第25話 レスキューミッション

北朝鮮国内



 偵察分遣隊は墜落した米軍の戦闘機パイロットの救出という不測事態に対応していた。間もなく合流地点だが、パイロットはまだ合流地点にたどり着いていないようだ。


「北朝鮮の山狩り部隊が動き出したようだ」


 二時間に一回の休止中に剣崎が分隊長らを集めて言った。


「規模は?」


「一個大隊。約六百名」


「北朝鮮は南侵したんですよね。なんで戦力が余ってるんですか」


 宮澤1曹が不満そうな言葉を漏らした。


「六百名対十六名ですか。一人四十殺くらいしないと」


 瀬賀2曹が苦笑して冗談を言った。


「お前、六百人とまともに撃ち合うつもりかよ」


 近藤の呆れた声に場が和む。


「とにかく急ごう」


 部隊は再び進み始めた。

 先頭を行く坂田と西谷、大城達は今や表情を消し、息すら殺すように歩いていた。山城1曹が救難用ビーコンの反応を確認して歩いている。


「パイロットを救出出来れば脱出の行程は短縮できる。むしろラッキーだと思おう」


「六百名の北朝鮮兵とお互い近づいてるんです。ラッキーかどうかは怪しい」


 ぞっとしない話だった。その時、先頭を進む坂田が手信号を送って来た。目の前に道路があるらしい。


「道路?」


 暗識してきた地図に道路は無かった。航空写真でも捉え切れていない道があったようだ。那智は手信号で合図を飛ばし、坂田と西谷を道路の近端まで進ませ、偵察させた。

 那智と共に進んだ坂田と西谷は道路に出るか出ないかギリギリの場所から目の前を横断する道路の両方向を警戒する。お互いの警戒範囲が安全なのを確認して那智に合図してくる。那智はその合図を受けて山城に手信号を送った。

 まず那智と大城が道路を渡って反対側の林内に入った。那智は大城の肩を掴むと肩を押すようにして大城の進む方向を示し、林内に危険が無いか確認する。伏兵、トラップ等が無いことを確認すると道路に戻り、山城に合図を送り、那智と大城も道路の両側を見張る。

 その間に山城、久野が渡り、主力が渡っていく。その時、山城が無線にジッパーコマンドを鳴らした。数は四。主力は停止し、静かにその場に溶け込むように身を潜める。


『ビーコン反応。進行方向の十時方向』


 板垣の声が無線に聞こえた。那智はちょうど十時方向に小銃を向けていた。スコープの倍率を八倍に切り替えると道路上を確認する。二百メートルほど離れた位置で道路は屈曲していた。


『反応だと恐らく道路上か、渡った側を道路沿いに進んでいると思われる。反応強くなる』


『各員、十時方向に対して警戒、火力指向。追手がかかっている可能性がある。注意しろ』


 那智は無線を聞きながら目を凝らした。その時、道路沿いの林の中を走る人影を見た。


「人影を認む。九時方向林内。距離二百」


 ちょうど屈曲部で木々の間を進む人影だった。こちらに近づいている。


『彼我識別は可能か?』


「不明、不明。こちらに近づく」


『戦闘に備えろ』


 各人が切換えレバーを安全装置から単発に切り替え、戦闘に備えた。


『人影確認。OD色のツナギ、パイロットスーツ。髪の色は黒、片手に拳銃』


 狙撃手の古瀬1曹の声が聞こえた。


『サバイバーだ。確保しろ』


『了解、確保しま――』


 その時、突然銃声が響いた。機関銃の連射音だ。心臓が大きく脈打つ。


機関銃MGだ」


 山城が呟いた。その時、道路の屈曲部に車輛が現れた。北朝鮮軍のジープ――UAZ-3151――で、オープントップにしてKPV 14.5mm重機関銃が装備されている。それが林内に向けて射撃しながらゆっくり進んできた。


「敵車輛、重機関銃HMGを発砲しながら接近」


 無線には緊迫したやり取りが続く。他方、剣崎達は救出対象らしき人影を待ち伏せしていた。それが敵だとしても対処できるよう武器を指向し、狙いを定める。

 その人影が通り過ぎた瞬間、三班長の宮澤1曹と的井2曹は人影に音もなく飛びかかった。宮澤が後ろから飛びかかり、動きを封じて武器のM9拳銃を奪い取り、的井が口を塞いで地面にねじ伏せる。


動くなフリーズ……!」


 鋭く発せられた的井の声に抵抗しようとしたパイロットは動きを止めた。


「米軍のパイロットだな?我々は日本の救出部隊だ」


 その言葉に、パイロットは抵抗しようと力を込めていた体を弛緩させていった。


「米海兵隊、レイチェル・バローズ大尉です……離してください」


 的井は慎重に彼女を離した。彼女が起き上がると的井は膝をついて低い姿勢で彼女と向き合った。バローズも起き上がると低い姿勢になる。激しい銃撃音が近づいていた。

 バローズの顔は泥で汚れ、擦り傷もあったが、大きな負傷はしていないように見える。


「自分は陸上自衛隊偵察隊の的井2曹です。手荒な真似をして申し訳ありません。怪我はないですか?」


「先ほどまでね。今、擦りむいたわ」


 バローズは右手の平を擦って苦言を言った。倒された時に怪我をしたらしい。銃声が近づいている。


「敵をつれてきて申し訳ないですけど、私は発見されて追われています。早くここを離れましょう」


「分かりました。ついてきてください」


「これを」


 すでに周囲の警戒に移っていた宮澤がM9拳銃を返し、ブッシュハットを渡した。近藤と板垣、野中がバローズを囲むようにして離脱を開始する。


『パイロットを確保した』


 近藤が無線に告げる。那智はパイロットを確保できたとしても安堵は出来なかった。車両はなおも近づいている。その後続にはGAZ-63をコピーした勝利スンリ61中型トラックが続き、褐色の軍服を着た北朝鮮軍兵士が十人ほど乗り込んでいた。


『パイロットは救出対象と確認した。敵に発見され、追手がかかっている模様……!』


『遅滞行動。敵車両を伏撃。破壊した後に離脱する』


 剣崎の決断は逡巡無く早かった。無線を通して剣崎の声を聞くと、アドレナリンが噴出し、動悸が速くなった。もはや戦闘は回避できない。


「決定的戦闘の回避……か」


 平静を保とうと独り言ちながら那智は戦闘に備えた。林内で分遣隊の隊員達が準備するのが目に入った。皆、どうすればいいのか承知している。背嚢を下ろし、蓋が閉まっていてこれからの激動で物を落とさないか点検し、武器をチェックし、習性となった手順を実行する。パイロットを確保した剣崎達は全力で敵から逃れるべく林内を移動していて、その援護のために那智達は敵と交戦し、足止めをしなくてはならない。これから交戦することになると思うと急に喉が渇いた。


「やるぞ」


 山城が低く囁いた。


「おう」


 那智と大城、久野も低く小さい声で応じる。


指向性散弾クレイモアを仕掛けろ」


 西谷と坂田が援護する中、那智は下ろした背嚢の中からタッパで作った手作りの指向性散弾を取り出した。地面に突き刺すための針金を引っ張り出して道路に指向性を発揮できるよう設置する。


「下がれ!」


 設置を終えて信管の安全装置を外すと那智は皮膜されたノンネルチューブを素早く伸ばして指向性散弾から離れる。激しい銃声が近づいてきていた。曳光弾が林内に飛び込んで時折跳ねて空に飛んでいく。簡単に細い木が打ち砕かれて倒壊した。


「爆破と同時に五秒間の全力射撃。その後に交互躍進で下がる」


「了解!」


 道路を挟んだ林内の坂田と西谷にも内容は伝わった。

 やがて重機関銃を装備したジープが指向性散弾の有効範囲に入る。


「やれ」


 山城の声と共に那智は親指で点火装置を押し込んで撃発した。点火装置によってノンネルチューブ内の火薬が瞬間的に燃焼し、指向性散弾側の雷管に伝わって炸裂し、雷管が取り付けられた導爆線が爆ぜる。その導爆線の爆発はさらにタッパの中で指向性を与えられて成形されたコンポジションC4爆破薬の爆発を呼んだ。

 爆発によってタッパ内に詰められていたベアリングの弾が飛散し、非装甲車輛のジープを襲う。操縦手とその隣の兵士、さらに重機関銃を構えていた兵士は爆発によって飛散した破片と散弾を浴びて蜂の巣になり、ジープも破壊された。


「射て!」


 爆発と同時に那智は小銃を構えて起き上がり、ジープに続いていた中型トラックに5.56mm弾を単射で浴びせる。最初の一発を撃つと、たちまち押しつぶされそうだった緊張も頭から消し飛んだ。

 分隊支援火器の代わりに60発装填の弾倉を持っていた大城が小銃を連射し、曳光弾の混じった火線が中型トラックに向かって伸び、キャブ部分を舐めた。すでに中型トラックは指向性散弾の散弾や破片を浴びて行き足を止めていて、銃撃を浴びたガラスは無数の穴が開いた直後、砕け散り、ボンネット部分は穴だらけになり、荷台に乗り込んでいた兵士達も次々に倒れる。後ろに降りて銃撃を逃れた兵士もいたが、応射が来なかった。

 那智はスコープを通して照準しながらとにかく人の居そうなトラックの荷台や車体に向かって単発で弾を撃ち込み、敵の頭を上げさせまいと制圧射撃を行っていた。その効果もあってか、奇襲から立ち直れない敵は応戦してこない。

 さらに西谷3曹が中型トラックの背後にM320グレネードランチャーを使って高性能炸薬弾HEを撃ち込むと、残っていた兵士達も倒れたようだった。


「射ち方待て!」


 山城が怒鳴った。撃ち返してくる敵がいない。大打撃を与えた上、相当な精神的衝撃を与えられたに違いない。


「離脱」


 山城の一声で隊員達は素早くその場を離れるべく、動き出した。那智と大城が援護する間に坂田と西谷が他の隊員と共に道路を一気に横断して合流し、走る。


「カバーよし、動け!」


「動くぞっ!」


 背後で聞こえた声を聞き、那智も立ち上がると全力で走る。走りながら残弾の残る弾倉をベルトキットに付けたダンプポーチへ突っ込み、新しい弾倉を小銃に込めた。その間、射撃音は鳴らなかった。敵は完全に沈黙していた。

 那智は自分が発射した弾が北朝鮮兵士の命を奪ったかどうかを一瞬考えた。スコープを通して見た限りでは倒した兵はいなかった。だが、その事に安堵して良いのかは分からなかった。

 小銃弾の有効射程である三百メートルを同じやり取りで走破し、敵と離隔出来たことを確認した偵察分遣隊は態勢を整えて離脱にかかろうとする。

 保護されたパイロットが女だったことに那智は驚いた。今は宮澤1曹から借りたブッシュハットを被っている。


「第242海兵戦闘攻撃中隊所属、F/A-18Dパイロット、レイチェル・バローズ大尉です。救援に感謝します」


 頭を下げたバローズに剣崎が流暢な英語で話しかけた。


「礼にはまだ早いです。直ちにここを離脱します」


「実は……」


 バローズは不安そうな表情で剣崎に切り出した。その顔を見て、那智は坂田や西谷、大城と顔を見合わせる。


「まだ終わらないな、これ……」


「何でですか」


 周囲を警戒する西谷が振り返らずに聞き返した。西谷は被筒部に装着できるM320を結局スタンドアローンで運用していて、発射した弾を背嚢から補充している。


「彼女はF/A-18Dのパイロットだと名乗った」


「それが?」


「D型は複座だ」


「まさかな」


 久野が呟き、坂田は絶句した。そして那智の懸念は予想通りになった。



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