第35話 空中戦
敵防空網制圧が進み、朝鮮半島北部の空を日米韓軍が支配しつつあった。北朝鮮に残る最後の空軍基地を殲滅するため、三沢基地より飛び立った米空軍のF-16CJの四機編隊が二個連なった編隊グループと合流した航空自衛隊のF-15EJの四機編隊は、共に北朝鮮の上空へと侵入した。
もはや北朝鮮の空に向かうことが当たり前のようになってきたことに東條は若干不安を覚えた。渡洋爆撃のため、F-2の飛行隊やそれを護衛するF-15もひっきりなしに日本海を渡っている。
他方韓国では今も邦人避難が進められていた。現場で日本人を救出する陸自部隊に少なからず被害が出たことはすでにニュースになり、SNSでも拡散していた。北朝鮮を爆撃するよりも先にすることがあると批判があったが、その通りだった。
『地上で孤立した部隊があるみたいね』
後席の木坂がデータリンクを通して共有された情報を見て呟いた。
「
『作戦機の一部を割り当てるための確認が来た』
「日本の部隊か?それともアメリカ?」
『日本のようね……』
東條は酸素マスクの下で唇を固く結んだ。仲間が北朝鮮の奥地に潜り、ノドンハントや拉致された日本人の救出に当たっている。何日も歩いて内陸まで潜入し、肉体的精神的な苦痛と戦いながら任務を遂行しようとしていた。方や自分は安全な空から地上に爆弾を落とすだけだ。
『待って、新たな情報がロードされた』
木坂が突然緊張した口調で告げる。後方を飛ぶ米空軍のF-16の編隊が突然、密集隊形から間隔を空けた戦闘隊形に移行した。
『
「ボギー?」
思わず東條は聞き返した。北の空軍基地は大半が爆撃されて破壊されたはずだ。飛び立てる戦闘機がいるとは思ってもみなかった。
『生き残りがいたみたいね。亜音速、六百ノット。こっちを捕捉して向かってくる』
「空戦をやることになるとはな」
搭載している兵装は二千ポンド(九〇七キロ)のGBU-31を四発、AAM-4中距離空対空ミサイルとAAM-5短距離空対空ミサイルを二基ずつ。少々心許ないが、戦えないわけではない。一方、後ろに控える
『クーガー01、こちらステイシス。
その
『ネイルズ29。N-019、ファルクラムのファザトロンレーダー』
その言葉に東條は無意識に口元を吊り上げた。
「ファルクラムか」
『ボギー、
「レーダーモードをTWSに。マスターアーム・オン。MRMスタンバイ」
機体を空対空戦闘モードにしながら東條はMFD上の情報から戦術を組み立てる。
「隊を二分する。
『キッド、コピー。エンゲージ』
「シリウス、エンゲージ」
二機は編隊を崩し、増槽の燃料タンクと爆弾を捨ててそれぞれの攻撃位置に向かった。アフターバーナー・オン。F100-IHI-229EEPターボファンエンジンがバーナーの青白い炎を吹き、圧縮された高圧の空気を吐き出し、機体が蹴飛ばされたように加速した。強烈な加速Gが東條と木坂にぶつかるようにかかった。エンジンの轟音がコックピットの背後から聞こえてきて機体が震えあがり、
アフターバーナーは数秒で止める。燃料消費量が跳ね上がるため、連続で使用することは出来なかった。しかし運動エネルギーを大幅に稼いだF-15は位置エネルギーにおいてもファルクラムに対して優位に立っている。
『キッド、
離れた位置に回った大城戸がミサイルを発射した。暗闇の空を白い炎を灯した矢が疾走する。東條も目標を捕捉した。ミサイル発射手順を素早く行い、ウェポンリリースボタンに指をかける。
「クーガー01、FOX……」
『ボギー、ビーム機動。追従を』
敵機は巧みにもこちらのレーダーの死角に入ろうと旋回を開始した。東條は木坂の指示で機首方位をずらして目標を再探知する。
『ボギー、再探知。高度上昇中』
狡猾な敵だ。こちらが見失っている間に優位な位置につこうとしていた。
『目標外れた。ボギー、シリウスの後方に回りつつある』
大城戸が告げる。木坂はキャノピーに手をついて背後を目視で警戒する。警報が鳴り響いた。レーダー波が後方から機体に浴びせられていた。
『ボギー、スパイク
「
木坂の警告を聞き、攻撃を中断し、回避行動を取る。
『ミサイル!』
木坂の叫び声と共に
「キッド、北側に回っているボギーに対処」
『キッド、了解』
大城戸は援護のために旋回していたが、東條の攻撃が中断され、フリー状態になっていたファルクラムへ向かう。回避急旋回しながら東條は自分を攻撃するファルクラムの後方へ回り込もうと機体を捻った
。敵機の背面が見え、そして機関砲が火を噴いた。曳光弾が飛んでくるが、いずれも外れる。
『撃って来た』
「見えてる、右に振るぞ」
左急旋回からラダーを蹴飛ばし、操縦桿を倒して一気に右に切り返す。Gに締め付けられた木坂から呻き声が聞こえた。
敵機は東條の腹を見る形でついてきたが、東條はスロットルを手前に引き続け、一気に旋回した。
ついてこれなかった敵機がロールを打って逃げようとしている。HMDバイザーでファルクラムを囲むTDボックスをロックオン。
『ロックオンした』
「FOX2」
AAM-5短距離空対空ミサイルがランチャーから飛び出し、ファルクラムへ向かう。ファルクラムはその瞬間、フレアをまき散らして低空へ逃げた。マッハ3に加速しつつあったミサイルは紙一重の僅かな差で外れた。
『ミス!ターゲット、ダイブ。追って!』
木坂の興奮した声を聞きながら東條も低空へ逃れるファルクラムを追う。Gが身体を締め付け、毛細血管が悲鳴を上げる。首に力を入れてファルクラムを視界にとらえ続け、旋回したファルクラムを追って操縦桿を倒した。
敵機はシザーズ機動を取った。お互いの機体が蛇行するように急旋回し合う。
『オーバーシュートに注意を』
木坂が言った。
「分かってる」
蛇行距離を大きく取って飛行速度を落とさずに間隔を取ろうとするが、敵も対応してくる。お互いに失速するが、低速での安定性はファルクラムの方が上回っている筈だ。失速警報が鳴る。東條は咄嗟に機関砲に切り替えた。
「ガンズ、ガンズ」
『うっそ』
木坂が叫ぶ。20mm機関砲が唸り、機体が震え、赤い曳光弾が闇夜を駆け抜ける。目の前をすれ違おうとしていたファルクラムの機体に20mm砲弾が直撃し、左主翼が砕けた。
破片が飛んでくるのを回避するために東條は上昇する。
「ボギー、ワン・キル」
東條はそう宣告し、大城戸の援護に向かうためにスロットルを押し込み、アフターバーナーに点火し速度を回復する。空戦機動中に主翼を砕かれたファルクラムは完全に制御を失い、地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。立て直しはどう見ても出来なかった。
『近過ぎる!ミニマムレンジよ!?』
敵機との距離が近すぎる時に撃墜すると敵機の破片で機体を損傷する恐れがある。そのためにミニマムレンジが設けられ、自機に被害が及ぶ可能性がある距離では攻撃は禁止されていた。
「破片は食らってない」
東條はそう言いながら撃墜した敵機を一瞥し、大城戸を探した。東條の機関砲に撃ち抜かれたファルクラムは左主翼と左エンジンを失い、あっという間に地面に叩きつけられた。パイロットは射出しなかった。大城戸ともう一機のファルクラムは高度一万フィートほどの位置でドッグファイトを演じている。
「何を手こずってるんだ」
『言ってないで……助けて……下さいって……!』
Gに絶え絶えの必死の声で大城戸が助けを求める。
「キッド、ディフェンシブ。シリウス、エンゲージ」
『ファイブオクロック、ミサイル!ブレイク、ブレイク』
『チャフ、フレアーアウト!ブレイク!』
キッドの後席員が叫び、音割れした声が無線で届く。大城戸の後方を取ったファルクラムがミサイルを発射。大城戸機から眩い光と共に囮のフレアーがまき散らされた。
急旋回する大城戸機のすぐ後ろをミサイルが通り過ぎたように見えた。
「キッド、ライトブレイク、コンテニュー。ミーティア、割り込むぞ。ゴーイングFOX3」
『コピー。ターゲット・ロックオン。撃て』
「FOX3」
東條は大城戸を追うファルクラムをレーダーで捕捉し、そのドッグファイトに割り込みながらAAM-4中距離空対空ミサイルを発射した。
AAM-4はランチャーを離れてロケットモーターに点火し、マッハ5に加速を始めたが、長射程のAAM-4はドッグファイトのような近距離では急激な旋回に対応できず、有効ではない。案の定外れたが、ファルクラムはミサイルに対して回避行動を取って逆に旋回し、大城戸から離れる。東條はアフターバーナーに点火して加速し、ファルクラムに一気に接近した。その間に兵装選択装置をAAM-4から短距離空対空ミサイルのAAM-5に切り替え、シーカーを目覚めさせる。
ファルクラムの機影がはっきりと見える。その双垂直尾翼のラダーがぐいと動く仕草まで東條の目には映っていた。ミサイルシーカーの目標を捉えるオーラルトーンが耳元に鳴る。
『近づきすぎるな!』
木坂が鋭い警告をする。東條はエアブレーキを立てながら急旋回してファルクラムを追い、運動エネルギーを落として減速し、攻撃ポジションに着こうとする。
ファルクラムは東條から逃げ続けようと急旋回していた。
腕の良いパイロットが北朝鮮空軍にもいたのか。東條は驚くと共に若干の喜びを覚えていた。そのことを自覚する暇もないほど東條は懸命に機体を操作し、ファルクラムに追い縋る。
ファルクラムがロールを打って旋回し、減速して東條を追い抜かせにかかった。東條は追い抜かれまいと減速する。強烈なGに木坂の呻くを声を聞きながら正面の視界いっぱいにファルクラムを捉える。
「FOX2」
ファルクラムの後方を占位した東條は最後のAAM-5を発射。AAM-5はロケットモーターに点火してランチャーから飛び出し、回避するファルクラムに
ファルクラムが空中で火球に変わり、四散した。残骸が黒煙を引きながら北朝鮮の大地に叩きつけられる。
「ボギー、ワン・キル」
東條は短く告げて機体を水平に戻す。大城戸も東條と編隊を組むために戻って来た。木坂がその間に燃料を計算する。
「相互外観点検を実施」
東條は大城戸に指示し、接近してお互いに機体に異状がないか目視で点検する。大城戸の機体に損傷はなく、大城戸も東條の機に損傷がないことを報告し、残燃料を報告してくる。
「燃料、兵装を消耗。クーガー01、帰投する」
空戦の興奮が冷めやらぬ内心を押し隠し、東條は冷静な声で告げる。未だに肩がいかっていて、全身が強張っていた。
『大丈夫?』
そんな東條の様子に木坂が聞いてくる。後席からはすべてお見通しだった。
「ああ。そっちは?」
『シビれたわね』
木坂の言葉に東條は苦笑した。北朝鮮空軍の優秀な戦闘機パイロット達にふと思いを馳せる。彼らは勝てると信じていたのだろうか。それとも地上で機体を破壊され、自分達の能力を永遠と試すことが出来なくなる前に最後に真の戦闘機パイロットになろうとしたのか。絶対にそれは分からなかったが、東條は彼らに敬意を込め、敬礼を送った。
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