第23話 撤収とカバーストーリー

 偵察分遣隊は移動式ミサイル発射機と偽装されていた敵基地への航空攻撃を誘導すると、速やかに撤収にかかっていた。

 那智は再び西谷と大城、坂田を先頭に立たせて進み出した。那智はパトロールレディで保持した小銃を握りながら一発も発砲することなく、任務を達成できそうな予感に、心の底から安堵していた。だが、同時にこういうタイミングが最も危険だということは理解していた。

 北朝鮮軍は未だに潜入している特殊部隊の存在に気付いていないのか、それとも対応することすら出来ないのか、捜索部隊を山に送るようなことは無かった。だが、当然ながら戦争に突入した事で、軍の態勢はさらに強化されている筈だ。

 一度偵察分遣隊は集合地点で合流した。全周警戒しつつ、離脱の準備を整える。


「自分の役目が無くて良かった」


 板垣がドーランを塗った顔で笑顔を見せた。


「まだ油断はしないで下さいよ。帰るまでが任務です」


 那智はそう釘を差した。


「ええ、勿論ですよ」


 板垣は表面上笑顔だが、その眼にレンジャー隊員に引けを取らない雰囲気を漂わせている。言うまでも無かった。

 離脱地点まで前進し、そこでヘリコプターで回収される手筈だが、そのためのやり取りをしていた剣崎に不穏な気配を那智は感じた。


「何……?」


 無線で報告を行っていた剣崎が声を上げた。


「……ウミギリ、了解アウト


 剣崎の顔にはそれまでになかった苛立ちが見られた。


「分隊長を集めろ」


 剣崎の言葉に近藤が頷き、合図を送って分隊長達を集めた。


「米軍機が北朝鮮領内で墜落した。墜落地点は現在地から北に十キロほどの地点。我々が最も近い。救難ヘリも向かうが、対空火器の脅威が確認されているため、我々がパイロットの捜索救難を実施する」


 偵察分遣隊は北朝鮮軍の捕虜となった際に、捜索救難チームを装うことになっていた。そのため、パイロットを捜索するためのビーコンなども装備品に含まれている。隊員達の表情は一瞬で漂白された。


「そのパイロットは生きているんですか?」


 宮澤が尋ねた。


「脱出を確認すると共にAWACSが救難要請を受理している。パイロットは生存しており、救難部隊からの指示で、我々の方向に向かって移動している」


「カバーストーリーが偽装じゃなくなったな」


 山城が呟いた。想定外の任務が付与されることも、勿論不測事態として想定していた。十キロほどの地点だが、山の中を移動するには時間がかかる。

 剣崎はすでに目標までの経路を見積もっていて、ポンチョで地図を覆って赤ライトで照らし、それを分隊長達に説明した。那智は前方警戒組長としてその詳細を直接聞いた。


「前進開始は五分後だ」


 那智は四分で組員達に状況を説明し、経路を伝達しなければならなかった。坂田と大城、西谷に経路を説明する。


「行けるな?」


「行けるっしょ?」


 坂田は相変わらず気楽なようで、大城と西谷に確認した。大城と西谷は顔を見合わせ、頷くしかない。


「まあ、さっさと終わらせましょう」


「風呂に入りたいっす」


「行くぞ」


 緊張感の無い三人を那智は羨んだ。緊張や恐怖は判断力を低下させ、余計な硬直を生む。しかし緊張は誰しもするものだ。それをいかにコントロールするかにある。那智はシステマブリージングと呼ばれるロシア武術の呼吸法でそれをコントロールしていた。これは体の余計な緊張をほぐし、ストレスを軽減し、精神面への悪影響を取り除くものだ。平常心を保ち、痛みもコントロールする。

 しかし沸き起こる様々な不安要素を考えると、どうしても那智は緊張を覚えてしまった。


「まさかここで捜索救難SARとは……」


 板垣は戸惑っていた。捜索救難は板垣の専門だ。


「これはもう戦闘捜索救難CSARだな」


 那智はそれを訂正した。平時の国内で行われるSARと、戦時の国外で行われるCSARとでは大きな違いがある。普段武器を持たないが、救難員になるに当たって空挺レンジャーで教育を受けている板垣は、戦闘捜索救難も可能だろうが、難題だった。

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