第33話 治安作戦
東京都新宿区市ヶ谷防衛省A棟中央指揮所
市ヶ谷の防衛省の目と鼻の先でテロ事件が起きている。しかしテロは新宿だけではなかった。
長崎県佐世保市の在日米軍基地にトラックが突入。基地内部で自爆し、米軍兵士ら十七名が死傷。さらに青森県三沢基地にも侵入者があり、米軍保安部隊と空自基地警備隊が銃撃戦の末に武装ゲリラ八名を制圧し、現在も基地内を検索中だ。
山口県岩国基地にはドローンが侵入。警戒中の米軍が撃墜したが、撃墜したドローンには爆発物が搭載されており、その爆発で二名が負傷している。さらに十名近い武装犯が岩国基地に侵入したとの未確認情報もあった。
「これは北朝鮮による同時攻撃です」
A棟地下に存在する
現在、自衛隊は弾道ミサイル防衛、在韓邦人救出、そして北朝鮮領内における策源地攻撃並びに拉致被害者奪還作戦という多正面同時の重要なオペレーションを遂行中だった。この上、国内におけるゲリラ・コマンドによるテロ攻撃への対応することになり、負担は相当なものとなりつつある。
陸上総隊司令官は邦人救出を担当しており、陸上総隊は半島のミッションに付きっきりだ。ゆえに国内での不測事態対処には中央即応集団が当たることになっていた。
国内展開時には、増援・緊急対応部隊として機能し、国外展開部隊に対しては指揮機構の役割も有しており、現在半島で進行中の作戦についても中央即応集団の国外担当部門が陸上総隊と共に指揮を執っていた。
座間の中央即応集団司令部からUH-1で緊急移動した中央即応集団司令官の大木陸将と国内担当の桑原陸将補はすでに中央指揮所の国内部門の運用室にいた。
幕僚達が詰めた運用室の中央モニターには東京二十三区を中心とする地図が表示され、各部隊の展開状況が一目で分かるようになっていた。
「直ちに即応集団の一隊を新宿に急行させろ。出動目的は国民保護と武装工作員の制圧だ」
「了解」
第一空挺団、中央即応連隊、即応機動師団、即応機動旅団等の部隊の上級司令部である
出動命令から十六時間以内に日本全国に緊急展開するQRUの中でも木更津駐屯地において二十四時間体制で待機していた第一空挺団第2大隊は同時多発的に日本国内で起きたゲリラ攻撃の一報を受け、すでに出動の準備を整えていた。
四機のUH-60JA多用途ヘリと二機のCH-47JA輸送ヘリに乗り込んだ一個中隊の緊急即応部隊が木更津駐屯地を発進。新宿へ急行した。
さらに立川駐屯地で前進待機していた第34普通科連隊の情報小隊と狙撃班もまたUH-1多用途ヘリに乗り込み、都心を目指す。
そして防衛省に隣接する市ヶ谷駐屯地に前進展開して警備に当たっていた第32普通科連隊の第4中隊や練馬の第1普通科連隊、朝霞の第1偵察戦闘大隊が新宿駅に向かって地上から前進を開始した。
「QRU、出動。市ヶ谷32iR4Co、新宿駅到着まで一〇分。木更津を離陸した空挺中隊の到着は二〇分後です」
桑原陸将補が清住と大木に伝える。
「日本国内の市街地で自衛隊が戦闘を行うことになる。民間人への被害は絶対に避けろ」
清住はその言葉を強く協調して命じた。
軍人が使う用語の一つに『コラテラルダメージ――避けることが出来ない最小限度の損失』がある。諸外国の軍隊でも民間人の犠牲を最小限にとどめなくてはならないが、任務遂行が優先される。だが、日本の自衛隊や警察には使われない用語だ。
隊員の命が危険に晒される危険があった。だが、自らの身命に変えてでもこの国と国民を守ると宣誓した自衛官と、国が保護し、守るべき文民は同じ人間でも命の重みが全く異なる。
現場の隊員達はそのことを認識しているのだろうか。清住はそんな不安も覚えていた。
「霞が関とその周辺には第32普通科連隊が展開。巡察警備を強化し、即応部隊がヘリ、及び車輛で待機中です」
「警視庁が交通規制を開始。山手線管内に緊急配備、首都高の一般車両立ち入りを制限しました。1連隊及び1偵は首都高を移動し、展開します」
「東方衛生隊、第一陣、防衛省に向かい前進開始」
「緊急搬送先の確保は?」
「武器使用許可は?」
「現場空域の飛行調整はどうなってる?報道のヘリを空域から排除しろ」
国内部門の運用室はすでに混乱に近い騒然となっていた。
第32普通科連隊第4中隊は、軽装甲機動車と高機動車で自動車化された諸外国で言う歩兵部隊だ。民間人の避難が完了していない市街地では迫撃砲や対戦車弾などの重火器は使用できず、そのため機関銃などの火力を集中運用する必要があり、迫撃砲小隊の隊員らは中隊本部に編入していた。
制約が多く、隊員達への負担は大きい作戦となる。そのことはこの任務に基づく待機が始まる前から理解していたが、第4中隊長の
現在、練馬と朝霞の第1普通科連隊の軽装甲機動車化中隊と第1偵察戦闘大隊の16式機動戦闘車や96式装輪装甲車などを装備した偵察中隊が新宿に急行しているが、16式機動戦闘車が装備する105mm砲や機甲中隊の重火器も使用は司令部の指示を仰がねばならず、都心のど真ん中で運用できるとは思えなかった。
一方で敵ゲリラ・コマンドは自動小銃や対戦車火器で武装していて市街地で躊躇なく使用している。本来、圧倒出来る敵への対処に制約が課せられては、こちらの危険は跳ね上がる。そして新宿駅は世界最大の利用客数の駅であり、多数の民間人が入り乱れ、駅だけでなく地下街や地下通路等、市街戦の中でも非常に複雑な戦場となる。誤射は絶対に出来ないため、部下達は射撃を躊躇う恐れもあり、敵に先制を許す可能性が高かった。部下の命を預かる立場として名執は戦闘前から苦悩していた。
新宿駅を包囲した第8機動隊の後方で下車し、銃器に実弾を装填して警察に合流した第4中隊は矢面へと展開した。
未だにペデストリアンデッキ上には複数の武装工作員がおり、包囲した警察と激しい銃撃戦を繰り広げており、新宿駅周辺には連続した破裂音が反響していた。
その光景を見て多くの自衛官達が息を呑んでいた。目の前に広がるそれは、戦場に他ならなかった。
大勢の警察官や自衛隊車輛が並ぶ地域は安全と勘違いしているのか、野次馬も集まりつつあり、多くの者がスマートフォンを構えている。
──早く逃げないか!そう怒鳴りつけてやりたかった。防弾チョッキやヘルメットを身に付けた今の自分でさえ内心では流れ弾が怖いのだ。
「第32普通科連隊第4中隊長、名執3佐です。指揮官は?」
「私だ。第8機動隊、室井警部」
酷く険悪な表情をした警察官が振り返った。制服の上から防弾衣を身に付けているが、ソフトアーマーのそれでは小銃弾は防げない。
「状況は?」
「敵は十名ほど。あの歩道橋に三名以上がいて残りは駅構内に入って警らと銃撃戦を行っている」
「敵の武器は?」
「自動小銃を全員携行している。それに機関銃やロケット砲も。手榴弾も使っている」
機動隊が催涙弾をペデストリアンデッキに撃ち込み、銃器対策部隊がその間に階段を登って制圧を試みた。激しい連射音が鳴り響く。
『くそ、盾を貫通するぞ!』
『1小隊、三名負傷!宮尾巡査部長、死亡!』
『一名を射殺!2小隊、展開しろ!市民が二名、取り残されている!』
無線は錯綜していた。銃器対策部隊は被害を出しつつも、ペデストリアンデッキ上の武装工作員を制圧しつつあった。しかし数名の武装工作員相手にも警察の火力は足りていない。
「我々は防衛出動下令下における国民保護と――」
「法制上の建前をここで説明される時間はない。自衛隊は何が出来るんだ?」
「国民保護と武装工作員制圧に必要な武器使用が許可されています。我々の任務は国民保護が最優先です。我々も駅に入ります」
名執が言い切ると室井は素っ気なく頷いた。
「願ってもない。案内はいるか?新宿駅は迷宮だぞ」
「お願いします。
名執が頼むと、室井は地の利に富んだ新宿駅交番の地域課の警察官を呼んだが、近くには女性警察官しかいなかった。その女性警察官が防護面付きヘルメットと防弾チョッキを着て自衛隊を案内することになった。
「成瀬巡査です。案内します」
そう言って隊員達の前に立った警察官は高校を卒業したばかりなのかと疑うほど若かった。名執にとっては警察官も文民であり保護対象だ。こんな若者を戦場のど真ん中へ連れて行かなければならないことに後ろめたさはあったが、名執も新宿駅の複雑さは理解していた。
「32連隊4中隊長の名執です。よろしく頼みます。何かあれば我々の後ろに下がってください」
警察の防弾チョッキは銃器対策部隊でもなければ拳銃弾程度しか防げないソフトアーマーのものがほとんどだ。自衛隊の防弾チョッキは7.62mm弾を防ぐ重さ二キロほどのセラミックの抗弾プレートを入れている。文字通り肉の盾になる。
「おい、畠山。成瀬巡査の傍を離れるな。しっかり警護しろ」
「了解」
成瀬は犬のようにはしっこそうで、見ていて危うかったので名執は中隊本部でも優秀な陸曹である畠山2等陸曹を成瀬に張り付けた。
「
『40、00、了解。武器使用の統制は現場の判断に任せる。繰り返しだが、民間人の被害は認められない。武器使用には細心の注意を怠るな。送れ』
「00、40、了解。終わり」
名執は内心げんなりした。訓練中もここへの移動間も耳タコになるほど聞いていた。国民の生命と財産を守ることが第一だとしても、部下の命も守らねばならないジレンマがあった。
「中隊!戦闘用意!」
名執の号令を聞いて小隊長達がさらに戦闘用意の号令をかけた。隊員達は武器に実弾を装填し、装具をもう一度点検して確認した。駅構内への突入に備えて戦闘隊形を取り、並ぶ。
「第1小隊、戦闘用意よし」
「第2小隊、同じく準備よし」
「第3小隊、準備よし」
各小隊長が口々に報告する。名執は息を大きく吸い込み、深呼吸した。
「中隊、前進せよ。駅構内へ進出、構内の民間人を退避させよ」
八十名の隊員達は整然と駅前を進み、バスターミナルの階段を下りて地下のバスロータリーへと展開した。周囲に89式小銃の銃口を振って警戒しながら進むが、地下のバスロータリーにもすでに機動隊員達が展開し、制服警官や機動隊員が市民達を避難誘導していた。隊員達は二列縦隊を整然と保ったまま駆け足で青梅地下通路から駅へと入る。
「こっちです」
成瀬巡査が先頭に立って畠山2曹がそれを補佐する形で進む。成瀬は銃撃戦が起きている位置を把握していて迷うことなく複雑な新宿駅構内を進んでいった。先に進みにつれ、駅の外へ誘導される一般市民とすれ違う。あちこちの床にはまだ倒れている市民もいて、警察官達が手当てや搬送に当たっていた。
「なんてこった」
成瀬に続く畠山2曹も想像を絶する光景に思わず言葉を漏らす。犠牲者に老若男女は関係なかった。怪我人は今分かっているだけでも百名に達している。その多くが逃げ遅れた老人だった。
成瀬の進む先に濃紺の活動服の上に鎧のような装備を纏った機動隊員達が盾を構えて並び、MP5F短機関銃を構えて進んでいた。
「さすが、詳しいな」
「新宿駅では皆、迷子になります。待ち合わせ場所が分からないとか、荷物を預けたロッカーを探しているとか、地域課は市民に最も近い職種です」
成瀬の言わんとしていることをなんとなく名執は察した。ここは今、戦場だが、成瀬にとっては多くの人々の営みの中にある公共施設だった。
機動隊員達は店舗に残っている民間人がいないか声をかけながら進んでいた。中には返事が出来ても恐怖で動けなくなっている者も大勢いる。武装工作員達はあたり構わず発砲しながら移動したらしく、どこまでも負傷者が続いていた。奥からは破裂音が鳴り響いている。
「この先です」
成瀬はそう言うや腰の装弾数五発のリボルバーの拳銃を抜いた。今にも飛び込んでいきそうだったので名執たちは成瀬の前に並んだ。
「了解。あなたは下がって」名執は第1小隊長の初芝3尉を振り返った。
「1小隊、前へ」
「了解。1班、2班先頭。3班は後詰めだ。前へ」
初芝3尉が指示を出すと第1小隊は周囲に展開し、89式小銃や5.56mm機関銃を構える。第32普通科連隊は首都防衛を念頭に訓練しており、市街地戦闘訓練は他の師旅団の追随を許さないほど練成に力を入れていた。
創意工夫資材として本来89式小銃に備わっていないライト等を取り付けるための架台を被筒部に取り付け、暗所の検索や目潰しに使えるウェポンライトを全員が統制して取り付けていた。照準補助具は官品では足りないため、一部の隊員は小隊長から許可を受けて自ら買い求めた私物のミルスペックを満たした光学照準補助具を装備している。
「自衛隊です!危険ですので我々が前を通り過ぎるまで通路に出ないで下さい!」
呼びかけながら隊員達は壁際を慎重に進む機動隊員達を追い越して先へと進む。隊列を組んだ隊員達が前を通り過ぎた飲食店の店舗から店員と客が数名、腰を低くして出てきた。
「民間人を保護!」
「盾になって後ろに避難させろ。警察に申し送れ!」
「了解!」
隊員達数名が自らの体を盾にして民間人を守りながら後ろへ下がらせる。
「複雑な駅だ。伏撃に注意、各人、警戒方向を守れ」
自衛隊員達は各分隊ごと遮蔽物を目指して走っては止まり、遮蔽物からあとに続く者たちの前進を援護する交互躍進で駅構内へと進んでいく。銃声が近づいていた。
「近いぞ。敵を包囲する。2小隊は迂回しろ。3小隊は1小隊に続け」
第2小隊の隊員達約三十名が中隊主力から離れる。
「前へ」
隊員達の半長靴が床を蹴る音が通路内に響き渡っていた。その時、突然、通路の先に男が現れた。こちらに気付いて腰だめで保持していた突撃銃を向ける。
「敵だ――!」
「撃て!」
初芝3尉はその男の後方に誰も居ないことを素早く認め、射撃を命じた。しかし隊員達が発砲するよりも先にその男は突撃銃を連射して弾をばら撒いてきた。先頭を進む隊員達の隠れる遮蔽物の柱に銃撃が当たる。隊員一名の上腕が銃撃で抉れ、千切れた戦闘服の切れ端と血が散った。
突撃銃の一連射が終わる前に隊員達は一斉に89式小銃を発砲した。リベットを打つような銃声が駅構内に響き渡り、こだまする。成瀬巡査は耳を塞いで蹲り、名執も指揮のために耳栓をしていなかったため、銃声で耳鳴りがして顔を歪めながら前を睨んだ。
射撃を浴びせたが、工作員はすでに走り抜けていて姿が無い。
「追うぞ!」
「前へ!」
「自分の警戒方向を守れ!」
訓練を受けていなければ敵が現れた時に全員がその方向を向いてしまい、四周への警戒が疎かになるが、市街地での戦闘訓練などを積んでいる隊員達は目の前に敵が現れても自分の警戒方向を守っていた。
隊員達が一斉に走り出し、小隊本部の補助担架要員が負傷した隊員の処置のために残る。
補助担架要員とは衛生科以外の職種の隊員で応急処置よりも高度の医療技術教育を受けた隊員のことで、米軍ではコンバットライフセーバーと呼ばれている。補助担架要員が第一線救護を行って後送し、救急救命士や准看護士の資格を持った衛生科の救護員がより専門的な治療を行う。
走り出した隊員達が、武装工作員の横切った通路に89式小銃を向けながら展開しようとすると、銃撃が飛び交い、通路の角を銃弾が叩いた。
通路に出かかっていた隊員が銃弾を受けて崩れ落ちる。防弾チョッキ3型のドラッグハンドルを掴んで同僚隊員がそれを引きずって銃撃から逃れる。
「島2曹が撃たれた」
「応射だ!撃て!」
普通科隊員達が通路に銃弾を撃ち込みながら展開する。火花が散り、十数挺の小銃が吐き出した薬莢が床に散らばる。
「行け行け!」
隊員達が通路に展開を始めた時、何かが飛んできた。
「て、
転がって来たそれを見た隊員が叫ぶ。転がって来た手榴弾の目の前にいた金井陸士長はアメリカのアクション映画のワンシーンを思い浮かべていた。それは特殊部隊の指揮官が躊躇わずに手榴弾の上に覆いかぶさって仲間を守るシーンだった。
実際、金井士長はそんな場面に遭遇するなんて露ほども思っていなかった。むしろ東京のど真ん中でこんな格好をして実弾入りの弾倉を持って警戒に当たることすら現実離れしていると感じていたほどだ。
金井の隣にいる先輩の3曹はパチンコ好きの金遣いの荒いどうしようもない男で、誘われて行った酒の席でも奢ってもらったことはない。自分の前にいる同僚の陸士長は同じ営内班だが、足が臭くていつも文句を言っていた。彼らのために命を張るなんてことは普段、想像もしていなかった。
それでも躊躇うよりも先に体が動いていた。金井は咄嗟に手榴弾の上に覆いかぶさる。隊員達は転がって来た手榴弾に対する防御態勢を取ろうとしていた。金井が手榴弾の上に覆いかぶさった瞬間、手榴弾が弾け、金井の体は跳ね上げられた。
「金井!」
そばでしゃがんでいた早田陸士長が悲鳴に近い声を上げる。
「金井士長、しっかりしろ!」
「後送しろ、早く!」
近くにいた畑岡3曹と早田士長が力なく手足を垂れた金井士長を引きずって後送する。
「救護員!」
「くそ、撃て!」
隊員達は通路の奥に向けて猛然と射撃し、銃弾をばら撒き工作員を牽制した。
「前へ!」
「前へ!」
隊員達は撃ち返してくる北朝鮮の武装工作員に向かって果敢に突撃する。駅構内は銃声で満たされていた。通路を駆け抜ける隊員達を援護するために5.56mm機関銃が発砲する。新宿駅内の壁に弾痕が刻まれていく。
「熱くなるな、冷静に行動しろ!」
同僚達が撃たれたこと、そして自らの恐怖や緊張から隊員達はトンネルビジョンになりがちだ。狭い視野では敵の伏撃を受けやすくなり、自らの担当する警戒方向が敵に向きがちになってしまう。初芝3尉は自分に言い聞かせるように隊員達に声を張り上げた。
隊員達が武装工作員を追う目の前に数名の男が走って来た。
「撃ち方待て!」
「伏せろ、伏せろ!」
逃げて来た男達を床に伏せさせるが、武装工作員は姿を消している。
「敵は後退!階段を降りた!」
突入した3曹が声を張り上げる。その言葉を聞いて次々に隊員達は通路を走り抜ける。
「くそ、追え!逃がすな」
「どの階段だ」
「あの階段です!」
「迂回している2小隊に通報しろ。――畜生、あの階段はどこに通じているんだ!?」
「追うぞ!」
隊員達は怒りに燃えて冷静さを失いつつあるようだった。初芝3尉は一度小隊を止める。
「待て。敵は広く分散して伏撃を仕掛けてくるかもしれない。トラップにも注意しろ。確実に安全化を実施していくんだ。民間人にも注意しろ。警察に通報して連携を」
「小隊長、金井は駄目でした」
後送していた隊員達も小隊に戻って来た。彼らの腕は金井士長の血で血まみれになっている。
「状況は?」
そこへ名執3佐らも追いついた。武装した自衛官が駅構内に溢れ、半長靴の重い足音がどかどかと響き渡る。
「敵一名が階段を降りて下のフロアへ移動しました。警察と連携しつつ追撃します」
「分かった。無理な前進は禁物だ」
自衛隊に続く銃器対策部隊や機動隊員達も追いついた。
「我々が追撃します。後背にいる部隊に包囲させてください」
「了解、連絡します」
「小隊、前へ!」
「第3小隊はこの通路を東口に向かって前進しろ」
「了解。3小隊、前へ!」
第3小銃小隊の湊川2尉が号令をかけ、小隊が前進する。
「小隊長!」
湊川に続く通信手の陸曹が叫ぶ。
「どうした?」
「無線が通じません。伝令を出してください」
新宿駅構内の奥へ進むほど外との通信が困難になりつつあった。湊川からの具申で、名執はすぐさま中隊本部に加えていた迫撃砲小隊の隊員らを伝令として運用し、指揮系統を整える。新宿駅前には第32普通科連隊本部管理中隊の指揮通信車の代用である96式装輪装甲車が到着し、防衛省に設置された指揮所と連接していた。
「畜生、新宿駅で伝令リレーかよ」
「迷子になるなよ」
迫撃砲小隊の隊員達はぼやきながらも伝令に走る。
「百貨店側でもゲリラが警察と銃撃戦を繰り広げているようです」
「戦力を分散させているのか、敵は。そちらへの応援に3小隊を向かわせるか」
「間もなく空挺が到着します」
新宿駅に隣接する百貨店の屋上に二機の濃緑色と茶褐色の迷彩が施された中型ヘリが接近していた。それは第1ヘリコプター団所属のUH-60JA多用途ヘリコプターで、今回、スタブウィングに標準装備する増槽の燃料タンクは外されていた。
すでに側面のスライドドアを開け放ち、側面窓からはフライトヘルメットを着用した自衛官が身を乗り出すようにして顔を出し、7.62mm機関銃M240を構えていた。
「ロープ投げ!
UH-60JAのキャビンに詰め込まれた十名の小銃分隊を率いる班長の2曹が声を張り上げ、上げた腕を振り下ろした。途端に機内の隊員達が機外へと背中から飛び出し、一気にリペリング降下を始めた。左右のドアから二本ずつ垂れたロープを伝って十名の隊員達は百貨店の屋上に降り立つや否やはすぐさま89式小銃を構えて周囲に散り、警戒態勢を取った。二機のUH-60JAから二十名の隊員達が降下し、隊員達は屋上の確保を報せるとすぐさま階下へ下る階段へ向かい、流れ込んでいった。
先遣小隊として屋上に降下したのは第一空挺団第2大隊のレンジャー小隊だった。彼らは一般的な88式鉄帽と呼ばれるヘルメットではなく、〈3M〉社製のULTRA LIGHT WEIGHT戦闘用
市街地戦にも精通した
援護していたUH-60JAの
「あれは……!」
身を乗り出した男は肩に何かを担いでいた。
「RPG!」
機上整備員は叫んだが、射撃出来なかった。まだ当該建物は民間人の避難が完了したという報告が無いため、むやみに攻撃できないのだ。
『撃て!』
機長はCH-47JAを援護するために回避せず、機上整備員を怒鳴りつけた。しかしその隙をついて男は肩に担いだRPG-22対戦車ロケット弾を発射。放たれたロケット弾は屋上に向かって高度を下げつつあったCH-47JAの機体を直撃した。
「ああ!」
機上整備員は思わず叫んだ。RPG-22はCH-47JAの胴体部を串刺しにするように貫通して空中で炸裂した。被弾したCH-47JAは大きく回避機動を取って隊員を降下させることなく離脱する。
『キャリア32、損害を報せ』
『こちらキャリア32、被弾した。隊員五名が負傷。機体も損傷した。現在飛行に支障はないが、念のため新宿中央公園に予防着陸を実施する』
三番機と四番機は新宿駅東口側に隊員を降下させるべく機体を旋回させた。
百貨店の屋上に降下できたのは第2大隊の小銃小隊の隊員ら三十名だけとなった。彼らも先遣レンジャー小隊を追って百貨店の中へと突入していく。
駅周辺では
戦後日本では経験したことのない大規模なテロ攻撃だったため、マスコミ各社の取材班も現場には集まりつつあった。彼らもスクープを逃さないと必死で、興奮していた。
「道を開けて!」
「車両が通ります!」
詰め掛けた報道陣を切り裂くように柵をねじ込み、新たに到着した練馬第1普通科連隊の車輛が入る道を警察官達が確保する。経路確保を兼ねた先導の第1偵察戦闘大隊の偵察用オートバイと赤色灯を点灯し、サイレンを鳴らして緊急走行した小型トラックを先頭に第1普通科連隊第1中隊の軽装甲機動車が新宿駅前に到着した。
車輛の動きが停滞するのを見た中隊長の磯井1尉は下車を命じた。軽装甲機動車から完全武装した隊員達が一斉に降り、新宿駅に向かって駆け足で駆けていく。隊員達は市街地戦闘用に難燃素材のバラクラバを身に付けていた。マスコミの目を気にしての処置でもある。
「32連隊4中隊は新宿駅地下で敵ゲリラを追尾中。空挺中隊は二個小隊を百貨店屋上に降下。百貨店内の敵ゲリラを捜索しています。我々はこの新宿駅周辺の封鎖を実施」
「封鎖?」
連隊本部運用訓練幹部の3佐の言葉に磯井1尉は思わず噛みついた。磯井は市民や多くの警察官を殺傷したテロ・ゲリラに対し、怒りに燃えていた。首都防衛を担うと自負する第1普通科連隊の担任警備地区での攻撃だ。自分達の手で何としても解決したかったのだ。
「そうだ、新宿駅は複雑でテロリストがどこから離脱を試みるか分からない。絶対に奴らを逃がさぬよう、この付近を封鎖。テロリストが線路沿いに離脱を図ったならばそちらに転進する」
3佐の言葉に磯井は絶句した。
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