第24話 邦人救出
韓国ソウル特別市鍾路区 在韓日本国大使館前
自衛隊目的地派遣群の誘導輸送隊は、二百名の日本人が助けを待つソウルの在韓日本国大使館に何とか到着した。大使館前にはソウル市警の警察官達が警戒に当たり、多くの日本人が集まっていて助けを呼びかけ、道路にも座り込んでいた。
敵の攻撃を受けないよう、六十キロ以上の速度で陸上自衛隊の車列が在韓日本国大使館前の栗谷路通りに入ってくると、市民たちは顔を上げる。警察官達は緊張した様子で手に持った銃器を構えた。
『日本人の皆さん、こちらは陸上自衛隊です。救出に来ました。これより周辺の安全を確認します』
先頭の軽装甲機動車がフロントに装備したスピーカーで大使館の外から呼びかける。
『その間、皆さんは手荷物を準備し、必要であればお手洗いなどを済ませてください。今しばらくお待ちください』
軽装甲機動車がそう呼びかける間に、高機動者や軽装甲機動車は大使館周辺を走り回って要所に隊員を下ろして展開させていく。
車輛を飛び出した自衛隊員達は小銃や機関銃を持って周囲の交差点を封鎖し、突入してくる自爆車輛を阻止するために84mm無反動砲M3を持った隊員を配置した。
「北側、Y道(栗谷路)三叉路を確保」
「C道(鍾路)方向を警戒しろ!」
「急げ、急げ!」
警察官達は到着したのが自衛隊と韓国軍だと分かると安堵した様子だった。
「日本隊です。周辺の状況は分かりますか?」
韓国語に精通する連絡幹部が警察官に尋ねた。
「三十分ほど前に鍾路方向側で銃撃があった。警察官に負傷者が出て、憲兵が向かったがその後の続報は無い。もうゲリラがどこにいるのか分からない」
韓国の警察官は緊迫した表情で訴えた。
「分かりました。ここまでありがとうございました。あとは我々が」
「職務ですから」
警察官は撤収の準備にかかった。その時、西側で爆発音が聞こえた。乾いた破裂音と悲鳴が聞こえる。脅威から逃れようと一般の韓国人たちが北側から南側に向かって逃げている。
「今のは近いぞ」
「急いで民間人を乗せろ」
輸送車両が大使館の敷地内に入り、建物の入り口ぎりぎりまで寄せて盾になるよう配置する。
栗原は外務省の職員と共に大使館内に入り、大使の元へ向かった。大使館内は避難のために職員も邦人も騒然となっており、ごった返していた。柚原大使はすでにロビーまで降りていた。
「柚原大使、これより大使館を脱出します」
防弾チョッキに戦闘ヘルメットを被って同行していた外務省職員が声をかけた。
「分かりました。用意できたバスは四台。最大五十名から五十五名が乗り込める大型バスです。大使館側の撤退の準備は出来ています」
在韓日本国大使館が準備したバスなどにここに集まった邦人達が乗せられる。柚原大使とその秘書官らは輸送防護車に乗り込んだ。
「あと何分かかる!?」
大型バスに民間人を誘導する陸曹長に栗原は声を張った。
「十分ほどです!」
「かかり過ぎだ、五分でやれ!」
陸曹長は難題に顔を強張らせながらも自分の部下達に指示を飛ばし、日本人の乗車を急がせた。
「栗原1尉!」
伊坂准尉が栗原の元へ走って来た。
「インチョンからスキャンイーグルが上がりました。現在、大使館上空に向かっています」
「分かった。この周辺とECCまでの経路を確認させてくれ」
「分かりました」
その時、突然銃声らしき破裂音が少し離れた場所で鳴り響いた。すぐさま防弾盾を持った中央即応連隊の隊員達が盾を掲げ、バスに向かう邦人の列の横に整然と並び、盾になるよう布陣する。
「防護陣形!」
「警戒しろ!弾一発、民間人に通すな!」
空挺隊員達もいざとなれば防弾チョッキを着た体を使って日本人を守る覚悟だった。そして守ることが求められていた。破裂音は徐々に近づいているようで、ビルに反響していた。
『
さらに銃声が響く。日本人達は怯えながらもバスに乗り込んでいき、自衛官達は殺気の籠った緊張感で警戒していた。
日本人の中には女子供ももちろん含まれている。まだ幼い乳幼児を連れた夫婦もいた。皆、怯え切っている。
「
栗原は防弾チョッキの上から着たベストの肩に付けたPTTスイッチを押し込み、ヘルメットの下に被ったヘッドセットのマイクに吹き込んだ。
『こちら
無線の奥からも乾いた銃声が聞こえてくる。銃撃は確実に大使館に近づいていた。
「
『
大使館のある通りに三叉路で繋がった栗谷路を封鎖するために配置についた軽装甲機動車の周囲に展開した隊員達が応戦した。
いよいよ危険な状況になってきた。韓国軍の兵士達はしきりに無線でやり取りしている。
「
小銃班を率いる滝沢2曹に栗原は指示を出した。滝沢2曹は部下を五名連れて16班のいる軽装甲機動車の方向へ向かう。
まだ見ぬ敵影に防弾盾を掲げて日本人を守る自衛官たちは緊張していた。
「離脱経路も安全とは限らない。全員、集中しろ」
「中隊長、民間人搭乗完了です」
「離脱するぞ!」
軽装甲機動車を先頭に部隊は離脱を開始した。敵を食い止めている
栗原は輸送防護車の車内で無線機の
バスの運転手は自衛官が担当し、添乗員の代わりにさらに二名の自衛官がバスに乗り込んだ。しかし、バスはもちろん防弾車ではなく窓には防弾ブランケットが張られ、壁には防弾板が無理やりねじ込まれていて、不足している分は防弾チョッキ等で補っている状態だ。即席の防護能力はたかが知れており、本格的な銃撃戦に巻き込まれればひとたまりもなかった。乗り込んだ日本人たちに可能な限り姿勢を低く保つよう隊員達は指示する。
「
『
無線では絶えず緊迫したやり取りが続いていた。
韓国軍のヘリコプターが一機、ソウル市内で撃墜されたという一報も入った。北のゲリラは携帯地対空ミサイルまで持ち込んでいる。キムポ空港周辺のゲリラ活動は活発化しており、ECCをインチョン空港まで撤退させたのは正解だった。
『
突然、栗原を呼ぶ無線が流れたと思うと途切れた。遅れて爆発音が外から聞こえた。
『
無線に響く声の背後には機関銃を連射する音が響き渡っている。その銃声が遅れて栗原達の進む通りにも届いた。
「
『
恐れていた事態が起きた。敵の待ち伏せだ。栗原は無線を聞きながら端末を操作し、ナビゲーションにしていた地図を確認して
「この先で迂回しろ、止まるな!走らせ続けろ!」
中央即応連隊の高谷2曹が声を張り上げた。速度を落としたり停車すればたちまち標的になる。
「各車、速度増せ!
正面に爆発の際に起きた黒煙が上がっていた。
「左折だ。左へ行け!」
交差点を左折し、警護担当の軽装甲機動車は主力の安全を確保するために速度を上げて間隔を取る。
栗原は、連絡幹部の肩を叩いた。
「韓国軍及び警察、米軍にも救援を要請しろ」
車列は可能な限りの速度を出してインチョン空港を目指して進んでいた。今、これ以上車列から護衛を割くことは出来ない。しかし助けに行かないという選択肢を取ることは栗原にはできなかった。何輛かを反転させ、取り残された隊員達を回収しなくてはならない。その時だった。
目の前の通りを米海兵隊のM-ATV装甲防護機動車が先導する
「こちら日本国陸上自衛隊、米海兵隊部隊。応答願う」
『こちら第3海兵遠征軍第4海兵連隊、ヴァロー41。現在NEO任務遂行中。インチョン国際空港に向かっている。
「ヴァロー41、こちら……」
「ジュリエット77」伊坂が国際任務部隊用の符丁を栗原に伝える。
「ジュリエット77。装甲車六、車両三、輸送車両四の車輛部隊。今こちらの前をヴァロー41が通り過ぎた。ジュリエット77は先導車が伏撃を受け行動不能に陥ったため、これより救助に向かう。非戦闘員輸送の支援を要請する。オーバー」
無線はしばらく沈黙した。
『……こちらヴァロー41、了解。減速し、合流を待つ。非戦闘員の車輛を車列に加えられたし。オーバー』
「
栗原が直接米海兵隊と調整する中、栗原の部下達は各車に伝達し、準備を整えさせていた。
高機動車三輛と軽装甲機動車、輸送防護車を一輛ずつ、大使館を脱出したバスの護衛として海兵隊に続行させ、他は
合流のために向かうと米海兵隊は速度を落として前進を続けていた。止まればたちまち標的になる。海兵隊の各車から顔を出した銃手達は隙無く武器を四周に向けている。
『こちらヴァロー41。非戦闘員はECCインチョンへ輸送する。ジュリエット77、幸運を祈る』
海兵隊の車列はバスや自衛隊車輛を車列に加えると再び速度を増した。
「了解。よろしく頼む」
栗原は無線の周波数を自隊のものに切り替える。現状を伝えると高橋1佐が直接無線に応答した。
『栗原1尉。全員を日本へ連れ帰ってほしい。しかし蛮勇は無用だ』
無線で個人の名前を言うのは無線規則に反する。しかしながらその言葉には重みがあった。
「了解」
栗原は高橋の言葉に短く応答する。モガディシオの戦いのように泥沼化させるわけにはいかない。指揮官の判断次第で、死傷者を救出するどころか被害を増やす可能性もあった。その責任の重さに押しつぶされている暇はない。
栗原は鉄帽の顎紐を締め直し、腹決めをすると部下達に向き直った。
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