第42話 死闘
『……Intruder12,This is Cougar09(イントゥルーダー12、こちらクーガー09)』
無線機から流れる声を聞いて那智は目を覚ました。全身が痛い。意識が覚醒するに従って銃声や爆発音、怒号が聞こえてくる。はっとして那智は状態を起こすと傍に置かれた89式小銃を掴んだ。
「Cougar09,Check in when able.(クーガー09、可能になり次第チェックインを実施せよ)」
流暢な英語で応答する女の声は那智の背後から聞こえて来た。振り返るとここは村の中で掘立小屋に囲まれていた。近藤がすぐそばで89式小銃を構えて射撃していて家の壁に跳ね返った薬莢が那智達の方へ飛び込んでくる。
「状況は?」
那智が聞こうとするが、野中は一瞥してまだ立つなとばかりに手の平を向けると、手元の防水手帳を見ながら無線に耳を傾けていた。対空無線機を背中から下ろして壁に立てかけ、傘型のアンテナが伸ばされている。
那智は89式小銃を取ると近藤の元へ向かい、近藤が射撃している方向を見た。漁村の海側から敵は東側に展開しつつあった。北側では撃破された装甲車が黒煙を上げていて夥しい数の兵士の死体が転がっている最悪な光景が広がっている。
その北側は棚田に続く道路を装甲車が進んでいて14.5mmKPV重機関銃を辺り構わず乱射しながら村に突入しようとしていた。
『Cougar09 copy.2 by Strike EAGLE.8 by GBU-54 and 500 rounds of 20mm each.Targething POD.Fuel 70%.(クーガー09、了解。こちらは
「Intruder12 copy.Enemy mechanized light amored company our position from north consisthing of 8 APCs and dismounted troops.Friendlies in static position in Village.Advise when ready for mission plan.(イントゥルーダー12、了解。装甲車八輛と随伴歩兵からなる敵軽装甲機械化中隊は北から接近中。友軍は集落内。作戦プランの受信準備よいか)」
激戦の最中でも野中の声は平静だった。聞き取りやすく無駄のない無線発信にならないように気を付けているのだろう。
『Cougar09,ready.(クーガー09、受信用意よし)』
「Cougar09,Type D control,bomb on target.Emplpy 8×GBU-54 from IP Vector on 8×APCs.Expect approval forward of BP for GBU-54 and Guns on dismounted troops once CAS deemed effective.Simultaneous attacks.Advise when ready for 9-line(クーガー09、タイプD管制。目標に爆撃。
『Cougar09,ready.(クーガー09、受信用意よし)』
「Vector 170,3200.(ベクターから進入、方位170、距離3200)APCs and dismounted troops. (目標は装甲車を含む敵部隊)Grid 4522 7289.(座標4522・7289)Red smoke.(発煙赤色でマーク)South 400(友軍は南に四百メートルの位置)Egress,left pull to the southwest.(南西へ左旋回で離脱)Back to Vector ANGEL 3 and below when complete with bomb and guns.(爆撃と掃射による攻撃完了次第、ベクターへ高度三千以下で復帰)Advise when ready remarks.(再マークの受信用意よいか)」
『Cougar09,ready.(クーガー09、受信用意よし)』
「Make your attacks southeast to northwest.(攻撃は南東から北西にかけて実施せよ)」
「那智、野中を守るんだ!今ここを動けない」
近藤が急かす。那智は小屋のドアを蹴飛ばして開けると中に飛び込み、窓際に寄って射撃した。敵は近づいていてもはや百メートルを切った敵もいる。辺り一面に広がっていて装甲車の機関銃が村の反対側の家を半壊させていた。
那智達よりも前方の家のそばで坂田と西谷が発砲していて、その家にもRPG-7が直撃する。那智は坂田と西谷の死角になっている西側の丘から回って来た敵歩兵に向かって射撃した。迂回してきた兵士が二人、胴を撃たれて崩れ落ちる。続いていた四人の兵士は身を隠して時折こちらに向かって撃ち返してきた。
「RPG!」
坂田が叫んだ。そちらに目をやった時、何かが一直線で向かってきた。伏せることしか出来なかったが、爆発音と衝撃、そして瓦礫が身体に降り注いだ後に顔を上げると屋根が吹き飛んでいた。RPGを発射した兵士はもう目前にいたが、坂田によって射殺されていた。
喊声を上げて十人ほどの兵士が突っ込んでくる。那智は切換えレバーを連射に切り換えて立ち上がるとその兵士達に向かって横薙ぎに射撃した。
弾倉に残っていた弾を撃ち尽くすが、まだ四名は残っていて撃ち返してきた。新しい弾倉に交換しようとして手を伸ばして触れたのは中身のない潰れたマグポーチだった。
「もう弾が無い!」
那智は他の弾納を探ったが、弾倉は残っていなかった。
「これを!」
坂田が叫んで、小銃弾倉を投げる。那智はそれを受け取ると小銃に装填しようとしてその弾倉に張った個体識別番号のテプラーを見て叫んだ。
「これ、俺のじゃないか!」
「ごめん、寝てたから持ってった!」
「俺の機関銃は!?」
「もうとっくに撃ち尽くしたよ!」
そんな場合でもないのにそんな会話をしているとなぜか自分達はまだ余裕があるように感じた。
「しっかりしてください!起きて!」
板垣が割と近い位置で叫んでいる。誰かが撃たれたらしい。敵は再度突入を仕掛けていた。那智の射撃していた丘から十三名の兵士が一斉に飛び出し、白兵戦を仕掛けようと無謀に突っ込んでくる。丘の傍の雨で出来た地面の深い亀裂を沿ってきた兵士達は弾をとにかくばら撒いていた。
那智は立ち上がって射撃するが、その倍の弾丸が飛んでくる。曳光弾が家にあった布に火をつけ、背後で炎が上がった。
「手榴弾!」
那智が叫ぶと、伏せて射撃していた坂田も立ち上がり、手榴弾を取り出した。
「投げ!」
一斉に手榴弾を投げつける。坂田は鹵獲したRGD-5手榴弾だった。敵の方で転がった手榴弾が遅れて次々炸裂し、目前まで迫っていた北朝鮮兵が倒れる。
何名かは生きていて呻き声や悲鳴を上げていて無事だった他の兵士達は突撃を止めてその場から撃って来た。那智は燃え始めた家を出て坂田と西谷の横に並び、小銃を撃つ。
「残弾は?」
山城が背後から叫んだ。前方警戒班の仲間達は意外と近くにいるらしく、那智は頼もしかった。
「
西谷が答える。坂田は那智にもう一本弾倉を放って「レッド、残弾倉イチ!」と怒鳴った。
「レッド、残弾倉一本!」
那智も声を張る。山城が背後から68式自動歩槍を投げて来た。いざとなればこれで戦うしかない。さらにBMP-60とBRDM-2が歩兵を伴って近づいていた。もう発砲音だけでなくエンジン音まで聞こえる距離だ。
「ラインを保て!踏みとどまれ」
剣崎が怒鳴った。那智達はその場に踏みとどまって射撃し続けた。89式小銃の被筒部は熱せられて手袋の上からでも熱い。硝煙の臭いが鼻にこびりつき、銃声のたびに耳鳴りが酷くなった。
飛んできた対戦車擲弾が那智のすぐそばの家の床を直撃した。那智は木の破片と爆風を浴びて吹き飛ばされる。
「立て、那智!」
山城が怒鳴った。西谷の顔面から血が流れ出ているが、無心で撃ち続けている。
那智はよろよろと立ち上がった。このまま北朝鮮で死ぬのだろうかと一瞬想像し、那智は歯を食いしばった。
89式小銃の弾の尽きた坂田が88式自動歩槍を掴んで引き寄せ、槓桿を引いてすぐさま射撃を始めた。BMP-60の車体から顔を出した兵士が73式機関銃をこちらに向け、連射してくる。那智はすでに銃声の聞こえ方で自分に目がけて撃ってきていることが判断できるようになってきていた。曳光弾が飛び、土煙が目の前で上がりながら那智達に迫って来たが、山城がその機関銃の射手を撃ち抜いた。
西谷は拳銃を抜いて発砲している。もう敵は目前まで近づいていた。
だが、誰も悲観した言葉は漏らしていない。
「死んでたまるか」
那智は89式小銃を構え、射撃する。数発撃って槓桿が後退しきって止まった。撃ち尽くした。その瞬間だった。
「航空支援が来る、伏せろ!」
野中が腹の底から声を張り上げた。
「伏せろ!」
隊員達は復唱し、地面に伏せて頭を庇う。那智は耳を塞いで口を開けた。甲高い轟音が空に鳴り響き、北朝鮮軍の兵士達は思わず顔を上げる。その直後、突如正面で空気と地面が震える強烈な爆発が立て続けに起こった。爆風が叩きつけられ、飛散した様々な物が頭上から降ってくる。
「近かった……!」
大城が驚いて呟く。さらに爆発が続き、那智は頭と腸を揺さぶられた。北朝鮮軍の兵士達は慌てふためいていて何名かが棒立ちになっている。上空に向かって自動小銃を撃つ者もいた。
「近接航空支援が間に合ったのか」
爆撃した戦闘機は旋回して再び戦域に引き返してくるようだった。敵の方向では黒煙が六つ上がっていて、先ほどまで部隊を脅かしていた装甲車はすべて一撃で破壊されている。
「伏せろ」
戦闘機が爆音を響かせ、再び上空を通り過ぎると同時に正面の地面が炸裂した。棚田と西側の丘に爆弾が着弾したらしく、撃ち下ろしていた敵兵の姿は掻き消えていた。
「凄い」
「待ってたぞ、畜生!」
分遣隊員達は口々に叫んだ。戦闘機はさらに20mm機関砲を道路沿いに射撃した。空気が揺さぶられる何かが振動するような発射音と共に無数の土煙が道路沿いに上がる。戦闘機は二機でそれぞれ別の進路から突入してきた。
さらに爆弾が爆発し、耳鳴りが酷くなった時、背後からヘリのエンジン音が聞こえてきていた。
「ヘリだ!」
「敵か?」
大城が上空に88式自動歩槍を向けると野中が「撃つな!」と鋭く警告した。
「友軍だ、撃つな」
二機のヘリコプターがすぐに姿を現した。一機は増槽を装備せずに空中給油装置を取り付けた陸自のUH-60JA多用途ヘリで、もう一機はヘルファイア対戦車ミサイルを抱えたSH-60K哨戒ヘリだった。
二機とも重機関銃を装備していて機体の側面を敵側に向けて射撃を始めた。太い曳光弾が敵の居た位置に降り注ぐ。SH-60Kがヘルファイア対戦車ミサイルを発射し、生き残っていた機関銃を装備した小型トラックがその直撃を受けた。戦車を破壊する形成炸薬の炸裂で、火炎と黒煙が膨れ上がって地面が湧き立ち、周囲の兵士が衝撃波で吹き飛ばされる。
さらに那智達の背後にはこの戦場には不釣り合いな、今の那智たちには守護天使すら連想する清潔な新品同様の白い機体のMCH-101掃海・輸送ヘリが着陸しようとしていた。正確には救難捜索仕様のCH-101A相当に改良したCH-101で、後部のランプドアと側面のドアが開け放たれ、89式小銃を持ったオリーブグリーンの飛行服の上に防弾衣を着た海自の隊員が二名、飛び出してくる。
「ラインを揃えて後退!」
剣崎の言葉に隊員達は射撃を続けながら下がった。那智の小銃は弾を撃ち尽くし、ついにチェストリグからP226拳銃を抜いて発砲しながら下がった。
「誰も置いていくなよ!」
「よし、乗れ!」
剣崎が声を張り上げる。UH-60JAとSH-60Kが腹に響く銃声を轟かせて機銃掃射を浴びせている間に隊員達は着陸したCH-101に向かって走った。剣崎はヘリには乗らず、ヘリの外で89式小銃を撃ちながら乗り込んでいく隊員達の数をカウントしていて、那智も肩を叩かれた。拳銃を撃ちながら下がった那智に先に乗り込んだ山城が手を差し出し、那智はそれを掴んで機内に乗り込む。
爆撃で生き残った敵歩兵は援護機の対地射撃に晒されているが、こちらを追って来ようとする者もいた。地形変換線を越えて登って来た敵兵士を剣崎と野中、古瀬が次々に射殺し、剣崎が最後に乗り込んだ。
「離陸する」
CH-101の機体にも数発被弾したが、パイロットは落ち着いて機体を上昇させた。浮遊感を覚え、次の瞬間にはマイナスGを感じた。二機の援護機もやがてそれに続いて離脱し、三機は機首を正面に傾けて加速し、日本海に出た。
最後の仕上げと言わんばかりに旋回していた戦闘機が爆弾を投弾して敵部隊を吹き飛ばす。
「新たな負傷者は?」
剣崎がヘリのエンジン音に負けない怒声を張り上げて聞く。CH-101の機内は頭上でエンジンが三基回っている割にはCH-47JAよりも静かに感じた。配管が剥き出しの殺風景なCH-47と異なる白い機内が今は旅客機の機内並みに快適に感じられる。先ほどまでの戦場と比較するならどんな所でも天国だ。
隊員達が自己申告する。西谷も撃たれていたらしく、ヘリに乗り込んでいた海自の降下救助員の手当てを受けていて、板垣は世話しなく隊員達を診ていた。多くの者たちが何かしらの負傷を負っていて、那智は力が抜けてそれを見ていた。
「負傷者は手当てを受けろ。他の者は武器を抜弾して安全化だ。各班長は安全化と異状の有無を報告しろ」
剣崎はそれでもまだ無感動な声を張り上げていて那智は思わず苦笑した。
「日本に帰るぞ」
最後のその言葉に隊員達は歓声を上げた。日本に帰れる。那智はようやく生きて帰れる実感が湧いてきて、思わず感動していた。拳銃から弾倉を抜き取り、スライドを引いて薬室の弾を抜いて安全化していると背後から板垣がべたべたと那智の体を触った。
「いてて……風呂に入りてぇ……」
「大丈夫、傷は浅いよ」
「傷?」
板垣の言っている意味が分からず、那智は振り返った。
「撃たれてる」
板垣は声を張り上げた。ごく真面目な顔だった。
「マジか。気づかなかった」
そう言えば脇腹が熱い気がする。まだ興奮から醒めていないのだ。アドレナリンが切れれば痛み出すだろう。
「でもこの分だとすぐ風呂は無理だね」
「マジか。最悪だな」
耳元の板垣の声に那智が大げさなリアクションをすると板垣が笑った。ヘリの機上整備員が魔法瓶を渡してくる。受け取るときに射撃用のグローブが破け、手の甲も火傷していることに気付いた。魔法瓶の中身は温かいココアだった。それを一口飲んでようやく人心地着くと今度は猛烈な眠気に襲われた。
しかし手当てを始めた板垣は決して那智を眠らせてくれなかった。
「生きて帰れそうだけど、ちゃんと彼女には会うつもりなんだろうね」
「またその話を蒸し返すのか……」
那智は苦笑しながらも板垣とエンジン音に負けない声でくだらない会話を続けた。生きている実感が湧き、先ほどまで経験した様々な光景とその時に抱いた感情を思い出す。
「二度とごめんだが……この仲間達のためならいいな」
那智は他の者達に聞こえない声で小さく呟く。臨時で編成された部隊だが、その解散は名残惜しく、個性的な仲間達ともう少し共に居られる時間が欲しいと那智は思った
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