な北朝鮮軍の侵攻に対処するため、インチョン港を始めとする韓国内のすべての港や空港はただいまより韓国軍が優先的に使用します」


「我々の行動は韓国政府が認めている。ここに集まった合衆国市民の脱出が完了するまでアメリカ合衆国はその要請には従えない」


 英語でのやり取りだったが、稲村にはその内容が理解できた。避難が進まないのはどうやら様々な要因があるらしい。そんなことを考えていた時、不意に乾いた破裂音が鳴り響いた。悲鳴が聞こえ、周囲にいた人々は慌てて地面に伏せる。稲村も妻と子供を庇って覆いかぶさった。途端に銃声が、空気を蹂躙する。

 連射音が鳴り、腹に響く爆発音が聞こえ、地面が揺れた。稲村が顔を上げると岸壁に続く道の上で銃撃戦が起きているらしく、大勢の人が倒れていた。


00マルマル、こちら51ゴーヒト!インチョン港で銃撃あり!敵情不明!送れ!」


 すぐ近くにいた自衛隊員が無線機で報告している。爆発音が聞こえ、避難民達が逃げまどっていた。流れ弾を受けたのか、倒れたところを踏み倒されたのか多くの民間人がすでに地面に倒れている。自衛隊員達は射撃せずに物陰で小銃を構えていた。


「なんてこった。韓国軍同士で撃ち合ってるぞ」


「偽装した工作員か」


 隊員達は応戦せずに戦闘の推移を見守っている。隣のブースにいる米軍も同じで、積まれた土嚢の裏で状況を見守っていた。


「撃つな、どっちが味方か分からない」


 外国人の避難を警護していた韓国軍の連絡役が必死に無線で状況を確認していて、他の韓国兵達も戸惑っていた。韓国人避難民達は蜘蛛の子を散らすように逃げまどっていて中には海に飛び込む者もいた。

 韓国軍の装甲車が機関銃を別の韓国軍部隊に浴びせながらこちらに近づいてきた。近くにいた数名の韓国兵が避難民を戦闘に巻き込むまいと、装甲車にこちらに接近しないよう怒鳴った時、装甲車の砲塔がこちらを向き、機関銃が発射された。若い韓国軍兵士の首から鮮血が飛び散り、その隣の兵士が腕を千切られるのを稲村は目撃した。


「撃って来た!」


「射撃を許可!応戦しろ、各個に撃て!」


 即座に自衛隊や米軍が次々に応射し、辺りには銃声が鳴り響いた。装甲車に向かって米軍が肩撃ち式のロケット弾を発射し、その吹き上がった煙の一部とそれが巻き上げたゴミが稲村達にも吹きかかった。装甲車の側面にロケット弾が直撃すると砲塔から炎が噴き出した。

 装甲車の周囲にいた韓国軍兵士達はこちらに向かって猛烈な勢いで射撃し、双方の銃弾が飛び交う。

 稲村は目の前で繰り広げられる現実とは思えない戦闘に息をするのも忘れた。あんな暴力の塊が自分達に降りかかったらひとたまりもない。どうすることも出来なかった。ヒュン!という身近を弾丸が擦過する不吉な音が頭上を飛び交っていた。

 パニックになって立ち上がろうとした避難民を大使館の職員が慌てて引き倒す。


「伏せてください、動かないで!」


 自衛隊員達が口々に避難民に向かって叫びながら撃ってくる韓国軍に向かって撃ち返す。こちらに銃撃してくる韓国軍の部隊は徐々に近づいてきた。港の遮蔽物は少なく、装甲車を破壊された韓国兵達は日米韓の部隊から激しい銃撃を浴びて次々に倒れるが、それでも歩みを止めない。なんとしてもこちらを攻撃しようという執念を感じ、稲村は必死に妻と息子の頭を抑えてその場に伏せ続ける。

 自衛隊員達はほとんどが自分よりも若い若者で、全員が必死に戦っていた。そんな彼らに比べて自分はなんと無力なんだと稲村は震えた。彼らが全員倒れれば残された自分達はどうやってこの場を切り抜けるのだ?降伏すれば助けてもらえるだろうか。しかし妻は暴行され、自分達は処刑される未来しか浮かばなかった。そうなれば倒れた隊員の銃を手に取って自らも戦うしかない。

 稲村は生まれてこの方、戦争というものを想像したことがほとんどなかった。遠い国の出来事、自分達とは無縁の話で、近年の日本の防衛費増大は無駄で馬鹿馬鹿しく、もっと他に税金を投入するところはあると考えていた。

 矢面に立つことなど無いのに無駄な訓練を繰り返し、戦争ごっこに明け暮れている自衛隊にも正直好意的な目を向けることは出来ず、災害派遣で活動する自衛隊を見ても普段は無駄飯ぐらいなのだからこういうときくらいはしっかり働いて務めを果たせばいいくらいの認識だった。

 目の前の若者たちはそうした大人たちの目に晒されながらもただ使命を信じ、訓練してきたのだろう。今は彼らにひたすら守ってくれと願うしかない自分の無力さに家族を抱えた手が震えた。

 切り取られた地獄のような中、弾丸の掠める音、兵士の悲鳴を聞き、周囲の隊員達が銃を撃ち返す。いつまでも明けない夜に閉じ込められたような恐怖。死が、身近にいた。それどころか隣にいて、離れたり近づいたりした。

 自衛官達ですら、背を見せて逃げ出したくならなかった者はいない。

 しかし、彼らはおとこであった。

 その背の後ろに自分達の助けるべき無力な民間人がいる。そして、助けられるのは自分達の他はなく、なにより、仲間がいた。誰かが欠ければ、誰かが確実に死ぬ。


「各班、耐えろ!」


 自衛隊員が声を張り上げた。今や周囲にいた韓国軍の兵士達も自衛隊や米軍と共に同じ韓国軍の部隊と戦っている。兵士だけでなく、外務省の職員らも全員が必死だった。今やこちらに向かってくる韓国軍部隊との距離は二百メートルも無いように思えた。


「お父さん!」


 息子が叫び、稲村が振り返ってその視線を辿ると、エンジン音とサスペンションの軋む音を響かせて二輛の自衛隊の装甲車がこちらに向かって猛進してきた。


「空挺だ!」


「間に合った!」


 周囲の隊員達が歓喜の声を上げる。装甲車の車体から身を乗り出した隊員が機関銃を射撃し、装甲車はこちらを撃ってくる韓国軍と稲村達の間に割って入って急停止すると乗員達を吐き出した。


「行け、行け、行け!」


「押し返すぞ、ドアを立てろ!前へ!」


 乗員の自衛隊員達も射撃に加わり、ドアを開けたまま装甲車が動き出す。ドアはそのまま盾の役割を果たしていて、ドアと車体の隙間から小銃の銃口を出した隊員が装甲車と歩調を合わせて歩きながら射撃し、攻撃してくる韓国軍部隊へと反撃を始める。ドアに張り付けない隊員は装甲車の背後を進んでいく。


「続け!突撃して敵を撃退するぞ!」


 突撃と聞くと一斉に走って突っ込んでいくイメージだが、自衛隊における意味は考え無しに突っ込む無謀なものではなく、お互いに援護し合いながら進み、連携して敵陣地に攻め込み、敵を撃破しつつ、占領する戦術のことだ。

 陣地を守っていた隊員や米兵もそれを見て援護射撃のためか、一斉に撃ち始めた。


「前進!敵を下がらせろ!」


「前へ!」


 次々に隊員達が陣地を飛び出していく。稲村は信じられない気持ちでそれを見ていた。銃弾が飛び交う中によく飛び出していける。なんでそんなことが出来るんだと驚愕した。

 土嚢を越えた隊員の一人がそのまま倒れ込んだ。撃たれたのだ。


「進め!」


 隊員達は構わず前進する。数秒後、いや一刹那の後に命の保証など全くないが、自衛官の誰もが危険に向けて進むのを止めない。自衛官も米兵も何名かはすでにアスファルトの地面に倒れている。それでも必死に敵を蹴散らすために前進した。

 こちらを攻撃する韓国軍側は被害が拡大し、ついに攻撃を断念した。こちらに背を向けて走り、時折振り返って撃ってくるが、次々に撃ち取られていく。米軍がそのまま追撃を続け、自衛隊はその場で止まって扇状に広がり、警戒態勢を取った。


「助かったのか……?」


 稲村は思わず呟いて顔を上げる。周囲に伏せていた民間人達もちらほらと顔を上げていた。その時、撃たれた隊員が引きずられてきた。

 撃たれた隊員は言葉にならない言葉を唸っていて、その装備をはぎ取ってすぐさま手当てが開始された。他にも現場に倒れていた韓国軍の兵士や米軍の負傷者などがすぐ隣の陣地に集められ、赤十字腕章をした隊員達が大きなバックパックを背負ってそこに集まり始めた。


「00、こちら51。敵は後退、繰り返す、敵は後退。送れ」


「負傷者を確認しろ。弾薬もだ。すぐに逆襲対処の態勢を取れ」


「栗原1尉!すぐにフェリーが来ます!輸送隊を寄せます!」


「車輛を誘導しろ」


 装甲車が走って来た方向からは同じ装甲車に前後を囲まれた大型バス二台が姿を現し、こちらに向かってくる。

 同時にタグボートに補助されながら大型フェリーが岸壁に近づいてきた。


「日本の船だ」


 隊員も驚いたように呟く。

 戦前の徴用に繋がるとして、船員組合は自衛隊による民間船の利用を拒否する傾向があり、弾道ミサイル対処のための部隊の輸送が過去にも拒否されている。特に危険を伴う有事において民間船のチャーターは困難なはずだ。非組合員により運行される船か、もしくは組合の枠組みを超えた行動を起こした船なのだろう。

 危険を顧みず、日本人を助けるために駆けつけてくれたフェリーに稲村は感謝した。すぐさま舷梯が下ろされ、日本人の受け入れが開始された。稲村達も移動を促され、急いでフェリーへと続く舷梯に向かう。

 大型バスから降りて来た避難者たちも加わり、避難所の避難民の数はさらに増えた。アメリカの国旗を掲げた灰色の軍艦がさらに接岸し、そちらでも受け入れが開始される。アメリカ海軍の大型艦からは入れ替わりに海兵隊員達が降りてきて岸壁に展開した。

 フェリーの舷梯の周囲を自衛隊員達が固めていた。防弾らしい重そうな大盾を周囲に立てて厳しい視線をサングラス越しに周囲に走らせていた。列を作っていると前を歩く男が自衛隊員に話しかけていた。


「なぜ韓国軍が撃って来たんだ」


「分かりません、先に進んで」


 自衛隊員は軽く受け流しているが、彼もまた事情を理解していないのだろう。まだ港の奥では銃声が聞こえていて、時折爆発音が聞こえていた。

 海兵隊は岸壁に装甲車も下ろしていて、新たにバリケードや陣地も作り、厳重な警戒態勢を取っている。ようやく稲村達もフェリーへと乗り込んだが、自衛隊や海兵隊は船には乗らずそのままとどまるようだった。

 感謝の言葉をかける間もなく、フェリーは汽笛を鳴らし、出港する。

 フェリーがゆっくりと岸壁から離れる。息子が無邪気に自衛隊員達に手を振ると気付いた隊員の一人がそれに振り返した。それがフェリーでも岸壁でも連鎖し、自衛隊員達に手を振られながらフェリーは離れていった。稲村も彼らの無事を心から祈って見えなくなるまで手を懸命に振った。





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