第37話 新宿の攻防

東京都新宿区、新宿駅構内



『テロ災害を未然に防ぐ緊急対処事態が認定され、政府は屋内避難警報を発令し、東京都に国民保護法制を適用しました。東京都にお住まいのみなさんは、テレビやラジオなどのニュースに耳を傾け、落ち着いて行動し、警報が解除されるまで外出を控え、屋内に避難してください』


 新宿駅構内では、先ほどから流れる放送を掻き消すような激しい銃声が未だに鳴り響いていた。耳をつんざく破壊的な射撃音が施設内に反響し、宮下巡査の手の中でAKS-74自動小銃が銃火の火花を散らして反動で暴れる。勢いよく吐き出された薬莢が校内通路の床に散らばって金属音を響かせた。

 宮下は工作員一名に押され、ずるずると後退を余儀なくされていた。多くの市民が脱出する隙は稼いだが、北朝鮮の工作員を相手に警察官三人では一人の工作員を制圧することも出来ず、逆に押し返されている。

 立花巡査長も平田巡査もすでに拳銃弾は撃ち尽くしていて後ろで市民を避難誘導していた。新宿駅内に取り残されている市民はまだ多数おり、中には介助の必要な負傷者もいる。警察だけでなく治安出動した自衛隊も新宿駅には次々押し寄せているようだが、宮下の元にはまだ到着していなかった。


「下がれるか、宮下!」


 立花が背後で怒鳴った。駅内の店内に残っていた老人二人をようやく平田が後ろに引っ張っていったようだ。

 宮下が答えようとした時、激しい射撃音が聞こえ、宮下の隠れる壁の化粧石膏ボードを粉砕した。破片がまき散らされ、宮下は慌てて角から身を引く。


「チョッパリ!」


「うるさい、日本語で話せ」


 銃声の合間に工作員の方から朝鮮語が聞こえ、宮下は悪態を吐いてAKを持ち上げて撃ち返そうとした。その時、駅構内に反響する銃声が近づいてくることに気付き、宮下は総毛立つ。工作員は単射で宮下の隠れる壁を撃って顔を上げさせないようにしながら距離を詰めて来た。立花と平田がすでに撃ち尽くしていることに気付いたのだ。


「宮下!奴が近づいてきてるぞ!」


 立花の警告が聞こえるが、宮下は銃撃を受け続けていて反撃できない。


「ここで死ね、日本の番犬」


 工作員の声さえすぐ近くで聞こえた。宮下は自動小銃だけ突き出して発砲する。その銃のすぐそばを銃弾が叩き、宮下の手の甲の皮が千切れた。


「ぐっ!」


 思わず宮下が呻いて手を押さえた時、工作員の影が宮下に落ちた。その銃口が宮下の頭にぴたりと向けられ、宮下は硬直した。


「宮下!」


 立花が絶叫する。立花が弾を撃ち尽くした空の拳銃を構えるが、それに弾が入っていないことを知っている工作員の男はそちらを一瞥してから宮下に向き直り、口角を吊り上げた。


「そこで見ていろ、次はお前だ」


 宮下には工作員の男の指に力が入っていく様子がスローモーションで見えた。が、その工作員の腕が別の方向に向けられようとぐっと力が入る。突然新たな銃声が通路内に響き渡った。


「伏せろ、伏せろ!」


 怒声を上げて立花とは逆の方向の狭い階段から現れたのは青鈍色のアサルトスーツに身を包み、黒い防弾衣を身にまとった警察最後の砦、警視庁特殊部隊SATだった。

 彼らの持つHK416特殊小銃の減音器サプレッサーが潰れた銃声を漏らし、工作員に5.56mmフランジブル弾を浴びせる。工作員の男は咄嗟にAKアサルトライフルを彼らに向けて一連射を浴びせた。宮下もすぐさまAKを構えて工作員に向かって発砲する。

 期せずして十字砲火を浴びた工作員の男は宮下の銃撃から逃れようと遮蔽物にしていた柱から飛び出し、SATの放つ弾丸を浴びた。

 SATはこの乱戦の最中でも外科手術的射撃術を披露してくれた。工作員の男は非致命部位である肩や足を撃ち抜かれて倒れており、あっという間にすり足で近寄った先導の隊員に武器を蹴り飛ばされ、そのままねじ伏せられた。先導の隊員に続いてきた隊員達はさらに四周に散って隙無く警戒態勢を取る。全部で八名のSAT隊員達は撃ち倒した工作員の拘束を終えると無線で連絡を取る。ポリカーボネイトの盾を持ち、MP5特殊銃を構えた機動隊員達が十名、SATの来た方向からやってきて工作員に殺到すると、担架を用意して工作員をそのまま担架に縛り付けた。


「大丈夫か、君たちは?」


 機動隊員の警部補に聞かれて宮下は頷いた。左手の甲から血が流れているが、大したことは無かった。


「弾をくれ、弾を」


 立花がやってきて言った。


「君達はもう下がりなさい」


「下がれだって?」


 遅れてやってきた平田が機動隊員の警部補に向かって詰め寄る。気弱な平田は頭に血が昇って豹変していた。


「自分達はアンタたちが来るまでここにいた市民を避難誘導していたんだ。機動隊もSATもまだここを制圧していないんだろう?」


「君達はどっちから来たんだ」


 平田が機動隊員に声を荒らげていると警戒していたSATの一人が立花に聞いた。立花が説明している間に宮下はSATが蹴り飛ばしたAKを取り、担架に拘束する際に脱がされていた装備と大きなウェストバックを回収する。


「貸してくれ」


 立花もそれに手を貸し、AKのスリングを立花は肩にかけ、弾倉の入ったウェストバックを肩がけにした。


「我々も手伝います」


 宮下は食って掛かる平田を押しのけて言った。


「助かる。我々の後に続行してくれ」


 SATはここで議論している時間が惜しいのか、それとも本当に手が足りていないのか、支援を受け入れると再び前進を開始する。


「俺、SATに転属希望出そうかな」


 宮下が思わず呟くと立花は否定どころか「俺も考えたところだ」と同調した。


「二度とごめんですよ、こんな事態。――でも訓練は受けておきたいかもですね」


 平田が拗ねたように言う。平田は工作員を後送する機動隊員から拳銃を借りたらしく、手にH&K P2000自動拳銃を握っていた。

 遠くからドーンという爆発音らしき音が聞こえ、遅れて小さな衝撃を感じる。爆発物が使われたらしい。


「あと何人いるんだ……」


 平田はすっかり人が変わっていてうんざりした声を漏らす。


「必ず暴圧検挙して直ちに新宿駅の平穏を取り戻すんだ、俺達の手で」


 弾痕が刻まれ、焼け焦げた物が散乱する新宿駅を宮下はそう言って突き進んだ。まだ新宿駅での戦闘は続いていた。




 第一空挺団第二大隊の緊急即応部隊QRUは新宿駅の駅上層部に存在する商業施設を一つ一つ制圧していた。ヘリを狙って対戦車擲弾を発射した工作員らが未だに施設内に留まっていることが分かっており、警察が防犯カメラを利用して部隊を誘導していた。

 商業施設内は工作員が無差別に発砲したことによる死傷者がいて、部隊の後方では今でも彼らの後送作業が行われていた。店内に残っている民間人がいないことは防犯カメラで確認されているが、万が一があるため、レンジャー小隊にも慎重な行動が求めらている。

 バラクラバで顔を覆い、〈3M〉のULW抗弾ヘルメットを被ってシューティンググラスをかけた無機質な隊員達は素早く店内を移動していたが、静粛を保っている。彼らの身に付けた〈DA〉のプレートキャリアには耐小銃弾板と呼ばれる七キログラムのセラミックプレートが詰められ、弾倉十本、全員が9mm拳銃、手榴弾や閃光音響筒などを携行した重装備でも彼らの足取りに乱れはなく、呼吸は落ち着いていた。


33サンサン、こちら31サンヒト。五十メートル先の書店内に敵。送れ』


 警察と共に商業施設の警備員室で監視カメラを睨んでいる班長の声がイヤープロテクターを兼ねたヘッドセットを通して全員の耳に届いた。


「31、33、了解」分隊を率いる1等陸曹は足を止めることなく応答する。「二組は反対側の通路から回り込め。三組は後方警戒。一組はこのまま突入する。会敵後、三組は手前の店内に展開して一組の突入を支援しろ」


 前進しながら分隊は四名ずつに分かれて組を組んだ。

 書店といってもこの手の商業施設に明確な入口やドアがあるわけでもなく、並んだ棚が通路からも丸見えで、突入経路は幾らでもある。一組と二組の隊員達はそれぞれの射線が被らないように展開しつつあった。一組は書店の脇から近づき、二組は書店の正面に展開する。

 二組が展開を終えるか終えないかのタイミングで銃声が鳴り響いた。


「接触、ステルス・ブレイク!」


 それまで静粛を保っていたレンジャー小隊の隊員達は一気呵成に攻撃を開始した。89式小銃を連射する勢いで単射で射撃し、弾を書店に叩き込む。

 しかし本は何冊か重ねただけで小口径高初速小銃弾の貫徹を阻む。射撃の効果が薄いことを一組と共に進む分隊長の1曹は認めると「手榴弾」と怒鳴った。

 Mk3攻撃手榴弾の安全ピンを指で引き抜き、レバーを飛ばして一寸待って一組の隊員達は書店の中にそれを投じた。

 四発の爆発が次々に起きる。爆発の衝撃波で人員を制圧する攻撃手榴弾の炸裂で書店の本棚がなぎ倒された。それと同時に一組が書店の中へと流れ込む。何列もの棚が並ぶ書店を二組の射線に被らないよう、L字で火力発揮できるよう進む。工作員の一人が流れ込んできたレンジャー隊員を認めて振り返り、AKS-74uを構えて射撃してきた。隊員達は今度は本棚に隠れて射撃をやり過ごしながら応射する。二組がそれに加えて援護射撃を行い、リベットを打つような激しい銃声が商業施設内のフロアに響き渡った。

 狭い書店の間を進むために隊員達は二名が拳銃に持ち替えた。


「前進する!」


「動け!」


 一組が怒鳴り、二組がそれに応える。工作員の一人は背負ってきた対戦車擲弾を二組のいる被服店に向かって発射した。バックブラストが本棚をなぎ倒し、発射された擲弾が二組の居る店舗の棚を貫通してその背後の通路を抜けてその奥の雑貨屋の奥の壁に直撃して炸裂した。爆発の衝撃波で周囲の店舗のショーウィンドウが砕け散り、棚がなぎ倒される。二組の隊員二名も後ろから吹き飛ばされたが、すぐに立ち上がって射撃を再開する。

 スプリンクラーが作動して天井から水が噴き出す。ずぶぬれになってもレンジャー隊員達の動揺はなかった。

 彼らは如何なる訓練であれ、実戦と同様、あるいはそれ以上の負荷をかけて厳しい訓練に臨んできた。訓練が厳しければそれだけ本番が楽になる。言うは易しで、これをまともにやるには強い刻己心が要求される。彼らは胸のレンジャー徽章に誇りを持ち、自負と矜持を持ってこれまで過酷な訓練を経験してきた戦士だった。


「トラップ!」


 拳銃を持って進む隊員が声を上げた。目の前にワイヤーが張られ、その先に対人地雷が置かれていた。その背後から続いていた89式小銃を構える隊員が拳銃を持つ先導の隊員の肩を掴んで向かうべき方向に引っ張り、別の列へとすぐに進む。トラップに気を取られた自衛隊員を狙い撃とうとしていた工作員の射撃がそのあとを追い、雑誌を吹き飛ばし、アクリル板が砕け散って隊員を叩くが、拳銃を応射しながらそのまま横に移動し続ける。

 二組も距離を詰めて射撃した。


「弾倉交換!」


 二組の隊員の一人が怒鳴って弾倉を交換する。その隊員が弾倉を交換している最中に不足する火力を補うために残りの三人はペースを上げて弾を叩き込み続ける。残弾をカウントするために最後の二発の手前に曳光弾を込めていた。

 時折、曳光弾が火花のように書店の中に散るが、スプリンクラーのまき散らす水に寄って火災は発生しなかった。工作員達は奥の本棚の位置を変えて最後に立て籠もる拠点を作っていた。しかしそれを見た分隊長は三組に書店の向こう側にある店舗へ向かうよう速やかに指示する。


「やつらがここで自決する筈がない」


 三組も程なくして会敵した。敵は店舗の壁を破って反対側に離脱しようとしていた。一組はそのまま書店内を押していき、検索する。残って不意を打とうとしていた工作員がAKを発砲。先導の拳銃を持った隊員が撃たれて崩れ落ちるが、その後ろに続いていた89式小銃を構えた二番手が発砲し、工作員を撃ち抜いた。

 工作員はよろけながらもさらに射撃してくるが、工作員が倒れるまでその隊員は射撃を続けた。


「一名を制圧、一名負傷」


 二番手は撃たれた隊員の様態を確かめながらも油断なく89式小銃を構え続けた。一組の残りの二名と分隊長は離脱する敵を追って二組と合流する。うまい位置を考えたものだと分隊長は感心した。逃げる方向の書店の隣にあった喫茶店も従業員用のバックヤード裏を通ればこちらの目から途切れることが出来る。三組が退路を断ったため、それは叶わなかったが、目の前にしか集中できず正面から撃ち合いを続けていれば離脱を許していたはずだ。

 三組と撃ち合う工作員の背後に回った一組にも工作員は気づき、振り返って射撃してくる。分隊長が放った弾が喫茶店の曇りガラスに穴を開け、その工作員を背後から撃ち抜いた。工作員はそれでも倒れず、ガラス越しに撃ち返してきた。ガラスが残らず砕け、5.56mm弾が分隊長に殺到する。分隊長は隠れる場所が無かったため、咄嗟に伏せた。プランターが乗った薄い棚は弾を完全に防ぐことは無かったが、プランターの中の土が弾の弾道をわずかに変化させ、分隊長はギリギリのところで銃弾を浴びずに済んだ。


「一名制圧」


 撃ち返してきた工作員を正面から三組の隊員達が撃ち倒した。分隊長は立ち上がり、残敵掃討を命じつつ、「ACE《エース》リポート」と声をかけた。

 隊員達が残弾薬Ammo負傷Casualtyの有無、武器装備Equipmentの異常の有無を報告reportしてくる。

 負傷した先導の隊員は二発をプレートキャリアに受け、左肩を撃ち抜かれていた。


「重症です」


 映画では気軽に肩を撃たれるが、肩には鎖骨下動脈があり、高速ライフル弾で撃たれれば鎖骨や肩甲骨も砕かれることがある。緊縛止血が実施できない体幹部の負傷であり、直ちに後送が必要だった。

 レンジャー隊員は高いサバイバル技術を持っており、孤立無援下でもある程度の治療等が出来るよう一般隊員よりも高度な衛生技術を全員が修得している。

 まずは大量出血を止めるために傷口に止血剤入りガーゼをねじ込んで圧迫止血を行い、その間に他の隊員達はプレートキャリアを解脱し、治療に備えて戦闘服などを切り開いていく。

 後方で負傷者を運び出していた警察の機動隊の特別救助班が後詰めの空挺団の隊員達と共にすぐさま駆けつけ、応急処置に加わり、後送の準備が進められた。レンジャー小隊は彼らに負傷者を任せると再び商業施設の制圧に復帰した。




 新宿駅構内も自衛隊の加勢を受けている間に態勢を立て直した警察によって制圧されつつあった。SATとERT、銃器対策部隊、機動隊が進み、陸自は新宿駅構内の各施設を封鎖し、人数が必要な残敵掃討に加わり、新宿駅とその周辺施設を警戒して配置されていた。

 東京都庁周辺には第1戦闘偵察大隊の16式機動戦闘車も並び、87式偵察警戒車が青梅街道を睨んでいる。さらに上部ハッチを開け放って機関銃を構えた隊員を乗せた軽装甲機動車が周辺を巡回する様はまさに戦場だった。

 屋内避難警報によってマスコミも周辺から排除され、世界一の駅である新宿駅の周辺一キロは立ち入りを制限されている。

 警察と自衛隊車輛が新宿駅をひっきりなしに行き交い、駅から離れた公園にはDMAT等が医療拠点を立ち上げ、時折、緊急後送のためのドクターヘリや自衛隊の多用途ヘリが飛び立ち、救急車が次々に傷病者を病院へ運んでいた。

 第32普通科連隊第4中隊を率いた名執3佐も駅構内の掃討を第1普通科連隊と交替し、地上で態勢を整えていた。戦死者一名。負傷者七名を出し、工作員三名を制圧した第4中隊は新宿駅西口の百貨店前の通りを占領して待機している。

 夜になっても街灯りに加えて投光器が煌々と焚かれていて、警察と自衛隊の狙撃手があちこちのビルに配置されて監視が続けられていた。都内では新宿駅が封鎖されたことによって多数の路線が運休もしくは新宿駅手前の駅までの運行を続けていて、数十万単位の帰宅難民が発生し、戦闘が小康状態になるにつれ市民の不満は高まっていた。


「マスコミっていうのは飛んで火にいる夏の虫だな。ここの危険を理解していないのか」


 名執は移動指揮所代わりの96式装輪装甲車に隣接して設置された連隊本部の業務用天幕の中で、規制線内のビルの高所からこちらを見下ろして撮影しているライブ映像を見ながら呟いた。屋内避難警報が発令されており、新宿駅周辺は封鎖されているが、一部の屋内はやむを得ない場合、限定的に入ることが許されていた。


「というよりハイエナでしょう?驚きましたよ、誰も言う事を聞かない。こちらの呼びかけをフルシカトでしたからね」


 広報担当の東京地方協力本部の幹部が呟く。隊員の募集活動を行う地方協力本部でさえこのテロに際して現場に投入され、マスコミなどへの対応に当たっていた。


「別に珍しいことじゃない。規制エリアに侵入したマスコミのヘリが警視庁のヘリとあわやニアミスなんてことも起きたそうじゃないか」


自衛隊うちのCHがRPGの直撃を受けたのも知らないんですかね」


 攻撃を受けた空挺団を乗せたCH-47は予防着陸し、今も安全が確認できるまで離陸できない状況だ。幸い対戦車弾が薄いCH-47の機体を貫通したおかげで死者こそいなかったが、五名が負傷し、うち一名は破片で頸部を負傷し、一時生死の境をさまよった。

 名執も部下を一名失い、七名もの重軽症者を出した。死亡した部下は手榴弾に覆いかぶさって仲間を守って死んだと聞いた時には三十を過ぎた名執も男泣きを禁じえなかった。

 マスコミたちはそんな当事者たちの苦しみをまったく考慮せず、無遠慮に現場を誰が一番先に撮影し、おいしい画が撮れるかを競っている。不愉快極まりないとでも言いたげに地本の幹部はテレビを睨んだ。


「しかし……とうとう自衛隊も戦死者を出し、国民にも犠牲者を出したか」


 戦後七十年以上、自衛隊は一人の戦死者を出すことも、国民の犠牲者を出すことも無かった。それは誇りだった。


「公安は何をしていたんですかね」


「それを言ったらうちの情報本部もだ」


 テロを未然に防ぐことは本当に出来なかったのか。日本国内にあのような強力な武器が無数に存在していたことを察知できなかったのか。名執には分からなかったが、振り下ろしどころのない怒りの拳を心の中で構えていた。

 指揮所の中に第32普通科連隊本部第3科長の小堀2佐が入って来た。3科長ですら今は拳銃を弾帯から垂らしたレッグホルスターで携行し、防弾チョッキにヘルメット姿だった。小堀は敬礼する名執を見ると近づいてきた。


「カメラの映像や目撃情報から明らかになっている工作員の数は十一名。その全員が制圧されたことが確認された」


 小堀の告げた言葉に多くの幹部が振り返る。


「終わり、ですか」


「駅構内の最終的な検索と安全化は警察が行う。1連隊にここは任せ、32連隊我々は市ヶ谷に戻ることになった」


「最後まで我々がここに留まるのかと思っていました」


 小堀はその名執の言葉に無念さを感じ、息を詰まらせた。


「……我々の任務はこの新宿駅の工作員の対処だけではない。国防だ。新宿の敵は制圧されたが、いつまたどこで何が起こるのか分からないし、韓国では戦争が続いている。つまらない意地は捨てろ。部下は疲弊している。市ヶ谷で戦力回復するんだ」


 名執は納得した表情は見せなかったが、「了解です」と押し殺したように答えた。

 名執は第4中隊の待つ車両の位置へ向かった。軽装甲機動車や高機動車が並び、隊員達は武器手入れ等に追われている。今も衛生科隊員が数名、隊員達の精神状態を見るためにうろついていて、名執を見ると敬礼してきた。


「撤収する」


 名執の言葉に隊員達は様々な表情を浮かべながらも黙って従った。隊員達は車輛に乗り込み、名執もまた中隊長車に指定されたアンテナを伸ばす軽装甲機動車に乗り込んだ。

 新宿駅を出て青梅街道を市ヶ谷方面に向かう。道を封鎖していた警察車両が道を開け、警察官達が誘導棒を振って車列を誘導する。沿道の警察官達が第4中隊の車列を見て敬礼していることに名執は気づいた。

 答礼する中隊長車を先頭に第4中隊は帰路へついた。





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