第26話 ソウル市街戦

大韓民国ソウル広域市内



 目的地派遣群誘導輸送隊となった第一空挺団第7中隊を率いる中隊長の栗原1尉は、攻撃を受けて行動不能になった軽装甲機動車の乗員を救出するべく輸送防護車の後部ドアから降りた。陣頭指揮に伊坂准尉は反対したが、栗原は自らを差し置いて部下に危険を強いるのをよしとしなかった。

 第一空挺団は、傘の絆と呼ばれる団結がある。栗原にとって中隊の隊員達は家族に等しい。自分だけ安全な場所にいて彼らに指示だけを出すわけにはいかなかった。

 降りた先に広がる道は片側二車線の通りで、道沿いには商店や飲食店も並び、通りに面する高いビルもいくつもある市街地のど真ん中だった。道は警察による規制によって民間人の車は路肩に寄せられて止められているが、肝心の検問に警察官の姿はない。道の奥は放置車両も多数あった。一人か三、四人の民間人が時折、通りを横断してどこかへ避難しようとしている。街のあちこちから黒煙が立ち昇っており、DMZ沿いの北朝鮮軍の野戦砲陣地からの射撃がまばらながらにも続いていて爆発音が聞こえて来た。

 もはや在外邦人等保護措置の任務から離れた行動になりつつあり、自分達は難しい正当性の下でソウルの市街地で戦わねばならないという問題もあったが、根拠を探している暇はない。車両を降りた連絡幹部の若い韓国軍士官とその部下の下士官と二名の兵卒が栗原の元へ走って来た。花崗岩迷彩と呼ばれるデジタル迷彩の戦闘服にヘルメットを被り、大宇K2ライフルを持っていた。


「パク中尉です。友軍の識別は我々が行います。くれぐれも流れ弾に注意を」


 パクは淡々と英語で言った。暗にむやみに発砲するなと告げている。言われなくても民間人がどこにいるか分からない街中で安易に射撃を認めるつもりはなかった。


「分かりました。指示に従います」


 栗原にとっては韓国軍兵士に同行してもらえるだけありがたかった。地の利はなく、日本に好意的ではない人間が少なくない韓国国内では現地の軍警察だけでなく民間人との接触にも不安があった。

 パクが不意に表情を和らげる。


「私もあなたたちに全員で国に帰ってもらいたい。微力を尽くします」


 パクの言葉を聞いて栗原は頷いた。


ありがとうカムサハムニダ


 栗原はパクに頭を下げる。パクとその部下の下士官も隊員達に加わった。

 栗原は車輛から降りて警戒する隊員達に向き直った。全員、覚悟を決め、厳しい表情で周囲に視線を走らせている。


「前へ」


「前へ!」


 各車から降りた隊員達が整然と前進する。現場まで五百メートル。ギリギリのラインだった。

 先頭を進んでいた隊員達の目の前を民間人が横切る。警察官や韓国軍兵士の姿はなく、交通規制によって幹線道路が渋滞し、やむを得ず車を放置して逃げ出してきた人々だ。

 自衛隊に庇護を求める者も多かったが、同行するパク達がそれを退け、避難を呼びかけた。

 突然、通りに銃声が鳴り響き、隊員達は壁に張り付いた。民間人は悲鳴を上げて逃げ出す。


「壁に近づくな!」


 パクが英語で叫び、海外派遣任務のために英語に長ける中央即応連隊の隊員達は従うが、空挺団の隊員達は理解が遅れた。正面の交差点が車両で塞がれ、その車を盾にして警察官がこちらに銃撃してくる。

 ライフル弾が建物のガラスを打ち砕き、建物の壁に寄っていた空挺団の隊員の頭上に降り注いだ。


「うわっ!」


 思わず声を上げて隊員達はその場を逃げ出し、道路に放置された車輛の影に隠れる。


「撃つな!」


 韓国軍の中士(曹長)が叫ぶが、返答は銃撃だ。銃声が建物の間に反響する。


「あれは敵か?」


「分かりません!」


 中士が叫ぶ。韓国軍ですら敵味方の識別は困難になっている状況だ。隊員達は戸惑った。パクと無線を背負った上等兵が旗を振るが、銃撃は続く。

 そこへ軽装甲機動車が下車した隊員達に続いて前進してきた。

 軽装甲機動車は、主に偵察や警戒および巡察に使用することを目的とした歩兵機動車だ。積極的な戦闘参加は前提ではないため、防護力等もこうした市街地戦に向いている訳ではなかったが、自衛隊は歩兵戦闘車のような車輛を韓国に持ち込むことは出来なかった。

 前進してきた軽装甲機動車の車体を銃弾が叩く。


「撃たれてます!」


 防盾付きの銃架に据えられた7.62mm機関銃M240Bを構えた銃手が叫んだ。


「パク中尉!」


「反撃を!」


 パクがそう言ってK2ライフルを構え、射撃した。それを皮切りに中士や上等兵たちも射撃する。


「撃ち返せ、反撃しろ!」


「撃て撃て!」


 軽装甲機動車に搭載される本来の火器は5.56mm機関銃ミニミだが、RJNOではM2重機関銃のような対空用途にも使用できるような射程と威力の長い重火器は持ち込めないため、苦肉の策として火力不足を補うためにも5.56mm機関銃よりは多少でも威力と射程のあるM240Bが持ち込まれていた。

 伏せていた自衛隊員達も各個に射撃した。

 警察官に偽装したゲリラ達が盾にしていた放置車両のガラスが砕け散り、車体に穴が開いて塗料片が舞う。火力に負け、ゲリラは後退し始める。


「接触を維持しろ!前へ」


 敵に逃げられないよう、栗原は追撃を開始した。

 敵は下がりながら撃ち返してくる。軽装甲機動車は放置車両に阻まれて進めなくなった。一個班の隊員達をその車輛撤去に当たらせ、栗原達はなおも敵を追った。

 市街地の道路に放置された車輛の間を抜けて空挺隊員達が進んでいたところへ突然、機関銃の銃撃が降り注いだ。前進していた隊員達が撃たれて一人が昏倒した。正面に見えるビルの窓に機関銃を持った敵がいる。


「佐田がやられた!」


「援護する、後ろに下げろ!お前たちはあの火点を潰せ!」


 前進していた五名の隊員が機関銃を連射してくる窓に向かって89式小銃を射撃し、弾を浴びせる。周囲の窓ガラスも次々砕け散り、敵が引っ込み、機関銃の射撃が止んだ。


「擲弾指名!」


 栗原が声を張り上げると、牽制射撃を撃ち込んでいる間に先頭を進む小銃班の佐古井3曹が06式小銃てき弾を小銃の銃口に挿し込み、構えた。


「撃て!」


 小銃班長の2曹が声を張り上げ、佐古井が射撃する。発射された小銃擲弾が窓に命中し、炸裂する。


「やったか」


 しかし、擲弾が爆発し、射撃が止むと機関銃が再び火を噴いた。先頭を進む小銃班が盾にする二トントラックの車体を銃弾が叩き、銃弾が貫通し、隊員達の頭上をライフル弾が飛び抜けた。擲弾は窓の外の枠に直撃し、中に届いていなかった。


「あぶねえ!鉄帽テッパチ掠めやがった!」


「伏せろ!」


「くそ、仕留めてねぇぞ!」


「制圧射撃!」


 再び隊員達は窓に向かって射撃し、敵の機関銃手を牽制する。


「今だ、84mm無反動砲ハチヨン、前へ!」


 84mm無反動砲M3を背負ってきた堤士長が放置車両の屋根に脚を委託して構える。


「後ろに立つな!」


「装填よし、後方よし!」


「発射!」


 弾薬手兼副砲手である池田3曹が肩を叩いて堤を支えると、84mm無反動砲M3が激しい発射炎を吹き出した。

 多目的榴弾HEDPが機関銃を持ったゲリラの潜む建物の窓を直撃して炸裂する。無反動砲の後方爆風によって背後にあったライトバンが揺さぶられ、ガラスが砕け散った。


「命中、目標撃破!」


 堤が怒鳴って84mm無反動砲を下ろし、レッグホルスターに収めていた9mm拳銃に持ち替えた。


「敵機関銃沈黙!」


「よおし、押せ!各班前へ!」


 軽装甲機動車も前進してきた。ゲリラが後退する中、ようやく救出目標の軽装甲機動車と高機動車が見えてくる。

 軽装甲機動車は路肩に止めてあった乗用車に仕掛けられていた爆弾の爆発で横転しており、高機動車はその奥で中央線を大きく超え、その反対側の路肩に停められた乗用車に突っ込んでいた。

 自爆車輛のあった位置はまさに爆心地で乗用車は引きちぎれており、凶悪な破片が周囲にまき散らされていた。擱座した車輛には激しい銃撃を受けた後が残っていて、隊員達は車輛を脱出して傍の建物の中に逃げ込んで銃撃してくる北朝鮮ゲリラに応戦していた。

 彼らに銃撃を浴びせている北朝鮮ゲリラの側面を栗原達は突く形となった。89式小銃に載せた照準補助具ドットサイト内に警察官の格好をしてM16を持ったゲリラを見出した栗原は引き金を絞り落とす。

 迅速単発射撃で二発の89式5.56mm普通弾を浴びせるとゲリラが背後の車に叩きつけられて倒れた。しかしゲリラは撃たれたにも関わらず車のミラー部分を掴んで立ち上がると片手でこちらに向けてM16を連射してきた。

 栗原の隠れたセダンの荷台部分で銃弾が爆ぜる。


「あいつら、撃っても死なない……!」


 隣に立った滝川1曹が呻いた。


「バイタルゾーンに撃ち込め、倒れても撃ち込め!」


 栗原は怒声を張り上げ、さらに射撃した。撃たれたゲリラはこちらに自動小銃を撃ち返しながら逃げていく。


「なんで動けるんだ」


 恐ろしい精神力に度肝を抜かれつつ、破壊された13ヒトサンの軽装甲機動車までたどり着いた。


「もう大丈夫だ、助けに来たぞ!」


「負傷者を運び出せ!」


 だが、負傷者を後送するにもまずは敵を射程外まで追い出す必要がある。さらに装甲車と連携して前進してゲリラを撃退する。


「押せ!」


 隊員達は敵を押しやる様に連携して前進し、敵に迫った。

 ゲリラ側の銃撃が軽装甲機動車の防盾や車体の装甲板に当たって爆ぜる。軽装甲機動車が7.62mm機関銃M240を連射し、ゲリラ二名を撃ち抜いて地面に転がした。


「タイヤに当たったみたいなんですが、パンクしてますか?」


 軽装甲機動車に乗る操縦手の士長が跳ね上げ式の防弾窓を開けて滝川に聞いている。


「コンバットタイヤだ、パンクしてても走れる」


「誰か試した人いるんですかね」


 操縦手は不満そうに言いながら車輛を反転させて破壊された軽装甲機動車の乗員を収容する。

 13ヒトサンの軽装甲機動車の乗員は善家3曹が死亡、残り三人も全員負傷していた。14ヒトヨンの高機動車の隊員達六名も全員負傷している。IEDで負傷した者もいれば車輛から脱出後の銃撃戦で負傷した者もいる。負傷しながらも全員が銃を持って戦い続けていた。

 大腿部を撃たれて大量出血している隊員がおり、出血を止めるために止血帯CATを二本使って緊縛止血し、傷口にX線造影剤入りガーゼを詰め込んだ上で救急包帯バンテージを巻く。

 第一線救護の実戦的で厳しい訓練をここ最近は特に綿密に行ってきた賜物で、適切な処置を受けた負傷者から後送の準備にかかった。

 戦死した善家と歩けない負傷者は布担架メディカルリッターを使って軽装甲機動車の後方に続く高機動車の荷台に運び込む。絶命した善家の顔を見て、栗原はようやく部下が戦死したことを実感した。

 善家は中隊の中堅の陸曹で、将棋が好きな堅物という印象で中隊では通っていた。陸曹になってから空挺団に転属してきた男で、空挺団に多い熱血漢ではなく、落ち着きがある大人な隊員だが、後輩隊員の指導には熱心だった。そんな部下ともう二度と話すことが出来ない。

 栗原は一瞬、指揮を忘れて立ち尽くした。


「撤退します!」


 伊坂が叫び、栗原はようやく現実に戻った。今も銃撃戦は続いていた。


「車輛を破壊しろ」


 栗原の指示で隊員達は車両無線機と車載装置に向かって銃撃して破壊すると、テルミット反応で装備品等を焼尽する焼夷筒を軽装甲機動車と高機動車に投げ込んだ。約五千度の白い炎が吹き上がり、車輛から火の粉が零れだす。米軍が使用するサーメート焼夷手榴弾に相当する焼夷筒は鉄骨も溶かす。車両に残された機材類が完全に破壊されることを確信した。


「機密処理完了」


「離脱だ!全員、車に乗れ!」


 各車の機関銃手が火力を発揮する間に隊員達は自分達の車輛に飛び乗る。


「ずらかるぞ、出せ!」


 各車は反転し、その場を離脱する。インチョン国際空港へ向かう経路はスキャンイーグルによる偵察が行われており、すでに目的地派遣群司令部から伝えられていた。

 栗原は職務に殉じて命を落とした部下のことを今は頭の奥に追いやり、部隊の指揮に集中した。まだ任務は続いている。

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